わたしたちを熱狂の中に引きづり込んだブルースカイのライブは大成功の内に幕を閉じた。ライブが終わってもわたしたちの中にある興奮が冷め止むことはなく、しかし終わってしまったという虚無感との間に挟まれて、わたしも麗牙さんもしばらくは会場で放心してしまっていた。会場の放送によってようやく我に返ったわたしたちは、互いにそのことを笑い合い、名残惜しみながらも青空の音楽を満喫した会場を後にしたのだった。
「なんかもう……うん……はは、すごかった、ですね……」
「はい……わたしも……うまく言葉にはできないですけど……最高でした……」
あまりの迫力のステージにわたしたちは言葉を失ってしまっていた。好きなグループのライブに来て、その音楽を一身に浴びたのだからそれも当然かもしれない。しかし言葉では表せなくとも、わたしたちの心には間違いなくあの青空の音楽は刻み込まれていた。熱く、晴れやかで、そして温かでもある、わたしたちの大好きな音楽。それは人生でも最高の瞬間の一つだと言っても過言ではなかった。
「ブルースカイ最高!」
「はい……(それに……麗牙さんも……)」
それに何より麗牙さんと……わたしの青空を取り戻してくれた彼と、この音楽を共有できたことがとても嬉しくて、胸の中にはライブの興奮とは別の温かな気持ちが灯っていた。
本当に彼には感謝しかない。彼がいなければわたしはここにいない。こんな興奮を掴むことはできなかった。だからこそ、そんな興奮を彼の隣で味わえたことがとても幸せに感じていた。
「燐子さん。お腹空きませんか?」
「はい……わたし……もうペコペコで……」
「はは、僕もです。どこか寄ってから帰りましょうか」
「はい……」
午前に始まったブルースカイのライブは、正午を通り越して午後にまで及んだものであった。そのため昼食をとる時間はなく、会場にいた客のほとんどはお腹を空かせることになる。かく言うわたしたちも同様で、またライブで盛り上がったことでカロリーも激しく消費したことで余計にお腹が空いていた。だから麗牙さんの提案に異を唱えることなく、真っ直ぐ彼についていって遅れた昼食をとることにした。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「二人です」
「はい、二名様ご案内します!」
「っ……」
入った店でそういう言葉が飛び交うのは当たりまえのはずだけれど、今ここで「二名様」と言われることに何故か心臓が高鳴ってしまう自分がいた。その言葉と共に案内される自分たちに視線が飛んでくるのは仕方ないけれど、どういう風に見られているのか気になってしまう。友達? 兄妹? それとも……恋人? 店内にいる同じような男女の二人組の客がどうにも恋人にしか見えない分、わたしも恋人同士に見られているかもしれないと変に緊張してしまっていた。
でも……全然悪い気はしないかな……麗牙さんと……そんな風に勘違いされてしまうのは……。
「(こ、これってやっぱりデート……だよね……)」
今更ながら顔を赤らめて緊張してしまう。男女が約束を決めて外出するなんてデート以外の何物でもないのに、それをここに来てようやく気付くなんて……。麗牙さんはデートだと思っているのかな……? わたしなんかとデートなんてして、楽しいと思ってくれるのかな。さっきの麗牙さんの笑顔を見ているとそうだと思いたいけれど、やはり自分に自信が無くてどうしてもネガティブな方へと考えてしまう。
だからどうしても彼に聴きたくなってしまう。
──わたしと一緒にいて楽しいですか、と。
