月から聖杯戦争のマスターが来るそうですよ?   作:sahala

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何かボケっとしてる間にEXTRAのリメイクが決まり、また自分の中で再熱したので書きました。
待たせてごめんなさいm(_ _)m


第二十話『Sword or death』

 白亜の宮殿最奥の扉の前に黒ウサギはいた。扉の前まで来たハクノ達を見て、黒ウサギは安堵の溜息をつく。

 

「ジン坊ちゃん、それに皆さんも………! ご無事で何よりです!」

 

 これまでのゲームの様子は“月の兎”の能力で把握している筈だが、それでも直接無事な姿を見れたのが嬉しいのだろう。兎耳がピコピコ動いていた。

 

「黒ウサギ、この奥にルイオスがいるの?」

「はい、ルイオスからは“集中したいから対戦相手が来るまで入るな”と言われまして」

 

 黒ウサギはスッと真面目な顔になると耀達に忠告する。

 

「お気をつけください。何があったのか分かりませんが、ルイオスはこの上なく本気で戦う様です。霊格も別人と思うくらいに以前より上がっています」

「ほほう? 尻に火をつけられて、ボンボンも本気という事か。少しは楽しめそうだな」

「敵が強大であれば、舞台もより映えるというものだ」

 

 あれ程に執着していた黒ウサギに興味を示さず、ルイオスがただ目前の戦いのみに集中しているのは意外だった。思わぬ強敵となりそうな予感に十六夜は獰猛に口角を上げ、ルキウスは鷹揚に頷く。

 

「行きましょう、僕達の仲間を取り戻す為に」

 

 ジンの引き締めた顔に、おう、と全員が返事する。しかし―――。

 

「ハクノ、どうかした?」

 

 すぐに動かなかったハクノに耀が不思議そうに声をかける。しかしハクノは宮殿内のマップや中継映像に目を通していた。

 

「………黒ウサギ、俺達が来る前に誰か入った?」

「? いえ、ゲーム開始から最奥の間は()()()()()()()()()()()()()()?」

「………そうか」

 

 黒ウサギの索敵能力は箱庭の貴族として折り紙つきだ。その彼女が言うならば、最奥の間にはルイオス以外は誰もいなかったのだろう。しかし―――。

 

(気のせい、か? 何か覚えがある気配がした様な気がする)

 

 それはほんの小さな違和感。例えるなら、いつも閉めていたドアがほんの少し―――虫一匹入れる程度の隙間が開いていたという程度のもの。だというのに、ハクノはそれが何か重大な事を見落としている様に思えた。そして―――そんなハクノをルキウスは険しい顔で見つめていた。

 

 ***

 

 扉を開けた先は古代の闘技場の様な場所だった。その上空にハクノ達を見下ろす様にルイオスはいた。

 

「―――ようやく来たか。待ちくたびれたところだったよ」

 

 翼の生えたロングブーツに、鏡の様に磨き上げられた全身鎧(プレートアーマー)。手には金色に輝くハルペーが握られていた。以前に会った時とは別人の様に闘志漲るルイオスに、十六夜はふてぶてしく笑う。

 

「ふうん? 少しはマシな面構えになったじゃねえか。伊達男振りは返上か?」

「ああ。たかが“名無し”とはいえ、久々のギフトゲームだ。丁重に持て成してやるべきだと判断したんでね」

「嬉しいね、第五桁(お前)が箱庭最底辺だのその他大勢だのと言われている相手にわざわざ本気を出してくれるのか。カッコイイな、子供相手に全力でぶん殴る大人ぐらいには」

「抜かせ。クラーケンやグライアイを倒したお前達が子供なわけあるか」

 

 軽口にピクリとも眉を動かさないルイオスにハクノ達は認識を改めた。ルイオスは本気だ。“サウザンドアイズ”で会った時の様にこちらを侮らず、打ち倒すべき敵として“ノーネーム”を相手取っている。こちらも油断はできない。

 

「散々、この僕を虚仮にしてくれたんだ。お前達には箱庭第五桁の力を―――僕の力を存分に思い知ってもらうよ」

 

 スッとルイオスは片手を掲げる。

 

「お前らのお友達の前でな」

 

