花嫁も五人居ていいんじゃない   作:なでしこの犬

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◯◯は探りを入れる③

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深い眠りの海から浮かび上がったころには、すでに朝日が俺の身体に降り注いでいた。その光を浴びたせいか、頭が起きろとサイレンを送る。瞼を開き、左手で目を擦る。外を見ると、綺麗に晴れている。太陽を見る限り、ついさっき日の出したのだろうか。

 今日は土曜。午前中だけだが授業はある。二度寝する気にはなれなかった。そのまま思い切り背伸びをして、起き上がろうとする。

 

 ……なんだこの違和感は。

 

 ふと感じた感覚。一瞬で()()()()()()()であると察する。それは俺の右手側。恐る恐る横を見ると、穏やかな寝息を立てている彼女がいる。……以前の経験を生かし、まずは自分の頬をつねる。痛い。なるほど、夢ではないらしい。あぁ、最悪だ。

 ゆっくりと起き上がり、声を出さないように様子を確認する。ここで大声を出せば、上の連中が起きてくる。そうなれば俺はそこでおしまいだ。

 どうしてこんな状況になったのか。今はそれよりも、こいつは誰だ。髪は短い。見覚えのない寝間着。一花か四葉のどちらかだろう。手っ取り早く起こしてみるか。

 

「おい起きろ」

「んー……んっ」

 

 信じてもらえるかはわからない。肩を揺すっただけだ。だけなんだ。

 それなのに、こいつは何て色っぽい声を出す。寝起きで、しかも前科のことを気にしていたから、そんな気は毛頭なかったというのに。今ので少し理性が揺らぎ始めている。

 このままではまずい。朝っぱらから変なスイッチが入りかねない。一度視線を外し、呼吸を整える。落ち着け俺……。

 それならば、彼女はこのまま寝かせておいた方がいいのではないか。俺が起きて勉強していれば、そのうち勝手に起きてくるだろう。

 そっと立ち上がり、薄めの毛布を彼女にかけてやる。床に横になっているのが少しかわいそうだが、それは仕方がない。こいつが勝手に俺の横で寝ていただけなのだから。

 

 テーブルの上にテキストとノートを広げ、自分の勉強に取り掛かる。まぁこいつらと違ってこれまでの貯金がある。そこまで根詰めなくてもある程度良い点は取れると確信していた。

 壁時計を見ると、時刻はまだ朝の六時前。大分早起きしてしまったが、昨日の一件もあって目は冴えている。試験前にあの彼女の正体も突き詰めないといけないが、最悪それはどうでもいい。とにかく試験に向けてやっていくしかない。

 

「こんな朝から勉強なんて、気持ち悪いわね」

「……随分と早起きなんだな」

「朝食の準備があるからよ。仕方ないからあんたのも用意してあげる」

 

 まず階段を降りてきたのは二乃だった。朝食の用意とは言うが、ここまで早起きをする必要もないのではないか。そう思ったが、人数分のことを考えれば、それも仕方ないことか。

 そのままキッチンへ向かえ! そんな願いも虚しく、ちょうど真ん中辺りでピタリと止まる。視線は俺から俺が寝ていた布団に向けられる。あぁ嫌な予感しかしないぞ。

 

「……ねぇ」

「俺には何も見えないぞ」

「どういうことか説明してもらおうかしら」

 

 指差す方向には眠っている彼女がいる。そりゃそうだ。俺だってあの光景には目を疑ったのだから、二乃が疑わないわけがない。

 だが、今回ばかりは本当に何もしていないのだ。そもそも隣で眠っている彼女が誰かも判別できていない。一瞬でも理性が崩壊しかけた自分が情けないが、これであらぬ疑いをかけられるのだから、ふざけた話である。

 

「俺は何も知らん。朝起きたら隣にいたんだ」

「……夜な夜な連れ込んだのね。本当最低。いい加減にしなさいよ…!」

「いや話聞いてたか」

 

 とんでもない意訳は置いておいて、俺だってその可能性は考えた。しかし、眠る前に話していたのは見覚えのない彼女だけ。寝落ちのようになってしまって、さっきまで一度も起きずに眠っていたのだから、それは考えにくい。

 

「……二乃、昨日あれから部屋を出てないか?」

「はぁ? 出るわけないでしょ。あんたの居るリビングにわざわざ出るなんて」

「一言多いんだよ」

 

 それとなく探りを入れてみたが、二乃は真っ向から否定する。その言葉に嘘偽りは感じられない。最後の一言は余計だが、おそらく事実だろう。となると、昨日の彼女は残り四人のうち誰か。ということになる。

