花嫁も五人居ていいんじゃない   作:なでしこの犬

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 単行本11巻読みました。可愛さが可愛くてもう可愛くて可愛くて可愛さが可愛かったです(混乱)




◯◯は夕焼けに染まって

 

 

 

 

 

 

 夕陽が差し込む図書室で、俺は五つ子たちと向かい合っていた。

 机の上には彼女たちの答案用紙が並べられている。中間試験の結果が返ってきたのだ。

 試験前の三日間は、二乃との取引もあり、五人全員の勉強を見ることが出来た。本当であればもっと早く見てあげたかったが、こればかりはどうしようもない。その遅れを取り戻すように、俺としては集中して教えたし、彼女たちも文句を言いながら真剣に取り組んでくれたと思う。

 全員の表情を見ると、疲れも見える。だが、どこか満足感を得られたような。そんな不思議な顔をしていた。現に四葉なんかは、「こんなに良い点取ったことない」と漏らしている。

 

 結果は、ダメだった。雇い主である彼女たちの父親から課せられた条件。「全員が赤点回避」することは出来なかった。しかしだ。初めの頃を思えばこいつらも成長しているのには変わらない。現に、全員一科目ずつ赤点を回避しているのだ。5人全員で百点だったことを考えると、大きな進歩だ。

 だが、それはそれ。これはこれだ。ミッションを達成出来なかったことには変わりがない。成績が少し上がったからと言って、「やっぱり無し」なんてことにはならないだろう。

 

「成績は褒められたものじゃないが、確実に成長しているな」

 

 嘘偽りなく、俺の本音だ。こんなことこいつらには言った記憶がない。全員、少しだけ驚いた表情をしていた。

 こうして見ると、もう彼女たちと接することは無くなるわけだ。清々する気分。三玖には後で例の件を謝ろう。もう機会は無くなるのだから、今日が最後のチャンスだ。

 謝ったところでどうなるかなんて分からない。脱衣所で出くわした時、彼女は「責任を取ってもらう」なんてことを言っていた。その意味はイマイチよくわからない。だが背筋がピンと立つ感覚はあった。……俺にその覚悟があるのだろうか。いや彼女の冗談だと信じたい。

 

「フータロー。どうしたの?」

「え? いや何もないが」

「……何か隠してない?」

 

 こういう時の三玖は、いつも以上に鋭い。俺の表情を見て、探るようにそんなことを言ってくる。俺としては、この場で言える内容ではない。適当にあしらうと、彼女は分かりやすくふて腐れた表情を見せた。出会った頃を思えば、そんな顔も見せてくれるようになったのは、関係性が他の四人よりも深くなったということだろうか。まぁ、胸揉んだ仲でもあるからか。

 

「……上杉君。父です」

 

 五月が真面目な表情でスマートフォンを俺に手渡す。画面に映し出された「お父さん」の文字。今はそれが余計に無機質に感じられた。

 受け取り、通話ボタンを押す。彼の声を聞くのは二度目だ。俺が出るとは思っていなかったのか、少し驚いた声色をしていた。しかし、すぐに状況を飲み込んだのか。余計な話は無く、いきなり本題をぶつけてきた。

 

「彼女たちは頑張りました。次からは、もっと良い家庭教師を付けてあげてください」

「……と言うことは?」

 

 三玖あたりだろうか。俺の言葉を聞くと、驚いた声を出した。ミッションのことを知っている五月に目をやると、少し申し訳なさそうな顔をしている。今になってそんな顔をするな。変に寂しくなる。

 意識を電話に戻す。この人は分かっているのに、俺の口から言わせたいようだ。「赤点回避が出来ませんでした」と。別に事実なのだから、言うことに抵抗はない。変なプライドが邪魔するかとも思ったが、そういう感情は不思議と湧いてこなかった。

 

――――満足しているのか?

