花嫁も五人居ていいんじゃない 作:なでしこの犬
林間学校を翌日に控えた夜。準備で慌ただしくなるなんて思っていたが、そんなこともなく。むしろ反対で、俺は家でらいはの面倒を見ていた。顔は赤くのぼせていて、苦しそうな愛おしい妹。元々身体が弱い彼女。代わってやれるなら代わりたいとはこのことだ。
らいはのこともあり、明日からの林間学校は諦めようと考えていた。親父は仕事でいつ帰ってくるかも分からない。この子を一人置いていくわけにはいかなかった。
――――絶対来てくださいよ?
ふと、四葉に言われた言葉が頭をよぎった。
あれから顔を合わせてはいるが、まるであの行為に触れないような上辺だけの付き合いになっていて。疎遠とまではいかないが、これまでとは少し関係性に変化が見られた。
あの時の言葉は嘘偽りではないだろう。本当に来て欲しいからこそ、言った言葉であって。それを無下に出来ない気持ちも心にはあった。俺は立ち上がって、スマートフォンを持って家を出た。そして電話帳に登録された彼女の名前を選ぶ。時刻は夜の九時。少し遅いが、彼女なら許してくれるだろう。
「――――上杉さん?」
「あぁ四葉か。夜遅くにすまない」
彼女は少し驚いた様子で電話に出た。四葉に限らず、五つ子たちと電話をする機会なんて滅多にない。俺も少しだけ緊張していたが、それを悟られないように要件を伝える。
「明日からの林間学校なんだが、俺は行けない」
「……どうしてですか?」
「らいはが熱を出した。その看病で明日は家に居てあげたい」
らいはも決して小さい子ではない。しかし、それでも一人にするのは心配だった。親父は仕事で家を空けることが多い。俺の唯一の妹なのだ。シスコンと思われようが構わない。今はただ彼女の側に居てあげたかった。
俺が真面目に言ったせいか、四葉も真面目なトーンで受け答えをする。嘘ではないか、なんて疑うことはせずに。もしかしたら言われるかもしれないと思っていただけに、彼女の優しさが嬉しかった。
「上杉さんはらいはちゃんの側に居てあげたいんですね?」
「悪いな。せっかく楽しみにしててくれたのに」
「今から私もそちらに行きます。らいはちゃんが心配ですし」
「……は?」
「では! しばしお待ちを!」
俺の返答を遮るように、その電話は切れた。無機質な機械音が左耳から抜ける。展開が急すぎて理解が追いついていない。
四葉もらいはのことを気にいってはいる。しかしだ。それだけでわざわざお見舞いに来ることもないだろう。しかもこんな時間にだ。一歩間違えればありがた迷惑な話。
それから二十分もしないうちに、再び俺のスマートフォンが鳴った。電話に出ると、四葉が家の前に居るとのこと。驚き半分、呆れ半分で家を出ると、そこには本当に彼女が立っていた。それも中々の大荷物で。
「本当に来るとはな……」
「心配ですから! らいはちゃんは大丈夫ですか?」
「熱は下がりつつある。安静にしていれば大丈夫だろう」
ここまで来させてすぐに帰すのも気が引けた。止むを得ず、四葉を自宅へ招き入れる。「らいはが寝ているから静かに」と釘を刺して。しかし、病院で処方された薬を飲んでいるせいか、しばらく起きる気配はない。ぐっすりと眠っている。
それにしても、五月以来か。五人の誰かを家に上げるのは。ただまぁ、その時とは訳が違う。五月は仕事上の付き合いで。だが四葉は、完全に自分の意思でだろう。さっきはありがた迷惑なんて思ったが、いざ目の前の彼女を見ると、それ以上にそこまで心配してくれる気持ちの方が嬉しかった。
「二乃にリンゴを剥いてもらいました。らいはちゃんが起きたら食べさせてください」
「お、おう。悪い」
「タオルも替えておきますね」
そう言いながら、眠っているらいはを起こさないように、額に乗せた濡れタオルを手に取った。台所で再びタオルを湿らせ、キュッと絞る。そんな彼女の後ろ姿を見ると、いつもの彼女ではないような気がして。変な感覚になる。
それはそうと、らいははよく眠っていた。彼女にはこれまで無理をさせてきた。その疲れもあったのだろう。申し訳なさもあるが、この際ならゆっくりと休んでもらいたい。
そうこうしていると、時刻は夜の十時半を回っていた。相変わらず四葉は、らいはのために静かに動き回ってくれている。だが、彼女を明かりのついた部屋で寝かせ続けるわけにもいかない。そう言う意味でも、申し訳ないが四葉にはそろそろ帰ってもらいたかった。
「四葉。もういいぞ。家まで送るから」
「何を言ってるんですか? 今日はこのまま泊まらせていただきます」
「………いやさすがに冗談だろ」
「いいえ! 本気です」
大荷物の中から寝間着を取り出し、胸を張っている。別に自慢することでもないし、何なら普通に迷惑な話だ。ありがたくもなんともない。