「あの、麗牙さん……」
「はい」
「え、あ……その……すみません、少しお手洗いに行ってきます」
「え? はい……?」
しかし口を開こうとしたところで怖気づいてしまい、出まかせを言って彼の前から逃げてしまった。トイレの個室に閉じこもり、何をしているのかと自己嫌悪に陥ってしまう。とりあえず何かに縋りたくて、麗牙さんと会ってからずっと開いていなかった携帯の画面を付けていた。すると……。
「今井さん……?」
彼女から新着のメッセージがあることに気付き、すぐさまアプリを起動させる。『ライブどうだった?』という、ちょうどライブが終わる頃に送られたメッセージだったため、彼女を待たせることなく返信することが出来る。だけど……ううん、この際だ、電話してしまえ……っ。
『あれ、燐子? もうライブ終わった? ってか、麗牙といるんじゃないの?』
端末の向こうから聴きなれた友達の声を聴いて、心が落ち着いていくのが感じられた。わたしはライブが終わり、今は食事中だということを彼女に伝える。その折に、ふと麗牙さんと共にいることに関して臆病になっている自分に気付き、こうしてトイレから電話をかけていることを今井さんに話していた。
「意識した途端に……なんだろう……恥ずかしくなっちゃって……」
『……燐子ってさ。麗牙の事どう思ってるの?』
「え?」
突然静かになったかと思うと、今井さんは私にそんなことを問いただしてきた。麗牙さんのことをどう思う? それは優しくて、温かで、わたしに勇気をくれた人で……。でも今井さんが聴きたいのはそんなことじゃないのだと、次の彼女の質問で理解することになる。
『燐子は好き、なの? 麗牙の事』
「そ、それは……わ、分からない……です……」
わたしが麗牙さんのことが好きかなんて、そんなこと分からない。だって、そもそもわたしが誰かを好きになるなんて……出来るはずがないから……。
「わたし……誰かを好きになることが……」
『燐子?』
あの日、あの子のことがあるから、わたしは誰かを好きになることなんてできない。好きになっちゃいけない。そう思っていたし、これからもそうかもしれないと思っていた。だけど……。
──『また……壊してくれるんですか……?』
いつの日か、わたしは麗牙さんに向けてそんな期待をしてしまっていた。恋ができない自分の鎖を壊してくれることを。わたしに再び恋をさせてくれることを。そんなことを麗牙さんに期待してしまったのは何故なのか……実は未だにわたしのなかで結論は出ていなかった。
『アタシはさ、燐子は麗牙のこと、好きだと思ってたよ』
「え?」
しかし今井さんの声で、その答えとも言えるべき結論に触れた気がした。わたしが、麗牙さんのことが好き……? 今井さんの眼にはわたしはそう映っていたのかと、彼女に更に問い質してしまう。
『気づいてる? 最近の燐子が麗牙を見る目って、なんか見ててきゅんと来るんだよね』
「きゅん、ですか……」
『そうそう、きゅんってね。なんか構ってほしそうなネコみたいな?』
「構ってほしそうって……」
分かるような分からないような……でも、確かに彼に構ってほしいという気持ちはある。
不安な時は彼には傍にいてほしいし、悩みも聞いてほしい。彼の不安も聞いてあげたい。
楽しいことがあれば教えてほしいし、わたしの楽しいと思うことも聞いてほしい。
悲しいことがあれば聞いてほしいし、彼の悲しいことも聞きたい。
いいことも悪いことも全部、彼と分かち合いたい。
そう思うということはつまり……好きということ……なのかな?
