花嫁も五人居ていいんじゃない   作:なでしこの犬

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思春期と林間学校
◯◯の脚と心は躍る


 

 

 

 

 

 

 

 試験返却から一週間後。俺は彼女たちの家に居た。

 本来であれば、もう二度と足を踏み入れることのない場所だというのに。赤点を回避できなかったにも関わらず、俺は彼女たちの家庭教師を続けることになった。それがどうしてかは分からない。父親と電話していた五月が何故か彼を説得したとしか思えない。

 

 それを彼女に聞こうと思っても、中々二人きりになることがない。そのまま今に至るというわけだ。

 俺としても、少しだけ気は楽だった。三玖にあのことを謝ることが出来たからだろうか。彼女は「またやってほしい」なんて言っていたが、それは無理な話。俺がもう一度手を出せば、本格的に止められそうにもない。仮にそれを三玖が望んだとしても、俺はそのまま受け入れるわけにはいかない気がして。

 

「上杉さん? ボーッとしてどうしたんですか?」

 

 本来であれば、家庭教師の時間なのだ。それだと言うのに、今この空間には俺ともう一人しか居ない。テキストを眺めていた俺を見て、唯一残っていた四葉が話しかけてくる。彼女から見ても、今の俺は勉強しているようには見えなかったのだろう。実際、テキストの内容は頭に入ってこない。勉強を教えるべきなのに、これでは本末転倒だ。

 

「他の奴らは」

「一花は撮影。三玖は買い物。二乃と五月はお昼ご飯です」

「ずいぶん呑気だな。帰ってきたらみっちり教えてやる」

「あはは……。夕方まで戻ってこないかもですねぇ」

 

 苦笑いする四葉。ため息が出そうになるが、そうしたところでこの状況は変わらない。二人きりになったからと言って、不思議と気を遣う気にはならなかった。彼女の方が特に気にしていないからだろうが、俺としては気が楽だった。

 「勉強するぞ」俺がそう言うと、四葉は苦笑いして俺の隣に座る。それが「やりたくない」という意思表示であることは察しがつく。だが、五人の中で一番成績が良くなかったのは彼女なのだ。ある意味、一番呑気な存在なのである。

 

「そういえば上杉さん。あの時、三玖と何話してたんですか?」

「別に。大した話はしていない」

「それを教えてくれたら、私も勉強します」

「お前はそんなこと言える立場じゃないだろ」

「別に良いじゃないですか。気になるんですもん」

 

 俺が適当にごまかそうとしても、彼女は引こうとはしなかった。……少し面倒なことになった。テキストに視線を落としても、分かる。隣の四葉がジッと俺のことを見つめていることを。

 さてどうしたものか。正直、あの内容をそのまま伝えるわけにはいかない。いやそんな気はサラサラ無いが、ここで言い訳を考えるのが面倒なのだ。五人の中でも四葉なら、適当に考えた言い訳でも納得してくれるだろう。

 

「私が思うに、三玖は上杉さんに恋をしています」

「……だからどうしてそうなる」

「あはは。上杉さんが『辞める』って聞いた時の顔見れば、分かりますよ」

 

 俺の言葉を待たずに、四葉は言葉を紡いでいく。

 何を言おうとしていたかを忘れさせるほど、その言葉は甘いものだった。三玖が俺に恋をしている。何の確証もないそれは、俺の身体をふわつかせるには十分だった。

 

「もしかしてもしかして! ついにあの時告白されたとか!?」

「んなわけないだろ。そんなんじゃねぇって」

「えーっ。嘘ついてませんか?」

「嘘ついてどうするんだよ」

 

 青春じみた話ではあるが、残念ながらそういう話ではない。

 分かりやすくガッカリする彼女を見て、何故か申し訳なさが湧き出てくる。あれだけ気を遣わないでいいなんて思っていたが、こういうとこで気を遣っているのかもしれない。そう思うと、変に身体が強張ってくる。

 

「上杉さんは嘘をつけませんから。しっかり顔を見せてください!」

「お、おいやめろって!」

 

 少しでもそう思った俺が間抜けだった。四葉は立ち上がって、グッと俺の顔を覗き込んでくる。やけに近く、女子特有の甘い髪の香りが鼻腔を刺激する。身体の隅々まで麻痺してしまいそうな毒薬みたいだ。

 

「……嘘ですね」

「……そう思う根拠は?」

「顔がニヤついてます」

「それはお前の顔が近いからだ」

「ふぇ?」

 

 そう言うと、四葉は少し目を見開いて驚いた様子。まるで「そんなことを言うと思わなかった」なんて顔だ。他の連中のように茶化されるかとも思ったが彼女はすぐ後ろのソファーにごろんと横になる。それから何も言わなくなる様子を見ても、どうやらこの会話は終わりのようだ。

