月から聖杯戦争のマスターが来るそうですよ? 作:sahala
ただ……さすがに白夜叉とギフトゲームするどころか、箱庭都市に入れてすらないのは自分でも驚いています(白目)
「~~~♪」
ザビ達とのギフトゲームを終え、黒ウサギは召喚した四人を自分のコミュニティへ連れて行く為に大天幕へと案内していた。足取りは軽く、表情は晴れ晴れとしていた。
いよいよ自分達のコミュニティにゲームプレイヤーが加わるのだ。それも人類最高峰と“ある御方”から保証された三人に加え、予定外に一人。その一人も月の兎の直感が強力な恩恵の持ち主だと訴えている。
(それにさっきのゲームで全くの無能力者ではない、と証明された様なもの! 今からでもギフトの鑑定が楽しみです!)
そう考えると自然と心が弾み、鼻歌が漏れ出す。はっきり言って浮かれている状態だ。しかし、それも無理もない。
四人には意図的に知らせていないが―――黒ウサギのコミュニティは危機的な状況だ。それこそ今回の召喚が失敗すれば、今の住処を離れて行く当てのない旅へ出なければならない程に。残り少ない財産を賭け金にしたギャンブルがまずまずの成功となったため、黒ウサギの心は安堵と嬉しさで一杯だ。
(あとは皆様をコミュニティに案内して、契約を結んでもらえば完璧です! 騙す様で心苦しいですが……こちらも一歩も譲れないのです!)
一度コミュニティに入ると決めてもらえば、簡単に脱退は出来なくなる。この箱庭において契約は必ず遵守されるもの。後になって話が違うと抗議しても、確認せずに承諾した方が悪いという事になるのだ。
黒ウサギのコミュニティの現状を伝えれば、大半の人は敬遠するだろう。彼等がコミュニティの事を知らず、箱庭の常識もまだ把握していない今が好機だ。
黒ウサギは罪悪感を感じながらも、それを召喚に成功した喜びで見ないふりをしようとしていた。
―――そんな風に気持ちが上の空だったからだろう。後ろからついて来る人数が二人減ったことに気づけなかったのは。
***
森林の中を十六夜は駆ける。一歩踏み出すごとに盛大に砂塵が舞い上がり、彼が通った後の空間に衝撃波が発生して周りの木々が強風に煽られてギシギシと悲鳴を上げた。まるで漫画の様な疾走をしていた十六夜は、ある地点でようやく止まった。
「よし、ここらへんでいいか。ほら、着いたぞ」
肩に担いでいた荷物を下ろす。
「悪い、シェイクし過ぎたか?」
「あ、謝るところは・・・・・・そこじゃない・・・・・・・・・」
胃から逆流しそうになる物を何とか飲み込みながらザビは答える。
黒ウサギの後ろを歩いていたら、十六夜が突然良い笑顔で「ちょっくら世界の果てまで散歩するけど、お前も行くよな?」と言って、有無を言わさずザビを担ぎ上げたのだ。おまけに飛鳥達は「あら、散歩? あまり遅くならない様にね」「行ってらっしゃい」と心を込めてない言葉で送り出してくれたのである。こんちくしょう。
「おいおい、俺からすればほんの少し早歩きしたくらいだぜ? もうグロッキーか?」
「あのね………。記憶喪失でも時速313キロで走る人間がおかしいのは分かるからな………」
「ほう? えらく具体的な速度が言えるじゃねえか」
新幹線に生身でしがみついている様な状態で、よく無事でいれたな……と他人事の様に関心していたザビだが、十六夜の指摘に押し黙ってしまう。
「速度計なんて持ってないだろうに、どうして時速313キロなんて詳細な数字が出せたんだ?」
「何故と言われても………身体にかかる重力とか風圧とか、流れていく景色とかから判断したのだけど」
そう言いつつも、一番納得していないのはザビ自身だった。先程のギフトゲームもそうだ。特段に意識したわけでもないのにカードがばらまかれた瞬間、まるでスローモーションの様にカードがゆっくりと落ちていくのが見えた。これが普通の人間には出来ないという事はザビでも分かる。
(本当に俺は何者なんだ……?)
