ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

94 / 168
『闇に蠢く組織を壊滅させた麗牙と黒麓。しかしその夜、麗牙が助けたはずの二人が命を落とすこととなった。彼らを襲った犯人の正体とは……?』


第93話 運命の日の朝

 後日、事の真相が一部発覚した時、僕は荒れに荒れた。幾馬夫妻が約束の日時に現れなかった時は何とか平静を保てた僕も、その後の調査で彼らの生命の波動が突如途絶えたことを知って激しく動揺した。何とか希望的観測を持ちたいと願っても、更に調査が進んで最後の現場に残されていた血痕が二人のものだと確定した時、怒りの余りキャッスルドラン内部の壁を破壊してしまっていた。

 あの日、僕の預かり知らぬところで二人は死んでいたのだと知り、激しい怒りと後悔が僕を包み込んでいた。何故ずっと側に居てやろうと思えなかったのか。二人の時間を邪魔してでも生きながらえさせる可能性を上げておくべきだったのではないか。何故そのような判断をその時に下せなかったのか。過ぎ去った事でも、僕はその結末に至った事に対して僕自身を許せなさそうにはなかったのだ。

 

「なんで僕は……」

 

 怒りと、そして失望の中で僕は自己嫌悪に陥っていた。暗闇の中に落ちてしまいそうな意識を必死に保ちながら、しかしそれも辛くなり手放そうとしたくすらなっていた。

 

「麗牙……」

 

「じ──ッ!?」

 

 しかし失望の中で頭を抱える僕に、次狼は思い切り平手打ちをかましていた。

 

「ぇ……」

 

「そこで止まるな」

 

 呆気にとられる僕に、次狼は厳しくも温かみのある言葉をくれていた。

 

「お前が救うべき相手は他にもいる。そいつらのために何ができるかを模索するのがお前の役目だ。そのためにも、今回のことを生かしてやれ。それがお前にできる、アイツらへのせめてもの供養だ」

 

「……」

 

 彼らが死んだのは僕による判断ミスかもしれない。しかしそれを単なる失敗で終わらすなと次狼は言っているのだろう。僕が今までもそうしてきたように……。

 誰かの死を無駄にしないために、その時の経験を糧に進んでいく。正直なところ、今までそれが出来ていたのが不思議なくらいだ。僕自身ここまで傷付くほどの結末に出会っていなかったためかもしれないが、今は前に進むことがとても難しく思えてしまう。

 

「まさか、今さら出来ないなんて言うんじゃ──」

 

「やるよ。だから、これからも僕はキングであり続ける」

 

 しかし次狼の言う通り、僕は止まるわけにはいかない。一族の長として皆を導き、その上で僕の望む理想の世界を実現させるためにも、今はまだ止まれない。僕はただ歩き続けるしかないのだから。

 

「それは結構。まだいじけるつもりなら蹴りのひとつでも入れてやろうと思ったのにな」

 

「お、お手柔らかにね……」

 

 冗談ではなく本気だったのだろう、「ああ」と不適に笑う次狼に、しかし不思議と嬉しさが込み上げていた。父さんがいなくなってからは本当の父親の代わりとして、次狼は僕の面倒を甲斐甲斐しく見てくれた。僕にとっての次狼は、心から信頼できる数少ない大人の一人なのだ。そんな彼だからこそ、時に厳しくしてくれることに愛を感じていた。彼の僕に対する叱咤には必ず彼なりの優しさが込められている。それを感じるからこそ、彼の声や期待にも応えたいと思ってしまうのだ。彼の優しさに応えるためにも、僕はいつまでもここで思い悩んでいるわけにはいかなかった。

 

「ま、オトヤの遺したものの片割れなんだ。どうあがいても最期まで付き合うしかないさ」

 

 どこか嬉しそうにそれだけ言い残して、次狼は僕の前から去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「忘れ物とか無いよね? まさかとは思うけどジャコーダーとか──」

 

「兄さん……心配しすぎ……流石にそれは忘れないから……」

 

 それから更に数日後、愛音と大ちゃんが欧州へと旅立つ時がやってきた。魔族の集会のため、レジェンドルガの件でこの地を離れられない僕やアゲハの代わりに彼らが出席することになったからだ。僕の心配の声を少し鬱陶しげに躱しながら、愛音は白い縦笛のような棒を取り出して僕に見せつけ、心配いらないと言うようにアピールしていた。

 

「心配するな麗牙。たとえ何が起ころうとも、この俺がいれば何も問題はない」

 

「どこにでも付いてくるのが問題……」

 

