月から聖杯戦争のマスターが来るそうですよ?   作:sahala

13 / 26
ハクノがあまり関係しない原作シーンはカット、カット、カット。


第十一話『Letizia』

 寝台に横たわった耀の体にハクノは手を触れる。応急処置として巻かれた包帯が赤く染まる脇腹に手をかざし、治療のコードキャストを発動させる。淡い緑色の光がハクノの手から溢れ、耀の傷口へと入っていった。そして十秒と経たず、傷口は塞がれて血色の良くなった耀が静かに寝息を立てていた。

 

「ふう………」

 

 額の汗を拭いながら、ハクノは安堵の溜息をつく。

 白夜叉の店に行った翌日、飛鳥達と“フォレス・ガロ”のギフトゲームが行われた。当初は楽勝だと思われたギフトゲームだったが、ゲーム舞台に着いた時に誤算があった。“フォレス・ガロ”のリーダーのガルド・ガスパーが何者かに“鬼化"のギフトを付与されて、強力な人喰い虎になって待ち受けていたのだ。飛鳥達の機転で何とかガルドを討ち果たしたが、ゲームの過程で耀が怪我をしてしまった。出血が酷かった為、簡易な応急処置をした後に急いで“ノーネーム"本拠へと戻って殺菌や消毒を行い、ハクノのコードキャストで傷口を塞いだところだ。

汚れた包帯を取り除くと、ハクノは部屋を出た。

 

「あ……キシナミくん」

 

 ドアを開けると、飛鳥と鉢合わせした。

 

「春日部さんの容態はどう?」

「傷口の消毒と治療は終わった。もう心配無いよ」

「そう……良かった」

 

 飛鳥は安心した様に肩を下ろした。飛鳥が新しい普段着として着ている真紅のドレスは、よくよく見れば所々が解れていたり泥で汚れていた。おそらく耀が運び込まれた直後から、ずっと待っていたのだろう。

 

「あとは血液が足らなくなっているから輸血する必要があるな。とはいえ、そっちは黒ウサギが増血のギフトを使うと言っていたけど」

「私の血液では駄目かしら? 春日部さんの為ならいくらでも提供するわよ」

「気持ちは嬉しいけど、二人の血液型が一致しているか分からないし、移植片対宿主反応……簡単に言うと、他人の血液を入れた時に起きる免疫反応とかあるから今はいいよ。“ノーネーム”にリンパ球を排除する為の放射線照射機器がある様には見えないし、コードキャストで再現するには調整が……って、どうかした?」

 

 ポカンとした顔で見る飛鳥にハクノは疑問符を浮かべる。飛鳥は淑女らしからぬ顔をした事を誤魔化す様に咳払いした。

 

「とにかく、急を要する事態ではないという事ね。それにしても、キシナミ君は自分の記憶が無いのに結構博識よね」

「いや本当に何でだろうね? こういう知識はスラスラと出てくるのに、自分の事だけは思い出せないなんて……」

「実は医者だった、とかないかしら? そう言われても納得するけど」

「まさか。俺じゃ学校の保健委員が精一杯だよ」

 

 無い無いと首を振るハクノだが、飛鳥はそうは思わなかった。ギフトゲーム終了直後に行った耀の応急処置の手際は、素人目で見ても冷静で的確だった。これが医者では無いなら何だと言うのか?

 

(仮に医者で無いとしても、妙に手慣れていたわね。まるでこんな状況は何度も経験した、と言うばかりに)

 

「飛鳥?」

「なんでも無いわ。それより春日部さんの事で私に出来る事はあるかしら?」

「ああ、それなら服を着替えさせてあげて欲しいな。医療行為とはいえ、異性に体を色々と触られるのは耀も嫌だと思うからね」

「結構律儀なのね。分かったわ、私がやっておく」

 

 耀の寝ている部屋に入っていた飛鳥を尻目に、ハクノは二階に上がり、談話室に入った。そこにはソファーに座りながら、分厚い本を読んでいた十六夜がいた。

 

「よう、ドクター。春日部の容態はどうだ?」

「だからドクターじゃないってば」

 

 軽口に付き合いながら、耀の容態を説明すると十六夜は満足そうに頷いた。

 

「問題なさそうならOKだ。しかし春日部の怪我も2、3日で完治できるとはな。ギフトの力というのは大したもんだ」

「あの出血量を増血だけでどうにか出来る、というのは元の世界の医学じゃ考えられないけどね。それで———ジンは君のお眼鏡に適った?」

 

