月から聖杯戦争のマスターが来るそうですよ? 作:sahala
「なんじゃこれは……」
不可解に過ぎる表記をしたギフトカードを見て、白夜叉が呻き声をあげる。長年にわたって様々な者にギフトカードを与えていたが、今回の様なケースは初めてだった。
「おいおい、ザビのカードに至っては完全にバグってるだろ。実は壊れているんじゃないか?」
「いいや、あり得ん。“ラプラスの紙片”は対魔王用ギフトとして“ラプラスの悪魔”が粋を集めて作ったギフト。故障など万に一つも無い筈じゃ」
軽口を叩く十六夜に白夜叉は即座に否定する。その顔は茶化すのが阻まられるほど真剣だった。
「あれ? ザビのカード、裏に何か描かれてない?」
「え?」
耀の指摘に、ザビはカードをひっくり返す。
「なんと……。黒ウサギ達は“ノーネーム"だから無印じゃが、ギフトカードには所属しているコミュニティの旗印が描かれる。しかし……」
「旗印? これが……?」
白夜叉と耀の二人で首を捻る。確かにザビのギフトカードだけ、十六夜達とは異なって裏面に四角っぽい図形が描かれていた。しかし、まるでモザイク処理をした様に形が歪み、どんな旗印なのかまるで分からない。益々意味の分からない表記に白夜叉は顔をしかめる。
「形が分からないにせよ、旗印があるという事は所属しているコミュニティがあるという事になるな。黒ウサギよ、そなたがザビと出会った場所に他の人間はいたか?」
「いえ、黒ウサギの耳には引っかかりませんでした。あの時、近くにいたのは黒ウサギ達以外いません」
黒ウサギはギフトゲームの審判者として特別な聴力や視力などの感覚器を持つ。その黒ウサギが誰もいなかったと言うのだ。あの場にザビのコミュニティの関係者がいなかったのは確かだろう。
そんな中、当の本人であるザビはギフトカードをじっと見つめていた。そんなザビへジンが意を決して尋ねた。
「あの、ザビさん。もしかして、このギフトカードに心当たりがあるのですか?」
「ん? ああ……」
ザビはギフトカードをじっと見つめながら文字をなぞる。真剣な様子にジンは知らず知らずに唾を飲み込む。
「俺の名前……キシナミハクノだったんだ」
ズッコケる音が辺りに響く。シリアスに保たれていた場の雰囲気が一気に弛緩した。
「最初に言う事がよりによってそれ……?」
「いやだって、ようやく自分の名前が分かったんだし。ああ、フランシスコ=ザビよりずっとしっくりくる」
「そもそも何でフランシスコ何某さんを名乗ろうと思ったのよ……」
耀と飛鳥に呆れた目を向けられながらもザビ改めハクノは嬉しそうだった。彼からすれば、ようやく自分のルーツが一つ分かったのだ。
「ま、まあ、ザビ様……じゃなくてハクノ様の記憶を取り戻す手掛かりになったのは僥倖です」
先程まで緊張感のある顔をしていた黒ウサギも脱力した様子だ。とはいえ、ようやくハクノの名前が判明したのは幸いと言うべきだった。
「それにギフトネームも全く読めないものばかりではありません。この“霊子魔術師”というのは、今まででハクノ様が見せていた術のギフトだと思います。やっぱり、ハクノ様は“魔法使い”の種族だったんですよ!」
世界の果てで、黒ウサギはハクノが“魔法使い”の種族ではないかと推測を立てていた。確かに“霊子魔術師”のギフトネームは、それを裏付ける様に見える。
「それに正しく読めませんが、“月の★王”というギフトも間違いなく強力なギフトだと思います! 後は白夜叉様から記憶を取り戻すギフトを売って頂ければ、」
「すまんが、黒ウサギ。その話は無かった事にしてくれんか?」
驚いて白夜叉を見る黒ウサギ。しかし、白夜叉は真剣な顔でザビのギフトカードを見つめていた。
「し、白夜叉様? 流石にご冗談が過ぎるのですよ?」
「いや、冗談ではない。というより、正確には売っても無駄になりそうと言うべきか……」
ますます意味が分からない、という顔の全員に説明する様に白夜叉は話し出した。
