月から聖杯戦争のマスターが来るそうですよ? 作:sahala
“サウザンドアイズ”に出向いてから一晩明けた早朝。まだ陽も昇り切っていない時間帯にハクノは自室のベッドの上で天井を見上げていた。あの後に“ノーネーム”に帰ってきたハクノ達は黒ウサギと話し合ったが、レティシアを見捨てる事が出来ない黒ウサギとは話が平行線のまま会議は終わってしまった。そして騒ぎを起こしたとしてハクノ達はジンから謹慎処分を言い渡された。もっとも、ジンは頭を冷やす時間を設けるつもりで処分を下したのだが。深夜になってハクノはベッドに入ったが、あまり寝付く事が出来ずに夜が明けてしまった様だ。
「ふう………」
ハクノは思わず溜息をつく。当然ながらハクノは黒ウサギが犠牲になる事など望んでいない。しかし、レティシアがこのまま箱庭の外で慰み物となる事も見過ごせない。
「じゃあ、両立させられるかと言うとどうすればいいのか………」
寝返りをうちながらハクノは独りごちる。現在、レティシアはルイオスの手の内にある。ルイオスからレティシアを取り戻せる状況にするには?
①ルイオスのコミュニティ“ペルセウス”を壊滅させる。
(これは論外。十六夜の力があれば出来そうに見えるが、そうなると“ペルセウス”が所属している“サウザンドアイズ”が黙ってないだろう。多くの敵を作るこの方法は除外だ)
②ルイオスからレティシアを買い取る。
(これも無理だ。“ノーネーム”の台所事情は俺が考えるよりも芳しくない。恐らくコミュニティの全てを質に入れても、レティシアの売値には満たない)
③ルイオスがレティシアを手放さざるを得ない状況にする。
(これはどうだろうか? 一見、不可能そうだが何とかならないだろうか? 例えばそう、ルイオス本人ではなく“ペルセウス”として動かなくてはいけない様な―――)
そこまで思考が行き渡った時、ハクノは不意に思いついた。ベッドから起き出して身支度を済ませると、朝食も摂らずに“ノーネーム”を後にした。
***
「そろそろ来る頃だとは思ったぞ」
ハクノが“サウザンドアイズ”の支店前に行くと、白夜叉が待ち構えていた。
「白夜叉……どうしてここに?」
「なあに、朝の散歩じゃよ。そういうおんしは、朝の散歩というわけでは無さそうじゃな?」
ニヤリと笑う白夜叉に気になる所はあったが、ハクノは自分の用事を優先させる事にした。
「単刀直入に言う。“ペルセウス”をギフトゲームに引きずり出す方法を教えて欲しい」
「これはまた唐突だの。そもそもどうしてそんな考えに至ったのやら」
「………少し考えてみたんだ。コミュニティがどうやって名前と旗印を売るのかを」
コミュニティにとって名と旗印は命の次に大事な物だ。ではその名と旗印を売るにはどうすればいいか? もっとも簡単な方法はギフトゲームで連勝する、もしくは自分でゲームの主催者を行うことだ。
「あの後に黒ウサギから聞いたけど、“ペルセウス”は五桁のコミュニティ。それくらいの上位にいるなら“ペルセウス”主催のギフトゲームだってあるはずだ。それも“ペルセウス”の名前に相応しい様な」
ギフトゲームの主催を行うコミュニティは、名前を効果的に売る為にコミュニティの名に関連したギフトゲームを開催する。白夜の魔王であった白夜叉が、自分の名と同じ白夜の世界をゲーム盤とした様に。
「もしもそんなギフトゲームをクリアしたら、それこそコミュニティの名前と沽券に関わる事だ。リーダーのルイオスが無視しても、“ペルセウス”として黙っていられなくなるはずだ」
ハクノがそこまで言い終わると、白夜叉はニンマリとした笑みを浮かべた。
「ふぅむ。少し甘いが及第点にしておこうかの。おんしの予測通り、“ペルセウス”主催のギフトゲームはある。それも下層のコミュニティに常時挑戦を受け付けている物がな」
「っ! それは、」
期待していた以上の情報に浮き足立ったハクノを手で制して白夜叉は先を続ける。
「おんし、ペルセウスの伝説は知っているかの」
「………概要くらいは」
ペルセウスはギリシャ神話に登場する半神の英雄だ。彼はハデスの不可視の兜やヘルメスの空飛ぶサンダル、不死身殺しの鎌ハルペーやアテナの盾といった様々な武具ギフトを身に着けて怪物ゴーゴン殺しを行った。
「そのペルセウスはな、ゴーゴン殺しに行く前に二匹の怪物を相手した。それがグライアイとクラーケン。コミュニティの“ペルセウス”もまた、この二匹を見事打倒した者には自身への挑戦権を認めておる」
「つまり、“ペルセウス”に挑むには伝説をなぞって怪物達の試練を乗り越えて来い、ということ?」
ハクノの質問に白夜叉は首肯する。そして柏手を一つ打つと、地図と荷物の入った背嚢が現れた。
