花嫁も五人居ていいんじゃない 作:なでしこの犬
林間学校の日がやってきた。集合時間を過ぎても家に居たせいで、俺としては行くつもりは無かったが、四葉が来てしまったこともあり、らいはの体調次第で行くことになった。
で、朝を迎えたわけだが、見事なまでにらいはの体調が回復。熱も下がり、親父も帰ってきたこともあって、俺は四葉に連れられることになった。親父には散々茶化されたが、適当にあしらって家を後にした。この分だと、帰ってきても茶化される気がしてならない。
すでにバスが出発していたこともあり、何と中野家が雇っている秘書が目的地まで送迎してくれることになったのだ。俺とは生きている次元が違うんだなとまざまざと見せつけられた感じ。
しかし。目的地が近づくにつれ雪も酷くなり、渋滞に巻き込まれたのだ。夜中に移動するのは流石に危ないということで、秘書の判断で近くの宿に泊まることになったのだが……。
「なんで上杉と一緒の部屋なのよ……!!」
「あはは…急に団体のお客さんが入ったらしくて」
「あんたは昨日も上杉と寝たんでしょ! こんなこと余計認められないわ」
「変な言い方するなよ……」
俺は今晩を五人と同じ部屋で過ごすことになってしまったのだ。それがどういう意味かは俺が良く分かっている。
本当にまずいのだ。色々とまずい。
今でこそこんなことを思ってはいるが、隣に無防備の女子が眠っていたら、その、心の底を掻き立てられるような感覚に陥るのだ。すでに二人に手を出しているのだから、そいつらには反対してもらいたいが、特に気にせずに荷物を片付けている。参ったな本当に……。
「さすがに俺も気が引ける。寝るときは押し入れの中で寝るから」
「い、いやそんなに気を遣わなくても」
「いいんだ。お前らが不安ならそうした方がいい」
咄嗟の思いつきだったが、中々いい案ではないか。
それに押し入れの中なら、狭いが自分の空間が出来る。完全に遮られれば、変な気を起こす危険性を減らすことも可能なはずだ。
一花と四葉は「そこまでしなくていい」なんて言ってくれてはいるが。現に四葉とは昨日同じ部屋で寝ている。警戒心が無いことはないだろうが、それでもそこまで気にしている様子もなかった。一花がフォローする理由はよく分からないが、今は何も言わないでおこう。
俺の案に、二乃と五月は渋々了承する。三玖は何も言わなかった。結局、今晩の方向性が決まったことになる。とは言っても不安でしかない。最近の自分を見ていて、人間とは繰り返す生き物ということをまざまざと見せつけられている気がしてならないのだ。林間学校初日からこんなことになるなんて、これなら来ない方がマシだったかもな……。
そうこうしているうちに、時計の針は二十時前に迫っていた。俺たちは高校生が食べるものとは思えない豪勢な夕食を済ませ、そのまま温泉に直行。すぐにそれを済ませ、一人部屋に戻ってきたが五人はまだ戻っていなかった。部屋には布団が六つ敷かれている。きっと旅館の人が敷いてくれたのだろう。俺はそのうちの一つを取って、押し入れの二段目に敷き詰める。
「かなりぎゅうぎゅうだなこりゃ……」
押し入れ自体は俺がギリギリ足を伸ばせるぐらい。奥行きもそこまで深くないせいで、寝返りは打てないかもしれない。これは明日筋肉痛になってるかもしれない。寝違えないように注意しないと。
二段目に登ると、想像していた通り中々に狭い。引き戸を閉めれば、それこそ真っ暗になってしまうだろう。月明かりなんて入る余地はない。せっかくいい旅館に泊まっているというのに、何だかもったいない気もする。ともかく、あいつらが戻ってくる前にはもう寝てしまおう。そうすれば事故を起こさずに済むはずだ。
「……本当に押し入れで寝るのですね」
「五月か?」
戻ってきた五月が俺を見てそんなことを言う。浴衣姿ではあったが、星のヘアピンを付けている。それに話し方も彼女っぽかった。
彼女には、押し入れの中で仰向けになって林間学校のしおりを読んでいる俺は、どんな風に映っているのだろうか。一応俺なりに気を遣ったつもりなのだから、これに対して文句を言われるのは筋違いだと感じる。特に二乃と五月には。
「他の四人は?」
「ロビーでくつろいでいます。もう少ししたら戻ってくるかと」
そんな会話をしながら、彼女は布団の上でテキストを広げている。ここでも勉強する意欲があるらしい。それは素晴らしい心がけだが、今は教える気にならなかった。「教えるなら腹筋をしてからです!」なんて言われかねない。まぁ、色々あって、眠気も襲ってきているせいだろう。
