月から聖杯戦争のマスターが来るそうですよ? 作:sahala
「整理しましょう」
黒髪の少女―――久遠飛鳥はこめかみを抑えながら、記憶喪失の少年と向き合う。
「まず、貴方の名前は?」
「・・・・・・・・・分からない」
「貴方の出身地は?」
「・・・・・・・・・分からない」
「・・・・・・・・・湖に落とされる前に、何をしていたのか少しは覚えていないの?」
飛鳥は少し迷う素振りを見せ、やがて自分の異能を使う事にした。
『ちゃんと思い出してみなさい』
飛鳥の異能は相手を隷属させるものだ。どんな相手でも彼女が力を込めて命令すれば、意思をねじ曲げて彼女の言葉通りに行動してしまう。他人を洗脳する様なこの力を飛鳥自身は嫌っていたが、今はそんな事を言える状況ではない。目の前の少年が嘘をついているならもちろん、たとえ本当に記憶喪失だとしても彼女の命令通りに記憶を思い出すはずだ。しかし―――。
「・・・・・・・・・分からない。本当に何も覚えていないんだ」
力なく首を振る少年に、飛鳥は苦い顔になる。自分の異能が効かないのか、それとも本当に記憶喪失なのか。いずれにしても、飛鳥の力が及ぶ事ではなかった。
「駄目ね。本当に何も覚えていないみたい」
「多分、この人は嘘をついてないよ」
自分だけ我関せずという態度を取るのは気が引けるのか、ボブカットの少女―――春日部耀も記憶喪失の少年をジッと見つめていた。
「嘘つきは独特の臭いがしたり、目線がキョロキョロしたりするけど、この人はそんな物が全くない」
「嘘つきの臭いって・・・・・・・・・そんなの分かるものなの?」
「ん・・・・・・・・・一応」
驚いた顔をする飛鳥に、耀は目線を地面に落として押し黙る。何か触れられたくない事を聞いてしまったのか、と飛鳥は怪訝に思ったが、貝の様に口を閉ざしてしまった耀とは会話が完全に途切れてしまった。
「まあ、自称・記憶喪失が太鼓判付きの記憶喪失だという事は分かったな」
重くなった空気を変える様に、十六夜が岸部の岩に腰掛けながら軽薄そうな笑みを浮かべる。
「異世界に着いた矢先に見つかった記憶喪失の人間、か。ゲームならベタ過ぎ、ついでに儚げな美少女キャラにすれば野郎共の意欲が上がると購入者アンケートに記入する所だが・・・・・・・・・。それで、俺はお前を何と呼べば良いんだ?」
「・・・・・・・・・?」
「いつまでも
首を傾げた少年に、十六夜はジッと答えを待ち―――。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・フランシスコ・ザビ、」
「それは絶対違う」
少年が告げた名前をバッサリと切り捨てる。どう見ても東洋人な少年が、何をどうすればスペインの宣教師になるのか?
「まあ、良いか。名無しと呼ぶのも気の毒だからザビと呼ぶか」
「そうね。よろしくね、フランシスコ・ザビ君」
「ンニャーオ」
「三毛猫もよろしく、だって。フランシスコ・ザビ」
「・・・・・・・・・何かしっくり来ない」
「自分で名乗った名前だろうが」
ザビザビと連呼されながら、どこか納得のいかない顔の記憶喪失の少年改めフランシスコ・ザビ(仮)。
「その指輪は? 俺と同年代に見えるが、妻帯持ちだったりするのか?」
え? とザビは自分の左手を見る。そこには装飾の無い簡素な金の指輪が薬指に嵌まっていた。
「これは一体・・・・・・・・・?」
「覚えてないか。なら指輪に何か書いてないか? こういう指輪は内側に何か刻まれている事が多いぞ」
そう言われて、ザビは指輪を外そうとする。しかし―――
「あ、あれ? 外れないな・・・・・・・・・」
ザビが力を込めて引き抜こうとしても、指輪は薬指に嵌まってびくとも動かない。
「唯一の手掛かりかもしれないのに・・・・・・・・・」
「ええと、こういう時は石鹸を使うと外れやすくなるんだっけ?」
「まあ待て、お二人さん。あれこれと憶測を語るより、まずは人里を探す方が良い。いつまでもここで駄弁っているわけにはいかないしな」
ガサガサ、ガサガサ。
「そもそも俺達を呼んだ奴に、呼び出された理由を含めて説明が欲しいわけだが・・・・・・・・・」
ヒョコ、ヒョコ。
「・・・・・・・・・あーあ、何処かに居ねえかな。第一村人なメッセンジャー」
(ブツブツ・・・・・・・・・)
「それって、あそこにいる人に話を聞いてみようという事?」
「・・・・・・・・・ああ、それしかねえか」
