月から聖杯戦争のマスターが来るそうですよ?   作:sahala

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 遅くなり申し訳ございません。今日から新元号の令和ですが、令和の年も皆様にとって幸福な年でありますようにお祈り申し上げます。


第五話『My belief』

 地響きを立てながら巨大な白蛇が倒れる。辺りの木々を揺らし、叩きつけられた水面は激しく波打って水飛沫を雨の様に降らせた。服が濡れるのも構わず、黒ウサギは茫然と立ち尽くしていた。

 

「そんな、馬鹿な・・・・・・」

 

 目の前で起きた事が信じられず、無意識に黒ウサギは呟いていた。

 

(ただの人間が神格保持者の攻撃を防いだ? ただの人間が神格保持者を腕力だけで捻じ伏せた? そんな、そんな事って……)

 

 黒ウサギの今までの常識には無かったデタラメな力を見せられ、目の前に起きた出来事が現実なのか区別がつかなかった。

 

「黒ウサギ……だよな?」

 

 気付くとザビがこちらを向いていた。

 

「その髪はどうしたんだ? さっきと全然色が違うけど……」

「きっとイメチェンしたい年頃なんだよ、察してやれ」

 

 月の兎としての力を出す時に、黒ウサギの髪は鮮やかな朱色に変わる。その為、何も知らない人間からすれば短時間で髪を染めた様に見えるのだろう―――。

 

「って、んなわけないでしょうが!!」

「おお、いいツッコミだ。教科書に載せたいくらいだ」

 

 ケラケラと笑う十六夜の相手をしながら、黒ウサギは心の中で大きな喜びが芽生え始めていた。

 

(この二人は大変な逸材なのですよ! 彼等がいれば、コミュニティの再建も夢じゃない―――!)

 

 黒ウサギの中で鼓動が高まる。先程の戦闘を見る限り、彼等の実力は箱庭の上層にも通用するレベルだ。少なくともいまコミュニティがある階層で相手になるコミュニティはいない。コミュニティに残してきた皆が喜ぶ顔を目に浮かべていると、大蛇が小さく呻いた。

 

「う、うう………」

「お? それなりに手加減したとはいえ、完全に意識を失ってないのか。結構頑丈だな」

「やっぱり手加減していたのか……」

「気付いていたのか?」

「ん……何ていうか、十六夜の動きを見る限り、実力の半分も出してないだろうなとは思ったよ」

「……ハ、本当にお前は目が良いな。というか、最後のあれは何だ? プログラム・アクセスとか言っていたやつ」

「あ! それ、黒ウサギも気になります! ザビ様は自分のギフトを思い出されたのですか?」

 

 十六夜はワクワクとした顔で、黒ウサギは期待する様な顔でザビに問い質した。しかし、ザビは自分の手を不思議そうに見ていた。

 

「分からない。でも、あの時に咄嗟にやり方が頭に浮かんだんだ。確か、こんな風に……」

 

 ザビが手をかざすと、コンピュータの画面とキーボードが立体画像の様に現れた。

 

「これは、いったい……?」

「まるでラプラスの悪魔みたいなギフトですね」

「ラプラスの悪魔? 物理学で定義された超越的存在の事か?」

 

 ザビが出した立体画像を見ながら呟いた黒ウサギに、十六夜が怪訝そうな顔で黒ウサギに聞いた。

 

「Yes。この箱庭世界では外界で伝承に語られたり、概念という形で認識される存在が擬人化されます。ラプラスの悪魔も上層に本拠を構えるコミュニティとして存在しているのデスよ」

「じゃあ、ザビはラプラスの悪魔に関係ある人間という事か?」

「うーん……恐らくは。それと……ザビ様はもしかすると魔法使いなのかもしれません」

「魔法使い?」

「人類の幻想種の事ですよ。民話や伝承に登場する森の賢者から、神話で神々から指導を受けた者など様々な種類がいますけど。ザビ様が先の戦闘で見せた術は何かしらの魔法じゃないかと思うのです」

「魔法使い……この俺が?」

 