 俺が変な問いかけをしたせいか、彼女は顔を歪めている。これ以上詰め寄られればより面倒なことになる。最悪だ――――なんて考えていた俺をよそに、彼女はそのままキッチンへと向かう。え、何も言わないのか。

 

「もういいわ。朝から大声上げるのも疲れるし」

「……すまん」

「なんで謝るのよ」

「わ、悪い」

「だから謝らないでってば!」

 

 結局大声を出してしまったことに、彼女はため息を吐く。そうしたいのは俺も山々なんだが、今は少しだけ彼女に同情してしまった。これを口にすると、倍々で口撃が返ってきそうだ。だから何も言わないでおこう。

 朝食の準備を進める二乃を背中に、俺は再びテキストと向き合う。そこで寝ている彼女を起こそうかとも思ったが、今は勉強に集中したい。そう言う意味では二乃が起きてきてくれて助かった。二人きりだとその……うん、いろいろとヤバかっただろう。特に俺の理性が。一度崩壊しかけたのだから、再崩壊は時間の問題だった。

 

 ようやく勉強に集中出来る。そう思っていたのに。その彼女。盛大に背伸びをして「んーっ……」だからそうやって色っぽい声を出すのはやめてほしい。二乃が居るとは言え、色々とヤバい。

 

「あぁ一花起きたの?」

「あれっ、私ここで寝てたんだ」

「ええ。上杉に何かされなかった?」

 

 四葉ではなく一花だったか。それを一発で見抜く二乃。生まれてからずっと一緒なのだから、当然と言えば当然か。それでも俺からすれば十分な神業だ。

 それはそうと、二乃のふざけた問いかけに、一花は「うーん」と腕を組んで考える。いやそこはすぐに否定しろよ。変な間ができるとあらぬ疑いをかけられるだろうが。

 

「そういえば胸触られたかな……?」

「………」

「………」

「………」

「……上杉」

「ま、待て待て! 俺は本当に知らん!」

 

 一花がとんでもない爆弾を投下したことで、リビングの空気が一気に凍りつく。思わず立ち上がって、全力で否定する。振り返り、二乃を確認するが、背中が赤く燃えているようにすら見える。その熱気で視界がぼやけてしまいそうだ。

 彼女の右手には料理で使っている包丁が握られている。一歩間違えれば事件になりかねないぞ。冗談じゃない。全力で否定するが、彼女は聞く耳を持たず俺を睨み続けている。やべぇ殺される。

 

「ごめんごめん。冗談に決まってるじゃん」

 

 一花は「あはは」と笑いながら茶化す。そう言われたにも関わらず、二乃は疑うことをやめていないのだろうか。何も言わずに料理に意識を戻している。そういう無言が一番怖いってことこいつは知っているのだろうか。いや知ってるな、絶対。分かった上で俺を恐怖に陥れている。気分を誤魔化すように、再び椅子に座る。

 一方の一花。寝起きだと言うのに俺を茶化す余裕はあるらしい。そういや一度、こいつの部屋に入った時、寝起きは服を着ていなかったような。チラリと彼女に視線をやる。うん、しっかりと服を纏っている。いやそれが普通なんだが、なんと言うか、ちょっと惜しい。

 

「フータロー君? どうしたの?」

「あぁ、いや」

 

 慌てて視線をテキストに落とすが、彼女は俺の顔を覗き込むように話しかけてくる。下手をすれば、彼女のたわわな黄金の谷が見えてしまいそうで、つい鼻の下が伸びそうになる。

 「ごめんってばー」大事にならなかったから気にしていないのに、一花は謝りながら俺の隣に腰掛ける。寝起きで勉強するつもりなんてないくせに、テキストを見て感心した様子だ。

 

「……なんでそこで寝てたんだ」

 

 ペンを走らせながら、小さな声で問いかける。聞かれてまずいことはしていないが、二乃に聞かれれば間違った解釈をされる可能性もある。それを察したのか、一花も応えて声のトーンを落としてくれた。

 

「フータロー君の寝顔見てたの」

「それがまずおかしい。それでそのまま寝落ちするのもな」

「だってあまりにも気持ち良さそうに眠ってたんだもん」

「理由になってない。そんなことで俺が納得するとでも思うか」

「思わない」

「ならどうして」

 

 この会話の不毛さにため息が出る。

 ノートの上を走っているペンのスピードが上がっていく。頭に知識を叩き込むのではなく、まるで会話のストレスでアクセルを踏んでいるような。現に今書いていることは全く頭に入っていない。

 

「フータロー君にキスしようか迷ってた」

 