「わたしは……でも……まだわかりません……」
『あはは、そっかぁ……でもさ、どっちにしても麗牙といてて、燐子は楽しんでしょ?』
「はい……」
『ならいいじゃん、燐子が幸せなら今はそれで。麗牙もさ、きっと燐子が笑ってくれた方が喜ぶよ。それだけは絶対に間違いないから』
「そう、ですか……」
『うん。それはアタシが保証するよ♪』
やはりわたしの今の気持ちが恋なのかはまだ分からない。でも、わたしが笑っている方が麗牙さんも喜ぶ。今井さんの自信にあふれたその言葉で胸の中の不安が消えていくようであった。そして、わたしも嬉しく感じていた。わたしの喜びを彼も一緒に喜んでくれるようで、わたしの楽しみも一緒に楽しんでくれるようで……同じ気持ちを彼と分かち合えるということに、言い知れぬ喜びを感じていた。
『だからさ、燐子は麗牙から逃げちゃダメだよ。たとえ……どんなことがあっても』
「? ……はい」
やけに真に迫るような言い方だったけれど、わたしは特に気にすることなくその言葉をそのまま受け止めた。緊張しても今のように彼から逃げちゃダメだと、そう言っているのだと思ったから……。
「ありがとうございます……今井さん。電話してよかったです……」
『いいのいいの。じゃ、お食事楽しんできてよ。お土産も期待していいかな?』
「ふふ……はい、楽しみにしていてください……」
そしてわたしは通話を切り、麗牙さんの元へと戻っていった。彼女のお陰で不安は消え去った。とりあえずは後でちゃんと彼に尋ねてみようと思う。
──今日わたしと一緒にいて楽しかったですか、と……。
しかし、わたしが端末を鞄にしまった後に、今井さんがこんなメッセージを送ってきたことに気づくことができなかった。
[そうだアタシさ、麗牙の子どもの頃の写真持ってるんだけど、燐子に送ろうか? もしかしたら会話の種になるかなって(笑)]
そのメッセージを見ることなく麗牙さんの元に戻ったのは、幸か不幸か……その時のわたしには分からなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
今より数時間前のこと。3WA本部で黒麓の眼前で始まった新生レイとファンガイアの戦いは、ものの一瞬で決着が着いた。黒きレイ──レイアライズへと勢いよく駆け出したファンガイアは、その手に握られた凶器を敵に振るいかかった。しかしそれよりも早く、既に抜かれていたレイの銀色の巨爪がファンガイアの身体を掠め取った。本来ならば致命傷になり得ないほどの小さな傷であったが、レイに装備されている対ファンガイア用物質──クルセイダーの効力がファンガイアにその牙を剥いたのだ。
「ッぐ!? ゥグア!? ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!?」
ファンガイアの細胞に付着したクルセイダーが化学変化を起こし、ステンドグラス状の身体が崩壊を始めていく。みるみると溶けていく身体から激しい苦痛が生じ、ファンガイアは悲鳴を上げてのたうち回っていた。腹部に大きく穴が開き、尚も穴は広がっていく。激痛に全身を支配され、もはやファンガイアは立つことすらままならなくなっていた。
『おやおや、もう終わりかね。では早く終わらせて次に行こうか』
3WAの代表の言葉を皮切りにファンガイアの傍に立ったレイは、倒れ伏す異形の背に向けてその爪を突き刺した。
「ギィァァァァァァァァァァァァァァァァ……ァァ……ア──」
背中から身体が解け始め、遂にその身体が完全に崩壊し、上半身と下半身が分かたれたところでファンガイアは完全に沈黙した。完全に意識が消えたファンガイアの残骸も、未だ床の上で崩壊を続けており、レイに装備されたクルセイダーの破壊力を物語っていた。
『どうかね、黒麓くん。クルセイダーの威力は』
「ええ。分かってはいましたけど、こうして目の前で見せられると恐ろしいですね」
スピーカーから轟いてくる代表の声に向けて黒麓は謙遜のない素直な感想を述べる。掠っただけで並みのファンガイアを再起不能に陥れる超兵器は確かに非常に恐るべきものであり、黒麓もその威力を目の当たりにしてある種の恐ろしさを感じていた。自身がファンガイアならば決して相手にしたくない敵だと、余裕を持った笑みの裏で感じていた。