 ジト目で大ちゃんを見やり、これからの遠出に対する小さな不満を僕に漏らす愛音。身内でも屈指の実力者である二人を派遣するわけだが、それでも魔族の集会故に何が起きるか予測がつかない。だからこそ可能な限り大ちゃんには愛音にくっついているように指示は出しているが、自身のプライベートへの浸食に対してはやはり難色を示していた。女の子だしそこは仕方ないとは思うけれど、やはり兄として万が一が起きると思うと心配なのだ。

 

「で、出来るだけ二人は離れないでいてね。何が起こるか分からないから」

 

「それは兄さんも同じ……タッちゃんも起きてないのに……何かあったらマジヤバい……サガークと変える?」

 

「大丈夫だよ。最悪、キバの鎧がなくても僕なら何とかなるからさ」

 

「……」

 

 幾馬夫妻に何が起きたのかはまだ掴めてはいない。何者かに襲われたと判断するのが妥当だが、以前正体が不明のままだ。そいつが僕に牙を向く可能性もあるのだから、愛音の心配は尤もだ。だがそれならそれで構わない。ソイツがどんな奴あろうと、僕の前に現れたのなら斃すまでなのだから……。

 

 それにここには仲間が揃っている。TETRA-FANGの彼らがいるならば、何が起きようと負ける気がしなかった。

 

『愛音、キバーラに会ったらよろしく伝えておいてくれ』

 

「オッケーキバット……任された……じゃ、行ってくる」

 

「お土産を楽しみにしていろ、麗牙」

 

「あはは……うん、いってらっしゃい」

 

 こうして愛音と大ちゃんは海の向こうへと旅立っていった。待つことしかできない僕は、ただ彼らの旅路の無事を祈るばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今日……ついにその日が訪れていた。

 

「おはようございます、燐子さん。待たせてしまってごめんなさい」

 

「おはようございます、麗牙さん……気にしないでください……わたしが早く来すぎただけですから……」

 

「僕もそれなり早く来たつもりだったんですけどね……」

 

 朝焼けが空から闇を払い、青色が天一面を埋め尽くした朝。僕は街の駅の広場で待つ燐子さんの元へと駆け付けていた。冬の寒気に肌を傷つられないよう、燐子さんはコートと、そしていつの日か僕が買った白いマフラーを身に纏っていた。彼女があのマフラーをしていることに内心とても舞い上がっている僕であるが、恐らく彼女のその下は僕と同じで動かしやすい服装を着ているはずだ。何故ならば、これから僕らは青空という名の熱気の中に飛び込んでいくのだから。

 

 そう、今日は待ちに待ったブルースカイのライブが開催される日だ。

 

 見事チケットが当選した燐子さんに誘われて、あの時は単純にブルースカイの音楽を直に浴びることに喜んでいたけれど、今となっては別の喜びも感じていた。燐子さんと二人で、大好きな音楽を聴くために外出する。これはもはやデートと言っても過言ではないだろう。いろいろと辛いことや心配事が続いてきたが、彼女とのデートを前にするとそれらの苦もいくらか和らげることができた。誰しも将来に楽しみを設けていると仕事を上手く続けられると言うが、今回は特にそれを痛感できた次第である。アゲハからも「今日くらいは楽しんできて」と言われているのだし、それならば精一杯この時間を楽しませてもらおうと思う。

 

「そ、それは……今日のこと……とても楽しみにしていましたから……」

 

 しかし待ち合わせ時間より一時間程早く到着しそうでどうしようかと思ったが、まさかそれより早く燐子さんが待ちわびているとは思わなかった。何故そこまで早く来てしまったのかと問い、そして彼女の言葉を聞いて僕の心は一気に舞い上がりそうになっていた。僕と出かける事を彼女は楽しみに感じてくれていたのかと、顔には出さずとも胸が激しく高鳴ってしまう。

 

「そ、それって──」

 

「ブルースカイのライブ……今まで見たことなかったから……」

 

「──で、ですよね……あはは……」

 

 しかし直後の燐子さんの言葉で一気に頭が冷め、ようやく冷静に物事を考えることができた。そうだよね……僕との外出が楽しみじゃなくてあくまでブルースカイの音楽が楽しみなだけだよね……うん。などと落胆してしまうが、それぐらいの傷がこの早とちり男にはピッタリだろう。そう内心溜め息をついていたところで、燐子さんは更に言葉を続けていた。

 

「それに……早く麗牙さんにも……会いたかった……から……」

 