 

 一つの結論に至る。俺はこいつらへ十分に教えることが出来たのだろうか。いや、それは違う。むしろ、全然教えることが出来なかったではないか。

 特に二乃と五月。この二人には、試験前の一週間、二乃に関しては三日間ほどしか教えることが出来なかった。それも取引という形で。そんなんで、赤点を回避するなんて出来るはずがなかった。

 それに、二人よりは長く勉強を見てあげた他の三人も四教科で赤点。期間の問題ではない。単純に俺の力不足なのだ。そのくせ、この結果に満足している? そんなわけがない。少しでもそう思った自分が情けない。

 

「全員、一科目ずつ赤点は回避しました。ですが、他の四教科で赤点です」

「……そうか。残念だよ」

 

 そんな自分がみっともなくて、言い訳じみた言葉になってしまった。これで彼が納得するなんて思わない。こいつらの家庭教師は今日限りになる事実は変わらないのだ。

 

「フータロー!」

 

 堪えきれなくなったのか、三玖が立ち上がって俺に詰め寄る。電話中ということもあり、俺は手で彼女を制したが、それで引き下がる気は無いらしく。俺の手を振り払い、携帯を奪い取った。

 驚いて何も出来なかったが、彼女はそのまま会話を続けることなく電話を切ってしまった。俺が口を開く間もなく、三玖は怒った様子で言葉を紡ぐ。

 

「説明して。話が見えない」

「……別に何も無い。ただ俺の仕事はここまでということだ」

「それの意味が分からない。どういうこと?」

 

 冷静な声色だが、話が見えないストレスからか、言葉には熱がこもっている。全員を前にして言うのはどうかと躊躇ったが、ここまできて隠すことでも無い。俺は素直に打ち明けることにした。

 

「お前らの親父から言われていたんだ。『誰か一人でも赤点取ったら辞めてもらう』って」

 

 そう言った時の彼女たちの表情は様々だった。

 驚いた様子の一花と四葉。冷静な五月。表情を変えない二乃。そして――――涙目の三玖。やがて零れる滴が、俺の心を揺さぶる。涙を流す彼女の背中を五月が優しくさする。俺が辞めることには何も思っていないだろうが、今の三玖を見ると流石に心配になったのだろう。他の三人もそうだ。心配した様子で彼女を見つめている。

 俺としても、まさか涙を流すなんて思ってもいなかった。それはどういう感情で流す涙なのか。唇をキュッと結んでいる三玖。涙を止めたくても、止まらないそれに戸惑っているようにも見えた。

 

「それ知ってたら、もっともっと頑張ったのに……」

「……三玖は本当に頑張った。次の家庭教師にもそれぐらいの気持ちでな」

 

 三玖の手に握られているスマートフォンが振動している。おそらく父親からだろう。突然切れたのだから、掛け直してくるのは当然と言えば当然だ。しかし、三玖は涙を止められず、そんなことを考える余裕すら無いようだ。

 仕方なく俺がそれに手を伸ばすと、少し先に誰かの手にそれが渡ってしまった。

 

「もしもし。五月です」

 

 持ち主の五月が三玖の背中をさすりながら電話に出る。声のトーンや話の内容からして、相手は父親で間違い無いだろう。そのまま俺に電話が回ってくると思ったが、少し二人の話が長引いているようにも思えた。

 

「どうしてこんな条件を出したのでしょうか」

 

 思いもよらない言葉が彼女の口から出てきたことに、思わず固唾を飲んでしまう。それは俺だって知りたい。まぁおそらくは進級のことを考えてだろうが。

 会話をしている五月の表情は固かった。何を言われているのか気になるが、俺としては直接会話して話を進めるべきだと感じる。五月に声を掛けると、視線だけで会話を止めようとはしなかった。

 

「認めたくはないですが、成績が上がっているのは事実です。……えぇ。ですが、私は上杉君に続けてもらった方が良いと思います」

「お、おい何言って――――」

「フータローは黙ってて」

 