「それで次はボクの番……というわけですか」
『よく分かっているじゃないか』
「ええ。貴方のことはよーく分かりますよ。自分の意に介さないものは絶対に許さない、その小さな器についてはね」
『ふん、言うじゃないか』
言葉から余裕の消えた代表の言葉を合図にレイが無言で黒麓へと迫る。威圧を放ちながら、目の前の生命を消し去らんとする巨大な爪が輝きを増しているかのようであった。
『だが如何にレジェンドルガの君でもレイアライズは倒せない。その力、是非ともその身で味わいたまえ』
黒麓の登録抹消──即ち排除は、既に役員会によって定められていた組織の決定事項であった。これまでレイの強化のための実戦データ収集のため、敢えてレジェンドルガである黒麓にレイを託し、その戦闘記録は着々と3WAに蓄積されていった。黒麓の人並外れた運動能力と、そして数多くのファンガイアやレジェンドルガとの戦闘がレイの再構築に必須であったのだ。そしてそのデータが実りを結んだ結果こそが、彼の目の前にあるレイアライズであった。黒麓の手によって完成したレイアライズは、今まさに彼自身に爪を立てようとしていた。
「ふふ……」
『おや。もしかして勝つつもりかい? 君の戦闘データ、そして生体データも全て取り込んだレイアライズに』
「いえいえ。ただ、クルセイダーをこのレイだけに搭載してそのままというのは、ちょっとアホだなと」
『何?』
「もしこのレイアライズが破壊されれば、もう現物は存在しない。ここのデータセンターに保管されているサーバーのデータを参考にして再び作るしかないのでしょう?」
『何を言っている……?』
黒麓の言葉の通り、この世に現存するクルセイダーはレイアライズに搭載されたもののみだ。資源や時間の関係でそれしか製造できなかったが、無論3WAはこの後にも製造は続ける予定であった。だが黒麓はそんな状態で自分に挑むのことを愚かだという風に彼らをあざ笑っていたのだ。
そして、黒麓は彼らに言い放った。
「だからさ……僕に奪い返される可能性とか考えなかったのかなって」
その言葉と共にレイは踵を返して黒麓に背中を向けて立ち、3WAの幹部たちのいる方角を睨みつけた。まるでレイが黒麓を守るように……黒麓がレイを従えているかのような光景に、代表を含めた3WAの構成員は皆驚愕の表情を浮かべていた。
『何ッ!?』
「はは、残念でした。彼は既にレジェンドルガ。ボクの人形さ」
『馬鹿な! 事前のバイタルチェックでは装着者に何も問題は無かったはずだ!』
「時限式だよ。というよりここにいるみんな、最初からボクの仕掛けた毒に侵されていたんだけどね。ボクのちょっとした判断次第でレジェンドルガに変えてしまう爆弾みたいなものかな」
『な……っ!?』
黒麓は3WAに入った当初からこの事態を予測し、組織内の人間全てに自分の身体で作り出した特殊な毒を仕込んでいたのだ。まさか自分までもと、予想だにしなかった黒麓の言葉に代表は言葉を出すことも出来なかった。
「意外と簡単だったよ……誰にも気づかれないように貯水槽に仕込むのはさ」
そして黒麓の姿かたちがゆがみ始めた。人の肌を破るようにして黒い鱗が出現し、それはどんどんと肥大化していく。黒麓の瞳が赤く輝き、その顔も人間のものから蛇のような禍々しい頭部に変化した。一瞬のうちに起きた変化はその場にいた誰の眼にも正しく認識することは適わず、気が付けばその場には一体の巨大な異形が顕現していた。両腕は鋭い牙を持つ蛇で構成され、地面に突き立てる脚は消え去り、大樹のような蛇の尻尾が伸びていた。
『なんて……悍ましい……』
「ふふ、貴方には言われたくないなぁ」
完全に人の五体を失い、蛇の異形と化した黒麓──ヨルムンガンドレジェンドルガは、その両腕から生えた蛇を伸縮させて固い床を突き破っていた。
そして──
『ぶぐぅぅ!?』
『ギィァァ!?』
『ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!?』
