花嫁も五人居ていいんじゃない 作:なでしこの犬
アニメ2期おめでとうございます。
ようやく更新できました(遅)
「さぁ、次は上杉さんの番ですっ!」
「あ、あぁ――――ってこんなことしてる場合じゃない!!」
ここまでいろいろなことがあったが、なんだかんだ中間試験を四日後に控えた午後六時。俺は最後の追い込みのため彼女たちの家に上がり込んだ……ところまでは予定通りだった。
最初は約束通り五月の腹筋に付き合った。三玖がひどい目で見ていたのが気になったが、意識しないようにそれから一通り勉強。その休憩として四葉がボードゲームを取り出し、今に至る。
「でもあんまり根詰めてもねぇ」
「あのな、お前らの置かれた状況分かってるのか?」
「だって今日も一日中勉強してたし」
一花は呆れたように話している。呆れたいのはこちらなんだがな。
三玖と四葉の表情を見ても、確かに少し疲れが見える。五月に関しては少し離れた場所でペンを走らせている。一応取り引きには従っているのだろうか。そんな彼女も疲れている様子。みんなには温情をかけたくなるが、そうも言ってられないのだ。
今回の中間試験、五人のうち一人でも赤点を取ると俺はクビになる。そんな無理難題に挑んでいる。いや、正確には挑まされていると言うべきか。
普通に考えて、いまこの状況。そのミッションは達成できそうになかった。こんなことは言いたくないが、ただでさえ勉強嫌いの五人なのだ。底辺の底辺から這い上がらせるには時間が足りなさ過ぎる。
だが、ここまで付き合った仲だ。投げ出すつもりは毛頭ない。だからこそ、最後の四日間ぐらいはこちらも全力でぶつかっていくしかない。
「フータロー、なんか焦ってる」
「え、い、いやそうか?」
「私たち、相当危ない?」
つい顔が強張っていたようだ。三玖が心配そうに問いかける。
はっきりと言ってしまえば、危ない。それはきっと、彼女たちの方がよく分かっているはず。でもそれをここで言うのも、何というか、野暮な気がしてならなかった。
「そんなことない」自然と口が動いた。気休めにもならない慰め。今の彼女たちには届いていないかもしれない。口をキュッと結んでいる三玖。ボードゲームの札束を手放し、放置されたテキストと向かい合う。
「私、もう少し勉強する」
独り言のように、でも確かに俺たちに聞こえる声。そんな姿に、少しでも後ろめたいことを考えた自分が何とも情けなくなる。
「さすがだ三玖。ほら、お前たちももう一踏ん張りだ」
呼びかけると、一花と四葉は渋々ボードゲームを片付けはじめた。他の姉妹が動くとつられるようにこいつらも動く。五つ子の特性なのだろうか。だとしたらそれを上手く使わない手はない。……一人を除いて。
二乃、彼女たちの中で唯一勉強すらしていない。いや、しようともしないのだ。原因は勉強嫌いなのもあるが、大半が俺を毛嫌いしているからだろう。こればかりは俺にもどうしようもない。彼女がいる限り、赤点回避なんて夢のまた夢だ。
繰り返しになるが、そこで諦めるつもりはない。一度引き受けた仕事なのだ。とことんまで付き合うつもり。……そうは言っても、いい手なんて思いつきもしないんだが。
「ねぇフータロー君」
「なんだ一花」
「今日泊まり込みで教えてくれるんでしょ? だったらもう少し休憩してから再開しない?」
「………………」
「だめ?」
「……いやちょっと待て」
ニヤつく一花の顔はもう見飽きたというのに、何度見ても背筋が凍りそうな感覚。現に凍ってもおかしくない発言が聞こえたんだが。
泊まり込み、泊まる、とまる。頭の中で噛み砕いても、うん、聞き間違いではないだろう。
「えっ! 今日泊まって行くんですかー?」
「んなわけないだろ。一花も適当なこと言うな」
「……いいと思う。試験近いし」
「おい三玖まで……」
確かに勉強は進めたいが、もう彼女たちの家に泊まるのは気が引ける。言っても俺は男だ。その………前科はめちゃめちゃある男なんだ。それだと言うのに三玖。君は一体何を考えているのだろうか。
試験のことで頭が一杯だったが、あの
それよりも怖いのは……一花だ。三玖の変化に確実に勘付いている。そしてそれに、俺が関わっていることにも。まさかとは思うが、それまで読んで「泊まり込み」なんて提案をしたというのか。だとすれば、だ。それは断固として受け入れられない。
「お、おい五月。なんとか言ってやってくれ」
「まぁ……別にいいのではありませんか? テスト前ですし、緊急事態ということで」
「お前まで……一体どうしたんだ」
二乃と同じぐらいに俺のことを避けていた五月がそう言ったのだ。周りの空気と俺の心を折るのには十分だった。
