花嫁も五人居ていいんじゃない   作:なでしこの犬

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◯◯と押し入れの嬌声③

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。今日の一番の目玉イベント、肝試しの時間がやってきた。周りを見れば各々の好きな男女ペアになったり、友人同士でコースに足を踏み入れていく。これに関してはクラスも関係無いせいか、カレーの時より明らかに生徒たちのテンションは高いように見える。

 

「何してんのよ。早く行くわよ」

「俺は実行委員なんだぞ……普通に参加していいわけないだろ…」

「そう言うけど、四葉にお願いしてまでここまで来たんじゃない。バラされた方がいいかしら?」

「……分かったから」

 

 二乃の蔑んだような視線。まさにお姫様が着るような洋服を着ている。それが似合ってしまうのも、彼女の性格があるのだろうか。周りが続々とスタートしていく中、俺たちは中々動かないでいた。と言っても、俺が行きたくないだけの話なんだが。

 そもそも肝試しの実行委員をやっていたせいで、普通に参加するのも気が引けた。四葉にお願いしたが、彼女が仕事をしている間、普通にコースを歩くのもどうなのだろうか。

 だが実際はそれ以上に、こいつと二人で参加するのが一番恐ろしいのだ。何故こんな提案をしてきたのかも分かるわけがない。そもそも何を考えているのか分からない彼女。今の俺に察することなんて出来るわけがない。それに重大な秘密を握られている今、彼女の言うことを蔑ろにすることは出来ないのが現実なわけで。万が一、この状況を五月に見られてみろ。面倒に拍車がかかるだけだ。

 

「さっさと終わらせるぞ」

「……さあ? とりあえず行きましょ」

 

 何故疑問符で返す。だが二乃は俺の返答を待たず、一歩前を歩き始めた。大きくため息をついて彼女に続く。

 きっとこいつは、今この状況を楽しんでいる。五月にバレようが関係無いのだ。どのみち首が締まるのは俺だけ。あれだけ五月が疑っていた中、俺と二人きりになることでより面倒毎に巻き込んでいくつもりなのだろう。

 

「ちょっと」

「なんだよ」

「いつまで前歩かせるつもり? あんたが前歩きなさいよ」

「……はいはい」

 

 強がってはいるが、彼女も実はビビっているらしい。何というか、変に()()()を出されると妙にペースが狂う。

 前後を入れ替わり、黙って前へと進む。今のところ何も起きない。二乃はキョロキョロと周りを見ながら、でも俺への警戒も怠っていない。いや俺がこの状況で手を出すとでも思っているのだろうか。そもそも誘ってきたのはお前自身だろう。

 肝試しの恐怖心は一切無かった。委員をやっていたこともあり、コースに仕掛けられたトラップは把握済み。むしろ後ろを歩いているこいつの方が怖い。いずれにしてもこの状況を打破しなければ。

 

「さっき三玖に問いただした」

「……それで?」

「……別に嫌がってなかったわ。あんたが言ってたことは本当のようね」

 

 唐突に核心へ触れる。お互い前だけを見て交わす会話。俺としても、二乃がそれをあっさり認めたところが不思議ではあったが、変に疑われるよりはマシだろう。適当な相槌を打って、彼女の言葉を待つ。

 

「あんた、三玖のこと好きなの?」

「……えっと」

「何で黙るのよ。好きでもないのに()()()()をしたっていうわけ?」

 

 あぁきっとこっちの方が核心らしい。以前にも一花に同じ質問をされた。その時も今みたいに上手く言葉が出てきていない。彼女は特に何も言わないでいてくれたが、二乃は違う。

 「好きでもないのにあんな事を」俺が一番避けていた言葉を、彼女は平然とぶつけてきた。元々俺のことを毛嫌いしているこいつだ。気を遣う必要なんて無いと考えているのだろう。実際そうだと思うし。

 じゃあ、彼女の言うことは正しいのか? 自問する。好きでもない、と言えば、それは嘘。彼女のことは好きだ。でも、俺が言う好きというのは、きっと恋愛感情ではない。生徒と家庭教師という立場で、三玖はいい教え子という枠を超えていない。

 

「三玖のことは好きだ」

「どういう意味で?」

「……それは」

「……はぁ。もういいわ。あんたがクズってことはよく分かった」

 

 こうやってハッキリと言えるのは五人の中でも二乃ぐらいだろう。これに関しては、ぐうの音も出ないような正論。女であれば誰でもいいなんて思ってはいない。だが、あの時の頭が麻痺したような感覚に陥ってしまえば、自制が効かなくなるのだ。きっと俺だけじゃない。そう思い込みたい。