 パチンと指を鳴らすと同時に、競技場の観客席の空間がさざ波を打つ様に歪みだす。それも一つ二つではない。観客席から無数に空間の歪みが発生した。やがて、空間の歪みの中から人影が現れる。

 

「飛鳥!」

「え? 春日部さん? 一体……ここはどこ?」

 

 空間の歪みから見知った顔が現れて耀は驚いて名前を呼ぶ。飛鳥だけではない、空間の歪みから次々とローマ兵や“ペルセウス”の兵士が出てくる。全員が辺りをキョロキョロと見回し、戸惑った表情を浮かべていた。

 

「何があった? 百人隊長、報告せよ!」

「は、はっ! 我々は飛鳥様と共に宮殿の制圧を行っておりました! ですが突然体が光に包まれたかと思えば、気付けばこの場にいました! 神帝陛下、これは一体?」

 

 飛鳥と共に観客席にいる百人隊長の報告にルキウスは目を見開く。どうやらルイオスは宮殿で戦っていた兵士達を全て観客席へ転移させた様だ。いかに神魔入り乱れる箱庭と言えども、それがどれ程強力なギフトか。そして今のルイオスはそれを指先一つで行える。即座にルキウスは脅威の度合いを理解した。

 

「うう……ここは、競技場………?」

 

 飛鳥達とはちょうど競技場の反対側にあたる観客席。そこに現れたのは“ペルセウス”の執事長や騎士団長だった。彼等も突然の転移に戸惑っていたが、古参揃い故に他の兵士達よりも早く事態の把握に務めていた。中でも執事長はハクノが仕掛けたトラップで負傷した身体を騎士団長に肩を貸してもらいながら、どうにか立ち上がった。

 

「執事長、あまり無理をされては、」

「何だその様は!」

 

 騎士団長が心配して声を掛けるのを遮る様にルイオスの怒号が響き渡った。彼の目には隠し切れない苛立ちと侮蔑が込められていて、執事長達を睨んでいた。

 

「普段、僕にあれだけ口うるさく言っておきながら、何だその様は! “名無し”の一人も捕まえられないのか? 使えないクズ共が!」

「っ……!」

 

 叱責と呼ぶには惨い言葉に騎士団長達は顔を俯かせる。“ペルセウス”の騎士達は終始ローマ兵に追い詰められていた為、ほとんどが満身創痍という有様だ。しかしルイオスはそんな彼等を労うどころか、更に鞭打つ様に怒鳴り付ける。

 

「お前らが不甲斐ないから、僕が直々に戦う羽目になったんだ! 口ばかりの使えない道具共め! このゲームが終わったら纏めて粛正してやるから覚悟しろ!」

「ちょっと、その言い草は無いでしょう!」

 

 結果だけ見るなら彼等は本拠地でのゲームという圧倒的に有利な条件ながら、まんまと“ノーネーム”の策に嵌って最奥への侵入を許した。しかし、それでもこの仕打ちはあんまりではないか。飛鳥はルイオスに食って掛かる。

 

「彼等は貴方の為に戦っていたのよ! それなのに道具だの、クズ呼ばわりなんて……恥を知りなさい!」

「何を言っているんだ? こいつらは僕のコミュニティの人間だぞ。リーダーである僕は、こいつらを扱う権利があるんだ。そしてこいつらにはコミュニティの為に戦う義務がある。その義務すら果たせない奴を使えない道具と呼んで何が悪い?」

「貴方っ……!」

 

 横暴。そう呼ぶにも生温いルイオスの言動に、飛鳥はギリっと奥歯を噛み締める。ローマ兵達も一斉にルイオスに嫌悪の表情を向けていた。中には敵である“ペルセウス”の騎士達に憐みの篭った視線を向けている者もいる。

 

「いやはや、何とも醜い事か」

 

 ルキウスは大仰に溜息をついた。

 

「貴様はいっそ役者になるべきだな。その気性も相まって、民に暴政を働く王の役割ならば引く手数多であろう。芝居の中ならば誰も不利益を被らぬしな。だが……うむ、やはり前言を撤回しよう。貴様風情が暴君と呼ばれるのは、些か不服である」

「おい、御チビ。よく見とけ。そして絶対にああなるなよ。有無を言わさずに“ノーネーム”から叩き出すからな。ついでにこんな馬鹿をリーダーにしていたのか、と俺自身も首括るわ」

