ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『遂に訪れたブルースカイのライブ当日。麗牙は燐子と共に心躍る音楽を楽しもうとしていた。一方、3WA本部に召喚された黒麓の前には進化したレイの姿が。運命の時は刻々と迫っていた』


第94話 世界蛇は笑う

 駅を出て間もなくの会場周辺では既に人だかりでごった返しており、既に相当の盛り上がりを僕たちに予感させていた。とりあえず開場まではまだ二時間近くあったため、僕と燐子さんは物販の列に並んでブルースカイのグッズを買おうとしていた。しかしこれがまた予想以上の人の波が出来ており、なんとか開場ギリギリに買い物を終えることができた次第だ。

 無数の人混みの中に放り込まれたような燐子さんは不安そうな顔を隠しきれず、無意識かは分からないがずっと僕の服の袖を掴んで離れないようにくっついていた。それが嬉しくて、そして恥ずかしくて変な表情を浮かべていたかもしれないが、幸いにも彼女には見られることなく過ごすことができたようだ。

 ともあれ、僕らは無事に会場入りを果たし、決して近くはないが遠すぎもしない場所でその時を二人で緊張しながら待っていた。

 

 そして今は──

 

 

『Stand up right now!』

 

 

 会場は熱気に満ち溢れていた。

 

 ステージ上で飛び上がりながら熱く声を響かせるのは、現ブルースカイメンバーから選出された四人の男女。彼らの歌声が、この広い会場とそこを埋め尽くす人たちを熱狂の渦に飲み込んでいた。青空の名を冠するだけあり、晴天に恵まれた野外ステージから放たれた彼らの音楽は満員の客を完全に魅了していた。

 かくいう僕も、身体のうちから溢れ出す熱を止めることが出来ずに他の客同様に盛大に掛け声を上げていた。

 

「スタンダッ!」

 

「──らいっ、なう!」

 

 そんな僕の隣では、燐子さんが周りに合わせながら小さく跳ねて手を振り上げていた。周りのように激しく動くことはなかったが、それでも彼女の心は皆と同じように盛り上がっているのが側にいる僕にはよく伝わってくる。長いこと遠ざけてきた愛しき音楽と再開し、こうして直接体験できるようなるまで至った燐子さんの心からは歓喜の音楽も奏でられていた。だからこそこういった慣れない激しい動きでも共にやり、青空の音楽と一体になりたいと身体を動かしているのだろう。

 

「燐子さん、まだまだありますけど大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫です……それにわたし今……とても楽しいですからっ……」

 

 普段身体を動かしたりしない分、少し無理をしているかもしれないと心配になって曲と曲の合間に燐子さんに声をかけるが、彼女は額に汗を見せたまま楽しそうな顔を崩すことなく僕に答えていた。息切れを起こしているが、青空の音楽を身体全体で感じることを心から喜んでいるのだと彼女の様子からだけでも伝わってきていた。こんな楽しそうにブルースカイの音楽を聴く燐子さんの姿を見ていると、あの時に彼女の鎖を壊して良かったと心から思えてきたのだ。

 

「僕もですっ。ははっ、燐子さんがブルースカイをこんなに楽しんでくれて本当に嬉しいですっ」

 

「はい……本当に……ありがとうございますっ」

 

 屈託のない笑顔を向ける燐子さんに、僕の顔もつられて笑顔になってしまう。彼女と同じ時間を感じていられることが楽しくて嬉しくて、そして喜ばしくていつまでもこうしていたいと願ってしまう。周りの観客なんて気にならないほどに、僕はステージ上のブルースカイと、そして隣に立つ燐子さんに意識を奪われていた。静寂以外の僕の好きなものだらけのこの空間が、本当に幸せで堪らなかった。

 

 ──『あの……約束……してくれる……?』

 

 ──『うん……約束するよ……』

 

「……」

 

