月から聖杯戦争のマスターが来るそうですよ?   作:sahala

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独自設定をあれこれ作って、もはや原作? なにそれ? レベルで放り投げている気はします。でもそれはそれとして、書きたいから書いていたりします。


第十八話『hacking』

金属を叩きつける音が連続的に響く。至る所から響き渡る音はある種の演奏になっていた。しかし、その演奏も終わる時が来る。

 

「ハアアアッ!」

「ぐあっ!」

 

ローマ兵士の片手剣(グラディウス)が“ペルセウス”の騎士の槍を叩き斬る。肩口から血を流して騎士は地面へ倒れこむ。そんな光景が至る所で繰り広げられていた。

 

「報告! 宮殿一階部の制圧を完了しました!」

 

百人隊長の装いをした男がローマ兵士達の後方にいた飛鳥に報告する。

 

「———分かりました。倒した騎士達は捕縛して下さい。私達の目的はゲームの攻略であって、殺害ではないわ」

「はっ! 総員聞いたな! 敵は必ず捕虜にしろ! 絶対に殺すな!」

『了解っ!!』

 

百人隊長の号令にローマ兵士達が一斉に返答し、騎士達の武器や鎧を取り上げて縛り上げる。抵抗する力も無い騎士達は歯軋りしながら身動き出来なくなっていく。

 

「私の顔に何か?」

「ああ、いえ。大した事じゃないわ。本当に貴方達がギフトなのか、ちょっと疑問に思って」

 

百人隊長を見ながら飛鳥は思っていた事を口にした。

ゲーム開始前、主戦力となる十六夜達をルイオスの前まで見つからずに進ませる囮役としてルキウスが召喚したのがこのローマ兵士達だ。

文字通り何もない場所から次々と現れたローマ兵士達はあっという間に軍勢と呼べる人数に増え、白亜の宮殿へ攻撃を開始した。

ルキウスもハクノのギフトだというが、見た目は自分と同じ人間でありながらギフトと呼ばれている事に飛鳥はまだ馴染めていなかった。

 

「はっ! 我々はローマ帝国の威光に刻まれた影法師。本来ならば名も無き亡霊の様な存在であります! ですが、神帝陛下の御力によりこうして実体を得られた次第であります!」

 

王政、共和制、帝政。全ての時代の古代ローマにおいて、その発展の礎として活躍したローマ兵士達。彼等の存在は2000年以上の時を超えても風化さずに刻まれている。例えば百人隊長(ケントゥリオ)はその名前をあやかってセンチュリオン戦車が作られ、それが第二次世界大戦後の主力戦車の第1世代として活躍した。ここにいる彼等は、言わば現代にも伝わるローマ兵士という概念によって存在を刻まれた亡霊だ。それをルキウスは古代ローマ軍の最高司令官である皇帝の特権として召喚したのだ。

 

「神帝陛下より貴方様の指揮に従う様に言いつけられています。どうか御命令を!」

 

飛鳥のギフトはルイオスには通用せず、身体能力も人並みでルイオスとの直接対決には向かない。その為にローマ兵士達と共に囮役を担っていた。当初はコミュニティの水樹を使って派手に陽動をするつもりだったが、ローマ兵士達のお陰で使う必要は無さそうだ。

 

(命令、か………)

 

飛鳥は人間を支配する自分のギフトが嫌いだった。意思を捻じ曲げ、黒を白と言わせる事も出来る事に喜びを感じる様な精神性を持ち合わせていない。

しかし、今回ばかりは手段を選んではいられない。というより、選べるほど飛鳥の選択肢は多くない。水樹を使うにしても、あれは“ノーネーム”の唯一の水源なのだ。温存できるなら、それに越した事は無いだろう。

 

(何より………これは意思を捻じ曲げる為の命令じゃない)

 

飛鳥は決意を新たに前を向く。

 

(これは、“ノーネーム”(私達)の意思を通す為の戦いよ)

 