ザビが指差した先を見ながら、十六夜は深々と溜め息をつく。そこには茂みからウサギの耳がついた頭がチラチラと見え隠れしていた。
「ええと、あれって隠れているつもりよね?」
「隠れんぼなら可哀想だから見なかった事にしたくなるけどな」
「せめて風上に立たなければマシなのに・・・・・・・・・」
三者三様に溜め息をつく。そんなわざとらしい遣り取りも聞こえてないのか、ウサ耳頭は一向に出て来ようとしない。明らか過ぎるほど挙動不審で、はっきり言って話しかけたくない。
どうしたものか、とザビが三人に振り向くと三人はザビをジッと見ていた。
ザビは自分を指差す。
三人はコクンと肯く。
仕方無しにザビはウサ耳頭へと近寄って行った。
「あれは・・・・・・・・・あの方は本当に
ブツブツ、と茂みから呟き声が聞こえて来る。ザビはおっかなびっくりしながら、茂みの中を覗いた。
そこには一人の女の子がいた。飛鳥とは質が異なる黒髪からウサギ耳を生やし、豊かな谷間やムチッとした太ももが見える様な露出の多い服。一見するとバニーガールの様な少女がブツブツと独り言を言いながら、考え事に没頭していた。近くまで来たザビに気付いてもいない様だ。
「あの、」
「ひゃわっ!?」
ザビが意を決して話し掛けると、ウサギ耳の少女はびっくりして跳び退き―――本当に跳び退いた。十メートルくらいの高さを助走も無しに跳び上がる。オリンピック選手も真っ青なジャンプにザビはポカンと見とれていた。
「何これ? ウサギ人間?」
茂みから飛び出したウサギ耳の少女に飛鳥は値踏みする様に睨む。十六夜と耀もようやく出て来た少女に一言言いたいのか、少女を取り囲む様に並び立つ。囲まれたウサギ耳の少女は精一杯の愛想笑いを浮かべながら、三人に話し掛けた。
「や、やだなあ御三人様。そんなに睨まれたら黒ウサギは怖くて死んじゃいますよ? ええ、ウサギは古来よりストレスに弱い生き物なのです。そんな脆弱な黒ウサギに免じて、ここは一つ穏便に御話を」
「断る」
「却下」
「お断りします」
「ワオ、取りつくシマもございませんね♪」
降参、とウサギ耳の少女は両手を上げた。
「まず聞きたいのだけど・・・・・・・・・君は誰?」
「は、はい! 初めまして! わたくしは帝釈天の月の兎の末裔であり、箱庭の貴族。名を黒ウサギと申しま、フギャっ!?」
ウサギ耳の少女―――黒ウサギはザビに何故か顔を上気させながら自己紹介しようとしたが、耀に耳を引っ張られて変な声を上げた。
「い、いきなり何をするんですか!?」
「いや、この耳って本物かなぁと思って」
「そうだと思っても初対面の兎の耳を引っ張りますか!?」
「好奇心故に?」
「何で疑問系!? いいから離して下さいまし!」
耀の手からどうにかウサギ耳を引っ張り出す黒ウサギ。しかし―――
「本当に頭から生えているのね」
「ふうん、どれどれ見せてみろ」
すぐに飛鳥と十六夜にウサギ耳を掴まれる。しかも片耳づつ仲良く分け合った状態で。
「イタタタタ!? だから引っ張らないで下さい!」
黒ウサギは涙目で抗議するが、十六夜達は聞く耳を持たずにウサギ耳を引っ張る。
恐らく黒ウサギが十六夜達を召喚した人物だろう。しかし召喚して早々に高所から湖へダイブさせられた十六夜達からすれば、これくらいは迷惑料として受け取って貰いたいものだ。あと意外とスベスベして肌触りも良い。
「そこまでだ」
静かに、しかしハッキリと通る声でザビは二人の肩を掴んだ。
「まだ俺達は事態を把握できてない。この人から話を聞く事が先決だよ。あと、カメさんを苛めるのは良くない」
「カメじゃなくてウサギです!」
「・・・・・・・・・仕方無いわね」
少し残念そうな顔で飛鳥は抗議する黒ウサギの耳から手を離した。
「ザビに免じて勘弁してやるよ。状況の説明なり竜宮城への道筋なりを教えな、カメさん」
ヤレヤレと肩をすくめながら、十六夜も手を離す。
「だからウサギですってば・・・・・・・・・んん、とにかく」
ようやく話を聞く姿勢になってくれた問題児達に、黒ウサギは咳払いをした。そして―――
「ようこそ、"箱庭の世界"へ! 我々は皆様にギフトを与えれた者達だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせて頂こうかと召喚いたしました!」
リメイク版の変更点
フランシスコ=ザビ・・・!?