 信じられない面持ちでホログラムのキーボードを見るザビ。まさか漫画やアニメの様な力が自分に宿っているなんて、考えもしなかった。

 

「魔法使い、ねえ……。プログラムとか言っていたあたり、優れたハッカーを意味する魔術師(ウィザード)の方が合ってる気はするけどな」

「魔術師、か……そっちの方がしっくりくる気はする」

「ほう? 人畜無害な顔して実は国際指名手配のハッカーだったりするのか?」

「そっちは覚えが無いな……いや、でも俺に記憶がないだけで本当はそういう可能性もあるのか?」

 

 からかう様な十六夜に対して、真面目な顔で考え込むザビ。答えの出そうにない問題に陥りそうになっている状況を変える為に、黒ウサギは慌てて話題を変えた。

 

「ま、まあ、ザビ様が何者なのかはコミュニティに帰ってから、じっくりと調べれば良いのですよ。ともかく、今は蛇神様からギフトだけ頂いていきましょう。ゲームの内容がどうあれ、御二人が勝者なのは間違いないですから」

 

 黒ウサギはいまだに気絶している蛇神に向き直った。

 

「その為には起きて頂かないと困るのですが……」

「……ちょっと待ってくれるか?」

 

 ザビが蛇神の前に立った。思わず声をかけようとした黒ウサギに、十六夜は黙っていろと手で制した。

 そんな二人を尻目に、ザビは思考に埋没する。

 

(さっきは咄嗟の事で意識していなかったけど、攻撃を防ぎたいと思ったら頭の中にあの術のやり方が浮かんだ)

 

 白雪の攻撃を防ぐ時に見ていた幻覚は今度は見えない。しかし、ザビが今からやろうとする事はできるという予感があった。

 

(だったら……今度はこの蛇神を治すには―――)

 

 ザビが手をかざすと、再びホログラムのキーボードと画面が現れる。そしてザビの手がまたも淀みなくキーボードをタイピングしていき、画面に0と1の羅列が高速で流れていく。そして―――。

 

術式起動(プログラムアクセス)―――code:heal()」

 

 タンッとザビが実行(Enter)キーを押すと、白雪の身体が緑色の淡い光に包まれる。光の中で白雪の身体に受けた傷が塞がっていく。

 

「これは……!」

 

 黒ウサギが驚く横で、十六夜は称賛する様に口笛をヒュウと吹く。そして光が収まると、白雪は傷一つ無い身体でゆっくりと目を開けた。

 

「貴様は………」

「ああ、良かった。完治したみたいだ」

 

 安堵の溜息を漏らすザビに、白雪はじっと見つめた。

 

「……貴様が私の治療をしたのか。何故だ? つい先程まで殺し合いをしていた間柄だというのに」

「それは―――」

 

 ギフトを貰う為と答えようとして、それは違うと思い直した。そんな理由で白雪を治したかったのではない。白雪を治療をしたのは―――。

 

「……命を」

「なに?」

「命を、奪いたくなかったから」

 

 白雪にじっと見つめられながら、ザビは自分の考えを紡ぎ出す様に語り始めた。

 

「命を掛けて戦う時は、確かにあると思う。貴方がシロヤシャ様という人を馬鹿にされたから怒った時もそうなんだと思う。でも、殺すというのは相手の可能性を全て奪う事なんだ。生き残った方は、殺した相手の全てを背負わないといけない」

 

 だから、とザビは白雪にまっすぐ向き合う。

 

「俺は、殺したくない。相手の可能性を意味もなく潰す事だけは、絶対にしたくない。何より、俺は貴方の事を知らない。貴方が背負った物が何か分からないのに背負おうとするなんて、傲慢だ。だから、殺さない」

 

 ―――何を言っているのだろう、俺は。

 ―――自分の事すら覚えていない人間が、どうして命のやり取りを語っているのだろう。

 そう思いながらも、ザビの口は勝手に動いていた。いや、口というよりも心が、と言うべきか。

 白雪は無言のままザビを数秒間見つめ、ふと後ろに立った黒ウサギに気付いた。

 