 全速力で走っていたペンは、急ブレーキが掛かったかのように動きを止めた。聞き慣れない言葉が左耳から脳みそへ伝達される。

 「は?」そんな間抜けな声とともに、間抜けな顔で一花の顔を見た。口角が少し上がっていて、満更でもない表情をしている。

 分かっている。これもさっきのような茶化しの一環であることぐらい。分かっているさ。しかしだ、いざ隣でそんなことを言われれば、男として固まってしまうのも事実。彼女の返答を聞くまで、喉がキュッと締まって言葉が出てこなかった。

 彼女の顔が、今はとてつもなく色っぽく見えた。背中には二乃が居るとかそういうのはもうどうでも良くなりそうな。

 

「何その顔。照れてる?」

「……茶化すのもいい加減にしろ」

「少し意識した?」

「……いや」

「ほんと?」

「………」

「どうなの?」

「……少し」

 

 あまりにしつこく聞いてくるもんだから、思わず本音が出てしまった。しまったと気づいた時にはすでに遅い。彼女はクスクスと笑っている。人はこういう人種を()()()と呼ぶのだろうが、俺には立派な悪魔にしか見えない。まさにタチの悪い冗談ってやつだ。

 

「フータロー君も男の子で安心したよ」

「別にお前が安心することないだろ」

「そもそも、女の子とキスしたことあるの?」

 

 変な体験をしたせいか、頭が甘い麻酔に掛かったように痺れている。正常な判断が出来そうにもないが、今の気分でその質問を無視する気にはなれなかった。雰囲気って怖い。そうさせる一花はもっと怖い。

 

「……キス()したことない」

「キスは……?」

「……あ、いや。言葉の綾だ。変な意味じゃないぞ。誤解するなって。本当だからな」

「何も言ってないじゃん」

 

 俺としたことが痛恨のミスだ。それも大大大大ミス。こんな言い方をしてしまえば、「()()()()()()()はしたことありますよ」と言っているようなもの。慌ててフォローするが、一花は「ふーん」と俺の顔を覗き込む。

 事態はかなり深刻なようだ。目の前には一花。背中には二乃。どちらに転んでも色んな意味で出血は避けられそうにない。特に一花。こいつは前から三玖との関係性を問いただしてきている。実際、クッション事件の嘘を見破られた。これはいよいよ追い詰められたと言うべきか。

 

「キス以外の何かはしたことあるんだ」

「だからそう言うんじゃなくて」

「三玖と?」

「……違います」

「どうして敬語?」

「三玖に敬意を表して」

「うん。意味わかんないや」

 

 僕も意味わかりません。まさかいきなり三玖の名前が出てくるなんて思ってもいなかった。そのせいで明らかに動揺を隠せない自らの心臓。多分ここ最近で一番早く脈打ってるのではないか。

 「マッサージをしたことはある」そう付け加えても、今の一花は聞く耳を持っていない。焼け石に水だろうと思っていたが、彼女はため息をついて背伸びをする。

 

「ま、フータロー君も男の子ってことだね」

「どういう意味だよ」

「そのまんまの意味」

「あぁ、馬鹿にされてるのはわかった」

 

 「違うよ」そうは言うが、本心ではきっと気付いているに違いない。俺が三玖に何かしたことを。それはマッサージでもなんでもなくて、ただ自らの性的欲求を満たす行為であるということも。

 ここまで来たのなら、もう彼女には本当のことを伝えた方がいいのではないか。俺としてもそうした方が精神的に楽だ。しかし、言ってしまえばここまで積み上げてきたものは一気に崩れてしまうだろう。試験前、それはなんとしても避けたかった。

 

「でも実際、三玖はフータロー君と出会って、分かりやすく変わってきてるもんね。……こればかりは私たちが口出しできることでもないのかな」

「まぁ……勉強に前向きになってくれるのは嬉しいよ」

「え、それだけ?」

「…質問の意味がわからないな」

「もっとない? 変わってきてると思うとこ」

 

 無いことはない。でもそれは、先程の会話に直結する問題である。適当にあしらって再びペンを走らせた。

 

「少なくとも、私は感謝しているよ」

「長女だからか?」

「まぁ、それもあるけど。一個人としても、感謝してる」

 

 あれだけ脅された後だ。そんな優しい言葉が耳に届くと思うか。深い意味があるのではないかと勘ぐってしまう。返事にならない返事をして、ペンのスピードを上げた。

 落としていた声のトーンはいつの間にか元に戻っていて。これじゃ二乃にも聞こえていたかとしれない。しかし、一花がいるせいか何も言ってこない様子を見ると、少しは安心していいらしい。

 

 

 

「……何よ。上杉のくせに生意気」

 

 

 

 





 新しく高評価してくださった、・ユンパロンゼトンさん・settaさん・りゅうたさん・咲さん。ありがとうございました。

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