「っ……ぼ、僕も……燐子さんに早く会えたらなって……」

 

「え……?」

 

「え? ぁ……」

 

 燐子さんの言葉が嬉しくてつい反応してしまうも、彼女の丸くなった目を見て自分が何を言ったのか冷静に思い返してしまい、途端に恥ずかしさに襲われていた。そのために僕の口から言葉が途絶え、何も喋れなくなってしまう。

 

「……」

 

「……」

 

 まただ。彼女と会うといつも二人して黙り込んでしまう時間が生まれてしまう。静かなのは好きだけれど、今はそうなるべき場面ではないというのに……。互いに自分の発した言葉が恥ずかしくて赤面し、目を逸らして俯いたまま無言の時間が過ぎていく。

 

「……い、行きましょうか。せっかくですし、早めに会場入りしても」

 

「は、はい……」

 

 それでも何とか言葉を絞り出し、燐子さんと共に駅の構内へと歩き出すことができた。僕も燐子さんも相変わらず言葉数は少ないままではあったけれど、互いに離れることなく、その鼓動を感じるほど近くにいるのは見ずとも分かった。僕の側を離れずに付いてくる燐子さんと共に駅のホームに立ち、静かに立ち尽くして電車を待ち、そして訪れた電車に二人一緒に乗り込む。なんてことない行動だけど、彼女の隣で行うその一つ一つの瞬間が僕にとっては心地よい時間となっていた。燐子さんと同じ時間を共有することが、彼女を意識する事によってより貴重なものに感じていた。

 

「これだと開場の二時間前に着きそうですね」

 

「向こうで……何してましょうか……」

 

「物販とか並びません?」

 

「人混みは……苦手ですけど……麗牙さんが隣にいるなら……」

 

 シートに座り込み、電車に揺られながら隣の燐子さんに語りかける。肩と肩が軽く触れ合うほどの距離に僕の心臓ははち切れんばかりに鼓動を早めるが、その感情を彼女に見せる事なく、出来る限り頼れる男を見せようと虚勢を張っていた。最終的にはどう思われようとも、彼女の前にいる間だけは強い人でいたかったのだから。

 

「……」

 

「……」

 

 目指す駅までは然程遠くなく、二十分くらい普通電車に乗っていれば着いてしまう。たったそれだけの時間でも、彼女の隣でゆっくり座っていられることが幸せだった。しかし、このまま二十分間も無言を貫き通すのは勿体無いという気持ちにもさせられてしまう。普段の僕ならともかく、今は燐子さんには兼ねてより聞きたいことがたくさんあったのだから……。

 

 そして僕は、今日会ってからずっと聞きたかったことを彼女に訊ねていた。

 

「燐子さん……ずっと何かに悩んでいたそうですけど、もう大丈夫なんですか?」

 

「え? 悩みって、どうして……」

 

 ちょうどピアノのコンサートの課題曲が発表されたのとほぼ同時期から、燐子さんの心からは暗雲がかかるような重々しい音が聴こえ始めていた。何か悩みがあるのかと思ったが、その時の僕は勇気が出せず彼女に問いかけることはできなかった。それからはどういう巡り合わせかは分からないが、燐子さんと直接会うタイミングがどうも掴めず、今日まで来てしまったのだ。

 

 そして今日会った燐子さんの音楽にはあの時のような重々しさは無く、少しばかり陽が差し込み始めたような明るさが宿っていた。僕が悩みを聞く前に自分で解決できたのだろうか。どうにも気になってしまい、彼女に問いかけるしかなかった。

 

「実は……今度のピアノのコンクールの課題曲ですけど……」

 

 燐子さんは隠すことなく、全てを話してくれた。次のコンクールで発表された課題曲とは、燐子さんがかつて同じコンクールで演奏したのと同じ曲なのだという。しかしそれは即ち、彼女が最後まで演奏することができなかった苦々しい思い出の曲でもあった。それだけですぐに合点がいった。いつの日か語ってくれた幼い日のトラウマ、彼女はそれと面と向かい合わなくてはならないのだと。何という巡り合わせかと彼女の心中を察って辛くなるが、それは彼女が乗り越えなければいけない壁なのだとも感じていた。燐子さんの心を縛り付ける鎖を解き放つためにはこの挑戦から逃げてはいけないのだと、何も言われずとも分かった。

 

「そんな時……友希那さんが言ったんです……わたしは何のためにピアノの弾くのかって……」

 