異形とレイの様子をモニターで観察していた幹部たちの部屋の床から、突如として蛇がその固いタイルを突き破って飛び出してきたのだ。床から突き出た蛇の頭は数知れず、そしていずれも寸分の狂いもなくそこにいる人間の腹を突き破ったのだ。身体を貫かれて血しぶきを上げる複数の人間の悲鳴が、スピーカーを通して異形とレイの耳にも轟いていた。
「じゃ、ボクはこれで退職だ。みなさん、お世話になりました」
『ま、待てブギィィァ──』
代表の言葉が続くことはなかった。身体の中心を貫いた蛇の身体が更に裂け、首が、両腕が、両脚が、全てが一瞬のうちに引き裂かれたのだ。ヒュドラの如く枝分かれした多頭の蛇に夥しい量の血の雨が降り注ぐが、その赤い色が目立つことはなかった。その部屋にいた人間は全てが引き裂かれており、部屋の壁という壁一面が赤く塗りつぶされていたのだから……。
「これがあれば、ボクはあの闇をもっと長く……クク……クフフフ……」
人間の姿へと擬態した黒麓は、手に入れた力を眺めて悦に浸る。
自身の理想を、快楽を、あの時よりも長くその身に味わえることを確信した故の満足であった。
人ならざる異形と言えど彼もまた、その根底にあったのは拭いきれない過去への妄執であった。
「ハァァァァァッ!」
「ダァァァァ!」
ライジングイクサに変身した健吾と、ビショップの姿に変貌したアゲハの剣がレイアライズに迫る。両者とも数多くの戦闘を経験してきた強者であり、また繰り出される一撃もバラバラではなく連携の整った見事なコンビネーションを見せつけていた。レイの巨爪の隙をついて、二人は間違いなく完璧な斬撃を繰り出したはずであった。
「フンッ、ハアァッ!」
「っ、チィ!?」
しかし、彼らの剣はレイに決定打を与えることは出来なかった。レイの両肩――ブロウニングショルダーから伸びた爪が二人の剣を塞ぎ、レイは無傷で二人に反撃の手を咥えようとする。なんとレイの背後から生えた蛇の頭がイクサとビショップに襲い掛かり、二人はその頭を薙ぎ払いながら後退するしかなかったのだ。
「なんやあの蛇!?」
「レイの力じゃない! 黒麓自身の力よ!」
「ご明察。だから言っただろ? 今の僕はヨルムンガンドじゃなく、レイアライズだと」
ビショップの指摘通り、レイの身体から湧き出す無数の蛇の頭は黒麓──ヨルムンガンド自身の力であった。彼はただ単にレイに変身したのではない。レイの力をその身体に取り込み、自身の力としたのだ。故に彼らの目の前にいるのはレイでもヨルムンガンドでもなかった。レイの力とヨルムンガンドの力が融合し合った、全く新しい化け物であったのだ。
「ルガァァァッ!」
「おっと、危ない」
レイの意識の外から彼に向かって青い影を纏ったガルルが強襲をかけるも、それすらレイは身体を翻して避ける。不意打ちを空ぶったガルルに向けてレイのブロウニングショルダーの槍が襲い掛かるが、すぐさまその場から飛び退いてガルルは事なきを得た。
「チッ……だが所詮は俺たちと生き物だ。何事にも限界はある」
「確かにね。でもそれはキミたち相手にじゃない。ボクに限界があるとすれば、そう──」
「おしゃべり禁物やで!」
「ハァァァァァッ!!」
言葉を続けようとするレイに再びイクサとビショップが仕掛けていった。不意打ちだろうが何だろうが、命の奪い合いをしている彼らとっては、敵が余裕を見せる瞬間は何よりの好機でしかなかった。イクサとビショップ、そしてガルルが一斉にレイの身体に向けて一撃をぶつけようとしていた。
「ふっ、ヌゥンッ!」
「なっ、ぅおおッ!?」
「グガァ!?」
しかし三人の攻撃が着弾する寸前、攻撃のタイミングが一致したと誰もが思ったほんの一瞬の内にレイはイクサの懐へと飛び込んだのだ。そしてイクサカリバーを振るうイクサの腕をつかみ取り、自分の背後に向けて投げ飛ばし、結果イクサはガルルと衝突して共に吹き飛ばされていくこととなった。そして一人何の邪魔もなくレイの元に辿り着いたビショップはその刃を背中を向けたレイに突き立てようとするが……。
「なっ!?」
