月から聖杯戦争のマスターが来るそうですよ?   作:sahala

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 腹痛が酷くて病院に行ったところ、腸に炎症が出来ていて一週間ほど入院していました。
 このご時世だから人一倍健康に気をつけていた気になっていましたが、もう昔みたいに栄養バランス考えずに好きな物を食べて、遅くまで夜更かしするなんて無茶は出来ないんだなぁ……。


第二十一話『Please watch me』

 ヒュッと十六夜の心臓に目掛けて死神の鎌が滑る。不可視の一撃に殺気を感じ取った十六夜はバックステップでハルペーを躱す。ハルペーの刃は空振りしていたが、その風圧は鎌鼬となって十六夜の胸に横一文字の傷を作った。

 

「っ!」

 

 完全に避けたと思ったところに来た鎌鼬の追撃に、十六夜は自分の目算の甘さに舌打ちした。だが、それを反省する前に今度は何もない空中から十六夜の脳天を目掛けて炎の矢が飛来する。

 

「しゃらくせえ!」

 

 迫ってきた矢に十六夜の拳が叩き込まれる。拳圧で矢は粉々になって消失し———その隙をつく様に、今度は十六夜の左腕に切り傷が作られた。

 

「っとに、うざってえな!」

 

 先の攻撃から大体の鎌の軌道を瞬時に計算し、ギリギリで致命傷を避けた十六夜はカウンター気味に拳を当てようとする。しかしルイオスは素早く身を翻すと武器をハルペーから炎の弓矢に持ち替えながら空へと舞い上がる。

 先程からこれの繰り返しだ。ゲームが始まった直後からルイオスはハデスの兜を使って不可視となった。そして攻撃の軌道から察するに、恐らく常に十六夜の拳が届かない空中を飛びながら、炎の弓矢でこちらを狙い撃ってくる。打った矢までは不可視に出来ないらしく、速度は速いものの十六夜に対処可能だった。

 だが十六夜が矢に気に取られている隙にルイオスが急降下してハルペーで斬り裂きに来る。しかもルイオスが使っている兜は騎士達に配られたレプリカと違い、ルイオスの音も臭いも完全に消していた。お陰で十六夜は迫り来る不可視の一撃にカンで感じ取るしかなく、避けた後にそこにいるだろうと当たりをつけて迎撃するしかなかった。そんな大雑把な攻撃は当然命中する筈がなく、ルイオスは即座に後退して空へと逃げていた。

 まさにヒットアンドアウェイ。一撃に貰うダメージは少ないが、何度も繰り返される事で十六夜の上着は所々が裂かれ、下のシャツは血が滲んで紅く染まり出していた。

 

「おい、ボンボン! 僕の力を見せてやる、とか抜かした割には随分と消極的な戦い方だな!」

「お前の怪力は知っている! そんな奴に誰が正面から挑むか!」

「ハッ、随分と臆病だな! 今のお前を見たら、御先祖様も泣くだろうよ!」

「黙れ! そもそも“ペルセウス”は寝込みを襲って手柄を立てた英雄だ! この戦い方を卑怯呼ばわりされる謂れなんて無い!」

 

 言うだけ言ってみたが、何も無い空中から響いたルイオスの声に心の中で舌打ちする。そもそもギフトゲームにおいてはルイオスの言い分が正しい。

 猿が鳥に、空を飛ぶなんて卑怯だと文句を言っても仕方ない様に、ギフトゲームでは能力や知識の不足は言い訳にならない。この場合、ルイオスが持つハデスの兜やヘルメスのサンダルなどのギフトを破れない十六夜が悪いという事になる。

 

(だったら挑発して軌道を読み易くしようと思ったわけだが……)

 

 どうやらルイオスはつまらない挑発には乗らない様だ。ゲーム開始前に部下に八つ当たりしていた幼稚な姿とは裏腹に、戦いに関しては実に堅実で油断や慢心は無い。

 

(奴の切り札である“アルゴール”の魔王の方も気になるが……さて、どうするか?)