 しかしその時、またも先の燐子さんとの会話で思い出した過去の約束の存在が蘇る。あの時にふと脳裏を過ぎったあの言葉は何の約束だったのか、それは今も思い出せない。彼女と同じように大事な何かなのだろうが、生憎今はそれに構ってはいられない。今は、燐子さんとただこの時間を楽しんでいたかったから……。

 

「と、次だ……おっ、この曲──」

 

 青空の音楽は次のステージに移っていく。

 

 僕も燐子さんも意識をステージに集中させ、更なる盛り上がりに期待を大きくしていく。

 

 終わらない熱気の渦が、僕たちを更なる響宴へと誘っていく。

 

 今この瞬間だけは、全てを忘れてただ音楽に身を包まれていたかった……。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「……そろそろ終わる頃かな」

 

 ギターから手を離してふと時計を確認すると、時刻は十五時を指し示そうとしていた。この時間なら、朝から始まったブルースカイのライブもそろそろ終わりを迎えている頃だろう。ライブを堪能した麗牙と燐子ちゃんの満足そうな顔が容易に想像できるが、やはり俺の胸の内の不安は消え去ってくれそうにはなかった。

 

「(二人とも、そろそろ相手のことに気付いてもおかしないわな……)」

 

 いつまで同じ心配をしているのかと自分でもよく思う。二人とも子どもではないのだから、たとえ互いがあの時の少年少女だと気付いたとしても静かに受け入れられるはずだと……そうだと信じているはずなのに、俺の胸からどうしても嫌な予感が拭い切れないのだ。自分で思っているほど俺は麗牙たちを信じられないのだろうかと、親友に対する申し訳なさも生まれていた。

 二人の様子が心配で、しかし後をつけるわけにもいかず、こうして不安を解消させるかのように広い屋外でギターを弾き鳴らしていたのだ。

 

 そんな時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、綾野くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? 黒麓さん?」

 

 

 再びギターを構えて音の世界に浸ろうとした俺に、あの黒麓大地が話しかけてきた。

 

「ずっと一人で寂しくギターを弾くなんて、何かあったのかい?」

 

「別に何かあったわけとちゃうけど……」

 

「ボクで良ければ話を聞くよ?」

 

 相変わらず人の良さげな笑みを浮かべて俺に寄り添おうとする彼を見ていると、素直に相談に乗ってもらいたくもなる。しかし、他人同士のことで関係のない自分が悩むというこの馬鹿らしい状況を相談に乗ってもらうのも忍びなく、丁重に断ろうとしていた。

 

「ありがとな。でも特に深刻な問題でもないから、気にせんといて(個人的にはおもっくそ深刻やけどな)」

 

「そうかい? ボクはてっきり、親友の恋のことで悩んでいるのかと思ったよ」

 

「えっ?」

 

 しかし黒麓さんの核心を突いた予想に思わず反応してしまい、彼に付け入る隙を与えてしまった。人のいい笑みから不適な笑みに表情を変化させ、黒麓さんは俺に語り寄ってきた。

 

「友達想いのキミのことだから、紅くんの恋について心配してくれているのかなってね」

 

「いやいや、ちょい待てや。麗牙の恋ってなんやねん。昔ならともかく今はアイツ──」

 

「……うん? 紅くんはキミには話していないのかい?」

 

「──え?」

 

 なんだ? 俺と黒麓さんの間で何かが噛み合っていない。俺の知らない非常に重要な何かを彼は知っているのか? 麗牙の恋? 過去のことでもリサちゃんとのことでもない、今の麗牙の恋のことを言っているのか? そんなこと全く麗牙から聞かされていない俺にとって、彼の持っていると思われる情報にこの上なく動揺していた。

 

「とにかくさ、向こうのテーブルに座らないかい? キミとも是非一度ゆっくり話してみたいしさ」

 

「あ、ああ……」

 