地面から突如として蛇の頭が突き出して、ビショップの腕に巻きついたのだ。それによって威力を殺されたビショップの剣は、目標に届く前に簡単に避けられてしまった。未だ剣を振りかぶった体勢のまま、しかし蛇に腕をからめとられたまま無防備な状態をレイの前に晒してしまったビショップ。そして──
「さて、キミは耐えられるかな? ハァァッ!!」
「っ、きゃあああああああああああっ!?」
銀色に変色したギガンティック・クローがビショップの身体を引き裂き、その身体を大きく吹き飛ばしたのだ。地面を転がりながらも何とかその身を立て直し、ビショップは剣を地面に突き立てて再び立ち上がろうとする。
しかし……。
「この……ぃギ!? ァグ……ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!?」
「アゲハッ!?」
彼女は突如として、剣を手放してその身を庇うようにして地をのた打ち回り始めたのだ。空を裂くような悲痛な叫びが空間を支配し、イクサはすぐさま彼女の元へと駆け寄っていた。
「アゲハッ!? お、おいッ! アゲハァァ!!」
「ガァア゙ア゙ア゙っ!? ィギ……や……が、ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!?」
「っ……お前っ!! アゲハに何をしたァ!?」
収まることなく悲鳴を上げ続けるアゲハを抱き寄せることしか出来ないイクサは、レイに向けて吠え叫んだ。しかしその回答に真っ先に答えたのは、静かに怒りの炎を瞳に宿らせたガルルであった。
「クルセイダー……」
「そう、次狼くん正解。対ファンガイア用兵器として3WAが開発していた化学物質。現存はこれしかないけど、それでもファンガイアを滅ぼしつくすことは可能かもね」
「ハァハァ……ッグ……ィァ……ハァ、ハァ……ゴボォ……ガハッ……」
既にファンガイアの姿を保っていられず、少女の姿へと戻ったアゲハの小さな口から血が吐き出されていく。全身を振るえさせ、意識を保つことさえやっとの状態で、しかしそれでも彼女はレイを睨むことを止めてはいなかった。
「流石はチェックメイトフォーのビショップ、今ので死なないとはね。とは言え、たった一撃でこの有り様だ。いやぁ、データも全て消しておいて正解だったかも。こんなもの広められちゃ、ボクの楽しみが地球上から減ってしまうしね」
「お、お前……ッ、ォオオオオオオオオオオオ!!」
「健吾ッ!?」
仲間を傷付けられ、そしてそれをまるで意に介さない目の前の敵に怒りを抑えきれず、イクサは雄たけびと共にレイへと駆けだした。無謀にイクサカリバーを振り上げ、レイへと力いっぱい振り下ろすイクサ。しかしその無謀で単調な動きはレイにとって先を読むにも値しないものと見なされて、彼の攻撃は難なく片腕の巨爪によって防がれていた。
「ゥルアァ!」
「ふんッ、そんなのでボクに──」
「ダァァァ!!」
「──ッぐ……ちょっとは考えていたんだね……」
しかしレイが反撃をしようともう片方の巨爪を振り上げようとしたところで、イクサももう片方の手に握られていたイクサライザーの弾丸を自身に迫るギガンティック・クローに放ち、そして止められているイクサカリバーをガンモードに切り替えてレイの身体に撃ち込んだのだ。思わぬ銃撃をその身に食らい、僅かによろめいたレイ。その隙を見逃さなかったイクサは、イクサライザーからライザーフエッスルを引き抜いてベルトに装填し、ライジングイクサの極意を発動させた。
「食らえやッ!」
銃口に眩い光が集まり、そのエネルギーが十分に充填されたことを確認したイクサは、その最大の技──ファイナルライジングブラストを発射した。至近距離で放たれた強力なエネルギー波がレイへと襲い掛かる。その波動に飲み込まれれば、如何にヨルムンガンド……そしてレイアライズとて一溜まりもなかったであろう。完全に捉えたと、誰もがそう確信していた。
しかし……。
「フンンッ!」
「何ッ!?」