「まず、キシナミハクノが先程見せた術から考察するぞ。確かに見た目は“ラプラスの悪魔”のギフトに酷似しておる。しかし、“ラプラスの悪魔”達にあれ程までの正確な情報は出せん。彼奴等は受信機となる“ラプラスの子悪魔”が集めた情報を分析して、未来予測や映像化を行なっている」
ハッと黒ウサギは息を呑む。世界の果ての水神にせよ、耀のギフトゲームの観戦にせよ、ハクノは受信機となる存在を出している様子は無い。それなのに遠く離れた耀やグリフォンの任意の情報を引き出していた。
「はっきり言おう。情報収集という分野において、ハクノは“ラプラスの悪魔”を上回っている。しかも白雪とのギフトゲームでは、攻撃の無効化や傷の治療まで行ったそうじゃな。“ラプラスの悪魔”は情報収集と分析に特化したコミュニティじゃ。そんな器用な真似は出来ない」
そう言われると、今更ながらにハクノは自分の異常性を理解できた。未来予知さながらの分析に、任意の情報の可視化。加えて多彩な魔法の様な力。これらを全てこなせているのは箱庭の基準でも異常と言えるだろう。
「故に、ハクノのギフトは“ラプラスの悪魔”でも測り切れない可能性が高い。表記のおかしなギフトカードが、その証左となるじゃろうな。それに加えてもう一つ……」
スッと白夜叉は“月の★王”のギフトネームを指す。
「この箱庭では星に対して支配権という物がある。私が太陽の支配権を持っている様にな。部分的にしか読めんが、月の名を冠するギフトネームから月の支配権か、それに相当するギフトと見て良いじゃろう」
しかし、とハクノをまじまじと見つめながら白夜叉は言葉を切る。
「……こうして改めて見ても、おんしからは神格は感じ取れん。だというのに、月そのものの様な気配がするな」
「月そのもの?」
ハクノは鸚鵡返しに呟きながら、自分の体を見る。とはいえ、月の気配というのが分からないのだが。
「それは黒ウサギも感じ取っていました。ですからハクノ様は
「私はアルテミスの気配に近いと思ったが……。第一、化身ならば大元の神霊が神格くらい渡すじゃろう?」
「あの、ちょっといいかしら?」
二人だけで議論を始めそうな白夜叉達に、飛鳥が手を上げる。
「話が見えないのだけど……要するにザビ、じゃなくてキシナミ君は月の神様の関係者という事?」
「ううむ……星霊や幻獣の種族には見えないから、その可能性が高いとは思うが……」
難しい顔で白夜叉は腕を組む。
「しかし仮に月神の化身だとすると、記憶喪失は意図的な物である可能性が高いぞ。神格を分け与えた化身が力に溺れる事がない様に、化身としての能力や記憶を封印させて転生させる神霊もいる。そうなると記憶の封印が解けるのは、基本的にその神霊自身にしか出来ん」
「そんな……白夜叉様の御力でもどうにかならないんですか?」
「すまぬが、今この店に置いてあるのは下層コミュニティ向けのギフトじゃよ。月神に関わる者の封印となると、その程度のギフトでは破れん。かと言って、上層コミュニティ向けのギフトはボスの許可無しでは売れんのだ」
ジンは肩を落として俯いた。そもそも“ノーネーム”は箱庭では最下層の位置付けだ。“サウザンドアイズ”の敷居を跨る事が出来るのも、白夜叉の好意に依るもの。白夜叉が口を利いても、“サウザンドアイズ”のリーダーは“ノーネーム”相手に貴重なギフトを売るなど許しはしない。
「すまんのう。ギフトを売ると約束したが、ここまで厄介な事態になるとは考えてなかった。この埋め合わせは、必ず行おう」
「いや、気にしないでくれ」
頭を下げる白夜叉にハクノは首を横に振る。
「自分の名前が分かっただけでも僥倖なんだ。俺にとっては、それだけで十分だよ」
「そう言ってもらえると助かる。そなたの所属コミュニティについては私も調べてみよう。ただし相手が神群のコミュニティだった場合、情報を仕入れるのは難しくなるがな」
「ありがとう。さて……」
白夜叉に礼を言うと、ハクノは改めてジンに向き直る。