 彼の口車に上手く乗せられた気がしなくもないが、麗牙の身の上話で彼が俺以上に何かを知っているというのが無視できず、結局は彼についていく以外に選択肢はなかった。そうして屋外カフェでコーヒーを買って互いにテーブルに向かい合って座り、程なくして俺は我慢ならず口を開いていた。

 

「な、なぁ。麗牙の恋って、黒麓さん何か知っとんのか?」

 

「本当に何も知らないのか……意外だな、親友のキミには話しているものかと思ったが……」

 

「質問に答えてくれるか?」

 

「ああ、すまない。だが勝手に話されたら彼も迷惑かもしれないから、先に順序を追って質問から始めさせてくれないか?」

 

 何故こちらが聞いているのに俺が質問されなければならないのかと軽く苛ついてしまうが、彼自身も自分がどこまで勝手に話していいのか探りたいのだろうと好意的に解釈し、自分の言葉を何とか飲み込んだ。

 

「そうだね……紅くんが過去に人間の女の子との間で何かトラブルがあった……それは知っているんだよね?」

 

「ああ。黒麓さんが知ってる方がよっぽど驚きやけどな」

 

「まあね。で、その女の子は彼にとっての初恋であった。そして今もまた人間の女の子に恋をしているというのは……」

 

「初耳やわ。リサちゃんと紗夜ちゃんのことならともかく」

 

「なるほど。後者はよく知らないけど、今井さんの件ならボクも知ってるよ。でもそれとは違う、彼がちょうど今抱いている恋については、キミは何も聞かされていないということだね?」

 

「そうやな。そんなこと全然聞かされてないわ」

 

 あの時リサちゃんのことが好きかもしれないと麗牙が感じた時、俺に対してすぐにそれを報告してきた彼が、こと今回に限っては何の音沙汰もないことが信じられなかった。麗牙は本当に次の恋を見つけたというのか。そして何故それをこの男が知っているのか。口では冷静を保とうとするが頭の中は分からないことだらけでかなり動揺が広がっていた。

 

「最近、彼と特に仲がいいと思う子とかに心当たりは?」

 

「特に仲ええってそんなん……」

 

 黒麓さんに問われて記憶の中を探るが、俺が知る限り誰か一人だけと特に仲睦まじくしていた光景なんて──

 

 

「……あ……」

 

 

 ──おったわ……。

 

 確かにここ最近、ずっと麗牙に近い子が一人いる。

 

 そもそも今日が何の日かを考えればすぐに分かった答えだ。

 

 その約束を取り付けた現場も、俺は直接この目で見ていたのだから知らないはずがなかった。

 

 いや、それよりもだ。

 

 え? え、マジで?

 

 麗牙の好きな人って……よりによって?

 

 よりによって、ホンマのホンマに彼女やって言うんか?

 

「なぁ……まさか……燐子ちゃんとか言わんよな……?」

 

「ボクはそのつもりだけど……何故そんなに怖そうな顔をするんだい? キミが彼女を好きというわけではないんだろ?」

 

「俺は違うけどっ、あの子は麗牙のなぁっ……っ……」

 

「“あの子は”……?」

 

 ヤベ……つい感情に任せて喋りすぎてしまった……。

 

「……」

 

「……どうやらキミも、ボクの知らないことを何か知っているようだね。それも、人には話せない特大の爆弾を……」

 

「う……」

 

 すっと真面目な表情になる黒麓さんを見て、どうあがいてもここから誤魔化しきれる気がしないと確信してしまい、何も喋れなくなってしまう。どうする? 俺はどうすれば正解なのだ? その答えが見つからず、そして麗牙と燐子ちゃんの件で動揺もあってか、ただただその場の流れに流されることしか出来なくなっていた。

 

「例えば……例えばだよ? キミは紅くんの過去の想い人のことを知っている。ともすれば、今の紅くん以上にだ」

 

「……」

 

「そしてその子は今も彼の近くにいる……紅くんのことをファンガイアだと……当時のその子だと知らずにね。もしそうだとすれば今のキミの態度も、以前に彼が言っていた話と辻褄が合う」