 それはそうと、完全に勉強するつもりはないらしい。もうここまで来たら、今教えるのも面倒だ。全員が帰ってきてからでいいだろう。本当ならそんなことは言ってられないのだが。

 

「ねぇ上杉さん」

「なんだ」

「私、最近運動不足なんです」

「……それで?」

「手伝ってくれませんか?」

「却下」

 

 詳しい話は分からないが、面倒なことに巻き込まれそうで即答する。彼女は分かりやすく騒ぐが、俺は無視してテキストに視線を落とす。しかし横になった彼女は勢いよく起き上がると、俺の肩を思い切り揺らす。

 

「なんだよ……」

「五月と三玖だけ腹筋はずるいです。私も鍛えたいです!」

「まだ言ってたのか…。効果があるとは思えないんだがな……」

 

 五月との取引は相変わらず続いている。勉強前の腹筋がある種のルーティンになっているのがまた不思議な話だ。三玖や一花、それこそ四葉には()()()をお願いすることもある。おそらくはその影響もあるのだろう。以前花火をした際にも同じことを言われたが、その時も賭けに勝利して何事もなく終えた。しかし、好奇心旺盛な四葉らしいと言えばらしいが、それを今言い出さなくてもいいではないか。

 それにだ。今は俺と四葉の二人しか居ない。少しは慣れてきたとは言え、あの腹筋にかかる精神的な負荷はやばいのだ。二人きりでやるものではない。

 肩を揺するのをやめた彼女は、拗ねたようにソファーに再び横になる。俺もそれに合わせてため息を吐く。

 

「いいじゃないですかー」

「よくない。二人きりだし、胸でも触るかもしれないぞ」

 

 あらぬ誤解を招く可能性もあったが、こうやって脅すしかないだろう。四葉はそういうことには疎い気がするが、胸を触るという行為がどういうものかぐらいは知っているだろう。むしろこれぐらいの脅しの方が分かりやすいかもしれない。

 彼女はソファーに顔を埋めているのか、何かブツブツ言っているがその内容までは聞き取れない。俺の脅しが上手く効いたらしい。

 

「……ですよ」

「え?」

「別に良いです。私は覚悟できてます!」

「え?」

「え?」

 

 何を言ってるんだこいつは? 思わず振り返って、彼女を見る。顔を赤くして起き上がったと思えば、俺の反応が予想外だったのか。こいつも目を点にして俺を見ている。

 

「で、ですから! 私はその……平気です」

「おい冗談に決まってるだろ。そんなことしたら犯罪だ」

 

 前科がありますがそんなことを言ってしまう。四葉はあのことを知らないのだから、そんなことを気にしても仕方がないのだけれど。

 本当に分かりやすく駄々をこねる彼女は、俺の集中を削ぐのに勤しんでいる。さっきからワンワン喚かれれば、拒否するのが面倒になってくるのもまた事実な訳で。

 

「あーうるさいな! 分かったから!」

「本当ですか!? ありがとうございますっ!」

 

 もう純粋に根負けだ。盛大なため息を吐いている俺をよそに、彼女は勢いそのままに床へ横になる。俺に早く上に乗るよう急かしているが、側から見ればかなり危ない発言である。このタイミングで誰か帰ってきたら面倒だ。仕方なく立ち上がる。

 

「お前マスクは?」

「別に必要ありません!」

「逆に無警戒すぎて申し訳ないな」

 

 こいつは男という存在を理解していないのだろうか。男なんて所詮、欲に素直なお猿さんなのだから。それを避けるために俺は何度もこの展開を拒否してきた。だと言うのに、四葉。お前はそれを許してくれなかった。それは「手を出してもいいですよ」と言っているようなものではないか。現に彼女の口からそう出てきたし。

 いやいや待て。俺の中の理性が悪魔の囁きを呼び止める。

 仮にだ。ここで俺が四葉に手を出してしまったら。それこそ三玖に合わせる顔がない。五人のうち二人に手を出した男が家庭教師なんてやってる場合じゃないだろう。

 

 そんな宙ぶらりんな考えのまま、俺は彼女に背を向けて腰を浮かせる。さすがに全体重をかける気にはなれなかった。だが、目の前には四葉の健康的な太ももと脚。彼女に気づかれないように、ゴクリと固唾を飲んだ。

 あぁやばいかもな……。そんな思いと同時に、彼女が思い切り上体を上げる。するとどうだ。五月とは違ってしっかりと上体を起こすことに成功したではないか。その証拠に、俺の背中には柔らかくて跳ねるような感触が。

 もっとしっかり抑えないと…。必死に理性を保つように、両手で彼女の脚をしっかりと抑える。上体が上がってくるたびに、四葉の身体の筋肉が躍動しているのが伝わってくる。背中越しで感じる彼女の声と吐息、そして胸の感触。理性という名の壁が音を立てて崩壊していくのが自分でも分かった。