自分の記憶が定かでなく、しかし黒ウサギが言うように異能らしき能力はある。それが示すものは何なのか? 立ち位置すら分からない状況にザビの心は不安に染まっていく。
「案外、それがお前のギフトかもな」
顔を上げると十六夜はいつもの軽薄そうな笑いを消し、じっとザビを見ていた。
「確定に至らない情報を話すのは好きじゃないが………。これまででお前が出来た事をギフトのおかげだとするなら、『見たものや聞いたもの。感知したものを具体的な情報として収集する』のがギフトだろうよ」
「それは………そうかもしれないけど。でもどうして俺にそんな力が………?」
「それは考えるだけ無駄だ。今の時点じゃ情報が足りん。不安になる気持ちは分かるが、現時点でどうしようもない事にあれこれと気を揉むだけ損だ。立ち止まるより、動いてみた方が何か思い出すかもな」
今まで傍若無人そうに見えていた相手から気遣いとも取れる事を言われ、ザビは驚いて十六夜を見る。
「………ひょっとして、励ましてくれているのか?」
「将来の夢はお気遣いの紳士だった様な気がするんでな」
「噓つけ。いま考えただろ」
ヤハハハハと大笑する十六夜にザビも少し気が晴れた。ようやく体調も落ち着き、ゆっくりと立ち上がる。
「そんなわけで現在進行形で記憶喪失のフランシスコ=ザビ君には、治療も兼ねて世界の果てツアーにご招待したわけだ。感激したか?」
「乗り物が安全バー無しのジェットコースターで無ければ言う事無しだったかな」
「言うようになったじゃねえか。なら、ここからは歩きだな。ちょうど水場も近そうな雰囲気だしな」
そうして歩き出した二人だが、十六夜はザビに聞こえない程度の音量でこっそりと呟く。
「それに―――相手が記憶喪失なら、と詐欺を働く奴も気に入らなかったからな」
***
それから二人は水の流れる音や匂いを頼りに歩き続けた。鬱蒼とした森を抜け、その先に広がっているいたのは―――
「これは………」
「へえ、随分と大きな河だな」
十六夜は目の前に広がる大河に口笛を吹く。
「昔に見たラプラタ川くらいの川幅か? それにこの音……近くに滝があるのかもな」
一見して地形を把握していく十六夜に対し、ザビは目を見開いて大河へと近付いていく。
「これは……これが、河なのか? なんて大きい………」
まるで生まれて初めて見た、という様な反応に十六夜は声をかけようとし―――即座に警戒の色を強めた。
「逆廻」
「ああ」
ザビも先程の呆けた顔が噓の様に油断なく身構えていた。
「何かが……いる!」
ゴボゴボッ! と水面が泡立つ。最初は小さく、やがて気泡は大きくなって水底からギラリと輝く目を覗かせる。水流は激しく荒れ、大きく波打つ。そして―――!
『―――我が神域を侵すのは誰ぞ?』
頭の中に直接響く声と共に、それは激流から姿を現した。
身の丈は十メートルを超えているだろうか。巨大な注連縄を首に巻き、雪の様に白い鱗に全身を覆った大蛇。しかしその目にはれっきとした意思を持って、ザビ達を睥睨していた。
水神。そうとしか表現しようのない存在が、大河から現れた。
『我が名は白雪。白夜叉様よりこの地を任せれし水神である。小さきもの達よ………何用で我が神域に入り込んだ?』
威厳をもってザビ達を見下ろす白雪に、ザビは驚きながらも答える。
「ええと、俺はフランシスコ=ザビ……? と言います。その、ここに来た理由は観光……かな?」
『……ふざけているのか?』
「本当なんですよ、困った事に」
傍から聞けば戯言の様な内容だが、真剣に困惑しているザビを見て噓を言ってるわけではない、と判断した白雪は鼻を鳴らすと再び威厳を込めてザビに語りかける。
『まあ、良い。いずれにせよ貴様らが我が神域に無断で侵入したのは事実だ』
「あー……その、知らなかったとはいえ大変失礼しました?」
『待て。招かざる客とはいえ、せっかくの客だ。盛大に持て成そうではないか』
くつくつと白雪はザビ達を見下しながら嗤う。蛇である為に表情は分からないが、言葉の端々からは隠しようのない驕慢さが滲み出ていた。これにはさすがのザビも不愉快そうに眉をひそめる。
『そうさな……特別にギフトゲームを開いてやろうではないか。光栄に思うがいい、貴様ら人間が神格を宿す私のギフトゲームを受けられるなど、滅多にない―――』
「待てよ」
今まで黙って事の成り行きを見守っていた十六夜が白雪を遮る。その表情はいつもの人を小馬鹿にした様な笑みが浮かんでいた。
「中々に挑発的な文句だが……アンタはそれほど口と実力が釣り合っているのか?」
『……ほう?』
ピリッと空気が張り詰める。目を細めて威嚇した態度を露わにする白雪に対し、十六夜はどこ吹く風という態度だ。