「ええ、では臨時の司令官として命じます。()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

『オオオオオオオオオオオオッ!!』

 

飛鳥の命令(ギフト)を受け、ローマ兵士達は強化される。強制するのではない、彼等の意思を強くする命令(ギフト)を飛鳥は命じて進軍を始めた。

 

***

 

「第二分隊、沈黙!」

「こちら第三分隊! 敵軍を抑え切れず! 応援求む、 応援求む!」

「聞いてない………。“名無し”がこんな大軍だなんて聞いてないっ! 」

 

白亜の宮殿の騎士達は蜂の巣を突いた様な大混乱に陥っていた。突如現れたローマ兵士達に味方が一人、また一人と倒れていく。彼等とて弱くはない。下降気味とはいえ箱庭では中堅に位置する五桁のコミュニティに務め、前リーダーの遺産であるペルセウスの武具のレプリカを装備している。並の人間ならば一人で数十人を相手にしても負ける事は無かった。

ただし、今回の敵は神格を宿したローマ皇帝が召喚した兵士。当然並の人間ではない。しかも数は“ペルセウス”の騎士達を上回っている。それだけならばギフトを持つ武器ある分はまだ“ペルセウス”の騎士達に有利な筈だった。しかし、ここに来て彼等の布陣が裏目に出た。“ノーネーム”は実動人数が数人程度という前情報により、白亜の宮殿内に広く監視の目を広げる為に騎士達は少人数編成で宮殿内の要所に配置されていた。ローマ兵士の軍勢は完全に想定外だ。そのせいで浮き足立ってまともな判断が出来ない上に、各所で繰り広げられる戦闘では兵力差で各個撃破されていく形になったのだ。さらに加えて、ローマ兵士達は飛鳥のギフトで強化されている。もはや本拠地でのゲームという地の利以外に“ペルセウス”の騎士達のアドバンテージは消えていた。

 

「第四、第五分隊は持ち場を放棄! 第三分隊の救援に向かえ! ハデスの兜を持つもの以外は敵軍の迎撃に加われ!」

 

慌ただしい足音がいくつも通り過ぎていく。走り去る騎士達をルキウス達は横から眺めていた。隠れてもいないルキウス達を騎士達は見える筈だが、まるで気付かずに横を通り過ぎていく。

 

「ふむ。アスカ達は上手くやっている様だな」

「こちらも順調ですね。まさかルキウスさんが不可視のギフトを使えたなんて思ってもいませんでした」

「太陽神ソルは光明神でもある。太陽の主権こそ持たぬが、光の屈折率を変えて姿を見えなくするくらいは容易いとも」

 

ジンとルキウスの声が虚空から聞こえてくる。このゲームはつまるところ、如何に敵に見つからずに主戦力をルイオスがいる宮殿の最奥まで届けるかがポイントだ。その為には陽動役となる同士、そして敵から隠れる不可視のギフトが必要だった。しかしルキウスはその二つを用意出来た。おかげで今のところ、ゲーム攻略は順調だ。

 

「待って。通路の先に一人いる。多分、不可視のギフト持ち」

 

耀の優れた五感は姿を消した騎士の匂いや微かな物音を見逃さない。耀が指差した先に十六夜は素早く飛び掛かった。

 

「ガッ!?」

 

振るった拳に感触があったと同時に、苦悶の声が上がる。壁に叩きつけられる音と共に隠れていた騎士が兜を頭から落としながら床に倒れた。

 

「何というか、もはやヌルゲーだな………」

 

気絶した騎士を見ながらハクノは思わず呟く。何せルキウスのお陰でこちらも姿を消せるのだ。そしてハデスの兜を被った騎士達は耀の索敵を逃れられず、こちらも姿を消しているから奇襲が容易に行える。向かう所敵なし、と言っても過言では無かった。

 

「…………」

「十六夜?」

「ああ、いや。大したことじゃない。ちょっと上手く行き過ぎている事が気になってな」

 