「……聞かないのですね」
「何がだ」
「父の件です」
「別に今聞くことでもないだろ」
「私が気になるんです」
「はぁ? 何を気にすることがある」
テキストに目を落としたまま、彼女は話す。
俺からすれば、こいつが気にするようなことは全くないはずだ。でもそう思っているのは俺だけで、彼女は違う。あれだけ素直じゃなかった五月がそんなことを言ってくるなんて。少しずつではあるが、心を開いてきてくれているのだろうか。……まぁ腹筋をお願いしてくる辺り特段意識しているわけではないだろう。
「……勝手に続けさせてよかったのかと」
「良いに決まってるだろ。俺としても、あんな条件が無ければ続けてた」
「それはどうしてですか?」
「どうしてって、家のこともあるし…それに」
「……それに?」
「お前らの学力アップのためだ」
特に意識して言ったつもりは無かった。だが五月には俺の言葉が可笑しく聞こえたようで、クスッと頬を緩めている。馬鹿にされたような感じもするが、彼女は俺の表情を察したのか「馬鹿にしてるわけじゃなくて」なんて言っている。説得力は無い。
「そんなセリフをあなたから聞くとは思いませんでした」
「やっぱり馬鹿にしてるだろ」
「いいえ全く。とにかく、それを聞けて良かったです」
そう言うと、五月は何も言わずにテキストを読み進め始めた。
なんだかんだで、あの腹筋のおかげで彼女と接する機会は増えたのも事実。あれだけ歪み合っていた頃を考えれば、大きな進歩だ。だからこそ、三玖や四葉のことを知られるわけにはいかない。余計なボロが出る前に、もう寝てしまおう。五月に一言告げ、押し入れの戸を閉めた。真っ暗で、それが眠気を促進させる。
そのまま重い瞼を閉じていく。なんだかんだで丸く収まりそうで良かった。そんなことを思いながら、いい夢を見れるといいななんて。
❤︎
甘い香りがしたような気がする。嗅いだことのない匂い。でも、どこか知っている香りが混じっていて。閉じていた瞼を開けると、真っ暗な押し入れの中。
あぁここで寝てたんだっけ。寝ぼけながらそんなことを思う。目を擦り、枕元に置いていたスマートフォンで時間を確認すると、夜中の四時だった。まだ出発までには時間がある。ここで起きたところで何も出来ない。もう一眠り出来そうだ。
「――――フータロー」
ピクッと鼻が動いた。と同時に匂いを感知する。
起きる前に感じたあの匂いだ。それが今、俺の足元から香ってくる。――――俺の名を呼ぶ声に乗って。
「みっ――――」
俺が言いかけたところで、彼女は急いで俺の口を押さえた。あのままでは中々の大声で彼女を呼んでいたに違いない。それだと、他の四人になんと言われるか。待っているのは地獄だ。
ってそう言ってる場合じゃない。なんなんだこの状況は。俺が連れ込んだわけではないはずだ。少し暗がりに目が慣れてくる。話し方と寝間着を見ると、やはりこいつは三玖だ。なぜこんな時間に押し入れの中に居る? 考えたところで答えなんて出るわけがないが。
――――またしてほしい
――――嫌じゃないよ
あぁやっぱりそういうことなんだな。前に彼女から言われた言葉が頭をよぎる。それで今この状況を確信する。
いや、本音を言えばハナから分かっていた。彼女がアレを求めていることぐらい。それを受け入れる勇気が無かっただけで。でもこんな場面に出くわしてしまったのなら、否が応でも受け入れざるを得ない。
さっき彼女たちと寝る場所で軽く言い合いになっていた時も、三玖だけは何も言ってこなかった。どちらの立場にも立たずに。きっと決めていたのだろう。俺が押し入れで寝ることになった時からこうすることを。そこで初めて、自身の決断を後悔した。三玖にとって、今は絶好の機会ということだ。自らの快感を満たす絶好の。
その証拠に、暗がりでも分かるぐらい、彼女の顔は紅潮していた。今の彼女は何を考えているのだろう。これからの行為を想像して、呼吸を荒くしているのだろうか。それとも、違う何かを考えてなのか。間違いなく前者なのだろうが、俺としては後者であって欲しかったりする。身勝手な考えかもしれないが。
「お願いフータロー……」
「い、いやここじゃさすがに…」
こんなところで彼女の胸を揉んでみろ。薄い戸を一枚挟んだだけで、すぐ隣には姉妹たちが眠っている。三玖が声を出そうものなら、俺はいよいよ彼女たちに殺されるかもしれない。