 僕と同じように友希那さんも燐子さんの異変に気付き、彼女の相談に乗っていたらしい。その中で友希那さんは、燐子さんにピアノを弾く理由を問うていた。何故、ピアノを弾くのか……単純だけどとても難しい質問だと思う。きっかけもそうだが、自分がそれをし続けてきた理由というものが確かに何処かにあるはずだ。そしてその根本的なものは、意外と本人には見つけにくい。と言うのも、以前僕を立ち上がらせてくれた友希那さんも似たような言葉を僕に投げかけていたからだ。

 

 ──『何故あなたは戦おうって思えたの?」』

 

 僕の戦う理由は、僕自身がそれを望んだから。僕が守りたいと願う人たちの音楽を守りたいという、誰の意思も関係ない僕だけの理由があった。それに気付くまで随分時間がかかってしまったけど、とどのつまり燐子さんもその時の僕も同じだったのかもしれない。自分がピアノを弾き続ける理由を、自分の心の中に探していたのだろう。

 

「それで、何か掴めましたか?」

 

「はい……みんなとセッションをして……一つ思い出せました」

 

 つい先日、悩む燐子さんの心を解そうとするRoseliaメンバーの計らいで、急遽セッションが行われたそうだ。皆の音が重なり合い、引き寄せられて一つとなっていく世界の中で、燐子さんは初めてRoseliaに入った時の演奏を思い出していた。自分の演奏に皆の音が応えてくれる感覚が再び蘇り、楽しいという最も大切な感情を思い出すことができたのだ。

 

「わたしが昔から……人と話すのが苦手なのは……麗牙さんも知っていますよね……」

 

「はい」

 

「そんなわたしでも……ピアノでなら上手く自分の気持ちを伝えられると知ったんです……ピアノなら、わたしの気持ちを音に乗せてみんなに伝えることができるんです……。ピアノを……音楽を通じて、みんなにわたしを知ってもらえる……それが嬉しくて……だからわたしはピアノを弾くんだって思い出せたんです」

 

 嬉しそうに自分の音楽の始まりを語る燐子さんの顔は、僕の目にはとても綺麗に映っていた。心からピアノを好きだという気持ちと、そして音楽に対する感謝の気持ちが込められた表情に、同じく音楽を愛する僕も嬉しくなっていたのだ。

 

「燐子さん。その気持ち、僕すっごく分かります」

 

「麗牙さんも……ですか」

 

「はい。僕も昔はもっと内向的だったから、音楽に触れて自分のことを周りに発信できると知ってとても嬉しかったんです。僕はいろんな人の音を聴きたいと思っているけれど、それと同じくらい、僕の音をみんなにも届けたい……そう願っていますから」

 

「はいっ……そうですよね……っ」

 

 同じ気持ちを持つ同志を感じられたからか、燐子さんの目の輝きが増していく。肩がぶつかり合う程の至近距離でで僕の顔を見上げてくる燐子さんの綺麗な顔は破壊力抜群だったけれど、そんな幸せな顔もすぐに形を潜め、彼女の顔は次第に曇り始めていった。

 

「燐子さん……?」

 

「……それが……ピアノを始めた理由……わたしがピアノを弾く理由です……でも……」

 

「まだ何か?」

 

 友希那さんに問われた質問は解決したのだと思ったが、燐子さんの中には未だ心残りがあるようで、その心の音楽も再び曇りだしていた。俯いて目を伏せ、そして重々しく燐子さんは僕に語ってくれた。

 

「わたし……何かを忘れている気がするんです……絶対に忘れちゃいけない……約束だと思うんですけど……」

 

「約束……?」

 

「きっとそれが……わたしがピアノをやめられなかった理由なんだと思うんです……でも……何の約束だったのか……全然思い出せなくて……絶対に……大切な何かなのに……」

 

 泣きそうになりながらも燐子さんは思いの丈を話してくれた。そんな彼女の様子が居た堪れなくて、膝の上で震える彼女の手の上に、僕は無意識に自分の手を重ねていた。

 

「っ、ありがとう……ございます」

 

 彼女の中にはまだ忘れ物があった。取り戻しにいかなくてはならない大切な忘れ物が。

 

 いつ、誰との約束かは彼女にも思い出せない。

 

 しかし、それが彼女が先に進むために必要なものなのだと僕も感じていた。

 

「(忘れてはいけない約束……)」

 

 辛いことが起きても燐子さんがピアノをやめることがなかった理由はそこにあるのだろう。

 

 彼女にピアノを続けさせた大切な理由が……。

 

 

 

 

 

 

『うん……約束するよ……』

 

 

 

 

 

 

「っ……(今のって……?)」

 

 その時、僕の脳裏に開いたのは誰かの声だった。少年特有の甲高い幼い声で、誰かと約束を結ぶための言葉が。今のは……僕の声……?