 

 再び襲ってきた不可視の一撃を防ぎながら、十六夜は思考を高速で回転させ始めた。

 

 ***

 

(予想通りだ……奴は空中戦に対する備えが無い)

 

 ルイオスは先程から地に足を付けたまま戦う十六夜を見て、そう確信する。

 ルイオス自身が十六夜と戦うのは初めてだ。しかし、そもそも組織として正常に機能してない“ノーネーム”と違って、“ペルセウス”は事前に対戦相手の情報を仕入れる事が出来た。“ペルセウスの試練”として戦ったクラーケンとの交戦記録から、十六夜が神仏を一撃で叩き伏せる力がありながらも地上戦が主で、空中を移動する様なギフトを有してないという報告があった。

 その報告からルイオスが考え出したのが、相手の手が届かない距離からの連続攻撃。戦法としては単純かつシンプルだが、今の———◾️◾️の加護を受けたルイオスならばそれこそが最も有効な手段となった。 

 

(これでいい……)

 

 再び弓矢に持ち替えて十六夜へ射る。そして間髪入れずにギフトカードに仕舞い、同時にハルペーを取り出して急降下する。

 

(これが正しい)

 

 ハルペーを横凪に振るう。ハデスの兜によって不可視となったルイオスの一撃に十六夜は察知が間に合わず、再び切り傷を作る。

 

(このやり方は有効だ)

 

 浅いながらもダメージを負わせた事を確認して、空中へと離脱する。一拍遅れて十六夜の拳が振るわれるが、当然ルイオスには届かない。

 本来ならば、ルイオスには不可能な芸当だ。秒に満たない時間での武器の換装、第三宇宙速度を超える速さで振るわれる十六夜の拳の回避、そんな十六夜に手傷を負わせる様な一撃を連続で繰り出す……全て以前のルイオスには出来るはずの無い事柄だった。

 だが、◾️◾️の加護を受けた今のルイオスなら話は別だ。彼の肉体は◾️◾️によって、力も魔力も文字通り超人的なレベルにまで高められていた。並の神仏では、もはや彼の足元にも及ばない。それ程に強化されてもルイオスは確実に勝つ手段として、姿を消しながら一度も被弾せずに戦うヒットアンドアウェイ戦法を選択した。それが功を成し、十六夜は未だにルイオスの姿すら捉えきれず、戦況はルイオスの有利に傾いている。

 

(僕は正しい……僕は、僕は強いっ!)

 

 ***

 

『いいか? お前に貸し出す◾️◾️について説明してやるから、耳をかっぽじってよく聞け』

 

 時間は過去に遡る———。“ペルセウス”の執務室の机に腰掛けながら、クロウリーはまるでお前が馬鹿だから仕方なく説明してやってる、と言わんばかりの顔でルイオスに話しかけていた。

 

『簡単に言えば、この◾️◾️は所有者の願いを叶える。それも所有者が願った分を確実に、だ』

 

 そのムカつく顔に今すぐ拳を叩き込みたかった。しかし、クロウリーの銀のステッキによって『昏倒』させられた身体は動かず、ルイオスは屈辱に顔を歪めながら彼の話を聞くしかなかった。

 

『これを使って、お前は自分の強化を願え。そうすれば、◾️◾️は()()()()()()()()強力な力を授けてくれる。ゲームに勝てば、大出血サービスでその後も貸し出しといてやるよ。その力で勢力を拡大するなり、上層に挑むなりは御自由に、だ』

 

 全く動かない四肢の代わりに、眼球だけがピクリと動いた。それだけ今のクロウリーの言葉はルイオスの関心を惹くのに十分過ぎた。

 ルイオスにとっては今回のゲームは“元・仲間だった吸血鬼を取り返す為に愚かにも自分に歯向かった名無しへの断罪”でしかない。しかし、そのゲームが終わった後もコミュニティは———彼が常に亡き父親と比較されて、劣等感に苛まれる日々も———続く。

 クロウリーの話が本当ならば、ルイオスは名無し達と戦って勝つだけでルイオスは強大な力が手に入る。今のルイオスではどう頑張っても無理な、それこそ()()()()()()()が願っただけで手に入るのだ。

 その力で名無し達を粛正し、その後のギフトゲームも連戦連勝していく。いまコミュニティで先代は先代は、と煩い連中も、陰でコソコソと馬鹿にしている連中も、自分を見下してコミュニティの縁を切った奴等も、全て———全て、見返せる。

 

『返事は今すぐ、この場で頼むよ。俺だって暇じゃないんだぜ? やる事山積みで、何度もお前の相手してる時間が無いんだわ』

 

 クロウリーの話は明らかに怪しい。少し冷静になって考えれば、はっきりと口に出さずとも彼がルイオスに契約を迫っている事が分かるだろう。しかし、今のルイオス頭にあるのは彼が苦汁を舐めた数々の思い出と、その度に彼に向けられた人間達の顔だった。

 先代ならばと怒りながらも苦々しい物を見る様な旧臣の目、コミュニティの主に対して媚び諂った表情ながらも馬鹿にしきった部下達の目、先代が急死して大変だなと口で言いながらも憐れな物を見下した他コミュニティの目、先代ならばこんな真似はしなかったと冷たい怒りを向けた階層支配者の目、期待外れと心底つまらなさそうな顔をした名無しの目、目、目、目、目———!

