月から聖杯戦争のマスターが来るそうですよ? 作:sahala
「あらら……だから忠告したのに」
ポップコーンをムシャムシャと食べながらクロウリーは溜息する。足下には空になった酒瓶がいくつも転がり、相当飲んでいる事が一目で分かった。堕落を絵に描いた様な状況のクロウリーだったが、覚えのある気配に後ろを振り向く。
「………なんだ、お前か」
振り向いた先には浅黒い肌に赤い外套を着た男が立っていた。鷹の様に鋭い目付きで見る男に、クロウリーは旧知の友の様に語り掛ける。
「ちょうど今いいトコなんだよ。お前も見てく?」
ヒュンと傍らに置いていた銀のステッキを一振りする。すると、クロウリーの隣にもう一つリクライニングチェアが現れた。しかもご丁寧にサイドテーブルには山盛りのポップコーンと開栓していない酒瓶付きだ。しかし、それらを男はチラリと見ただけで座ろうともしない。
「キャラメル味の方が良かったか?」
「……零落していた星霊を元に戻すとは、随分と危険な手を打ったな」
戯けるクロウリーを無視して、男は単刀直入に自分の用件を話し始める。
「あの星霊———アルゴールはかつて箱庭三大問題児と呼ばれ、数多の神群が手を焼いていたそうだな。いかに
「ああ、その事か」
男の指摘にクロウリーはよっこらせ、と身体を起こす。
「俺を責めるのはお門違いだろ。ちゃんとルイオス君に忠告はしたぞ。それも何度も、執拗に」
「その通りだな。
カリギュラ効果という言葉がある。人間は禁止されればされる程にやってみたくなるという心理現象だ。例えば絶対に見るな、と釘を刺すとかえって中身に興味を持って見たくなってしまうのだ。
今回、クロウリーは聖杯を貸し出すにあたって、ルイオスにしつこく何度もアルゴールの強化に使ってはならないと警告した。アルゴールに使えば、強大な力の代償に抑えが効かなくなる、と。
しかし、それによってルイオスの中で『アルゴールを強化すれば制御出来なくなる代わりに強大な力が手に入る』と錯覚された。それをクロウリーは狙っていたのだ、と男は指摘する。しかし……。
「………ん? いやいや、俺はちゃあんとルイオス君の事を考えて忠告したぞ。まさか、暴走させるなんて思いもよらないね」
「ほう? 全く、一切他意は無かったと言い張るわけだな?」
「もちろん。ルイオス君の事を信じてあげていたからな」
ニヤニヤと笑いながらクロウリーは断言する。どう見ても嘘と分かる作り笑いで、さらにいけしゃあしゃあとクロウリーは続ける。
「そもそもそれが本当だとしても、俺は“アルゴールの強化に使え”なんて一言も言ってないな。だとすると……ふむ、アルゴールが復活したのはルイオス君の責任になるねえ」
「———ふん。何故君の様な
「いやいや、俺なんてまだまだよ。ダーニック・プレストーンという魔術師を知ってるか? アイツならもっとエゲツない交渉してくるぞ」
いやあ、あの時は楽しかったなー、と思い出に耽るクロウリーに男は更に目付きを鋭くする。
はっきり言って、クロウリーがルイオスを騙した事は
「そう睨むなよ……むしろ俺の方が文句言いたいよ。なんでここまで馬鹿なのか? って」
「随分と勝手な物言いだな。君が望んだ展開だろうに」
「その通り。そして
「そして君の退屈凌ぎと引き換えに人類史を揺るがす魔王が復活したわけだな」
「ん? いやいやそれは無い。安心しなよ。あのアルゴールは全盛期の力は絶対に出せないから」