「……肝に命じておきます」

 

 高まった力に反比例するかの様に精神が前以上に酷くなったルイオスに十六夜は失望感を隠しきれなかった。そしてそんな態度が気に障ったのか、ルイオスは顔を真っ赤にして睨む。

 

「今の内にほざいていろ。僕は前の時とは違う。つまらない虚勢で“名無し”と張り合おうとしたルイオスは消えた。僕が……僕こそが、“ペルセウス”最強の騎士だ」

 

 ブチッと自分のチョーカー引き千切り、メドゥーサの頭を模した飾りを手にするルイオス。

 

「それを証明してやる」

 

 天に掲げると同時に不気味な褐色の光がペンダントから放たれる。光は脈動すると同時に徐々に大きくなり、同時に肌を刺す様な魔力が圧力となってハクノ達を襲う。そして―――!

 

「来い———アルゴールッ!!」

 

『ra………Ra、GEEEEEYAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaa!!』

 

 つんざく様な叫び声が辺りに木霊する。ガラスを引っ掻き回す様な不協和音にハクノは反射的に耳を塞ぐ。光の中から現れたのは全身をベルトで拘束された一人の女だった。灰色の髪を乱れさせ、血走った瞳で叫び続ける姿には理性を欠片も感じさせない。アルゴールは叫びながら拘束具を力ずくで引き千切り、全身を震わせながらハクノ達と対峙する。

 

「特別に石化するのは最期にしといてやる。そして、存分に思い知れ。星霊にして魔王のアルゴールの強さを―――そして、僕の強さをなあああっ!」

 

 絶叫と共にルイオスは十六夜へとまっすぐ斬りかかる。手にしたハルペーが十六夜へと迫る。

 

「ハア……やれやれだぜ」

 

 十六夜は溜息をつきながら、いつも通りに拳で迎撃しようとし―――次の瞬間、ルイオスの姿が唐突に消えた。

 

「っ!?」

 

 ここに来て十六夜から余裕の表情が消える。同時に悪寒を感じて反射的に身を捻る。その一秒後、背後から迫った鎌が十六夜の首があった空間を切り裂く。奇襲に失敗した事にルイオスは落胆もせず、即座に十六夜へと追撃をかける。咄嗟に回避した為に十分な体勢で無いながらも十六夜は拳を振るって再び迫った鎌を打ち払おうとする。拳と鎌がぶつかり合う。ルイオスは固い壁を思い切り殴ろうとしたかの様にたたらを踏み―――同時に十六夜の身体が後方へと飛ばされ、競技場の壁に背中から激突した。

 

「コイツ―――!」

 

 この箱庭に来て以来、まともに十六夜と打ち合える者はいなかった。最果てに住まう蛇神、“ペルセウス”の試練で相手にしたクラーケン。いずれも十六夜の拳で簡単に撃沈してきた。だが、今のルイオスはそんな十六夜と打ち合って打ち勝つくらいの力を発揮している。その事実を十六夜は背中にくる痛みと共に理解した。

 

「十六夜君っ!」

 

 ルイオスに力負けした十六夜に飛鳥は反射的に駆け寄ろうとして競技場へと身を乗り出す。しかし、競技場と観客席を区切る様に半透明な壁が現れて飛鳥はすぐに立ち止まった。

 

「これは一体……!?」

「馬鹿め! 観客席に呼んだお前に僕への挑戦権は無い。そこで指を咥えながらお友達が為す術なくボロ雑巾にされていく様を見てろ!」

 

 戸惑う飛鳥をルイオスは嘲笑い、十六夜へと向き直る。

 

「アルゴール! こいつは僕が殺る! お前はその他を相手しろ!」

「ハッ……上等だ、ボンボン!」

 

 予想外の強敵となったルイオスに十六夜は獰猛な笑顔を浮かべて戦いに応じる。ここに戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 ***

 

「十六夜っ!」

 

 ルイオスの攻撃によって自分達と分断される様に距離を離された十六夜へハクノは駆け寄ろうとする。しかし、その行く手をアルゴールが遮った。

 

『GURURURURU……』

 

 獣の様に唸り声を上げてこちらを睨むアルゴールにハクノの足が竦む。恐ろしい見た目もさることながら、魔術師であるハクノにはアルゴールから発せられる尋常ならざる魔力の奔流を感じ取っていた。

 

(なんて魔力だ……。これが星霊……白夜叉と同じ、星の力を宿した悪魔―――!)