「ジン。君が良ければだけど、改めて“ノーネーム”に御世話になって良いかな?」
「それは……でも、ハクノさんにはキチンとしたコミュニティがあるんじゃ……」
「その所属コミュニティが何処か分からないんだ。それに何の連絡もないコミュニティより、どこの誰かも分からないのに迎え入れてくれるコミュニティの方が俺は親しみが持てるよ」
どうかな? と問うハクノにジンは慌てる。確かにハクノを“ノーネーム”の一員として迎え入れようとしたが、何処かの神群の関係者かもしれないという事は予測していなかった。冷静に考えれば、ハクノを保護する事で彼の所属コミュニティに恩を売れる機会だと言える。しかし“ノーネーム”は箱庭では“名無し”という蔑称で呼ばれる様な最底辺のコミュニティだ。対応を誤れば、彼のコミュニティから圧力がかかるかもしれない。しかもハクノのギフトを見る限り、下手をすれば上層に本拠地を構える神群の可能性も高い。神群がその気になれば、“ノーネーム”など一息で潰せるのだ。成り行きで当主になって間もない少年にこの事態は予想外すぎた。助けを乞う様に白夜叉を見る。だが、白夜叉は首を横に振る。
「これは“ノーネーム”の問題じゃよ。私が口を挟む事ではない」
「それは……でも、」
「決断せよ、ジン=ラッセル。それがコミュニティの当主となった者の最低限の務めじゃ」
コミュニティの当主である以上、年端もいかない少年だろうと甘やかす気は無いと言外に伝える白夜叉。ジンはしばらく困った様にまごまごとしていたが、覚悟を決めた様に顔を引き締めた。
「分かりました。キシナミハクノさん。“ノーネーム”の現当主であるジン=ラッセルの名の下に、貴方を“ノーネーム”の一員として迎えます。ただ、貴方の扱いは客分とします。貴方のコミュニティが見つかった時が来たら、コミュニティに帰って貰っても構いません」
「……分かった。これからよろしく、リーダー」
ペコリと頭を下げるハクノにジンは緊張しながらも堂々とした態度で応じた。拙いながらも当主としての務めを何とか果たした少年に白夜叉は満足気な笑みを浮かべながらも、頭の中ではハクノの不可解なギフトの事を考えていた。
(“ラプラスの悪魔”達を上回る情報収集、そして“月”か……)
この二つの単語を繋げる存在に、白夜叉は覚えがあった。
それは遥かな太古。いま箱庭にいる神群達も生まれたばかりだった頃。そう、箱庭という世界が出来て間もない頃に忽然と現れた―――。
(いや……まさかな………)
心の中で首を振り、白夜叉は自分の考えを打ち消した………。
“月の観測機”について
このSSでは箱庭成立以前から存在しており、“ラプラスの悪魔”達を上回る能力を持った観測機とします。原作では“ラプラスの悪魔”は織田信長の死の真相の様な『史実にあったが誰にも観測されなかった事象』は観測不可領域となりますが、“月の観測機”は地球が誕生した頃から細菌の様な極小生物も余すことなく観察・記録を行い、天文学的な数に及ぶIFの可能性も計算しているという設定です。この事から“月の観測機”には観測不可領域は無いと考えました。また、箱庭の成立には『神が先か人が先か?』という問題があります。その答えがはっきりと出てない以上、次の様に考えました。
①人類が先に生まれ、その信仰によって神霊が生まれたと仮定する。
②その人類の誕生以前から“月の観測機”は存在している。
③箱庭は人類史と共依存している世界である事から、箱庭が出来るより以前に“月の観測機”は存在している。
以上の事を踏まえて、このSSでは“月の観測機”は箱庭成立以前から存在する“ラプラスの悪魔”を上回った観測機という扱いにしています。
(設定を遵守するなら“月の観測機”が存在するのはEXTRA世界だけですが、これについては独自設定を作っています。今後の展開のネタバレになるので、ここでは明示しません)
あくまでこの設定はsahalaのSS独自の物であり、原作とは異なる事を読者の皆様はご了承ください。