「何だと?」
男の顔に疑念が浮かぶ。アルゴールは箱庭で神々すら手を焼く程に凶悪な魔王の筈だ。箱庭は人類史と相互干渉する世界である以上、箱庭を荒らす魔王の復活は人類史を揺るがす事態へと繋がる筈だが……。
「どういう事だ? 君はあの小僧に万能の願望機を与えたのでは無いのか?」
「確かに万能の願望機さ。ただし……そいつが万能の意味を正しく理解している事が前提だけどな」
男の鋭い目線を受けながらも、クロウリーは得意顔で解説し出した。
「例えばさ、山の様な大金が欲しいと願う人間がいるだろ? そいつにあの聖杯を渡した場合、そいつの願い通りに大金が用意されるんだわ。ただし、本当に“山の様な”量しか出してくれない。しかもそいつが砂山ぐらいの量しかイメージ出来ないなら、そのまんまの金額になるわけ」
「要するに、所有者のイメージ通りにしか反映されない願望機と言うわけか。とんだ欠陥品だな。ならば、あの魔王は……」
「ルイオス君が考えられる程度に最強の魔王。奴の最強のイメージ元は親父だろうから、ルイオスパパが使役してた頃のアルゴールより一回り強い程度だな」
ルイオスの心の中で大きく存在する父・テオドロス。彼の様な強さが欲しいという願いを聖杯は聞き届け、テオドロス以上の霊格をルイオスに与えていた。
しかし、テオドロスは四桁昇格に失敗している。故に聖杯がルイオスに貸し出した力はギリギリ四桁に届かない程度の霊格だ。そんな中途半端な強さではアルゴールの完全復活には至らない。
「ま、あのアルゴールには“ペルセウス”を更地にするのが関の山だろう。そしてどう計算しても“ペルセウス”が消えた程度で人類史を崩すダメージは起きないというわけだ。安心した?」
「小匙一杯分はな。巻き込まれた
「アホなリーダーを矯正するでもなく、傀儡にしてコミュニティを乗っ取る事もしなかったツケというやつだ。甘んじて受けて貰いましょ」
合掌するクロウリーに男は冷たい目線を向ける。だが、
「どのみち、今の俺には世界をひっくり返す悪事は出来んよ。グランドセルは箱庭の観察が第一目的だ。だからこそグランドセルの紐付きである俺達———エクストラ・サーヴァントは、グランドセルの目的を崩す行動は認められていない。そこら辺はお前がよく分かっているだろう? エクストラ・アーチャー?」
「もちろんだとも、エクストラ・キャスター。下らない契約だと思ったが、君の様な悪人を縛れているという点だけはグランド・ムーンセルに感謝だな」
「俺は今すぐぶち壊したいけどね、あんなポンコツ。神霊を容易く上回る霊格になってもやりたい様にやれないのは不自由で仕方ない」
男———エクストラ・アーチャーの皮肉に
「実に面白くない契約だ。それでもやらねばならん、というのが更に面白くない。だったらせめて、楽しめる様に
「残念ながら理解はできんな」
「マジかよ。もうちょっと遊びを知ろうぜ若者。セックスにドラッグ、ついでに騙し騙されな人間関係と世の中には楽しい事で溢れているんだぜ?」
悪党を絵に描いたような発言をするクロウリーにエクストラ・アーチャーは徹底的に無視した。そんな同僚につまんねーの、とクロウリーは背を向けて画面へと向き直る。画面の中では聖杯とルイオスを取り込んだアルゴールの臨戦態勢が整った様だ。そして———アルゴールと対峙して、張り詰めた面持ちを見せるハクノ達。
「さて、第二ラウンドだ。どうする?