 

 辻褄が合うと言うが、麗牙は何を彼に話したというのか。気になって彼に尋ねたところ、件の幾馬というファンガイアに向け、同じように人間の少女に恋している麗牙はその想いの丈を告白したのだという。幾馬夫妻の間に立って二人を生かしてほしいと願った黒麓さんは、その時の麗牙の話を聞いて彼の過去を知ったというのだ。

 

「彼が……白金さんに好意を持っているのは前から分かっていたしね。今の彼の紅いマフラーだって、彼女からの贈り物だし」

 

「マジでっ!? え? いやいやいや、え? 聞いてへんわ」

 

「今井さんや羽沢さんは知っているのに?」

 

「えぇ〜……」

 

 それも初耳だ。そういえば妙に今のマフラーを気に入っているなとは思っていたけど、それがまさか燐子ちゃんから貰ったものだとは……そんなもの言われない限り気付きようがない。遊園地のデート作戦に関わった二人も何で俺に言ってくれなかったのか……いや、もはや過ぎたことを気にしても仕方ないか。

 しかし何となく二人の間がいい感じなのは分かっていたが、まさか麗牙の方がそこまで想いを昂らせているとは……。今日まで自分に何の相談もしてくれなかった親友に対してほんの少しだけ疑い……という程ではないが、モヤモヤした感情を抱いてしまう。

 

「……」

 

「過去と現在、これで繋がってしまったね」

 

 彼の言う通りだ。幼い頃に燐子ちゃんに恋していた麗牙が、巡り巡ってこの現代で再び彼女に恋をしてしまうとは……。不思議な巡り合わせと言えば聞こえはいいが、俺としては不安がはち切れそうで仕方がない状態が続いている。というのもだ……。

 

「因みにその彼は今どこに?」

 

「……燐子ちゃんと一緒や」

 

 ブルースカイというグループのライブに二人揃って参加しているのだと俺は黒麓さんに伝える。今頃は互いに好きなものを共に共有しあって盛り上がっている頃だろう。そしてその二人で出かける行為は、言い方を変えればデートということになってしまう。だからこそ、いつ彼らの間の秘密が互いの知るところになるのかを懸念していたのだ。今の二人はかつてないほどまでに接近してしまっている。俺の恐れていることが現実になる可能性が非常に高まっていたのだから。

 

「なるほど。じゃあ彼にとってはまたとない機会だ」

 

「機会って、何のや?」

 

「自分がファンガイアであることを彼女に告げる機会」

 

「っ……せやろなぁ……」

 

 黒麓さんの言葉で心臓が止まりかけたが、確かにその通りでもあることを俺自身分かってしまっていた。麗牙はきっと、燐子ちゃんに本当の自分を知ってほしいのだろう。人間でない自分を晒して、その上で燐子ちゃんに自分を受け入れてもらいたい……それが彼の望みだ。麗牙自身もそれを実行することが恐ろしいことだと過去のトラウマから分かっていても、もう止めることはできないのかもしれない。燐子ちゃんの優しさを信じている麗牙は、きっと彼女に告げるのだろう。

 

「でも……もし燐子ちゃんがまた昔のようなことになったら……」

 

「信じてみなよ。紅くんだけじゃなく、白金さんも」

 

「え?」

 

「紅くんが彼女を信じているんだ。だったら彼の親友のキミも、一緒に白金さんを信じてやったらどうだい?」

 

「燐子ちゃんを……」

 

 黒麓さんに言われて一つ自覚した。俺は燐子ちゃんのことを未だ信用しきれていなかったのだと。幼い頃の麗牙を傷つけた時の印象のまま、俺は今日まで来てしまった。だからこそ以前に燐子ちゃんを視界に入れようとしなかったし、今も彼女に不信感を抱いている。自分は彼女のことを嫌わないように思ってきたが、どうやら心の奥底の不信は消えてくれなかったようだ。