全員に分かりやすくため息を吐く。「幸せ逃げてくよ」なんて一花が茶化す。知ったことか。元はと言えばお前のせいだろう。そう毒づきたかったが、地雷を返される気がして何も言わなかった。
彼女たちの家に泊まるのは、あの事件以来二度目だ。きっと今回も三玖の部屋を貸してくれるのだろうが、もう繰り返すわけにはいかない。今回はリビングで寝かせてもらおう。
「そう言えば二乃は」
「部屋に居ますよ。友達と電話でもしてるのではないでしょうか」
「はぁ……せめて勉強しろよな…」
そんなこと言っても、叶うわけがないことは知ってる。あの二乃が一人で勉強なんてしていれば、それこそ明日は大雪になるだろう。あくまでも聞いただけだ、聞いただけ。
きっと俺が泊まると知れば、二乃は血相変えて詰め寄ってくるに違いない。まぁ正直、前科のことを考えればある意味当然の行動なんだけどな……。分かってはいるが、俺が望んだことではない。あくまでも無理矢理だ、無理矢理。
「先にお風呂入ったら? 寝間着とかは私たちが用意してるから」
「泊まるの確定なんだな」
「うん。決まり」
一花に急かされ、俺はそのまま脱衣所にやってきた。何というか、泊まると決まってからの流れが不自然なくらいスムーズだ。誰が何を企んでいるのか、疑心暗鬼になってる自分が居る。
それからすぐ、一花が寝間着を持ってきてくれた。どうやら彼女たちの父親のものらしい。何というか、今このタイミングで彼の服を借りるのも変な感じだ。不愉快ではないが、気持ちの良いものでもない。
風呂場に入ると、すでに浴槽にはお湯が張られていた。適温なのだろう、上がっている白い湯気が浴室に広がり、非常に心地良かった。そのまま身体と頭を洗い、吸い込まれるように肩までお湯に浸かる。体温が上がっていく感覚。全身の血の巡りが良くなっている証拠だ。
「……はぁ」
意識せず、ため息が洩れた。ここには「幸せ逃げる」なんて茶化す人間もいない。久々に一人になったような、変な気分だ。
嗅ぎ慣れないシャンプーとボディーソープの匂い。彼女たちから香る香りはこれだったのか。なんて、抜けた考えが頭に浮かぶ。
あまり長風呂は得意な方ではない。だが風呂に浸かるのはすごく落ち着くし気分が良い。頭がスッキリとしていく。
「呆れた。ずいぶんとくつろいでいるのね」
「……二乃か」
脱衣所の方から攻撃的な声が聞こえたと思えば。シルエットだけでは誰か判別できないが、声色と言動的に二乃だろう。そんな彼女がわざわざ何の用かと思えば。
壁越しで少し聞こえづらいところはあったが、このまま出ていくわけにはいかない。止むを得ず、そのまま話を続けることにした。
「何の用だ」
「別に。一花たちから聞いた。泊まるんですってね」
「俺から言ったわけじゃない。あいつらが」
「どっちも一緒よ」
「なんだ。わざわざ全裸の俺に嫌味を言いに来たのか?」
「違うわ。警告に来たのよ」
彼女の語気が強まっている。どうやら嫌味どころではないらしい。特に返答しないでいると、痺れを切らしたようで、二乃が話しはじめた。
「私はあの事件のこと、まだ信じてないから」
「だからあれは――――」
「あれは三玖があんたを庇ってる様にしか見えないもの。いずれにしろ、あんたが
「そこまで俺を悪者にしたいんだな」
いや仰る通りなんですけどね。
確かに俺は三玖の胸を揉んだ。めちゃめちゃ揉みました。だがそれはその……だめだ。上手い言い訳が思いつかない。これ以上突っ込まれれば、ボロが出かねない。早いところ上手く切り抜けたい。
そんな俺とは裏腹に、動こうとしない二乃。今にもドアを蹴破って入ってきそうな殺気を感じるのは気のせいだと思いたい。
「だってそうじゃない。明らかにあんたに対する態度がおかしいし」
「だからと言ってそう繋げるのはおかしいだろ」
「どうかしらね。さては
一番恐れていたフレーズが出てきたせいで、一気に心臓の鼓動が早くなる。浴槽に浸かっているのも相まって、体温が急激に上昇していく。
まさかバレているとでもいうのか? いやそんなはずはない。あれは二人だけの秘密なのだ。三玖が自分からバラす理由もないだろう。だとすれば、いまこいつは俺にカマをかけているのか。
「どうして黙るのかしら? まさか図星?」
「……んなわけないだろ。のぼせてきただけだ」
「ふーん。そのままのぼせて失神でもしたら?」
こいつは本当に口が悪い。五人の中でダントツにだ。むしろこいつらが姉妹だということを疑いたくもなる。にしてもまだ動かないのか。そろそろ俺も上がりたい。このままだと本当にのぼせてしまいそうだ。
「おい、上がるから出て行け」
浴槽から出ると、一気に外の空気に触れた様な気がした。いや浴室の空気は十分に暑いんだが、それでも今の俺には十分涼しく感じる。