「俺の見立てじゃアンタはそこまで大した神様じゃなさそうに見えるんだが、そこのところはどうよ?」
『我が威容を見て尚もそんな口が聞けるとはな。貴様ら、余程の阿呆か道化の類だったか?』
「鏡を見ろよ。この中で自分が一番強いと思っている井の中の蛇が見れるぜ。というか、そういう御託はいいんだよ」
スッと十六夜は半身になって拳を握る。
「来いよ、シロヤシャ様とやらにド辺境を任されている程度の神様。俺を試せるか、試してやるよ。もっとも、アンタがその程度ならボスも期待できそうにないけどな」
チョイチョイと手招きし、尚も挑発的な笑いをする十六夜に白雪は目を細めた。
『―――無礼者』
来る、と十六夜の直感が告げる。どんな攻撃が来るかと身構え―――
「右に避けろ、逆廻!」
突然の大声に十六夜の体が反応する。サイドステップで右に大きく跳び退く。その一秒後、十六夜がさっきまでいた地面から間欠泉の様に水が噴き出していた。爆発する様に上がった水流は人間一人くらい、苦も無くバラバラにする威力が込められていた。
だが、そんな事より十六夜は後ろを振り返った。そこには十六夜と同じ方向に避けていたザビの姿があった。
「お前………」
『ほう。カンが良いな、小童』
十六夜がザビに何か言う前に、白雪の声が響き渡る。
『だが、これで分かっただろう。これが私の力だ。長年の修行の末にあの御方に認められ、神格を頂戴した力だ』
スッと瞳孔が縦長に細まる。
『―――人間風情に愚弄される謂れはないぞ。小童共』
「待ってくれ、白雪」
怒気を露わにする白雪に気圧されながらも、ザビは前に進み出た。
「貴方の住処に無断で入った事は謝る。俺の友人が、その……貴方に対して失礼な事を言った事も謝る。だから、ここは怒りを収めて貰えないか?」
『出来ぬ相談だな。そこの金髪の小童は私の誇りを傷つけた。それを
「いや、だから―――」
『くどい。もはや我が怒りは、貴様等の命で贖うものと知れ』
ビリビリと肌が揺れる様な殺気が辺りに奔る。木々はザワザワと身震いする様に揺れ動き、鳥達は一斉に空へと逃げ出していく。普通の人間ならば卒倒する様な殺気を前に、ザビは目を閉じ―――
「―――やるしか、ないか」
ザビが目を見開いた瞬間、十六夜は自分の目を疑った。
記憶を失くして自分のパーソナリティに悩んでいた普通の少年。それが先程までのザビだったはずだ。
だというのに、これはどういう事か。今は眼光を鋭くし、
それはまさしく―――
「逆廻」
「……何だ?」
内心の動揺を悟られない様に、いつも通りの軽薄な声音でザビに応える。
「力を貸してくれ。君の力が必要だ」
「……一つ聞きたいんだが。お前、逃げないのか? アレは俺が怒らせた様なモノだぜ? 俺に全部押し付けて一目散に逃げても、誰も責めやしないだろうに」
「……その発想は無かったな」
でも、とザビは白雪を―――まるで一挙手一投足すら見逃さない様に―――見たまま、十六夜に答えた。
「俺が世界の果てを見たいと思った。そして今の状況がある。だから、これは俺の選択だ。俺は―――自分の選択から逃げない」
十六夜はいつもの笑みを消し、ザビの顔をジッと見つめた。
「―――ハ、そもそも世界の果てを見に行くと言い出したのは俺の方だけどな。むしろお前は無理やり連れ出された、と言えるわけだが?」
「それについて行く、と決めたのは俺だ。それなら、やはり俺自身の選択だ」
「真面目な奴だな。まあ―――その真面目さに免じて、無償サービスで引き受けてやるよ」
スッと十六夜はザビの前に出た。
(………こいつ、本当に何者なんだかなぁ)
目の前の怒れる水神を前に、十六夜の意識は後ろにいる記憶喪失の少年の方に向けていた。
あの
あの
(
しかし当の本人は記憶喪失だという。まさに謎の塊だ。そんな謎に十六夜は―――いつもの作り物ではない、心からの笑いがこみ上げてくる。
自分の知識で測れないものがこの世界にある。
自分の常識が通用しないものがこの世界にある。
そして―――自分の認識にはなかった人間がここにいる。
(ああ、本当に―――)
「来るぞ、逆廻!」
(退屈しないな、ここは!)
リメイク版の変更点
・ザビが飛鳥達と箱庭都市に行くのではなく、十六夜と世界の果てに行く。
・十六夜が知る戦う者の表情
金糸雀や丑松の翁の他に十六夜が「こいつは別格」と元いた世界で認めた一部の人間が見せていた表情。政治や経済などの戦場を問わずに、相手と命のやり取りをするとはどういう事かを知っている人間の顔。……普通なら、そんな事を高校生が知る事自体がおかしいのですけどね。