 俺の返答に相当イラついたのだろう。「前を歩け」なんて言い出したくせに、いつの間にか二乃の方が前を歩いていた。距離も先ほどより少し離れたような気もする。

 それからはお互い無言。仕掛けが出てくるたび二乃は身体をビクつかせるが、強がって怖がる素振りを出さないようにしている。無論、俺から見ればそんなものバレバレだが。

 ただ二人きり、しかも無言で歩き続けるのも案外疲れる。一応これでも俺なりには気を遣っているということか。まぁこいつはどうか知らないが。

 

 ふと、マナーモードにしていたスマートフォンが振動する。立ち止まって確認すると、らいはからだった。

 体調は完全に回復したらしく、もう元気に過ごせているらしい。現状報告も兼ねて連絡してきてくれたようだ。今この状況ということもあって、彼女の優しさが染みる。立ち止まったままそのメールに返信を打つ。余計な情報は入れず、安心したことを盛り込む。ほんの数分だけ止まっていたつもり。しかし、送信した時にはさっきまで一緒にいたはずの彼女が消えていて。

 

「に、二乃?」

 

 呼び掛けても返答はない。やってしまったと考えた時には身体が前へと足を進めている。これであいつが迷ってでもみろ。仕返しで何をされるか分からない。

 いくら俺を毛嫌いしているからと言って、こんな森の中に放り投げるつもりは全く無い。それに他の四人にも余計な心配をかけることになる。()()()()とは言え、彼女を一人にするのは流石に申し訳ない。

 少し歩く速度を上げる。ここから先は一本道のはず。道なりに進んでいれば、どこかで合流することができるはずだ。彼女が道を外れない限りの話だが。彼女の名前を呼びながら念のため左右を見る。名もなきこの森は夜に立ち入るべきではないなと思うほど不気味だ。俺一人でも少しだけ心細い。二乃は大丈夫だろうか。

 

「上杉………!」

 

 それからすぐ、目の前で立ち止まっていた二乃を見つけることができた。結構離れた場所まで俺が立ち止まったことを知らずに歩いてきていたのだろうか。いずれにしても、俺の姿を確認した彼女は少しだけ頬が緩んだように見えた。気のせいかもしれないが。

 

「わ、悪い。メールに返信してて」

「ふ、ふざけないでよ! 一人で行かせるなんてどういうつもり!」

 

 静かな森の中によく響く声で詰め寄ってくる。俺の頭にもジンジンと反響する声。どうやら思っていたより元気なようだ。と思っていたがその考えはすぐに消える。俺の胸ぐらを掴む彼女細い手は、確かに震えていた。

 

「……震えてるのか?」

「……ち、違う」

 

 そんなことを言うが、誤魔化せないほど震えているのが分かる。慌てて胸ぐらから手を離すが、それ以上は何も言わない。いや、言えないのだと思う。

 本当に細くてすぐに折れてしまいそうな綺麗な手をしている。こうしてみると、やはりこいつらは俺みたいな人間とは違うところを生きている。今の今まで気にしたことなんて無かったが、この二乃も例外ではない。俺への口や態度は悪いが、それでも見た目は周りから一目置かれるようなキラキラした存在。学年を牽引するようなお洒落な雰囲気を持っている。

 

「その……悪かった。もう離れないから」

「……言い方がキモいんだけど」

 

 「……確かに」自分でもクサすぎて笑ってしまった。辛辣な言葉を飛ばす彼女。先ほどよりは落ち着いたようだ。正直、普段の二乃と接するよりも今の方が何となく楽だった。弱っている彼女は何というか、すごくしおらしい。俺が普段の彼女しか知らないからだろうが、きっとこれも彼女の素なのだろう。

 今はコースも半ば過ぎ。後少しで出口も見えてくる。それまでに彼女の意図を見つけなければならないが、変な申し訳なさで上手く言葉を紡げない。そんな俺を尻目に、二乃はしっかりと俺の隣に付いて歩いている。最初からそうしていればこんなことにはならなかったのに、なんて心の中で毒を吐く。

 

「……あんな三玖を見たのがショックだった」

「…悪い」

「別に文句言ってるわけじゃない。あの子のアンタに対する態度は明らかに可笑しかったわけだし」

 

 おもむろに話し始めた二乃。横目で彼女を確認すると、俯き気味で、思っていたより丁寧に言葉を紡いでいる様子。やはり普段接していた二乃とは違う。今ならハッキリと聞けるかもしれない。

 

「どうしてあんな真似をして、俺を誘った」

 

 意を決して、彼女に目的を問いかける。先ほどの俺の答えで満足したとは思えない。もしかしたら別の目的があるんじゃないか、なんて思いながら。

 二乃はしばらく黙ったまま、何も言わなかった。意識が彼女に集中しているせいで、さっきまで聞こえていた木々の揺れる音やカラスの鳴き声は、まるでフィルターにかかったように聞こえなくなっていた。

 

「どういうつもりか問いただすためよ」

「……その答えは得られたか?」

「ま、さっきのふざけたアレがそうなんでしょ」

 