 

「そう、やな……」

 

 しかし、それでは俺はいつまで経っても昔のままだ。麗牙はトラウマを乗り越えて前に進もうとしている。それなのに俺だけが前に進まず過去ばかり見て、同じ場所にい続けている。そんなのはゴメンだ。俺は過去に縛られるつもりはないし、麗牙に置いていかれるつもりもない。

 

 だから、信じてみようと思う。

 

 麗牙と同じように、燐子ちゃんのことを。

 

 麗牙が自分の正体を告げても、今度こそ彼女は受け止めてくれると。

 

「ありがとう黒麓さん。俺、臆病になり過ぎていたみたいや」

 

「別に礼を言われるまでもないさ。ボクも紅くんの恋が成就することを心から願っているしね」

 

「はは、それ前も言ってたな」

 

 とは言いつつも以前はつぐみちゃんの恋のために快く協力してくれたり、幾馬夫妻の件でも間を取り持ってくれたりと、彼はなかなか人の恋にお節介な人だと感じさせられる。彼が以前に人の心の中に流れる恋の音が好きだと言ったのは恐らく本当のことなのだろう。レジェンドルガにも関わらずその温かな音楽が好きだからこそ、彼は麗牙にも協力してくれる。

 

 だからこそ思ってしまうのだ。

 

 黒麓大地という男を信用したい、と。

 

 異形でありながらも、共に道を歩んでいける仲間として付き合っていきたいと。

 

 そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 しかし、その時だった。

 

 

 

 

 

 

 ♪〜〜♪〜〜

 

 

 

 

 

 

「ん? ああ、悪い。電話や」

 

 端末から鳴り響く着信音によって会話は中断させられ、俺はポケットから端末を出して電話に出る。画面に浮き出た文字から相手は青空の会長だということは分かったが、一体急にどうしたと言うのだろうか。そんな疑問が脳を埋め尽くす前に、電話の向こうから聞き慣れた壮年の男性の声が俺の耳に響いてきていた。

 

『ああ、よかった。綾野くん、至急青空の会まで集まってくれ。緊急事態だ』

 

「何かあったんですか?」

 

 珍しく少し早口で話し「緊急事態」と告げる会長に、俺の心臓も僅かに高鳴る。

 

 余程のことが起きているのだと本能で感じた俺は、次に言うであろう会長の言葉に耳を澄ませていた。

 

 

 

 そして会長は告げた。

 

 

 

 

 俺の予想だにしない報告を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『3WAが壊滅した』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 聞き間違い? 3WAが壊滅? は? え、いや待ってくれ。そもそも3WAって黒麓さんの組織やろ?

 

 え?

 

 じゃあ……なんだ?

 

 俺の目の前で優雅にコーヒー飲んでいるコイツは何なんや?

 

 

 

 

 何で壊滅した3WAの黒麓が普通に澄ました顔で俺の目の前におるんや!?

 

 

 

 

『3WAに潜入していたスパイからの連絡が途絶えて調査に向かったが……そこは死体の山だった。青空の会の工作員も、3WAの人間もその代表も、皆等しく……無残に身体を中心から引き裂かれていた』

 

「……」

 

 端末から聞こえてくる会長の声もよく届いてこない。

 

 悲惨な現場の様子を伝えてくるのは分かるが、その情報も俺の頭で上手く映像にすることが出来なかった。

 

 それほどまでに、俺の心臓は激しく胸を打ち鳴らしていたのだ。

 

『工作員に持たせていたカメラから何があったのかは既に把握している。綾野くん聞いてくれ。黒麓大地を名乗るレジェンドルガは、正真正銘のとんでもないバケモノだ! そいつ一人が、3WAの全てを殺し尽くした』

 

「……」

 

 会長の言葉ともに、俺の身体中の体温が抜けていく感覚がしていた。

 

