月から聖杯戦争のマスターが来るそうですよ? 作:sahala
こんな語呂合わせで日本史を勉強していたのは、もう何年前やら……。
「———おい、誰だ。いま言った奴」
地を這う様な声がルイオスから漏れ出た。低く、そしてあらゆる感情を押し殺した様な声は不思議と闘技場全体に響いた。
「いま僕には無理だった、とか言った奴。騎士団長か? 執事長か? それともお前らか? なあ?」
抜身の刀の様な剣呑な光を湛えながらルイオスは周りをギロリと見渡す。明らかに様子がおかしいが、爆発寸前の火薬庫の様なルイオスに騎士団長達は気圧されていた。
「僕じゃ力不足だったと言いたいのか? 親父ならもっと上手くやれたと言いたいのか? なあ? いつも言ってるもんな、親父だったら僕なんかよりずっと上手くコミュニティを回せるし、僕より強かったって」
「そ、そんな事は———」
「いいぜ、本当の事を言えよ。いつも陰でコソコソ言ってるもんなあ、僕が何も知らないとでも思ってたか?」
執事長が否定しようとするが、ルイオスは畳み掛ける様に言葉を重ねる。よろよろと立ち上がり、自嘲的な笑みを顔に浮かべ———。
「ウンザリなんだよ!」
一転してルイオスは悲痛な表情になる。
「どいつもこいつも親父が、親父がって! 親父なら上手くやれた! 親父の方が良かった! 僕が何をやっても評価しないくせに、一丁前に親父と比べて否定ばかりしやがる! そんなに僕じゃ駄目か!? 僕なんかが“ペルセウス”のリーダーになったのが間違いだったのか!?」
「ルイオス様、落ち着いて———」
「うるさい! どうせ僕が悪いと言うんだろ!」
血走った目でルイオスは騎士団長達を睨みつける。
コミュニティの当主になってから、常に父親と比較されていた。頑張れば頑張るほど、父親の偉大さに思い知る羽目になった。そして今、
長年に渡って鬱屈した感情が爆発し、ルイオスは支離滅裂な事を言ってる事を自覚しながらも止まらなかった。そして、彼の血走った目が十六夜達に向けられる。
「そうだ……勝てばいいんだ。そうしたら誰も文句言わない……僕を認めてくれるんだ……うん、そうだ」
「あ?」
対戦相手を放って癇癪を起こしたルイオスを詰まらなそうに見ていた十六夜だが、ルイオスから向けられたじっとりとした殺意に本能が警鐘を鳴らしていた。身構える十六夜だが、そんな十六夜を無視してルイオスは自分の胸に手を当てた。
「ああ……最初からこうすれば良かったんだ」
***
———少し、時を遡る。
アルゴールがルキウスによって倒される瞬間を白夜叉は自室で見ていた。
ギフトゲームの開始前、ルイオスから「手塩にかけた“ノーネーム”が蹂躙される様を見せてやる」と今回のゲームの観戦を許された白夜叉だったが、どうやら結果は真逆になりそうだ。遠見のギフトが施された古めかしいブラウン管のテレビの映像に、白夜叉は嘆息する。
「なんと……最大の懸念だったアルゴールがこうもあっさり倒されるとはな」
「やはり今の“ペルセウス”の当主では星霊を使役するには力不足だった様ですね」
白夜叉の右腕である女性店員の分析に肯きながら、白夜叉の目はルキウスへと向けられていた。
「あの太陽の紋章……あれは間違いなく、太陽神ソルの紋章であったな。かのソルの神格保持者が相手では、今のアルゴールでは分が悪かろうよ」
「ですが、おかしいです。ソル神を含めてローマ神群達はほとんど力を失っている筈です。彼等にはもう新しく神格を譲渡する力も相手もいなかった筈です」
「むう……確かに。いやはや、あやつらはソルの神格保持者など何処で見つけて来たのやら?」
女性店員の指摘にはもっともだった。
今より二百年前、ディストピア戦争と呼ばれた魔王との戦いでローマ神群達はほぼ全員が霊格を保てなくなっていた筈だった。辛うじて“ノーネーム”になる事はなかったものの、生き残った神霊達は長い休眠状態になっているか、はたまたギリシャ神群のコミュニティに鞍替えするなど純粋にローマ神郡を名乗れる神霊は現在活動していない。
ソルに至っては、あの戦いの後に消費した霊格を回復させる為に長い眠りについた。とても新たな神格保持者を作れる余力など無い筈だった。
(そもそもソルが神格を託すほどの女剣士とな? 立ち振る舞いやギフトからしてローマ皇帝の一人だとは思うが……)
「白夜叉様、あれを!」
ルキウスの正体について考え事をしていた白夜叉だったが、女性店員の声に闘技場の映像へと思考を戻す。そこではルイオスが自分の胸から何かを取り出していた。
「あれは———!?」
***
「あ、ぐっ、あああっ……!」
呻き声を上げながら、ルイオスは自分の心臓を抉り出す様に◼️◼️を胸から出した。
その瞬間、空気が変わった。あらゆる法則は捻じ曲げれ、全てがそのギフトを中心に決められてしまう。そんな予感がハクノの中に駆け巡った。そして、無意識のうちに◼️◼️の名前が口から出た。