 

(やってやる……)

 

 ルイオスの中で黒々とした感情に火がつく。憤怒、憎悪、屈辱、苦悩……。それらは絵の具の様にグチャグチャと混ざり合い、脳を沸騰させていく。胸の中で血飢えた獣の様に吼え立て、ルイオスの全身を震わせた。

 

(どいつも、こいつも……僕にだって、出来るんだって……僕の正しさ(実力)を思い知らせてやるんだっ!!)

 

『……ふうん? 答えは聞くまでも無い、という所か?』

 

 負の感情が溢れ出し、ルイオスの中で何かが変わった。以前のルイオスを知る人間が見れば、その変化に戸惑い、その過程を聞いて胸を痛めるだろう。だが、目の前にいるのは『英国史上で最も邪悪で、最も恐るるべき人間』と称された魔術師。それまでありふれた小さな虫を見る様に興味なさげな見下していた表情から、悪魔の様に凶悪な形相となったルイオスに初めて興味が湧いたかの様に顔を輝かせた。

 

『まあ、やる気が出たみたいで何よりだよ。動機がなんであれ、やる気のある奴———確固とした意志を持って突き進む奴は()より強いというのが俺の持論なんでね』

 

 クルクルと銀のステッキを弄ぶクロウリー。

 

『それじゃ、契約は成立、と。早速取り掛かりましょうか』

 

 ヒュン、と杖先をルイオスの胸へと向ける。杖の先端から眩いばかりの金色の輝きが溢れ、◾️◾️は新たな所有者を迎え入れ様としていた。

 

『ああ、そうそう。一応、先に注意事項を言っておくぞ? 別に守らなければ契約破棄とか、そういうペナルティは無いけど』

 

 スッと芝居がかった仕草で床に這いつくばったルイオスに視線を合わせようとクロウリーは床にしゃがむ。泥の様に濁った目で睨まれながらも、まるで小さな子供に物を教える様な仕草でピンと指を立てる。

 

『いいか? この◾️◾️は願えば叶えてくれるが、絶対に———』

 

 ***

 

 時間は現在に戻る———。ルイオスは再度に渡ってハルペーで切り裂きにかかる。十六夜は(すんで)のところで刃を躱すが、風圧から生じた鎌鼬が新たな傷を作っていた。

 

(奴は僕に傷一つ入れられない。これが正しい、これでいいんだ!)

 

 防戦一方となってる十六夜に気を良くしたルイオスは、チラッと観客席の方を見る。そこには自分が呼び出した観客———名無し達の囮役や、コミュニティの部下達がいた。自分をギフトで跪かせようとした女が、切り傷を作っていく同士をハラハラとした表情で見つめている。それをいい気味だと思いながらも、ルイオスの関心は別にあった。

 

(どうだ、僕を認めなかったマヌケ共。これが僕の実力(ちから)だ!)

 

 騎士団長に、執務長。その他、父の代から務めている旧臣達やルイオスの陰口を叩く部下達。彼等はルイオス優勢で進んでる今の戦いを信じられない面持ちで見ていた。彼等からすれば知らない内にリーダーがパワーアップを果たし、自分達では到底敵わなかった相手を圧倒している様に見えたのだろう。中には、勝てるかもしれないと希望に縋る様な顔で戦いを見ている者もいる。その視線がルイオスには堪らなく心地良かった。

 

(そうだ、その目で見ろ)

 

 叫びたくなる高揚感を抑えながら再び攻撃を仕掛ける。十六夜に刻まれた裂傷に“ペルセウス”の騎士達から歓声のどよめきが上がる。

 

(僕を……僕を見ろ)

 

 観客がルイオスの一挙手一投足に注目し、皆が自分の勝利を願っている。かつてルイオスの父親がギフトゲームで浴びていた視線が自分に向けられている事に、ルイオスは知らず知らずの内に口角が上がる。

 

(もう親父のガワだけを似せた情けない僕は消えた。僕は……僕こそが“ペルセウス”の最強のリーダーだ! 生まれ変わった僕を見ろっ!!)

 

 

 




今回は展開としてはさほど進まず、ルイオスのターン。後々の展開の為に必要な為、彼の内面を詳しく書かせて貰いました。

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