月から聖杯戦争のマスターが来るそうですよ?   作:sahala

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新しい仕事が始まり、色々と覚える事や勉強する事があった為、以前よりもssにかけられる時間は少なくなりました。でも、ssの更新はマイペースながらに進めていきたいと思います。


第六話『No name』

「つまり―――黒ウサギのコミュニティは壊滅寸前。魔王という素敵ネームな奴のお陰で、百人近い子供以外に使える人材はゼロ。ついでに名前も旗印も無い、箱庭において最下層に位置する“ノーネーム”というわけだな?」

 

 河原の岩にドッカリと座った十六夜に、黒ウサギは真っ青な顔で項垂れていた。その反応は確認した内容が事実であると物語っていた。

 白雪とのギフトゲームが終わり、十六夜は召喚された当初から黒ウサギに感じていた不信感を問い質したのだ。コミュニティへの加入を急がせていた事、自分とザビの戦闘能力の高さを見て大喜びした事などなど……。黒ウサギの態度は、何か特別な事情がある事を察するには十分過ぎた。

 

「なんというか……信じられないくらいに崖っぷちなんだな」

「信じられないのはそんな状況を隠して詐欺同然にコミュニティへの加入を迫った黒ウサギの良心だけどな」

 ザビと十六夜の言葉に黒ウサギの身体が震えた。確かに新たな同志となる人達に詳しい説明をしないでコミュニティに取り込もうとしたのは事実だ。良心が痛まなかったわけではない。しかし、それでも黒ウサギはやらなければならなかった。

 

「……皆さんを騙そうとしたのは謝罪します。でも、それでも! 黒ウサギは、“ノーネーム”を守りたかったのです! コミュニティを解散させず、いつの日か魔王から旗印と名を……何よりも仲間と誇りを取り戻すには、あなた方の様な強大な力が必要なんです! お願いします! どうか我々に力をお貸し下さい!」

 

 地に頭が着きかねない程に黒ウサギは頭を深く下げた。恥も外見もかなぐり捨てた姿は、それ程までに必死なのだと知るには十分だった。しかし、そんな姿を見ても十六夜の表情が変わる事はなかった。

 

「………ザビ、お前はどうしたいんだ?」

 

 ザビが振り向くと、十六夜は真剣な顔でザビを見ていた。

 

「はっきり言って、お前が“ノーネーム”に入るメリットはゼロだ。ただでさえ記憶喪失というハンデがあるのに、百人近いガキ共の世話まで引き受けるのは賢明じゃねえな」

 

 黒ウサギは唇をキュッと噛み締めた。しかし、事実なだけに何も言い返せない。

 

「黒ウサギの反応を見る限り、お前のギフトはそこら辺のコミュニティから厚遇されるくらい強力なんだろうよ。衣食住の確保も難しそうなコミュニティに行くより、賢い選択をしても誰も責めないぜ?」

「……十六夜はどうするつもりだ?」

「俺の事は今はどうでもいいんだよ。連れションみたく付いて来る気か? 自分の事は自分で決めろ」

 

 もっともな事を言われ、ザビは考え込む。

 どうしたいか? と問われるなら、まず記憶を取り戻したい。過去の記憶が無いザビは箱庭に裸一貫で放り出されたも同然の状態だ。行く当てなど当然無く、唯一寄る辺となる自分自身すらも記憶が無い為にしっかりと確立できない。まさに星空すら見えない夜の海にコンパスも持たずに漂流してる様な心細さだ。

この箱庭が神魔の遊戯場だというならば、ザビの記憶を取り戻す手段も見つかるだろう。しかし、その為には対価を支払わないとならない筈だ。それくらいはザビにも予想がつく。その対価を稼ぐ為にはその日の生活すら困難そうな“ノーネーム”よりも、キチンとしたコミュニティに所属した方が賢明だ。

 

(そう。それは分かっているんだ……)

 

 ザビは黒ウサギを見る。黒ウサギは頭を下げたまま、肩が細かく震えていた。まるで寒空の下に放り出された雛鳥の様だ。触れれば折れてしまいそうな可憐さを見せる身体には、子供達とコミュニティの未来という重い荷物がのしかかっているのだろう。今の黒ウサギはあと一押しで潰れてしまいそうに見えた。

 

「……なあ、黒ウサギ。一つ聞きたいんだ」

「……何でしょうか」

「黒ウサギは、俺にも招待状を送っていたのか? 自分の記憶すら無い、この俺に」

 