念のためボディタオルを腰に巻く。脱衣所に影は無かった。流石にあいつも出て行ったか。そのまま脱衣所に出ると、正真正銘の冷気が身体を包む。あぁ涼しくて心地が良い。もうしばらく長風呂は御免だ。
髪を乾かし、用意された寝間着を着る。悲しいことにサイズ感はピッタリだ。全く嬉しくない。ため息を吐いて脱衣所を出ようとすると、ドアをノックする音が響く。
気にせず出ると、ドアの前にはジャージ姿の少女。二乃だ。
俺がいきなり出てきたことに驚いた様子だったが、すぐに俺の顔を見つめ直す。
「ちょっと」
「まだ居たのか――――っておい」
そのまま俺は脱衣所に戻され、二乃と二人きりの状況になる。ここでこいつと二人きりになるのは何とも複雑ではあるが、ボロを出すわけにはいかない。平然を装って彼女に向き合う。
「あんた、三玖とどういう関係?」
「は? 質問の意味が分からないな」
「いいから答えなさいよ」
「どうもこうも、良い生徒だ」
二乃はあからさまに顔を歪め、舌打ちをする。女の子が舌打ちなんて聞きたくもなかったが、今それを突っ込む余裕は無かった。
彼女がそんなことを問いただすのだろうか。考える。予想はすぐに出来た。おそらくはだ。こいつの性格からして、三玖を守ろうとしている。こいつにとって天敵である俺の存在から。――――彼女たちのことを本当に大切に思っているが故に。これに尽きるだろう。
「言っておくけど、私はあんたを認めてない。必ず本当のことを吐かせるんだから」
「……仮にだ。俺が三玖に何かしてたとしたら」
「何かって何よ」
「だからその……お前が言うような胸触ったりとか」
「決まってるじゃない。あんたを殺すわ」
無機質な声。あぁこれは本気のパターンだな。いずれ俺は彼女に殺されてしまうのだろう。そんなことを言っても、もう時すでに遅し。一度犯した事実は消えないのだから。
こんなことなら、いっそのこと家庭教師をクビになった方が良いのではないか――――。そんな考えが頭をよぎる。そうすれば、彼女たちと関係を持つことはなくなるし、過ちを犯すこともなくなるだろう。
それでいいのだろうか。
何度目だろうか。この自問は。
そもそも俺は三玖の身体を触ってしまったのだから、彼女からは逃れられない。どんな言い訳をしても、やった行為はただ欲望に従順になっただけ。そんな男の言う事を聞いてくれているのだから、三玖の気持ちに目を背けては行けない気がする。もちろん、一花、四葉、五月、そしてこの二乃についてもだ。
生憎、これまでの人生。恋愛経験は全くと言っていいほどない。人を好きになるという感覚がイマイチ分からない中での行為だったわけで。あー考えるだけで自分のクズ加減に嫌気が差す。
「話はもういいか? 勉強の続きをしないといけないんだ」
思考を強引に変えるように、切り上げようと試みる。しかし、二乃はそれを許さなかった。
「……無理に決まってるじゃない」
「何がだ」
「別に。今日はリビングで寝なさいよね」
無論そのつもりだ――――。そう言う前に彼女は脱衣所を出て行った。何だったんだ一体。疑うだけ疑って。一気に疲れが出てきた感覚。このまま横になると眠ってしまいそうだ。そんなわけにはいかない。
リビングに行くと、テーブルには夕食の用意が進められていた。料理上手な二乃が率先して料理を進めている。先ほどまでの表情よりは、少しだけ柔らかくなったような。
「あぁ三玖。そいつ、今日はリビングで寝かせるから」
「……どうして?」
「当たり前じゃない。それとも何? 一緒に寝たかった?」
「そ、そんなんじゃ……ない」
どうやら俺の目は使い物にならないらしい。俺の姿を確認するや否や、二乃は三玖に揺さぶりをかける。三玖は顔を真っ赤にして否定するが……側から見れば肯定しているようにしか見えない。だが当事者であるのに、不思議と落ち着いている自分に驚く。
「三玖、あんな奴の言うこと気にするな。俺は平気だ」
「でも――――」
「はいはいそこまで。とりあえずご飯の支度しよ。勉強しないといけないし」
一花が声を掛けてくれたおかげで、変な空気を脱することが出来た。ひとまずは安心。さすがは長女というべきか。
それに加えて、彼女の口から
だが――――そんな呑気なことを考えている間に、俺は誰かが言った言葉を聞き流してしまっていた。
「夜中なら――――きっと」
ありがとうございました。
リアルがクソほど忙しく、中々書けませんでしたが、ようやく更新できて安堵です。お待ちいただいていたコアなファンの方には感謝申し上げます。
新たに高評価いただいた、・トーーフさん・カルなさん・ソメイヨシノさん・たかともさん・アズサ2号さん・薊 燕さん・解体された下弦さん・紅茶館さん・ロウ氏さん
ありがとうございました。