 

 脚を抑えていた手が、自然と太ももの方に上がっていく。

 

「ふぇっ!? う、上杉さんそこは……」

 

 彼女がそんなことを言うが、腹筋を止めない様子を見て俺も手の動きを止めなかった。触った瞬間はビクッと驚いていたが、太ももをキュッと握ったりすりすりしたり。そんなことをしているうちに彼女は何故かモジモジと脚を動かそうとする。俺としても、女の子の太ももを触ったのは彼女が初めてだ。胸とは違って、またクセになりそうな感触をしている。

 すでに理性の糸は切れていた。彼女の声が先ほどよりも少しだけ色っぽくなっていて、それに呼応するように俺の手も動いている。

 

「ひゃっ……」

 

 何十回腹筋をしたのだろうか。それすらも分からない。気がつけば、彼女は上体起こしを止めていて、俺の手を堪能しているように見えた。

 健気でそんなことには興味のなさそうな彼女が、今こうして俺の欲望を受け入れている。その状況が「更なる快感」を求める。

 

「う、う、上杉さん……触り方がちょっと……」

「……嫌か?」

 

 一度手を止め、振り返って彼女を見る。顔はさっきよりも真っ赤に染まっていて。そんな彼女を見て、切れていた理性の糸がしっかりと結ばれていく。このまま先に進めば、彼女を泣かせてしまうかもしれない。それだけは嫌だと言う感情が心の中を覆っていく。

 

「……いい筋肉してたぞ」

「そ、そうですか…?」

 

 先ほどの行為を誤魔化すような、酷すぎる言い訳。筋肉のことなんて、俺には専門外だ。分かるわけがない。でもそれ以外に何と言っていいか分からなかった。

 俺が彼女の上から降りると、四葉はしばらく動こうとせず、顔を染めたまま俺を見つめている。無視して移動するわけにもいかず、俺は彼女の側に座り込んだ。

 

「上杉さん」

「なんだ」

「やっぱり、上杉さんは()()()()ですね」

「……うるせ」

 

 ヤンチャ、という言葉で済ませてくれる四葉の優しさなのかもしれない。これが五月や二乃だったらどうだろう。それこそ罵倒の嵐だ。俺は生きている価値なんて無くなるほどに潰されるだろう。

 彼女は優しく笑っている。俺の行為を受け入れていたのかは分からないが、少なくとも怒っているようには見えなかった。

 少しだけ息が切れている四葉に、冷蔵庫からお茶を持っていくと、ゆっくりと起き上がってそれを口にする。首元には汗が滲んでいて、それが妙に色っぽい。

 

「そういえば、もうすぐ林間学校ですね」

「あ、あぁ。そんなのもあったな」

「絶対来てくださいよ? 忘れられない思い出にしたいので」

 

 唐突にそんなことを言い出す。確かにそんな行事もあったな。

 林間学校なんて。その時間を勉強に当ててしまいたいのが本音だった。だが、今こうして四葉からそんなことを言われるとだ。少しだけ胸が高鳴って「それも悪くないかな」なんて思ってしまうほど。

 

「林間学校には、伝説があるんです」

「伝説?」

「最終日のキャンプファイヤーで踊ったカップルは、一生添い遂げるパートナーになるんです」

 

 そんなオカルト地味たことは信じたことがない。いかにも四葉らしい発言だ。

 いわゆる結びの伝説というらしいが、そんなものでパートナーが決まってしまうなんて世の中甘いものではないだろう。それに、俺はキャンプファイヤーで踊るようなキャラでもない。仮に行ったとしても、踊ることなく最終日を過ごすだろう。

 

「上杉さんは誰と踊りたいですか?」

「俺は踊らない」

「五人の中だったら?」

「なんでお前ら限定なんだ」

「他に女子の知り合いなんて居ます?」

 

 グサっと心にトゲが刺さる。確かにその通りだが、そんな言い方をされると、何か男として情けなく思えてくる。

 

「他の誰にも言いませんから! 教えてくださいよー」

 

 そうは言うが、何かの拍子でポロっとこぼしてしまうのが四葉なのだ。ここで迂闊なことを言えば、他の四人から何と言われるか分からない。だからと言って、適当に誤魔化すのも気が引けた。その理由として、彼女の脚を触ったからだが。

 それでもだ、今ここで何と言うのが正解なのか。いくら申し訳なさがあるとは言え、何も馬鹿正直に答える必要なんてないのに。曖昧な答えを言ってしまえばそれだけの話なのに。俺はどうしてか。

 

 

 

「……四葉だな」

 

 

 





 新たに高評価してくださった
 ・新宿邪ンヌさん・ビビビタミンさん

 ありがとうございました。

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