「あれは………聖、杯……?」
ルイオスが取り出したのは黄金の杯だった。赤にも青にも何色にも見える色彩に発光しながら、◼️◼️———聖杯はルイオスの手に収まっていた。
空間を軋ませる様な圧力を放つ聖杯を見て、闘技場にいる全員が悟った。あれこそが、ルイオスが急激に力を付けた理由なのだと。
自分の体内から取り出した為か、ルイオスは激痛に耐える様に脂汗をかいていた。しかし、狂気に彩られた表情で目を爛々と輝かせながら聖杯をその人物へと差し向けた。
***
「一体、何を………?」
白夜叉の私室で観戦している女性店員はルイオスが隠し持っていた聖杯の登場で事態を把握しきれなかった。だが、白夜叉は一早くルイオスが何をしようとしているか理解する。
そして、ここ数年は見せなかった焦り顔に出して立ち上がり、思わず叫んだ。
「馬鹿者! よせっ!」
***
「聖杯よ! 僕の願いを叶えろっ! アルゴールを強化しろ! クズ共を……僕を馬鹿にする奴等、全員を殺せるぐらい強く、強力にしろおおおおっ!!」
ルイオスの命令を受け、聖杯は起動する。杯の形から黄金の粒子へと姿を変え、アルゴールに降り注いだ。その瞬間、アルゴールの身体から爆発的な魔力の高まりが噴き出す。
『GEEeyyyaaaAAAAAhッ!!』
バキバキ、と気色の悪い音を立てながらアルゴールの身体が肥大化する。同時に、より醜悪な姿へとアルゴールは変身していく。
『AAAAAhッ、アアアア、あああっ!!』
ルキウスによって刻まれた刀傷や火傷痕は肥大化する肉に埋もれる様に塞がっていき、爪や牙が肥大化する身体に合わせる様に伸びていく。
「ハ、ハハ……! いいぞ、いいぞ、アルゴール!」
かつてない程の巨大さと醜悪さを兼ね備えた姿にルイオスは背筋に寒気を感じながら、満足そうな顔になる。十六夜達を指差しながら金切り声でアルゴールへと命令する。
「さあ、
『———あのさ。いい加減、お前うっさいし』
へ? と間の抜けた声を出すと同時にルイオスの身体が鷲掴みにされる。アルゴールはルイオスの胴体を無造作に掴みながら、自分の顔に寄せた。
「ア、アルゴール!? 何で僕を!? い、いや……そんな事より、理性が戻ったのか!?」
『ん〜。随分と久々にアルちゃんの頭がスッキリしてるし。お前が持ってたギフトのおかげ? うん、そこだけは褒めてやる』
醜悪な外見に似合わず、少女の様な声がアルゴールの口から響く。その姿を見て、ルイオスの顔色が真っ青になる。
特殊なギフトでも無い限り、隷属させた魔王の霊格は契約者の力量に作用される。いかに強力な魔王といえど、契約者が未熟ならば相応の力しか出せないのだ。だが同時に、隷属させられている事を不本意に思っている魔王の場合はそれが安全弁となる。本来の霊格から著しく減衰し、時には理性すら剥奪された姿で顕現する為に容易に契約者に翻意を見せられない。ルイオスは今になってアルゴールを縛る鎖を自らの手で断ち切った事に気が付いた。
『まあ、あの姿でも薄ら意識はあったんだけどね〜。確か……使えない道具だっけ? 他にも色々と素敵なる言葉をくれたじゃないの』
酷薄な笑みを見せるアルゴール。恐怖で体が震えながらも、ルイオスは精一杯の虚勢を張った。
「ぼ、僕はお前の
『ていっ』
「ひぎゃあああああっ!」
まるで玩具を弄ぶ様な気安さでアルゴールはルイオスの手を引き千切った。ルイオスは突然失った腕の痛みと消失感で絶叫する。
「あ、ぎっ、ぎゃあああっ!」
『ちょっ、大袈裟すぎだし。ちょっと撫でただけで腕が無くなるとか貧弱すぎんよ、少年』
激痛で苦しむルイオスを見ながら、アルゴールはニヤニヤと笑う。ルイオスとの契約そのものは消えてはいない。だが、聖杯によって霊格を強化されたアルゴールはルイオスの命令をあらゆる意味で曲解し、自分の好きに動ける自由を得てしまった。もはや、二人の力関係は完全に逆転していた。
『テオちゃんが死ぬ前に頼んだから隷属されてあげてたけどさ、いかに温厚なアルちゃんでももう我慢の限界だし』
「あ、ああ、あ……っ!」
極寒すら温く感じるアルゴールの目線を受け、ルイオスはガタガタと震えた。今までアルゴールに対してぞんざいない扱いをしていたが、それは相手が甘んじて受けていただけの事。自分の手にはとても負えない相手を隷属させようとしていた事に今更ながら恐怖を感じていた。
「い、いかん! すぐにルイオス様をお救いしろ!」
騎士団長達がアルゴールに襲われているルイオスを救出しようと動き出す。無駄を承知しながらも観客席を覆う障壁を壊そうとしたが、それより早くアルゴールが動いた。
「ハクノ!」
ドンっとハクノの身体が押し出される。振り向いた先には耀が柱の陰に入ったハクノを安心した様に見つめ———瞬間、闘技場全体に褐色の光が降り注いだ。強烈な閃光に思わずハクノは目を覆う。
(これは———レティシアに浴びせられた“ゴーゴンの威光”! じゃあ、耀は……!?)