ポン! と新しくビールの瓶を開けながら、クロウリーは笑う。『英国史上最凶最悪な魔術師』の二つ名に相応しい邪悪な笑顔で画面の向こうへと語りかけた。
「頼むから俺を退屈させないでくれよ? でなければ———今すぐ殺したくなるから」
***
ヒュッ、ヒュッと風切音をつけてアルゴールは拳を振るう。自分の身体を確かめるかの様に何度か拳を空打ちすると、露骨に溜息をついた。
「……やっぱこれ、全然本調子じゃないし」
ガッカリした様なアルゴールは一見すると隙だらけだったが、十六夜達は動けないでいた。
彼等は本能で理解してしまった。今のアルゴールはこの場にいる誰よりも強く、その気になれば今すぐに皆殺しにされている、と。
「どうせなら後で白夜叉と遊ぼうと思ったけど、この霊格じゃ返り討ちにされるだけだわ……。まあ、いいや。とりあえずは約束通りお前らから殺すとしましょう。恨むならお前らに逆恨みした
「随分と余裕じゃねえか。さっきまでルキウスに散々ボコらてた癖に」
十六夜が精一杯の強がりを見せるが、アルゴールをそれを鼻で笑う。
「ま、そりゃあボンクラがマスターじゃアルちゃんの実力の二割も出せないもんね。でも———今は違う」
フッとアルゴールの姿を消え———同時に十六夜の腹に拳がめり込んだ。
「カハッ……!」
殴られたと十六夜が認識すると同時に十六夜の身体が吹き飛ぶ。肺の空気を全て吐き出す様な呼吸音を出して、そのまま十六夜は動かなくなった。
「十六夜……!」
「ハァァァァッ!」
ハクノが十六夜に駆け寄ろうとするのと同時にルキウスは動いていた。彼女はアルゴールの首へと素早く剣を滑らせ———その刃をアルゴールは片手で白刃取りした。
「なっ!?」
「そういえば……アンタは封印されてたアルちゃんに醜いとかなんとか言ってたっけ」
必殺のタイミングで放たれた剣が掴まれ、引き戻そうにもまるでアルゴールの手に接着されたかの様に動かない。そんなルキウスをアルゴールは憎々しげに見つめた。
「じゃあお前も醜い姿に変えてやるよ」
ギロリとアルゴールが睨んだ瞬間、ルキウスの剣が金属の光沢を持った大蛇へと変わった。大蛇は持ち主であったルキウスへと襲う。
「くっ、おのれ———!」
ルキウスは即座に大蛇となった剣を放り捨てる。だが、その隙をアルゴールは見逃さない。素早くルキウスとの距離を詰め、ルキウスの顔面に目掛けて手刀を突く。ルキウスは半ば本能的にアルゴールの手刀を掴んだ。そして———掴んだルキウスの手が大蛇へと変わった。
『シャアアアアアッ!!』
「舐めるな!」
大蛇と化したルキウスの片腕が彼女の首筋へ牙を突き立て様とするのをルキウスは魔力放出で防ぐ。太陽の炎熱となった魔力は大蛇を一瞬で消炭に変えた。
「ぐっ………!」
だがその代償は大きかった。彼女の左腕は大蛇と共に消し飛び、片腕となったルキウスは苦痛に顔を歪めていた。傷口は太陽の炎によって火傷で塞がれ、辺りに肉が焼け焦げる嫌な臭いが充満する。
「アハハハ! 神霊モドキの癖に結構やるじゃん!」
「ルキウス! 今、治療を———!」
キンキンとアルゴールの笑い声が響く中、ハクノがコード・キャストを発動させようとする。だが、それより先にハクノに殺気が重圧となって襲う。
「あ………!」
「散々アルちゃんを好き勝手ボコった御礼に、アンタらはタダじゃ殺さないし」
呼吸すら出来なくなりそうな重圧の中、アルゴールの声だけがはっきりと響く。彼女は可愛らしい少女の笑みのまま、場を支配する絶対の殺意でハクノの動きを封じこめた。
「一人一人、丁寧に嬲る様にブチ殺してやる。魔王の恐ろしさを冥土の土産にして、絶望しながら死んでいけよクソ共」
『クロウリーの聖杯』
所有者のイメージ通りに願いを叶える願望機。字面だけ見れば何の欠陥も無い様に見えるが、実際は「所有者が想像できる範囲でしか願いを叶えてくれない」という融通の効かない聖杯。「被害範囲が個人の想像の範囲内に限定されるだけ、どこぞの汚染聖杯よりはマシだろ?」とはクロウリー談。
『ダーニック・プレストーン』
ご存知ユグドミレニア一族の長である魔術師。ある目的から第三帝国に与していた。そしてクロウリーは、第三帝国の野望を阻止する為に英国政府を魔術的に支援したという経歴を持つ。その為、彼とは浅からぬ因縁があったのだとか。
『カリギュラ効果』
クロウリー「押すなよ?(チラッ) いいか、押すなよ?(チラッ、チラッ) 絶対に押すなよ?(チラッ、チラッ、チラッ)」
ルイオス「舐めやがって……後悔しやがれ!」(ポチッとな)
クロウリー「だから言ったのに〜!(笑)」