 ザビの質問に黒ウサギの顔が一層に強張る。少し躊躇う素振りを見せ―――彼女は正直に話す事にした。

 

「………いいえ。黒ウサギ達が異世界に送った招待状は三つだけです。他のお三方は招待状を受け取った、とお聞きしました。ですから……ザビ様は、黒ウサギ達とは無関係に召喚されたのだと思います」

「………そうか」

 

 短く呟いたザビの顔を黒ウサギは怖くて直視できなかった。怒っているだろうか? それとも軽蔑しているのだろうか? いずれにせよ、たった今黒ウサギ自身の口から言ってしまったのだ。貴方は自分達の都合とは無関係な存在なのです、と。

 

(でも……これで良かったのです。ただの迷い人であるザビ様に黒ウサギ達の事情に付き合わせようとしたのが、そもそも間違いだったのです)

 

 黒ウサギは諦観した気持ちで項垂れていた。今となっては、あまり期待していなかった二人が神格保持者と渡り合っていた事に喜んでいた自分が恥ずかしい。コミュニティの仲間は兵器では無いのだ。真実を話さずに契約を迫り、あまつさえ自分達の為に働いて下さい、なんて虫が良いにも程がある。

 絶望と自らの不義を恥じる気持ちで、黒ウサギは目の前が真っ暗になっていき―――

 

「それでさ、コミュニティの加盟は招待状が無い人でも受け付けているかな?」

「………え?」

 

 一瞬、黒ウサギは自分の耳を疑った。

 

「おいおい、話を聞いていたのか? 黒ウサギのコミュニティに入っても、全くメリットが無いんだが?」

「まあ、そうなんだけどね……」

 

 呆れた様な十六夜に、ザビはゆっくりと話し出した。

 

「それでも、黒ウサギ達の力になりたいと思ったんだ。可哀想だからという同情なんかじゃない。俺がそうしたいと思ったんだ」

 

 まるで自分自身の言葉を確かめていく様にザビは話し続ける。

 

「俺には記憶が無い。だから、自分が何者なのかも分からない。自分が何を行動の方針としていたのかも。黒ウサギ達が“ノーネーム”と言うなら、俺はまさに名無しの誰か(ノーネーム)さ。でも……こうして感じた心だけは確かな物だ。俺は、その心を―――魂を大切にしたい」

 

 ザビは未だ頭を下げたままの黒ウサギと目線を合わせる様にしゃがみこみ。

 

「黒ウサギ。騙そうとしていたのは、はっきり言って良い気分はしない。でも、そうまでしたかった気持ちは本物なんだろう?」

「それは………」

「だから―――正直に答えて欲しい」

 

 黒ウサギは顔を上げる。そこにまるで水面に映る月の様に静かなザビの目があった。

 

「君が欲しいのは、強力なギフトを持った人間? それとも―――共に歩む仲間か?」

 

 その一言に、黒ウサギは胸を貫かれた様な衝撃が奔る。今まで心の奥で凝り固まっていた壁を壊された様に感じた。

 

「私が……私達のコミュニティが、欲しかったのは………」

 

 溢れそうになる涙をこらえ、黒ウサギは顔をあげる。

 

「共に歩む仲間です。コミュニティに誇りと同志を取り戻す為に、共に戦ってくれる仲間です! 十六夜様、ザビ様。お二方を謀ろうとして、誠に申し訳ございませんでした。だから、改めてお願い申し上げます。どうか、私達と戦って頂けないでしょうか。ただの戦力としてではなく、コミュニティで共に歩む仲間として“ノーネーム”に入って下さい!」

 

 再び黒ウサギはザビ達へ頭を下げる。しかし、その姿は先程の弱弱しい雛鳥ではなく、戦うと決めた決意が湧き出ていた。その姿にザビは優しく微笑む。

 

「それが黒ウサギの真意なら、俺は喜んで力を貸すよ。まあ、自分の事も不確かな怪しい人材だけど」

「……本当にいいのか?」

 

 頬をかきながら苦笑するザビに、それまで黙って事の成り行きを見ていた十六夜が口を開いた。

 

「さっきも言ったが、もう少し条件の良いコミュニティでもお前は望める。そこでなら記憶喪失を治療するチャンスがノーネームよりも手に入りやすい。それを放棄してまで、黒ウサギ達に手を貸すのか?」