姿は見えないが、十六夜が何かを考え込んでいるのがハクノは分かった。

 

「それと油断はするなよ。ルイオスを倒すのがゲームの最終目的だからな」

「了解………っと」

 

再び歩き出した一行に行く手を遮る巨大な扉が立ちはだかった。その扉は表面に何やら幾何学的な紋様が描かれ、薄っすらと発光してる様にも見えた。見るからに魔術的な封印が施されている様な扉だ。

 

「これはまた厄介そう」

 

扉に警戒して近づきながら、耀は匂いを嗅ぐ。

 

「最奥に繋がる通路はやっぱりこの扉の先みたい」

「どうしましょう………迂回しますか?」

 

耀の報告にジンが困惑した顔で提案する。今は囮役の飛鳥達が優勢とはいえ、時間をかければゲームの本命である十六夜達が見つかるリスクが高くなってくる。余計な時間はかけたくない。

 

「しゃあない、音で居場所がバレるだろうがここは一つ———」

「待て」

 

扉を壊そうとした十六夜をルキウスが制止する。

 

「マスター、そなたの出番だ」

「え、俺?」

「そなたならば、開けられる筈だ」

 

ルキウス はハクノの背を押し、扉の前に立たせる。しかしハクノは困惑顔だ。一体何故自分が前に出されるのか?

 

(この扉を開ける方法なんて………?)

 

不意に、ドクンとハクノの脳の血管が脈打った。

 

(何だ………? この感覚は………扉の術式が———!)

 

ザザッとノイズ音が聞こえると同時に、ハクノの視界に変化が起きる。扉の封印に施された術式が、0と1で構成された数式に見えてきた。

ブンッと音を立ててハクノはキーボードを出現させる。ハクノの指が滑らかにタイピングを始める。

 

術式把握(ハッキング)完了。アンロックしますか?』

 

画面に現れた項目にハクノはYESを選択する。

パキンっと音を立てて扉の術式が崩れる。同時に鍵が開く音がした。

 

***

 

「雷よ!」

「ぐああっ!!」

 

執事長の手にした杖から電撃が迸る。電撃はローマ兵達を打ち据え、彼等は床に倒れ伏した。

 

「ハア、ハア………。こんな所にまで敵が侵攻しているとは………」

 

荒い息で杖をつきながら執事長は必死に呼吸を整える。彼は“ペルセウス”で随一の魔術の使い手だ。たとえギフトで強化されていようが、 雑兵に遅れを取るほど軟弱ではない。

 

(しかし、ここまでの大軍は厳しいですな………。寄る年波には勝てませんか)

 

彼も数十年前は若きテオドロスと共にギフトゲームに参加していたが、既に引退した身だ。そしてそんな隠居した自分も戦わねばならないほど、今の“ペルセウス”は追い詰められている。老骨に鞭打ってしきりに攻めてくるローマ兵達を倒しているが、既に体力は限界に近かった。

しばらくして、ようやく呼吸が整ってきた。床で呻き声を上げているローマ兵達を捨て置き、彼は味方に合流する為に足を引きずる様にしながらも歩き出した。そうして通路を進んだ先に、知っている顔が見えた。

 

「執事長殿! ご無事でしたか!」

「おお、騎士団長殿!」

.

騎士団長が十数人の騎士を連れながら執事長に近寄る。鎧の装飾が戦いでボロボロになっていたが、大きな怪我は無い様だ。しかし、再会を喜んでいる場合ではない。

 

「あまり無茶はされないで下さい執事長殿! 非戦闘員達と一緒に後方に避難して下さい!」

「ハハハ、なんのこれしき。年寄り扱いするにはまだ早いですぞ」

 

明らかに無理をしていると騎士団長は見抜いたが、それを言い合う暇など無い。

 

「とにかく、こちらへ! 残った騎士達を集結させて再起を図ります!」

 