 そのバケモノが具体的に何をしたのか、その場にいない俺には分からない。

 

 しかし一つ確かなのは、その現場を作り出したバケモノと同姓同名の存在が俺の目の前で座り、うすら笑みを浮かべながらこちらを見ているということだった。

 

「何やら具合が悪そうだけど……大丈夫かい?」

 

「え? あ、ああ……も、問題ないで……」

 

 彼に何も悟らせないよう必死に平静を見せようと、しかし引きつった声で答えていく。

 

 一人で惨劇を作り出したとされる異形が目と鼻の先にいる状況で震える声を隠しきれず、だがそんな様子を見せるわけにいかず笑みを作ろうとしていた。

 

 これ以上余計なことを彼に話すのはマズイ、情報を与えるのはヤバイと、俺の本能が叫んでいた。

 

「そうか……でも、ごめんね」

 

「え?」

 

 だが彼からの突然謝罪の言葉を受け、思わず聞き返してしまう。

 

 そして思い出した。

 

 

「ボク、とても耳がいいんだ。“とんでもないバケモノ”だから」

 

 

「ぁ……」

 

 

 そう、コイツは人間ではない。

 

 

 十三魔族が一つ、レジェンドルガ族。

 

 

 俺の端末の向こう側から流れる声を聴きとることなど、いとも容易いことなのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……知っちゃったんだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の静かな声色によって身体中で鳥肌が立つ。

 

 

 黒麓は薄らとした笑顔を絶やしていないが、彼の待とう空気が明らかに変わったのは感じていた。

 

 

 だから確信したのだ。この次の瞬間にコイツが何をしてくるかなど。

 

 

 ──ヤバい。

 

 

 だが彼が何をしようが俺にはどうしようもできなかった。

 

 

「捕食対象じゃないから友達になれると思ったんだけど……本当に残念だ」

 

 

 俺がどんな抵抗をしようともそれは無意味だ。

 

 

 ──距離が近すぎる!

 

 

 逃げることも攻撃することも叶わない。

 

 

 俺の第六感は動けと叫んでいるし、実際に動けるのも感じている。

 

 

 しかし遅すぎる。ヤツとの距離があまりに近すぎるのだ。

 

 

「じゃ、さよなら」

 

 

「──」

 

 

 今もテーブルを突き破りながら俺の心臓目掛けて高速で迫る鋭い突起が目で見えているにも関わらず、それに反応しうるだけの超人的な身体能力など兼ね備えていない俺は、ただそれを見ることしかできなかった。

 

 

 人の命を簡単に奪い去れる凶器が俺の胸を突き刺すその瞬間を……。

 

 

 それと同時に、物凄い突風が俺の身体をさらうような感覚にも襲われる。

 

 

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あらあら」

 

 

「え……?」

 

 

 身体に痛みは感じなかった。代わりに黒麓の味気のない声と、誰かの温もりが側から感じられたのだ。前方を見れば、自分は黒麓の目の前から大きく離れているのが見えた。黒麓の腕から伸びる鋭い凶器がテーブルを破壊しているがそこに俺はいない。

 

 俺はどうしたというのだ……?

 

「間一髪……っ」

 

「どうだ? 急死に一生を得た気分は?」

 

「あ、アゲハ……次狼……」

 

 俺の側から感じた温もりは、アゲハと次狼のものだった。呆気に取られる俺を他所に、二人は俺を殺そうとした黒麓を鋭く睨みつけていた。

 

「なるほど、彼女に一瞬の間だけ幻覚を見せられていたのか」

 

「そしてコイツを回収したのは俺だ」

 

 なるほど、だから先ほど一瞬風を感じたのか。アゲハによる魔術でヤツが幻を見ている隙に次狼が俺をヤツから引き離した。だから俺は今も生きているのだろう。だが何故彼らが都合よくここに現れたのか気になり、俺は二人に対して問いかけていた。

 

「なんでここに?」

 