 話が大きく動きそうな雰囲気だ。いつの間にか泣き止んだ三玖は黙っているように促す。その口調は力強いものだった。……そもそも、五月にそう言ってもらえるような仲では無いはずだ。むしろ、こいつは俺をクビにしようとすらしていたし。頭をフル回転させるが、今のこの状況がイマイチ飲み込めなかった。

 五月は俺たちから少し離れ、会話を続けている。離れられたせいで、何を言っているのかすら聞き取れない。俺が近づこうとしても、三玖が俺の手首をしっかりと掴んで離してくれそうにもなかった。

 

「なんか……三玖変わったよね。本当に」

「あはは。上杉さんモテモテですね」

「茶化すな。今そんな空気じゃないだろ」

 

 「そうかな」一花は微笑みながら聞き返す。そうしたいのはこちらだと言うのに、四葉と顔を合わせてクスクスと笑っている。そんな風に笑われると恥ずかしさが込み上げてくる。三玖の手を優しく振り払おうとしても、彼女はそれを許さなかった。

 

「私たちはフータロー君が辞めるなんて思ってないよ」

「は? だから俺は条件をクリア出来なかったから――――」

「だって、このまま投げ出しちゃったら悔しいじゃん。フータロー君自身が」

 

 俺のことを分かったかのような口を聞かないでほしい。図星だからこそ、そんな感情が出てきた。見透かしたような彼女の顔。やはり見慣れない。変に心臓の鼓動が高まってしまって、つい顔を背けてしまう。

 二乃は話を聞いているだけで何も言わない。そういや取引の件は、俺の勝ちだった。二乃と三玖。結局合計点が高かったのは三玖。それが分かっているからか、必要以上に俺と口を聞くつもりもないらしい。

 

「……はい。はい。分かりました」

 

 戻ってきた五月の声が聞こえる。そう言うと、彼女はスマートフォンを俺に手渡す。どうやら俺の出番がようやく回ってきたようだ。素直にそれを受け取り、右耳に当てる。

 

「もしもし」

「あぁ、話は聞いていたかね?」

「い、いえ。えっと…全く話が読めないんですが」

「条件はクリア出来なかったが、赤点を回避した事実は間違いないようだね。君にはもう少し続けてもらうことになった」

「えっ、どうして」

 

 五月に視線をやる。ふんと分かりやすく俺から視線を逸らした。こいつは何を言ったのだろうか。電話でしか話したことなかったが、こんな手のひらをくるりと返すような人には思えない。それ相応の理由を並べて説明したのだろうか。だとすれば、それはどんな内容なのだろう。今ここで考えていても仕方がない。それを直接この人に尋ねるのも何か違う気がした。

 

「これからも娘たちを頼むよ」

「……分かりました。期末試験では、必ず成績を上げてみせます」

「期待しているよ」

 

 電話が切れ、無機質な機械音が耳を抜ける。

 スマートフォンを五月に返すと、一花や四葉は相変わらずクスクスと笑っている。三玖は安堵した表情。二乃と五月は俺と顔を合わせようともしなかった。

 

「えっと……家庭教師続けることになりました」

「ほらね。だから言ったんじゃん」

「悪い。五月、話が見えないんだが」

「……私は三玖を泣かせたあなたが許せなかっただけです」

 

 彼女はそれだけ言うと、そそくさと図書室を出て行ってしまった。それに続くように、二乃も出て行く。特に言い残す言葉もない。三玖に負けたことが余程悔しかったのだろうか。

 

「五月ちゃんも素直じゃないからねぇ」

「何はともあれ! 上杉さんが辞めなくて安心しましたよー」

「俺はそんなに好感度が高かったのか?」

「うーん。普通です!」

「そこまでハッキリ言われると返って清々しいな」

 

 そんな何気ない会話がまだ出来るのだ。それはそれで悪くない。中途半端に手を引くよりも、ここまで来たらトコトンこいつらの勉強を見てやりたい。そんな思いが芽生えてきていたのも事実。