だが、らいはが居る手前。いつものように全力で否定することが出来なかった。元々言い出したら聞かない奴だ。挙げ句の果てにシャワーを借りると言いだす始末。全力でため息をついて、渋々、本当に渋々それを了承した。
らいはの周りには彼女たちからの差し入れで散らかっている。俺がそれを片付けながら、心の中でどうしてこうなったと毒づく。
らいはがいることで変な気を起こす心配は無かったが、他の四人には何と言えばいいのか。四葉が俺の家に泊まったなんてことを知れば、あらぬ疑いをかけられるのではないか。
「心配しなくていいですよ。みんなにはちゃんと言ってきましたから」
「……心の声を読むな」
「えへへ。当たりでしたか」
十分もしないうちに彼女はシャワーを済ませたようだ。年頃の女の子にしてはかなり早い気がするが。よく見ると髪は濡れたまま。ドライヤー使っていいことを伝えると、彼女は苦笑いを浮かべた。
「らいはちゃん起きちゃうかなって」
「それだとお前が風邪引くだろ。気にすんな」
「それって心配してくれてるんですか?」
「一応な。一応」
変な誤解をされないようにそう言うと、四葉は笑って脱衣所の方へ消えていった。やがて聞き慣れた機械音が響く。素直に言うことを聞いたようで安心する。らいはも起きる様子は無かった。
その間に、俺はらいはの布団の横に二枚、布団を敷いた。生憎らいはの分を合わせて三枚しか布団がなかったため、四葉には俺の布団で寝てもらうことにしよう。親父の布団よりは少しはマシだろう。
やがて四葉も髪を乾かし終わり、布団が敷かれた光景を見て何故か感動した様子。
「一日早い林間学校って感じがします」
「それは家がボロいってことか?」
「ち、違いますよ!」
そうやって慌てられると、こちらとしても複雑なんだが。
まぁ実際とんでもないボロ家だし、四葉がそう言いたくなる気持ちも分からないではない。だからお前らの家庭教師なんて引き受けたのだ。親父やらいはに少しでも苦労をかけないように。
「俺たちも寝るぞ。電気消していいか?」
「あ、はい!」
ようやく部屋の明かりを消す。空はよく晴れていて、月明かりが部屋に差し込む。それだけでも十分なくらい明るい。俺と四葉は、らいはを挟むように横になった。
明日の朝には親父も帰ってくる。なんと説明しようか。俺から連れ込んだわけではないし、なんなら迷惑を被ったのは俺の方。だが親父はこの状況を茶化すに決まってる。別にそれはそれで問題はないが、
一々反応するのが面倒なだけだ。
「……いきなり押しかけてごめんなさい」
唐突に、四葉がらいは越しにそんなことを言い出す。
「今さら謝るな。もう気にしてない」
「らいはちゃん、元気になるといいですね」
らいはを挟んでこんな会話をするのは、すごく変な感じがした。
こういう時の親父はすぐに寝てしまうし、死んだ母親ともこんな時に会話した記憶がない。だからだろうか。感じたことのない懐かしさを感じるのは。
「寝ていいぞ。らいはは俺が見てるから」
「上杉さんほんと溺愛してますね。大丈夫ですよ。らいはちゃんもぐっすり眠ってますし」
「でもな……」
「寝不足で体調壊しますよ。寝てください」
別に明日行かないのだから、寝不足になっても構わない。いくらぐっすり眠っているとは言え、夜中に急に異変が起きるかもしれないのだ。呑気に眠るわけにはいかなかった。
それ以降、四葉は話しかけてこなくなった。眠るのを邪魔しちゃ悪いとでも考えているのだろう。俺が右側を向くと、彼女もらいはのことをしっかりと見ていた。
「お前の方こそ寝ろ。じゃないと明日辛いぞ」
「それは上杉さんの方です」
「俺は行かないって言ったろ。お前らだけで楽しんでこい」
「……そんなの嫌です」
「こればかりは仕方がないだろ」
俺だって、こんなことにならなければ行くつもりだった。それは嘘偽りなく本当のことだ。それ以上に、らいはのことが心配なだけであって、それが解消されればまた話は変わってくる。
四葉は何も言わずにらいはを見つめている。俺に言いたいこともあるだろうが、彼女のことを気遣って何も言わないのだろう。何も考えていないのも事実だが、こういった時の優しさというのはやはり五人の中でもズバ抜けているような気がした。
「こうやって夜中に話すのも悪くないですね。やっぱり」
「どうした急に」
「だって、お互い程よい眠気で話が弾むじゃないですか」
「そうか?」
「そうです」
程よい眠気、彼女はそう言う。
認めたくはなかったが、さっきから眠気が襲ってきているのも事実。四葉が居てくれるおかげなのか、安心感がある。だからと言って、彼女に甘えるわけにもいかなかった。
それから三十分ほど話を続ける。少しずつ四葉も眠くなってきたようだった。しかし、眠ろうとはせず最後には起き上がる始末。そこまでして俺を寝かせたいのだろうかと思う。