三玖はそんなのお構いなしらしい。ジリジリと俺に詰め寄ってくる。寝間着のボタンは開けられていて、すぐ手をやれば一瞬ではだけてしまうだろう。頭が揺らぐ。痛い。痛覚が麻痺していきそうな。
「フータロー……」
「み、三玖……」
「触って………」
あぁもうだめだ。理性の糸が完全に千切れ、俺は彼女の豊満な胸に手を伸ばした。躊躇うこともなく、優しく触る。彼女の部屋で触った時以来の感触は、何故だろう。あの時よりも俺の性的欲求を刺激している。
三玖は俺の腰に跨って、両手の動きを受け入れている。天井に頭をぶつけないように、下を向いているせいで俺は彼女と顔を合わせて胸を揉んでいる。それはまるで恋人同士の営みのような。
声が出ないように、彼女は右手の人差し指を口に当てて堪えている。それを発散するように、三玖の腰は俺の腰の上で暴れている。音が聞こえているかもしれないが、そんなものはどうでもいいなんて思ってしまうほど。理性は甘い味に染まっていた。
「ど、どうだ…?」
「すごい…なんかやば……」
お互いに声を抑えているが、息は荒い。彼女の腰も一段と動きを激しくする。これはもうバレてるかもしれない。でももういいや。今はこの快楽に身を任せてしまいたい。このまま流れて、最後までいってしまっても、後悔はない。
その時だった。押し入れの引き戸が突然開いたのは。
「――――何してんのよ……!」
「に、に、二乃……」
切れてしまった理性の糸。それでも今のこの状況は、よく分かった。あぁ終わったと。一番見られてはいけない奴に見られたのだ。俺の手は三玖の胸に伸びたままで、彼女は俺に跨ったまま。慌てて手を離すが、二乃は何も言わない。お互い服を着ていたとは言え、これは側から見てももう言い逃れの出来ないほど。
そこでようやく三玖は俺の上から降りる。息は荒いままで、それが二乃の表情を歪める。彼女に文句を言いたそうにしていたが、すぐに視線を俺に移す。暗がりでも分かる。明らかに怒りの視線をしていた。
「ちょっと来なさい」
「え、えっと…」
「あんたに拒否権はない」
俺は押し入れを出て、部屋を出ていく彼女に付いていく。二乃と三玖以外の彼女たちは寝ているようだった。だが、きっと明日にはこのことをバラされて、家庭教師もクビになるのだろう。彼女たちの父親からも追い詰められて、いよいよ俺の人生は終わりを迎えるらしい。
旅館のロビーに出てくる。俺たち以外には誰も居なかった。夜中の四時なのだから、それもそうだろう。ロビーのソファーに腰掛ける二乃。だが俺は彼女と面と向かえる自信が無かった。二乃の後ろに立ったまま話をしようと考えた。
「物音がすると思ったら」
「………」
「三玖とあんな関係だったなんて」
「………」
「いつからよ」
「……少し前」
「詳しく教えなさい」
「……中間試験の少し前だ」
「やっぱり」二乃はため息をついてそう呟いた。
彼女もずっと俺と三玖の関係を疑っていたのだ。そういう反応もある意味自然というか、なんというか。この状況で嘘をつく気にはなれなかった。ここで嘘をついてしまえば、益々状況が悪化するだけだ。
「三玖が言うマッサージって、あのことなの?」
「……そうだ」
「最低ね。本当最低」
「……言っておくが、無理矢理ではない。お互い同意の上だ」
「それがどういう意味か分かってるの?」
二乃は一番痛いところを突いてきた。
お互い同意の上、これは嘘偽りない事実。しかし、俺と三玖は恋人関係にはない。ただの家庭教師と生徒というだけ。それなのに、それ以上の関係になってしまった。では、今の俺と三玖の関係は何なのか。恋人でもないのに、彼女の身体に手を出してしまった。自身の欲に負けて。
問いかけに答えられない俺を見て、彼女は呆れている。二度目の盛大なため息。何か答えないと、なんて思ってはいたが。
「全部俺が悪いんだ」
「分かってるわよそんなこと」
二乃に謝るのも違う気がして、そんなことが口から出てくる。彼女はそれを蹴飛ばすように言葉を放つ。それだけを言い残して、二乃は部屋へと戻って行ってしまった。
一体何が言いたかったのだろうか、とも思ったが、今の俺にそれを言える筋合いはない。俺と三玖の関係がバレてしまった以上、これまで通りに五人と接することは出来ないだろう。一人残された俺は、真っ暗な外をただ見つめるしかなかった。
「終わったな……俺の人生」
嘘はいつかバレますね(笑)
新しく高評価してくださった、・毒蛇さん・fv304さん・ねむネコさん
ありがとうございました。