「過去の文献を調べていて、ようやくアイツのこと分かったのよ」

 

「アイツのこと?」

 

「へぇ……」

 

 興味深そうに息を漏らす黒麓は、相変わらず笑みを崩さないまま余裕の顔待ちでこちらを眺めている。そんな彼に対してアゲハは睨み返し続け、そしてその正体が発覚した経緯について語り始めた

 

「麗牙の話で私は真っ先にアンタを睨んだよ。そして見つけたの。ただ殺すだけでなく、男女の番を食らう趣向を持つ怪物の話をね」

 

「じゃあ、幾馬って夫婦が消えたんって……」

 

「おかしいと思ったの。突然その場から二人の生命の跡が途絶えていたから。血痕以外に何の気配も残されていないなんて普通はあり得ない。突然消えた……誰かに食われたとしか思えないくらいに不自然だった。そうよね? アンタが食ったんだもの」

 

「……ふふっ」

 

 黒麓は否定の言葉を発することなく、アゲハの指摘に鼻で笑って答えていた。だがそれは嘲笑の笑みではなく、悪戯がバレた子どものような無邪気な笑いのように俺は見えたのだ。つまり、アゲハの予想は的を得た。アゲハの言葉通り、ヤツは人間とファンガイアの夫婦を食らったと言うのだ。

 

 そして戦慄する俺を他所に、アゲハはヤツの正体を口にした。

 

「健吾、ソイツはただのレジェンドルガじゃない。レジェンドルガの(ロード)の副官として、奴に次いで生命を殺し尽くした存在……怪物の中の怪物……ヨルムンガンド」

 

「ヨルムンガンド……?」

 

「ふふ……懐かしいな……昔はそんな名前で人間たちに呼ばれてたっけ」

 

 名前だけは俺も聞いたことがある。北欧神話に登場する、悪神ロキと巨人アングルボダから生まれた世界を食らう巨大な毒蛇の名だ。その神話の世界蛇の名前の元となったのがコイツだというのか……?

 

「ふふ……かはは……」

 

 昔を懐かしがるように微笑む黒麓改めヨルムンガンドレジェンドルガは、しかしすぐに笑うのをやめて冷たい目で俺たちを睨み返した。

 

「でも……今は違う。今のボクは黒麓大地……そしてレイ……レイ アライズだ。レイキバット!」

 

「!?」

 

 彼の呼びかけと共に黒色の蝙蝠が彼の元に舞い降りた。彼の言葉を信じるならば、それはレイに変身するための制御コントロールとなるレイキバットなのだろう。しかし俺たちの知る白銀のボディは一変、闇に染まったように全身がドス黒く変化していた。

 

『行こうか。過激に、華々しく』

 

「変身」

 

 黒いレイキバットが黒麓の腹部に張り付いた途端、彼の周辺に激しいブリザードが吹き荒れる。しかしそれは白雪の如き綺麗な白色なんてものではなく、闇を体現したかのような真っ黒な吹雪であった。

 

 そして黒い吹雪が彼の身体を完全に覆った瞬間、闇が一気に弾けた。

 

「なっ!?」

 

 そこに現れたのは、白が全て黒に変換された禍々しいレイの姿であった。

 

 最初からウェイクアップ状態なのか、ギガンティック・クローが彼の腕に装着されており、金色の巨爪は今ではギラギラとした銀色に変化していた。

 

 蒼き瞳も血のように真っ赤に染まり、以前よりも凶暴さを感じさせる威圧感を放っていた。

 

 自分たちの知るレイとは何もかもが違うその姿に、俺たちは言葉を失ってしまっていた。

 

 

「さて、ボーカルがいないけど勝負と行こうか。TETRA-FANGのみなさん」

 

 

 そして黒麓が変身した新たなレイが、俺たちに爪を立てようとしていた。




まさか年内最後の投稿がこれとは……。
来年もよろしくお願いします。
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