「ああ。そうしたい、と俺の心が言うんだ」

 

 十六夜はザビを見る。その目は見たことのない骨董品の価値を推し量ろうとする鑑定家の様に真剣だった。

 

「温かなものを守りたい。温かなものを信じたい。きっと、記憶を失う前の俺はそういうものに価値を感じていたんだ。だから、そう感じた心を大切にして動きたい」

 

 十六夜はたっぷり十秒くらい見つめ、やがて大きなため息をついた。

 

感じた(・・・)心で動く(・・)、ね……。一つだけ、はっきりとした事があるな。お前は間違いなくお人好しな人間だった。それも超天然級にな」

「突然、何さ? 困っている人がいるなら助けようとするのは当たり前のことだろ」

「ああ、そうだな。でも実行に移せるのはそうそういねえさ」

 

 いつもよりも少し柔らかく笑いながら、十六夜もまた黒ウサギと向き合う。

 

「まあ、俺もコミュニティに入ってやるよ。こんな天然記念物がいるなら、退屈はしないだろうからな。それに……感動に素直になれ(・・・・・・・・)。それが、俺の信条だからな」

「十六夜さん……ありがとうございますっ!」

「礼にはまだ早えよ。残りの二人はお前自身で説得しろ。騙すのも嵌めるのも構わねえが、後腐れない様にしろよ」

「っ……はいっ!」

 

 力強く頷いた黒ウサギが見せた笑顔は、ザビ達がこの世界に来て初めて見せたいい笑顔だった。

 

 ***

 

 トリトニスの滝は夕焼けの光を浴びて朱色に染まり、跳ね返る水飛沫が数多の虹を作り出していた。楕円形の様にも見える河口は遥か彼方にまで続いており、流水は世界の果てへと流れ落ちていた。

 絶壁から飛ぶ激しい水飛沫と風に煽られながら、黒ウサギがは滝の音に負けない様に大声を出す。

 

「これが、箱庭の世界の果てと言われるトリトニスの大滝でございます! どうですか? 見に来た甲斐はありましたか!?」

「………ああ。素直にすげえな。ざっとナイアガラの滝の倍はありそうだな」

 

 十六夜は目を輝かせながら、感慨深そうに頷く。白雪がいた大河から半刻ほど歩いた場所にあった大瀑布は、十六夜の心を満たすのに十分な物だった。未知なるロマンを追い求めていた彼からすれば、元の世界では見られなかったこの大自然は彼のお眼鏡にかなった。

 

「で、どうよ? お前もここまで来た甲斐はあっただろ―――」

 

 ザビの方へ振り向き、十六夜は言葉を詰まらせた。

 ザビは―――静かに涙を流していた。目を閉じる事なく、両目に眼前の景色を目に焼き付けながら、涙が頬をつたって流れ落ちていた。

 

「ザビ様……?」

「これが自然……滝なのか……。なんて、綺麗なんだ……」

 

 黒ウサギがかけた声も聞こえないかの様に、ザビは眼前の景色にただ心を奪われていた。

 

「………こんな大自然を見るのは初めてか?」

「分からない。でも―――」

 

 グッと涙を拭いながらも、水飛沫が乱反射して宝石の様に輝く大滝から目を逸らさなかった。

 

こんな景色を見たかった(・・・・・・・・・・・)。そんな気がするんだ……」

「……そうかい。じゃあ、目に焼き付けておけよ。これが、ロマンというやつだ」

「ロマン、か……」

 

 静かに涙を流しながらも煌めく大瀑布を、ルビーの様に真っ赤な夕日を見続けるザビに十六夜は懐かしい気持ちになる。

 

(そういえば、あいつもこんな風に初めて見た海に感動してたな……)

 

 ほんの短い間、共に旅をした今は亡き友人を十六夜は思い出していた。

 

(不思議なもんだ……。人種も年齢も違うのに、どこかイシと似てるんだよなあ、こいつ)

 

 沈みゆく夕日を見ながら、異世界から来た二人は感慨にふける。夕日は彼等を優しく照らしていた―――。

 

 

 

 

 

 




ノーネームの現状

書けば書くほど、この現状で入りたいと言わせるのが難しいです。なのでザビがノーネームに入る理由付けはかなり悩みました。

ザビが泣いた理由

今の時点では秘密です。

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