 

「麗牙さん? 大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫です……なんでもありませんから」

 

 忘れているのは燐子さんだけではない。

 

 もしかすると、僕にもあるのかもしれない。

 

 決して忘れてはいけない何かが……。

 

「……」

 

「……」

 

 考えてもその答えが出るわけではなく、僕も燐子さんも大切な何かを思い出せないまま、今はただ二人して電車に揺らされるだけであった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「朝早くから人使いが荒いなぁ」

 

 一人椅子に座りながら愚痴る黒麓がいるのは、3WAの本部の待合室であった。早朝から本部への召喚を命じられた黒麓は問答の間もなく本部へと足を運び、そのままずっと待合室で呼び出しを待っていたのだった。

 更に付け加えるならば、今の彼の手元にはレイキバットはいない。麗牙と共に裏の組織の元締めを撃破した日より3WAに返還させられ、レイの資格者でありながら今日までずっと装備品無しの状態で過ごしていたのだ。

 故に黒麓はある程度は予測できていた。今日自分が呼び出されたのはレイに関わることで間違いないと。彼らの技術の結晶が今、実を結ぼうとしているのだと。

 

 そして、その時が訪れていた。

 

『進みたまえ』

 

 スピーカーから男の声が館内放送で響き渡り、聴き慣れた声に黒麓はつい軽く溜め息をついてしまう。この声の持ち主こそが黒麓がよく口にする彼の上司であり、そして3WAの代表その人であった。事あるごとに口遊む煩い上司の命令には逆らえない黒麓は、その指示に従って待合室から続く長い通路へと足を踏み入れる。

 そして明かりが灯る方角へと進んでいき、やがて彼は広い空間へと誘われていた。

 

「ここは……」

 

『我らが3WA本部の訓練場……いや、実験場と言った方がいいかな』

 

 東京ドームより少し小さいだけの真っ白な空間だが、それでもあらゆる行事や活動を行うには十分過ぎるほどの広い空間であった。地下空間にこれほどの空間を有しいたのかと、黒麓は感心しながらも目の前に見える光景に僅かに目を細めていた。

 

 そこに見えたのは二対の影。

 

 一方はファンガイア。しかし、五体をを鎖で縛られ一切身動きが取れない状態で拘束されている。

 

 そしてもう一方は、シルエットだけならば黒麓もよく知っている存在……レイであった。

 

 しかしその体色は雪のような白からは程遠く、全てを塗り潰す黒に染められていた。

 

 純白を汚されたような立ち姿のソレはレイでありレイにあらず。

 

 

『これこそが新たなるレイ。レイシステムをリビルドして完成させた究極のレイ……“レイ アライズ”だ!』

 

 

「レイ アライズ……ね」

 

 自分でない誰かが変身したレイ改めてレイアライズを見つめ、黒麓は静かにその名を呟く。それはクルセイダーシステムを完全にものにし、対ファンガイア兵器としての理想を完璧に実現させた3WAの技術の結晶。ただただ邪魔な種族を滅ぼしたいという邪な願いが生み出した殺戮兵器であった。

 

『君には特等席で見せてあげよう。レイアライズの力を……』

 

 代表の言葉と共にファンガイアを縛っていた鎖が全て解け、異形は自由を手にした。何が起きたのか理解していないファンガイアに向けて、代表は更なる言葉を告げる。

 

『やあ、気分はどうかねファンガイア君。突然だけど、目の前の黒い鎧を倒すことができれば、君をここから解放してあげよう』

 

「(……あまり気分は良くないな)」

 

 ゲームをしているかのように楽しげに話す代表の声色に黒麓は胸の内を曇らせる。ただしその心底は、代表が命を弄ぶことにではなく、自分を強者だと信じて疑わない彼の烏滸がましさにであったが。

 

『では、御武運を』

 

「ッ……ゥ、ゥオオオオオオオオッ!」

 

 代表の言葉を皮切りに、ファンガイアは生き延びるために必死の雄叫びを上げてレイに向けて駆け出した。

 

「……」

 

 レイも、それに対して無言で歩き出す。

 

 そして、新生レイとファンガイアのあまりに短すぎる戦闘が幕を開けたのだった。

 

 

 

 

 

 

「(そして、ファンガイアの次は……)」

 

 モニター越しでその様子を見る代表の目には、戦いの様子を見守る黒麓の顔が映っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。