騎士団長の号令の下、続々とまだ戦える騎士達が集まってくる。彼等はテオドロスの代からのベテラン達だ。奇襲に動じずに冷静に対処している為に生き残れていた。しかし———。

 

「生き残りはこれだけか………」

 

思った以上に少ない数に騎士団長は落胆しそうになるが、すぐに首を横を振る。

 

「いや、むしろよくぞこれだけ残ってくれたと言うべきだな。お前達、まだまだ戦えるな!?」

「当然です!」「この程度、先代と切り抜けたゲームに比べればどうって事ないですよ!」「テオドロス様に鍛えられた武勇を“名無し”共に見せてやりましょう!」

 

疲労の色が見えない部下の返事に頼もしく思うと同時に、歯痒くある。彼等にとって“ペルセウス”のリーダーは未だにテオドロスなのだ。部下の騎士達は“ルイオスの為に”戦うというつもりはあまり無い様だ。

 

(あるいは相手を“名無し”と侮った以上に、コミュニティ内の意思統一が出来てないのがここまで苦戦する理由かもしれんな………)

 

いかに手足が強靭でも、それを使う頭が働かないと意味がない。そして頭を無視して手足が動いても、体全体が柔軟に動けるはずもない。今回のゲームはまさにそれだ。皆がルイオス()を無視して動いた結果、自分達と違って統率のとれた敵軍に追い詰められる事態となったのだ。

 

(このゲームが終わったら、今一度ルイオス様とお話ししよう。テオドロスほどの才能が無くても、やはりルイオス様が先頭に立たねば“ペルセウス”は上手く回らない)

 

執事長も同じことを考えているのだろう。テオドロスの名の下に! と士気を高くする騎士達に複雑そうな顔をしていた。いずれにせよ、まずは目の前の敵だ。部下達に指示を出そうとし———。

 

「な、何だ!?」

 

廊下の窓の鎧戸が次々としまっていく。同時に騎士団長達のいる廊下の前後のドアが閉まり、鍵のかかる音が聞こえた。さらに閉まった窓やドアに幾何学的な紋様が浮かび上がった。騎士達が動揺する中、執事長は事態をすぐに把握した。

 

「宮殿の防衛結界が勝手に作動している………? と、とにかくすぐにドアをお開けします!」

 

騎士達を掻き分け、執事長はドアの解錠呪文を唱える。宮殿の防衛結界は彼が拵えた物だ。言ってみれば宮殿内で執事長に解けないセキュリティなど無い———筈だった。

 

「ぐああっ!?」

「執事長!?」.

 

解錠呪文を唱えていた執事長にドアから電流が流れた。倒れる執事長を騎士団長は急いで支えた。同時に、ドアにホログラムウィンドウが浮かび上がる。

 

『Error! パスワードが変更されています。正しいパスワードを入力して下さい』

 




繁栄の礎はローマ軍と共に(ノステル・エクセルキトゥス)

ルキウス個人の、というよりローマ皇帝が所有する召喚宝具。人類史に刻まれたローマ兵士という概念から、ローマ兵士達を召喚する。言わば彼等は“ローマ兵士”という群体英霊の様なもの。その数は最大で六千人。ローマ皇帝はローマ軍の軍事最高司令官という側面から彼等の召喚、指揮権限を持つ。とはいえ、ローマが聖杯戦争の開催地にでもならない限りはいかにローマ皇帝達でもこの宝具が発動できない。あらゆる時間流に繋がる箱庭という土地柄故に使える様になった宝具とも言える。また、召喚されるローマ兵士の顔触れは召喚したローマ皇帝に縁を持つ者になる。

霊子魔術師

霊子魔術師が台頭した世界では戦争も電脳戦がメインとなる。都市機能や防衛システムをハッキングにより無効化し、その後は散発的なゲリラ戦へ移行する。霊子魔術師のギフトを持つハクノもその能力を行使できる。すなわち、防衛システムの破壊や改竄は序の口である。

………ある意味、ゲームルールの書き換えと言っても良いだろう。

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