「キャンプファイヤーの話、覚えてますか?」
「あぁ……結びの伝説ってやつか。うっすらとな」
唐突に彼女はそんなことを言う。
俺が彼女の腹筋を手伝ったあの日、教えてもらった話だ。それをどうして今聞いてくるのかと疑問に思ったが、興味なさそうに返答したことで少し間ができた。だが、俺は彼女の返答を待つ。
「五人の中なら……そ、その……」
「……あ、あぁ。そんなことも言ったな」
急に恥ずかしくなったのか、四葉は最後まで言うことなく。そんな雰囲気を出されると、こちらとしても恥ずかしくなる。
「五人の中なら四葉」確かに俺はそう言った。どうしてかなんて言われれば、正直な話。あまり良い理由ではない。その場しのぎの回答だったのだから。これを他の四人に知られれば、これ以上ない地獄が待っているのは分かるが。
あれから四人の態度を見る限り、四葉は伝えていないのだろう。伝えていれば、きっととんでもないことになっている気がする。特に三玖には何と言えば良いのだろう。胸を触っておいて、違う女、しかも自身の妹と踊るなんて言ったら。本当に殺されるのではないか。
だからと言って、三玖と踊るのも違う気がして。永遠に添い遂げるなんて言われたら、そんな安易な行為をしてしまっただけで選ぶのもどうなんだろう。
「……上杉さんは三玖と踊ったらどうです?」
「だから俺は行かないって」
「三玖が悲しむから、来て欲しいです」
そんなことを言われても、らいはの体調が優先なのは仕方がない。それは四葉も分かっているはず。でも、彼女の言葉には何故だろう。少しだけ寂しさが込められているように感じる。
「……四葉?」
つい今の今まで、らいはに向けられていた彼女の視線は、いつの間にか俺へと向けられていた。月明かりをバックに、寂しげな瞳に吸い込まれそうになる。普段のハツラツな四葉と同一人物なのだろうかと。
眠くなりかけていた意識を覚醒させるように、俺も起き上がる。面と向かい合うのは恥ずかしく、横目で彼女と
「あはは……。ごめんなさい。心配させちゃいましたか?」
「そういうわけでないが。そんな目で見られるとその……なんだ」
「なんです?」
「……なんでもない」
自分の心臓が高鳴っていくのが分かる。確かにこいつは四葉だが、普段の四葉とは明らかに違った。いや、むしろこっちが本当の彼女のような気がして。今彼女の目を見たら、本当に吸い込まれそうな綺麗な瞳をしていた。
「どうして林間学校、
「……そう見えますか?」
「それにしか見えないな」
「ロマンチックじゃないですか。結びの伝説なんて」
確かにその通りではある。俺はそんなものを信じるつもりはないが、きっと他のクラスメイトだって、それを目的にソワソワしているのだろう。逆にそんなことで決めてしまっていいのだろうかと。俺が捻くれているだけかもしれないが。
「そうだな。もし踊るなら俺は四葉と踊るぞ」
「……どうしてですか」
「なんか……一番楽かなって」
「そんな理由ですか? 嬉しくないです。それなら一人で踊ってください」
「冗談だって」
冗談、というわけではない。むしろ本当のこと。咄嗟に出てしまった嘘なのだ。自分でもこんな嘘が出てくるなんて思ってもいない。でも、四葉はそれ以上何も言わなかった。
来てください、行けない。そんなイタチごっこにも飽きてきたのか。四葉は再び横になって俺に背を向けてしまった。何というか、そこまでしょんぼりされると俺としても申し訳なくなる。
「四葉」
「……何ですか?」
「その……らいはが良くなったら俺も行くから」
「最初からそう言えばいいんです」
四葉も「らいはを無視してまで」と思っていないとは分かっていたが、思い返してみると、口に出すのはこれが初めてだった。初めから言っておけばこんなイタチごっこもせずに済んだのかと思うと、やるせない気持ちになる。
「上杉さん」
「もう寝ろ。俺も寝るから」
「最後に一言だけ。寝る前のおまじないです」
四葉と話疲れたこともあり、先ほどよりも眠気が強くなっている。天井を向いて瞼を閉じる。それは四葉も同じらしく、寝返りを打つ音が聞こえる。きっと仰向けになったのだろう。
あれだけ興味がないと思っていたのに。明日の朝には「らいはの体調が良くなるといい」なんて思っている自分がいて。きっと四葉が来なければ、本当に行かなかっただろう。
「おやすみなさい。上杉さん」
彼女の言うおまじない。それは聞き慣れた言葉だったのに、今は不思議と身体がふわつくような。まるで特別な魔法がかけられているみたいで。
「あぁ。おやすみ。また明日な」
新たに高評価してくださった
・レイズンさん・shinowobさん・貧乳PTさん
ありがとうございました。