 

 降りかかる圧力は、かつて相対した白夜叉ほどではない。だが、蟻にとってライオンも象も自分より遥かに巨大な動物である事が変わらない様に、ハクノにはアルゴールがそれこそ自分がちっぽけな虫けらに思えるくらいに強大に見えていた。アルゴールが一歩ハクノへと近付く。それだけでハクノの全身から嫌な汗が流れ落ち、口の中がカラカラに乾いていく。カタカタ、とハクノの手が震え始め―――目の前に真紅の色が現れる。

 

「ルキ、ウス……?」

「ふむ。かの“ペルセウス”の末裔はジン達の話で聞いたより輪にかけて醜い精神であったが―――」

 

 まるで値踏みするかの様にルキウスはアルゴールを一瞥する。

 

「その実力はまあまあの様だな。そなたの様な悪鬼を呼び出せるというならば、認めぬわけにはいくまい。しかし、随分と醜いな。あの騎乗兵も覚醒すれば、そなたの様になるのか? だとすれば、真の実力に目覚めぬ方があの者の為になろうよ」

 

 ハクノにはルキウスの言っている事の意味が分からなかったが、アルゴールには効果覿面だった様だ。ハクノを守るかの様に立ちふさがるルキウスにアルゴールは殺気の矛先を変える。一睨みで魂まで凍りつく様な殺気を受けながらも、ルキウスは余裕の表情を崩さない。

 

「今のそなた程度ならば我がマスターが出るまでもない」

 

 ゴウッ! とルキウスの手から炎が生じる。命ある者を育み、時に全てを焼き払う太陽の炎はルキウスの手の中で踊り、やがて形を変える。まるで激しく揺らめく炎をそのまま形にした様な歪な大剣が現れ、ルキウスはそれを刀身に炎が纏ったままバトンの様に振り回した。ヒュッと風切音を響かせ、アルゴールへと切っ先を向ける。

 

「マスター、そなたはヨウとジンと共に下がっておれ。ヨウ、マスター達の守護を頼む。こやつの相手は余で十分である」

「でもルキウス、一人だと危ないんじゃ、」

「事情は知らんが、この星霊は全力には程遠い様である。今の霊格程度ならば、余一人で問題あるまい」

 

 それに、とルキウスは不敵な笑みを浮かべる。

 

「こやつが星を背負った悪魔というならば、余は太陽神(ソル)より神格を授かりし神霊にして皇帝。何ら劣る物など無い」

 

 ルキウスの身体から爆発的な魔力の高まりが生じる。溢れ出た魔力は太陽の熱気となって、彼女を何十倍も大きな存在に見せた。正に地上に降りた太陽の様だ。

 

「来るがいい、魔星アルゴルの悪魔よ! 我は主神よりローマ(世界)を託されし神帝! 抱く名はルキウス(光の輝き)! 貴様に一条の理性が残されているならば———いざ誇りを賭けて余に挑むがいい!」

『AAAAAaaaa、GEYAAAAAAaaaaaaaaaッ!!』

 

 アルゴールが大地を蹴る。今ここに、魔星の悪魔と太陽の神帝の戦いが始まった。

 

 ***

 

「よしよし、ようやくメインイベントだ」

 

 少し時を遡る。古風な映写機からスクリーンへと映し出される映像にクロウリーはわくわくとした表情になる。スクリーンには“ペルセウス”の闘技場が映し出され、今まさに戦いが“ノーネーム”と“ペルセウス”が激突しようとしていた。それをリクライニングチェアで寝そべりながら、傍にはポップコーンに栓を開けてないビール瓶という映画の封切りを心待ちにしている観客さながらにクロウリーは見ていた。

 

「さあて、第一ラウンドだ。お手並み拝見といこうか」

 

 ポンっと軽い音と共にビールの栓が開けられる。

 

「戦いの開幕には勿論、あの言葉で始めようか」

 

 グラスに注がず、ビール瓶をまるで祝杯する様に眼前の戦士達へと掲げるクロウリー。

 

「———“Sword or death”?」

 

 

 

 

 

 

 


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