レイの両手、そしてレイキバットから黒いブリザードミストが放たれた。猛烈な勢いを孕んだ吹雪はレイの身体を瞬時に運び、なんとイクサの一撃を紙一重で躱したのだ。そしてその躱した勢いのままレイはイクサに迫っていた。ファイナルライジングブラストの反動で無防備の状態のイクサへと……。
「ハァァァアッ!!」
「ぐぁアアアアアアアッ!?」
レイの巨爪がイクサの身体を引き裂き、溜まらずイクサは吹き飛ばされていく。地面を転がり、力なく横たわるアゲハの傍まで吹き飛ばされたイクサは変身を強制解除させられ、中から傷だらけの健吾が姿を現していた。
「ぐ……ごはっ……っ」
血を吐きつつも腕を地面に突き立てようとする当たり、アゲハ程の重体ではないのだろう。しかし身体に受けたダメージが大きすぎて、健吾もその場から動くことは出来なくなっていた。
そんな健吾を、そしてまだ息の音があるアゲハをやすやすと見逃すレイではなかった。
「じゃあ、これでお別れだ。フンッ!!」
「っ!?」
鋭い蛇の頭が動けなくなった健吾たちへと伸びていく。コンクリートをも突き破るほどの勢いを持った凶器が、彼の身体を貫かんと迫っていた。
「ぐ、ぐぅぅぅぅ……っ!」
しかし、もはや自分にここから動けるだけの力は残っていない。
彼はただ、自分に迫る凶器をその視界に収めることしか出来なかった。
「(ごめん……麗牙……っ)」
万事休すと、親友に向けて心で詫びて健吾は眼を閉じた。
しかし、その時であった。
「ッグゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
しかし、健吾に襲い掛かった蛇は彼を貫くことはなかった。
代わりに聴きなれた人の雄たけびと、鈍い衝撃音が二人の眼前で鳴り響いていた。
その音の正体へと顔を向け、健吾とアゲハはその光景に思わず目を見開いた。
「っ!?」
「っ……ぁ……」
レイから放たれた蛇の身体が、彼らの盾となったガルルの青い身体を貫いている光景を……。
「次狼ォォォォォォォォォッ!!!!」
健吾の叫びが辺りに轟く。ガルルの背中から突き出た蛇の身体は彼の血で濡れており、貫いた勢いで彼の後頭部から伸びた髪を引きちぎっていた。
「グ……グルァァァァア!!」
だがガルルはそこで沈黙することはなかった。自身を貫いた蛇の胴体を、自慢の爪で引き裂いたのだ。その瞬間、彼を貫く蛇も影となって消え失せていく。しかし同時にその傷跡から赤い血が噴き出すように流れ出し、そのショックでガルルは倒れてしまった。
「次狼!!」
「……惜しいな。あと少しで引き裂くところだったのに」
自身の出血を促すこととなったが、本来ならばこの後に蛇が裂けてその五体がバラバラになっていたことを考えれば、結果的にはガルルの行動は最善のものであったのだろう。
「でもこれでみんな折れた。呆気ないね、TETRA-FANGのみなさん」
そしてレイの言う通り三人とも完全に倒れ伏し、立ち上がることも叶わなくなっていた。勝負はついたと、レイは余裕をもって歩を進ませて彼らに近づいていく。
その手に装備された、巨大な銀色の爪を高々と振り上げる。
バチバチと音を立てながら稲妻を集めていき、その爪の輝きはますます増していく。
巨大なエネルギーがそこに集まっていることなど、誰の眼から見ても明らかであった。
そして──
「さようなら」
──レイは、その腕を振り下ろした。
「……あらら」
しかしその振り下ろした先に生命の跡は存在せず、彼の鼻にも死臭は感じていなかった。
「……ビショップか……まだ動けたんだね」
微かに残る金色に光る燐。それがビショップの能力だとレイは知らないが、直感的に彼は確信したのだ。
アゲハの能力によって、まんまと撤退に成功させられたのだと。
「……まあいいか。メインは彼の方だからね」
変身を解除しつつ、黒麓は静かに自分に言い聞かせる。逃げられたことに関して多少の悔しさはあれど、そこに執着する必要はないのだから。
必要なものは全て揃った。
後は、自分が見たいものを彼に見せてもらうだけなのだから……。
「待っててね、紅くん……そして、闇のキバ……」
次回、遂に……。
「第96話 舞い散る紅白の花弁:Rainy Rose」
ご期待ください。
(作者の名前にもご注目)