月から聖杯戦争のマスターが来るそうですよ?   作:sahala

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やっとここまで書けました!
これで明日からも仕事を頑張るぞ!


第十四話『Lucius』

 グライアイの住処は、海辺の近くにあった。ゴツゴツとした岩が無造作に転がる荒れ果てた岸部に、それはいた。

 

「フェッフェッフェッ、よく来たねぇ。こんな最果てにお客さんなんて何十年ぶりだろうねぇ?」

 

 キイキイとガラスを引っ掻くような声が耳朶に響く。声の主は黒いローブを着た三人の老婆だった。フードを深く被って顔は見えないが、ローブの裾から伸びた手は皺だらけな上に深海の藻を思わせる緑色だ。見た目も気配も人間離れしている。彼女達を見上げながら、キシナミハクノは問う。

 

「貴方達がグライアイ?」

「ああ、そうさ。私が長女のパムプレード」

「次女のエニューオだよ」

「で、アタシゃ三女のデイノーさ。よろしくね坊や」

 

 きひひひ、と気味が悪い笑い声を上げるグライアイ三姉妹。高台からキシナミハクノを見下ろす形になっているが、同じ目線の高さになっても彼女達は彼を下に見ているだろう。そんな事を感じさせる様な笑い声だった。そんな考えを顔に出さない様にしながらハクノは声をかける。

 

「早速だけど、“ペルセウス”に挑む為に貴女達の試練を受けに来た。挑戦させてくれないか?」

「おや、久しぶりだね。今の坊ちゃんの代になってからアタシ達の試練を受けに来る奴なんて居なかったのに」

「どうする? パムプレード姉さん。この坊や、あまり強そうには見えないよ」

「まあまあ、エニューオ。せっかくの参加者だ、丁重に持て成すとしようかねぇ」

 

 お互いに何やらヒソヒソと話し合うと、グライアイ達は腕を一振りして契約書類ギアスロールを取り出した。自分の手元へ飛んできた契約書類を受け取り、ハクノは目を通してみる。

 

『ギフトゲーム名“グライアイの瞳”

 

・プレイヤー一覧 キシナミハクノ

 

・クリア条件 ホストの持つ宝玉を奪う。

 

・敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。敗北条件を満たした場合、ホストからのペナルティが発生します。

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、“ノーネーム”はギフトゲームに参加します。

                          “ペルセウス”印』

 

「単純なゲームさ。坊やは私が持つ、この宝玉を奪えばいい。力で奪うも良し、こっそりと盗むも良し。舌先三寸で騙し取るも良しと何でもありさね」

 

 そう言って長女のパムプレードは懐から“ペルセウス”の刻印が入った、リンゴ程の大きさの青い宝玉を取り出した。あれが挑戦権となるギフトだろう。

 

「伝説の様にグライアイの目を奪ってみせろ、ということか………このペナルティというのはどんな?」

「ああ。それだけどね………」

 

 パムプレードはフードから素顔を出す。それを見た瞬間、ハクノは驚きの余りに息を呑んだ。

 パムレードの顔は人間の老婆に近かった。ただし本来なら目がある場所には何もなく、底なしの闇を思わせる真っ黒な眼孔だけが顔についていた。

 

「見ての通り、私達には目玉が無いんだよ。なにせペルセウスの奴がどこかに捨てたからねぇ」

「だから、もし坊やがゲームをクリア出来なかったら………坊やの目玉をくり抜かせて貰おうか」

「安心しなよ、くり抜いた後はちゃんと坊やのコミュニティの門前まで送ってあげるからさ!」

 

 残った二人もフードを脱ぐ。やはりと言うべきか、二人は姉と同じ様に目が無かった。ここで負ければ、ハクノも同じ様な顔になってしまうだろう。しかし———

 

「………その宝玉を奪えばいいんだな?」

 

 確認する様にハクノが聞くと、グライアイ達はおや? と眉を動かした。

 

「やる気満々だねぇ。私達に勝てると思っているのかい? 坊や一人で?」

 

 ニヤニヤと目の無い顔でこちらを嘲笑うグライアイ達。

 結局、ハクノは“ノーネーム”の同士達には助けを求めなかった。そもそもハクノ達は謹慎中の身。勝手な真似をしてジンから叱責を受けるのは自分一人で良い。ハクノはそう考えて、黙って“ノーネーム”を後にした。

 しかし、その判断は甘かった様だ。グライアイ達は世界の果てで戦った蛇神よりも霊格は劣るだろう。しかし、それでもハクノ一人で戦うには荷が重い。ハクノの戦術眼はそう訴えていた。

 

(それでも———後には引けない)

 