 ハクノが気になっていた事を聞くと、十六夜はニヤリと笑いながら本を閉じた。

“フォレス・ガロ”のギフトゲームの前日。ガルドに脅されて襲撃をかけてきた連中を撃退した十六夜は、彼等に「ガルドを倒す代わりに“ノーネーム”のジン=ラッセルが全ての魔王を打倒する、と喧伝しろ」と命令した。当初、ジン=ラッセルは十六夜にもの凄く反発した。魔王の恐ろしさを知る彼からすれば、魔王達と進んで戦いを挑む方針は正気の沙汰ではない。しかし………。

 

「“ノーネーム"には旗印も名前も無い。それならば旗頭としてジンを掲げて名前を売り、同じ様に“打倒魔王”を掲げる人材を集める。問題はジンの器量次第だったけど……」

「それに関しては問題なしだ。あの御チビ、ギフトゲームが終わった直後に嫌なら辞めてもいいと言ったんだが、一丁前に“自分の名前を全面に出すなら、皆の風除けくらいにはなれる”と言い返してきやがった。ま、器量だけなら及第点じゃねえの?」

 

 呆れた様に言う十六夜だが、いつもの人を小馬鹿にした笑顔に嬉しそうな色が混じっている事をハクノは見逃さなかった。彼にとって、ジンが見せた器量は予想以上だったのだろう。期待以上の結果が得られて、大変満足そうだった。

 

(十六夜の方法は荒療治だけど、それ以外に有効な手立ても無いからな………)

 

 チラリとハクノは窓の外を見る。そこには草木も生えない様な荒れ地となった“ノーネーム”の敷地が見えた。これも“ノーネーム”を襲撃した魔王の力なのだと言う。魔王に敗れた“ノーネーム”は旗印と名前、コミュニティの仲間を奪われた上に敷地内は不毛の大地へと変えられたのだ。かつてはコミュニティの人員の胃袋を満たしていた畑も使い物にならず、今は白夜叉の援助無しでは“ノーネーム”の子供達を養っていけない様な状況だ。

 

(以前の“ノーネーム”は東側で最大のコミュニティだったけど、それでも魔王に負けた。元の隆盛を取り戻すには、多くの人材が必要なんだ。それこそ、かつての“ノーネーム”を超える程に)

 

「なんにせよ、今度は俺が約束を守る番だな」

 

 拳を鳴らしながら、十六夜は立ち上がる。

 

「御チビは約束通りにゲームをクリアした。なら俺も御チビが出たかったゲームをクリアしますかね」

「ああ、“ノーネーム”の元仲間が出品されるギフトゲームか」

 

 記憶が無いながらも倫理観が現代社会に依っているハクノには信じ難い事だが、箱庭ではギフトゲームとして認められれば人身売買も可能だという。そんな中で“ノーネーム”に所属していた仲間が景品に出されるギフトゲームが開催されるというのだ。ジンは十六夜の提案を吞む代わりに、このギフトゲームへの十六夜の出場を約束していた。

 

「いま黒ウサギがゲームの参加手続きを取りに行ったから、あとは……と、さっそく帰ってきたか」

 

窓の外に兎耳の少女が見えた。黒ウサギの帰りに十六夜は待ち侘びた様子で出迎えに行った。

 

***

 

「ギフトゲームが中止?」

「はい………」

 

 黒ウサギは肩を落としながら頷いた。申請に行った黒ウサギの話によれば、巨額の買い手がついた為にギフトゲームの開催そのものが取り消されたそうだ。

 

「そんな………なんとかならないのか?」

「難しいでしょう。ゲームの主催を行っていたのは“ペルセウス”。“サウザンドアイズ”傘下の幹部コミュニティです。直轄では無いため白夜叉さまの伝手を頼っても、ゲームを再開させることは出来ないでしょう」

「要するに、そいつらは金を積まれたからゲームを取り下げるような五流エンターテイナーってわけだ」

 

 先程とは一転して不機嫌な顔になった十六夜が吐き捨てる。人の売り買いに対してではなく、一度は景品として出しておきながら高額がついたからとあっさりとゲームを取り止めた事に対する不快感を露わにしていた。

 