 すると二人は何故か気を遣ったかのように、揃って図書室を出て行ってしまった。残された三玖は俺の手首から手を離そうとしない。そろそろ離してもらいたいんだが、どうしたものか。

 

「み、三玖。そろそろ離してくれないか。みんな帰ったし」

「………言うことないんだ」

「あー……悪かった。黙ってて」

 

 俺が謝りたいのはそれじゃないのだ。その計画もパーになってしまった。だが、謝るなら今だ。二人きりのこの状況。図書室であることは気が引けたが、俺たちの会話を聞いている人間は誰も居なかった。

 夕焼けに照らされた三玖の顔は、泣いた後ということもあって、少しだけ疲れているように見える。でも、真っ直ぐと俺の顔を見つめていて。すごく、美しく見えた。自然と鼓動が早くなる。

 

「その……すまん。触ってしまって」

「……まだ気にしてたんだ」

「そりゃ……申し訳なくて」

「だって、()()()()()なんでしょ?」

 

 本気で信じているのだろうか。いや、それはないだろう。

 性の知識はゼロではないはずだ。あの行為の本当の意味も分かっているはず。それなのに、彼女はそれ以上は何も言わなかった。

 それは優しさなのか、それとも本当に無頓着なのか。今の俺には分からない。だが、彼女たちとの付き合いがもう少し長くなったこともあって、それを知る機会もあるのではないか。

 

「……またしてほしい」

「いやそれは……さすがに」

「どうして?」

「………色々と」

 

 俺の理性が持たないなんて言えなかった。それを言ってしまえば、さすがの三玖でもドン引きするだろう。いや胸揉んでる時点でドン引きしても不思議ではないんだが。

 この不思議な関係はなんなのだろうと考えることも増えた。他の四人とは違う。恋人でもないし、友達でもない。花火大会の時には「パートナー」なんて言ったが、それから変に一線を超えてしまって、そう言うのも何というか変な感じだ。

 

「三玖は嫌じゃないのか?」

「何が?」

「俺に……触られるのは」

 

 変な雰囲気もあって、思い切って問いかけた。

 これまで気になっていた事。結局のところ、彼女はどう思っているのだろうか。これまでの態度を見る限り、「嫌」ということはないのではないか。ハッキリと拒否されるわけでもないし、もしかしたら俺のことを……なんて考える自分も居たりして。

 

「嫌じゃないよ」

「どうして?」

「……分からない」

 

 三玖は俯いて小さな声で呟いた。きっとそれは彼女の本心なのだろう。よく分からない感情に苛まれている自分の心を誤魔化すような言霊。恋愛経験の無い俺も、今抱いている感情が特別なものかは分からない。でも、彼女が許してくれているのなら、今はそれに甘えても良いのではないか。そんな自分に甘い考えとともに。

 

「……とりあえず帰るか。あんまり遅いとあいつら心配するぞ」

「う、うん」

 

 慌てて離れる彼女の手。いざそうなると少し寂しくて。さっきまで恥ずかしさを感じていたのに。

 図書室を出て、靴を履き替え、彼女を家まで送り届ける。その道中で話すことなんて何もなかった。変にお互いを意識しているようで、見慣れたタワーマンションが視界に入ると、つい昨日まで来ていた場所なのに、どこか懐かしさを感じて。まだここで家庭教師を続けられるのは、きっと俺にとって幸せなことなのだろう。

 入り口で彼女と別れ、背を向ける。でも、何か言い足りなくて再び振り返って彼女を呼び止めた。

 

「三玖」

「なに?」

「ありがとう。また明日な」

「……私は何もしてないよ」

 

 そう言う君は、優しく微笑んでくれた。夕焼けに染まっているせいか、彼女の頬は綺麗に赤く染まっていた。

 

 

「フータロー、顔真っ赤だよ」

「……夕焼けのせいだ」

 

 

 






 新たに高評価してくださった、『』さん・ネオモアイさん・はっすーさん・りょーりょーさん・モンキーさん

 ありがとうございました。

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