 ハクノが勝てる可能性など万に一つも無いかもしれない。それでも、黒ウサギやレティシアの事を思うならば。ここで引けるはずが無い。

「構わない。遠慮せずに始めてくれ」

「若い子は元気が良いねぇ。はてさて、その威勢が何時まで持つやら」

 

 きひひひと笑いながら、パムプレードは宝玉を懐へ仕舞直した。それが、ゲーム開始の合図だった。

 

術式起動(プログラムアクセス)———code:move_speed()!」

 

 脚力を強化する魔術を自分にかけ、ハクノは走り出す。狙うは宝玉を持つパムプレード。

 

「甘いよ!」

 

 次女のエニューオが叫ぶと同時に、彼女の両手から台風の様な強風が吹き出した。ハクノは立っていられなくなり、堪らずにその場に伏せる。

 

「くっ、code:sho、」

「おおっと、アタシもいるよ!」

 

 エニューオに向けて相手を麻痺させる魔術を撃とうとすると、今度はデイノーの手から鉄砲水が飛び出す。消防車のホースの水で押し出される様にハクノの身体が転がり、近くにあった岩に叩きつけられる。

 

「ガハッ、………!」

 

 衝撃で肺の中の空気が押し出され、ハクノは堪らずに咳き込んでしまう。そこにグライアイ達の嘲笑が頭上から降ってきた。

 

「なんだい、なんだい! 威勢が良い割にはてんで弱いじゃないの! ホラ、諦めて帰んなよ!」

「エニュー姉さんの言う通りだよ! 今なら命までは取らないからさ! 目玉は取るけどね!!」

 

 耳障りな笑い声を無視してハクノは立ち上がる。

 

「code:gain_con()!」

「ふぅん? 見たところ、防御を強化したみたいだけど、守りを上げて持久戦かい? いいねぇ、ちょいと遊んであげるよ!」

 

 笑い声と共に、再び暴風と洪水を振るう二人のグライアイ姉妹。ハクノはそれにまっすぐと突っ込んで行った。

 

***

 

 

 もう何度、地面に叩きつけられただろうか? 

 もう何度、銃弾の様な放水を浴びただろうか? 

 いずれにせよ、数えるのも馬鹿らしい回数だろう。ハクノはボンヤリと考えながら、再び立ち上がる。

 

「こ、この………まだ立ち上がるのかい。いい加減に倒れなよっ!!」

 

 苛立ちを隠しきれない声で、エニューオが再び暴風を発生させる。為す術なくハクノの体が宙へと飛ばされ、そのまま落下した。

 ゴシャッ、と嫌な音が辺りに響いた。ハクノが立ち上がろうとすると、視界の半分が赤く染まった。どうやら頭から落ちて、頭皮が切れたらしい。

 

「ハァ、ハァ………フ、フン! 見上げた根性だったけど、ここまでだよ。さあ、もうアンタに勝ち目なんて無いんだ。さっさと降伏して、」

「エ、エニュー姉さん!」

 

 グライアイ達の声を聞き流しながら、ハクノは回復の魔術を発動させる。傷が塞がったものの、何度も地面や岩に叩きつけられて疲弊した体は泥の様に重かった。それでも、ハクノは両足を踏ん張って立ち上がった。

 

「くっ………いい加減におし! 弱いくせに何度も何度もゾンビみたいに立ち上がって鬱陶しいんだよ! 見苦しい、いい加減に諦めたらどうだい!?」

 

 諦めろ、お前は弱い。そんな声がハクノの耳に響いてくる。ハクノには十六夜や耀の様に圧倒的な身体能力は無い。飛鳥みたいに問答無用で相手を屈服させる様な特殊な力だってない。肉体は凡庸で、使えるギフトも凡そ人外の相手と直接戦うに向かないものばかり。それがキシナミハクノだ。けれど―――

 

「……め、ない。諦め、ない………っ!」

 

 口の中の血塊を唾と一緒に吐き捨てながら、精一杯に虚勢を張る。ここで負ければ、“ペルセウス”は警戒してギフトゲームを取り下げる可能性がある。そうなれば黒ウサギとレティシアの両方を助ける道は閉ざされるだろう。

 

(だから———諦めてなんて、やるものか………!)