「まあ、純粋に間が悪かったと諦めるしかねえか………。ところでその仲間はどんな奴だったんだ?」

「そうですね………一言で言えば、スーパープラチナブロンドの超美人さんです。指を通すと絹糸みたいに肌触りが良くて、湯浴みの時に濡れた髪が星の様にキラキラするのです」

「へえ? よく分からないが見応えがありそうだな」

「それはもう! 加えて思慮深く、黒ウサギより先輩でとても可愛がってくれました。近くに居るのならせめて一度お話しかったのですけど………」

「おや、嬉しい事を言ってくれるじゃないか」

 

 突然した声に驚いて窓を見ると、そこにはにこやかに笑う金髪の少女が窓の外で浮かんでいた。跳び上がって驚いた黒ウサギが急いで窓に駆け寄る。

 

「レ、レティシア様!?」

「様はよせ。今の私は他人に所有される身分だ」

 

 黒ウサギが窓を開けると、レティシアと呼ばれた少女は苦笑しながら談話室へ入る。

 砂金の様な金髪を特注のリボンで結び、紅いレザージャケットに拘束具を彷彿させるロングスカートを着た彼女は、黒ウサギの先輩と呼ぶにはずいぶんと幼く見えた。

 

「こんな場所からの入室で済まない。ジンには見つからずに黒ウサギと会いたかったんだ」

「あんたが元・魔王様か。前評判通りの美人………いや、美少女だな。目の保養になる」

 

 レティシアをマジマジと見つめる十六夜。それに対してレティシアは笑いを噛み殺しながら、上品に微笑んだ。

 

「ふふ、なるほど。君が十六夜か。白夜叉の言う通り歯に衣着せぬ男だな。しかし観賞するなら黒ウサギも負けてないと思うのだが」

「あれは愛玩動物なんだから弄ってナンボだろ」

「ふむ。否定はしない」

「否定して下さい!」

 

 口を尖らせる怒る黒ウサギ。しかし久しぶりに仲間に会えた事が嬉しいのだろう。その表情はいつもより柔らかった。

 

「黒ウサギ、ひょっとしてこの人が?」

「YES! “箱庭の騎士”と称される希少な吸血鬼の純血。それがレティシア様なのです!」

「………吸血鬼、か」

 

 ハクノは何かを考え込むと、意を決してレティシアに話し掛けた。

 

「レティシアさん、だったか? 貴方に聞きたい事があるのだけど……」

「君が何を考えているかは分かる。ガルドを鬼化させたのは私だ」

 

 突然の告白に息を呑む黒ウサギ。しかしハクノと十六夜は驚かなかった。唐突に鬼種のギフトを手に入れたガルドといい、レティシアがこのタイミングで現れた事といい察するには簡単過ぎた。

 

「……何故そんな事を?」

 

 いつもより硬い声でハクノは問い質す。耀が負った怪我は場合によっては命に関わる物だった。治療を行ったハクノにはそれが正しく理解出来ていた。レティシアはすまなそうに目線を落とした。

 

「君の怒りはもっともだ。負傷した彼女には心よりお見舞い申し上げる。私は新しく加入した子達の力量を試したかったのだ。“ノーネーム”としてのコミュニティの再建は茨の道。もしも新たな同士が力不足なら、ジンに更なる苦労を負わせる事になる」

「………」

「だからこそ試したかった。異世界から呼び出してまで招いたギフト保持者。彼等がコミュニティを救える力を持っているか否かを」

「結果は………どうだった?」

 

 ハクノが聞くと、レティシアは苦笑しながら首を横に振った。

 

「ゲームに参加した彼女達はまだまだ青い。ガルドでは当て馬にすらならなかったから、判断に困る」

 

 席を立ち、窓から空を見上げるレティシア。その顔は憂いに満ちていた。

 

「何もかもが中途半端なまま、ここに足を踏み入れてしまった。さて、私は君達になんと言えばいいのか」

「違うね」

 

 突然、今まで聞き役に徹していた十六夜がレティシアに声をかける。

 

「アンタは古巣へ言葉をかけたくて来たんじゃない。仲間が今後、自立した組織としてやっていける姿を見たかったんだろ」

「………そうかもしれないな。解散を勧めるにしても、ジンの名前が知れ渡った今では意味が無い。だが仲間の将来を託すには不安が多すぎる」

「その不安。払う方法が一つだけあるぜ」

 

 そう言って、十六夜は不敵に笑った。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。