光が収まり、ハクノは覚悟を決めて目を開く。
そこに———ハクノが最後に見た時と同じ姿で石となった耀の姿があった。耀だけではない。観客席にいた飛鳥やローマ兵士達、そして“ペルセウス”の騎士達も全て物言わぬ石像となっていた。
「キシナミ! 無事か!?」
「十六夜! 耀が……! それに飛鳥も……!」
「後悔は後にしろ! 御チビも平気か!?」
「僕は大丈夫です! でも黒ウサギが……!」
逼迫した事態にいつもの軽口も無しで十六夜は全員の安否を確認する。しかし、ジンの声に振り向いた先には石化した黒ウサギの姿があった。
「マジかよ……。ゲームの審判でもお構いなしときたか……!」
「——それだけあの魔王の霊格は高まっているという事だ。いや、この場合は元の霊格に戻りつつある、と言うべきだが」
ハクノ達の元にルキウスが戻ってきた。どうやら彼女も間一髪で“ゴーゴンの威光”を回避した様だ。
「これがあやつの本来の力だったという事だ。むしろ、今まで弱過ぎたくらいである」
「は、相手が縛りプレイをしてたイージーモードから一気に難易度ベリーハードってか? いいね、最っ高の趣向じゃねえか! 泣けてくるね」
ジン達を安心させる為にいつもの軽口で応じる十六夜だが、引きつった様な笑みが事態の深刻さを物語っていた。
そんなハクノ達を余所に、ルイオスは恐怖で顔を歪ませながらキョロキョロど見回した。
「だ、誰か! 誰か僕を助けろ! おい、早く、助けろっ!」
『いや無理っしょ。お前のお仲間、みんなアルちゃんの石化ビームで石にしちゃったし』
「何でだ!? 何で僕の言う事を聞かない!? 僕はお前の
『ああ、そう……で? それが何?』
錯乱してわめき散らすルイオスをアルゴールは冷たく見つめた。
『ちょっと思い通りにならなかった程度で諦めて、テオくんの猿真似して中身カラッポなお前を、私が認めると本気で思った? さすがに舐め過ぎでしょう』
頭を殴られた様な衝撃がルイオスを襲う。それはルイオスが心の隅でずっと思っていた事だ。
どんなに外見を取り繕っても父テオドロスには及ばない。それを必死で目を背けたくて、今まで虚勢を張っていたのだ。自分で薄ら自覚するのと、他人からはっきり指摘されるのとでは衝撃が違った。
『まあ、確かにまだ契約は切れてないし? 一応はお前の
アルゴールはルイオスを自分の口へと近付ける。幾重もの牙が並んだ口が開かれ、そして———ルイオスを丸呑みにした。
“いいか? この聖杯は願えば叶えてくれるが———"
アルゴールに飲み込まれ、ルイオスは失意と絶望で精神が閉じていくのを感じながら走馬灯の様にクロウリーから言われた事を思い出した。彼はニヤニヤと見下しながら、自分へと言い聞かせた。
“絶対にアルゴールの強化には使うな。暴走するリスクが高くなるからな。まあ……その分とても強力になるんだがね”
***
『ハアアぁぁっ、あああっ!』
ハクノ達の目の前でアルゴールの身体が変異し出す。契約者であるルイオスを体内に取り込んだ為か、もはや大嵐の様な魔力を発生させながらアルゴールの身体が強い閃光を放った。まるで星が爆発するかの様な光にハクノ達は身を固くする。そして、閃光が収まった先には——。
「ん〜……まだ本調子じゃないわコレ」
瑠璃色に髪を輝かせながら、拘束服を着た彼女———アルゴールは自分の体を確かめる様に拳を握ったり開いたりしていた。先とは打って変わって可愛らしい童女の姿だったが………。
「まあ、いいか———お前らをブチ殺すぐらいなら十分だし?」
向けられた殺気が、ハクノ達に死闘を予感させていた。
神格持ちのルキウスがいるから“ノーネーム”の戦力大幅アップ。
……じゃあ難易度を引き上げても問題無いよね?(アルゴールを聖杯転臨させながら)