 

「こ、この………!」

「おどきよ。エニュー、デイノー」

 

 ゲーム開始からずっと後ろで控えていたパムプレードが前に出てくる。

 

「パム姉さん………」

「こういう輩は何を言っても無駄さね。諦める、なんて選択肢が頭に無いんだ。そういう奴をどうにかしたいなら………意識ごと刈り取るしかないよ」

 

 パムプレードが両手を前にかざすと、そこから雷光が迸る。パリッ、パリッと音を立てながら雷の球体は徐々に大きくなっていく。

 

「坊やの目玉は綺麗だったから余計な傷はつけたくないんだが………恨むなら自分の往生際の悪さを恨みな」

 

 かざした手を向けると同時に、雷撃がハクノに迸った。頭の先からつま先まで突き抜けるような衝撃と共に、肉の焦げた様な臭いがする。筋肉が痙攣したのか、手足が出鱈目に動いて無様なダンスをしながらハクノは地面に倒れた。

 

「まあ、ざっとこんなもんさ。さ、これでこのゲームは私達の勝ちだ。さっそく坊やの目を………」

 

 もう一度、立ち上がる。雷撃で神経に異常が出たのか、もうハクノには立っているという感覚すら無かった。

 

 自分は弱い――――――いつもの事だ。

  見苦しい――――――格好良く戦えた事なんて無い。

   諦めろ――――――それだけは出来ない。

 

(そうだ……なんとなく、思い出してきた)

 

 崩れそうな足で踏ん張りながら、ハクノは荒い息で前を向く。

 

(自分に戦う力なんてない。出来るのは、いつだって前に進むことだけ。それだけは頑なに守ってきた。それだけが自分の誇りだった。だから―――)

 

 この体がまだ動く内は。この心がまだ前へと進もうとする内は。

 

「諦めて、止まるなんて………絶対に出来ない!」

 

———次の瞬間。ハクノのギフトカードが輝き出した。

 

「な、何だいこの光は!?」

 

 グライアイ達が悲鳴を上げながら目を庇う。まるで太陽が降りてきたかの様な光に、ハクノもまた目を瞑った。

 

(眩しくて、目が開けられない! これは、一体………っ!?)

 

 ハクノの視界が閉ざされている中、爆発的な魔力の高まりを感じた。それはハクノの目の前で突然発生した。

 

(何だこの魔力は!? これは……世界の果てにいた蛇神より、ずっと大きい!)

 

 魔力の高まりは渦を巻き、辺りの空気を根こそぎ呑み込む様に収束していく。そして———爆発する様に突風が吹き荒れる!

 ハクノは弾き飛ばされる様に地面に尻もちをついた。突風は徐々に弱くなり、同時にハクノの瞼を焼いていた光も収まってきた。

 

コツ、コツ、コツ———。

 

(………? これは、足音?)

 

 自分へと向かって来る音に、ハクノは恐る恐ると目を開ける。

 

 そこに———運命の様な出会いがあった。

 

 光と共に薔薇の花弁が辺りに降り注ぐ。その薔薇よりもなお鮮烈な紅の衣装を着て、少女がハクノに向かって歩いていた。獅子の顔の意匠の肩当てを着け、職人が惜しみなく紡いだ絹の様な金髪には月桂樹の冠がそこにあるのが当然とばかりに被せられている。

 少女は今だに尻もちをついて呆然としているハクノの前で止まり———目を少し見開いた。

 

「———そうか。そなたは………そういう事か」

 

 懐かしそうに。そして、愛おしい者を見る様に彼女は翡翠色の目を細めた。

 

「君は………一体、っ!? 危ない!!」

 

 ハクノが叫ぶと同時に、少女の後頭部へと稲妻が疾る。完全に不意を突いたパムプレードの稲妻は無防備な少女の後頭部に当たり———霧散する様に消えた。

 

「なっ………!?」

「そんな!?」

 

 自分の魔術を完全に無効化した少女にグライアイ達は愕然とする。そんなグライアイ達を少女は一瞥すると、彼女の手から太陽の様な熱量を持った炎が生じた。そして炎は燃え盛る形のまま固まり、少女の身の丈ほどにある真紅の大剣へと姿を変える。

 

「何で………」

 

 少女が剣を自分達へと構える中、パムプレードは呆然と呟いた。

 

「何で太陽の神霊が、こんな所にいる!?」

 

 次の瞬間。少女は剣を横薙ぎに振った。剣から真紅の衝撃波が生じた。衝撃波は第三宇宙速度を超えてグライアイ達を打ち据え、グライアイ達が痛みを感じる前に意識を手放させていた。グライアイ達は背後の岩壁はおろか、さらに背後にある岩山を貫通しながら飛ばされていく。

 

「なっ………」

「つまらぬ邪魔が入ったが………」

 

 物理法則を無視した非常識な光景にハクノが言葉を失くす中、少女は再びハクノに向き合った。

 

「まずは名乗ろう。余はセイ———否。この名は今の余には正しくないな」

 

 ふむ、と少女は一考し———そして、謡う様にその名を告げた。

 

「余の名はルキウス。太陽神ソルより神格を授かった至高の剣士にして芸術家———神帝ルキウスと見知りおくがよい!」


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