「ここから一番近い試練———グライアイの居場所の地図と道中の食糧じゃよ。持っていくが良い」
「ありがとう。でも………どうしてここまでしてくれるんだ?」
「なあに、私も此度のルイオスの振る舞いには目にあまるからな。それに、おんしには記憶を思い出すギフトの件で埋め合わせをすると約束した。これは正当な援助じゃよ。それより残された時間は多くないんじゃろ? 急ぐが良い」
悪戯っぽく笑う白夜叉に礼を言うと、ハクノはその場を後にした。そしてハクノの背が見えなくなると、支店の扉がガラッと開いた。
「いいのですか? 彼より先に金髪の少年が来た事を伝えなくて」
「構わんよ。逆廻十六夜の性格からして力が強いクラーケンの方から挑むじゃろ。対してキシナミハクノはここから近いグライアイの試練に挑むじゃろうから、無駄足にはなるまい。それしてもあの童め、火急の事態とはいえ私を叩き起こしおって………」
「………本当に、よろしかったのですか? あの金髪の少年はともかく、先ほどの少年にグライアイは荷が勝ちすぎると思いますが」
ん〜、と伸びをする白夜叉に、彼女の右腕である女性店員は心配そうな顔をする。ルイオスの印象は悪いが、仮にも“ペルセウス”は五桁のコミュニティ。これは下層の中では上位である事を示す。
「白雪のギフトゲームの経緯は私も聞きました。そのゲームを見る限り、あの少年は完全に後衛型のプレイヤーです。金髪の少年とチームを組むならともかく、彼一人では無駄死にしに行く様なものだと思います」
キシナミハクノは回復や遠見を用いた任意の情報を引き出す魔法の様な力もさることながら、戦況把握や戦闘指揮に優れている。だが悲しいかな、彼の身体能力はあくまで人間の範疇だ。壁役となる前衛がいなければ、まったく話にならない。
そう指摘する女性店員に白夜叉は意味深な笑みを浮かべる。
「実はのう、昨日の内に“ラプラスの悪魔”や交流のある月神達に連絡を取ったのじゃが………」
「昨日の内に、ですか?」
「ん? それがどうかしたか?」
白夜叉は事もなしに言うが、昨日も支店の通常業務があった。しかも階層支配者としての業務に加え、“フォレス・ガロ”壊滅の後処理でいつもより忙しかった筈だ。しかし白夜叉が仕事に手を抜いた様子は無い。その上で他コミュニティへの連絡も行なった自分の主人の有能さにドン引きしている女性店員に不思議そうな顔をする白夜叉。
「まあ、ともかく。心当たりを全てあたってみたが、結果はゼロ。誰もキシナミハクノなる化身を知らぬと言う」
白夜叉は当初、キシナミハクノは月神の化身ではないかと考察していた。しかし、どうやら見当違いだったらしい。聞いた全員が素直に話したとも思っていないが、キシナミハクノは神群から正式に後ろ盾を得られない存在だということは分かった。
「それでは、あの少年は一体何だと言うのです?」
「それを見極める為の
“ペルセウス”の試練はただの人間の手に余るとはいえ、箱庭全体から見れば難易度は低い。もしもキシナミハクノがこの程度で躓く様ならば、はっきり言って警戒する価値も無い存在だ。だからこそ、白夜叉はワザと十六夜の来訪を告げずにキシナミハクノが一人で試練に挑む様に誘導した。そんな主を女性店員は何とも言えない怪訝な顔で見る。
「その………白夜叉様は随分とあの少年を警戒されている様ですが………私には白夜叉様ほどの方がどうしてそこまでされるのかが分かりません」
確かにキシナミハクノは異質だ。神格保持者を相手に完封勝利した戦術眼。治療や遠見などの多彩な能力。“ラプラスの悪魔”を上回る情報収集能力。戦闘能力こそ皆無だが、下層においては破格と言っていい。
だが、それだけだ。白夜叉の様な箱庭上層の神仏からすれば、脅威にすらなり得ない。権能を行使し、身動きするだけで天地が裂けると言われる神仏から見れば取るに足りない存在な筈だ。その上層の神仏の中でも指折りの上位にいる白夜叉がどうしてただの人間に警戒しているのか、女性店員はまったく分からなかった。
「………なに、少しばかり懸念している事があるだけじゃよ。これで的外れならば、“白夜叉はただの人間を無駄に警戒した”と笑い話になるだけじゃ」
だが、万が一———。
「万が一、あるいは億が一かもしれん。それでも私の予想が当たっているなら、最大限に警戒せねばならん。何せ———遥かな太古。外界の時間で14000年前。神仏や悪鬼羅刹を問わず、当時に隆盛を誇っていたコミュニティのほぼ全てを滅ぼし、箱庭全土を無に帰そうとした巨人。其奴に襲われる原因となった月の演算機に深く関わっているかもしれんからな………」
多分、次回あたりでハクノの剣を出せるといいなぁ。