 その返答は拍子抜けだった。俺のあんな答えで彼女は納得したと思えない。そうは言っても、二乃は不満を抱えたような表情もしていない。本当に本当なのだろうか。

 俺の表情を読んだのか。何も言っていないのに、彼女は再びおもむろに話し始めた。

 

「何よ。アンタたちが同意しているのなら別にいい」

「い、いやそうだが……どうして急に」

「……」

「これまでの態度と全く違うというか……」

「……」

 

 その問いには何も答えなかった。きっと彼女なりの答えはあるはずなのだ。でも、それを言いたくないのは理由があるはず。でも、今それを無理矢理聞き出すつもりにはならなかった。

 俺としては、これ以上ない展開であることには間違いない。何をしでかすか分からない二乃が、よく分からない理由で丸く収まってくれたわけで。俺と三玖の関係、そして俺の行為が他の四人にバレずに済んだのだから。

 でも、なんだろうかこの違和感は。隣に居るこいつは間違いなく二乃だ。それは間違いない。そうなると、やっぱり普段の彼女と違いすぎるが故の感覚なのだろうか。

 いやだからこそだ。これまで異分子の俺を排除しようとしていた彼女が、いつからこんな話の通じる奴になったのか。

 

「思ったより怖くないわね。さっさと帰るわよ。このままアンタと二人きりなんて()()()()()分からないから」

「しねえよ」

「三玖にはするくせに」

「お前にするわけないだろ」

「な、何よその言い草! ムカつくんだけど」

「ムカついてどうするんだよ……」

 

 こいつは言葉の意味を分かっているのだろうか。

 そんな言い方をされれば、「私のも触って」なんて言ってるようなものではないか。いや絶対に触るわけにはいかない。そんなことをすれば、今度こそ俺は殺されるだろう。

 ふと意識を暗い道に戻す。忘れかけていたが、一応俺たちは肝試し中だ。仕掛けの位置は把握済みの俺にとって、恐怖という感情は隣の彼女にしか抱いていない。それも、思っていたより穏便に済ませることができた。俺としては願ってもいない展開だ。

 

「……勉強は進んでいるか。前回は惜しかったな」

「別に。適当にやってるだけ」

 

 話を変えるつもりはなかったが、この変な空気感が嫌で思わずそんな言葉が漏れた。彼女は特に驚いた様子もなく、それこそ適当に返事をする。分かってはいたが、勉強に対するやる気はそうでもないらしい。しかし、家庭教師を拒否していた時を思えば進歩しているのには変わらない。

 ふと隣を見る。両手を組んでいて、止まったと思っていた震えが彼女を襲っているように見える。怖いのだろうか。

 そんな時、ピュッと吹き付ける冷たい風。あぁこれか。お洒落は大事かもしれないが、それで体調を崩すのは本末転倒である。ため息をついて羽織っていたカーディガンを彼女に差し出す。

 

「な、なに」

「寒いなら着ろ。お前が風邪引いたら俺が責められかねない」

「い、嫌よ。アンタの服なんて」

「忘れたのか。これはお前が選んだ服だぞ」

 

 二乃は顔をしかめている。林間学校の前、お洒落に疎い俺のために一花を除く四人が服を選んでくれたのだ。その中で唯一真面目にコーディネートしてくれたのが彼女。疎くても、こいつが選んでくれたカーディガンは「いいな」と思っていたりする。

 差し出されている間にも風は吹く。脱いだことで逆に俺が寒さを感じるようになったが、部屋に戻って羽織るものを取りに行けばいいだけの話。

 

「……分かったわよ」

「もうすぐでゴールだ。さっさと行くぞ」

 

 素直にそれを羽織った彼女は、やはりいつもより、しおらしい。

 もっとゴネるものかと思っていたが、案外素直な一面もあるもんだなと。このまま真っ直ぐ歩いて行けばすぐにゴールも見えてくる。歩く速度を早めようか、なんて思っていたのに。

 

「……に、二乃?」

 

 彼女は、俺が着ていた長袖の裾を掴んでいた。

 驚きの展開に思わず立ち止まってしまうが、それは彼女も同じようで。

 

「……い、一回しか言わないから。黙って聞きなさい」

「お、おう?」

 

 本当にこいつは何を考えているのだろうか。結局、肝試しが終わるというのに最後まで分からなかった。五月たちには二人で回ったことはバレていないのは良かったと言えるだろう。

 だが問題は、今俺の後ろにいる彼女だ。これまで俺が接していた彼女とは、全く違う。言葉の節々には俺の知っている二乃が居る。でも、明らかに雰囲気は違って見えて。本当の彼女を知るには、もう少し時間が必要だった。

 

 

「………ありがと」

 

 

 






 新たに高評価してくださった
 ・セルキーさん・タマーゴ=カッケゴハーンさん・だんまさん

 ありがとうございました。

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