「貴様……月の兎か? この者達は貴様のコミュニティの者か?」

「ええと、一応……」

「なるほど……箱庭の貴族が属するコミュニティの者ならば、私が相手になるはずも無かったか」

 

 ふう、と白雪は溜息を一つついて目を閉じた。すると―――

 

「え? わわわっ!」

 

 突然、黒ウサギの目の前に強い光が灯り出す。水面を反射する太陽光の様にキラキラと輝き、何かを形作っていく。黒ウサギが慌てて、両手を差し出すと彼女の腕に抱える程の苗木が現れた。

 

「私が育てた中でも一層に上等な水樹だ。私に勝利した恩恵としては十分だろう」

 

 ズルリと胴体をくねらせながら、白雪は河へと戻る。途中でザビ達に振り返った。

 

「貴様等、名を何と言う?」

「逆廻十六夜だ。覚えておいてくれや」

「ええと、フランシスコ=ザビ? 記憶が無いから自称だけど……」

 

 ザビの言ったことに白雪は一度だけ怪訝そうな顔になるが、すぐに水神の名に相応しい威厳を見せた。

 

「十六夜、そしてザビとやら。ここは清き水でしか生きられぬ動植物が育つ土地である。貴様等が単に世界の果てを見に来ただけというならば、かの者達の住処を不用意に荒らさぬ事を切に願う」

「その……勝手に入って、ごめ―――」

「謝るな」

 

 謝罪しようとするザビを拒絶する様に、白雪がピシャリと言い放つ。

 

「この箱庭世界において、勝った者だけが権利を主張できる。如何なる事情があろうが、敗者に権利などない」

 

 ビクリ、と黒ウサギの身体が震えた。それを十六夜は黙って見ていた。

 

「故に……勝者が敗者を気遣うなど、あってはならぬ。貴様の考えは、いつか貴様自身を押し潰すだろう」

「……それでも俺は、ただ勝っただけの人間ではいたくない。もしも命をかけなければいけないなら、相手の事を知った上で戦いたい」

「……好きにしろ」

 

 ザビに短く言い残すと、白雪はザバンと音を立てて水底へと帰って行った。辺りに、再び静寂が戻る。

 

「行ったか……」

 

 それまで黙っていた十六夜がザビに話しかけた。

 

「まあ、今回のゲームはほとんどお前が主役だったわけだし、文句は特に無いが……さっきの持論、あれはお前の経験談か?」

「……分からない。でも、それだけは譲れないと思ったんだ」

 

 ふう、とそれまで張り詰めいていた精神を弛緩させる様にザビは大きく息を吐いた。

 実に不思議な物だ、と十六夜は思う。戦いで見せた不思議な術、歴戦の軍師を思わせる判断力に、語っていた信念。殺したくない、と言うのもただの甘さでは無いのだろう。ザビなりに苦しんで打ち出した答えだ、と十六夜は感じた。そして、そこまで一般人とかけ離れた姿を見せながらも、戦いが終わった今は普通の青年にしか見えない。

 

(記憶喪失も全て演技……なわけねえな。そこまで器用には見えねえ)

 

 会ってからまだ一日も経ってないのに、ザビの人間性を信用し始めている事に十六夜は少し驚いた。あるいは、そう思わせる様なものが、ザビにあるのだろうか?

 

(いや、ホント記憶を失くす前は何処の誰なのか、真面目に気になるが……)

 

「……? 何か俺の顔についているのか?」

「いや、今まで見たことのない珍獣だな、と思っていたところだが?」

「せめて人間扱いはしてくれ……」

「まあ、そんな珍獣くんに免じて、俺も棚上げにしていた問題を片そうか」

 

 いつもの様な小馬鹿にした笑みを消し、十六夜は黒ウサギに向き直った。

 

「な、なんでしょうか?」

 

「なあ、黒ウサギ―――お前、俺達に隠している事があるよな」




 原作だと白雪相手にここまで時間は掛からないのですが、ザビの初めての戦闘という事で時間を掛けました。記憶を失ったザビが、戦う上で何を信念とするのか? そこをはっきりさせたいと思いました。なお、ザビの考えはあくまでこのSS独自の物であって原作とは異なる事をご了承ください。

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