花嫁も五人居ていいんじゃない 作:なでしこの犬
どうでもいいですが改名しました。夢は五月に蔑まれることです。
肝試しを終えた俺は、宿泊先に戻り羽織るものを部屋に取りに戻っていた。二乃からカーディガンを返してもらうのを忘れてしまったことで、さすがに一枚羽織らないと風邪を引いてしまう。明日はジャージで過ごすことが増えるだろうが、今からキャンプファイヤーの準備に行く必要があった。
それは何故かと言えば、単純に俺のプライドが許さないだけ。男としての。二乃と肝試しを回ったことで、俺は実行委員の仕事を一切やらなかった。代わりに引き受けてくれた四葉のことを、少しでも助けてあげないといけない。元々クラスも違うというのに、俺のことを楽しませようと必死になっている彼女を。らいはの看病してくれたお礼もしないといけないな。
部屋を出て、準備のために外れにある倉庫へ向かう。そこではキャンプファイヤーで使う割れ木を多くの生徒が運び出していた。これが中々の体力仕事なわけで。季節を無視して汗を浮かべている生徒が多い。
「あれ? 上杉さん!」
「四葉。さっきは助かった。ヘルプに来たぞ」
担当ではない俺が来るとは思わなかったのか、四葉は驚いた様子だ。だがそんな気持ちが嬉しかったようで、すぐに頬を緩める。先ほどの二乃とは打って変わって、分かりやすい感情変化だ。
彼女とペアになって一緒に割れ木を持つ。彼女たちに隠しているつもりはないが、運動は大の苦手。力も無い。そのせいで、四葉の方が力強そうに見える構図が出来上がってしまった。
「……腹筋必要なのは上杉さんじゃないですか?」
「何も言うな……。ほら行くぞ」
男として情けないとは思うが、腹筋をする時間を勉強に当てたいのが本音だった。別に運動は嫌いではない。ただやりたくないだけで。
ただこの割れ木。俺が想像していた以上に重い。一本運び終わっただけで背中から汗が吹き出している。せっかく部屋に戻って羽織ってきたのに、今はこれが邪魔でしか無かった。
それからは同じ行為の繰り返し。二本、三本と運び終えたところで、残りが少なくなってきたことに気づく。その頃には額からも汗が垂れてきていた。早く風呂で汗を流してしまいたい。
「フータロー君?」
「一花か」
「あれ、ここの担当だっけ?」
「いやまぁ、色々あって」
二乃と二人で肝試しを回ったことは、中々言えそうにない。別に聞かれない限りこちらから言う必要もないだろう。余計な誤解を招くだけだ。
「ふーん」不穏な反応をする一花は、キャンプファイヤーの準備担当らしい。比較的薄着で作業に当たっている。それでも寒そうな素振りを見せていない。やはりこの作業は体力を使う。そんな俺を尻目に、四葉はせっせと運ぶのをやめない。俺がバテているせいか、彼女は違う生徒と一緒に運び始めた。助っ人に来たつもりが、これでは足手まといではないか。
「フータロー君、あと少しだから」
「そうだな。一緒に運ぶか」
一花は俺のペースに合わせて足を進めてくれている。そんな自分が情けなくなるが、おかげで先ほどよりはしんどくない。やっぱり四葉のペースが早すぎたんだな……。
時刻は二十一時前。辺りは月明かりしかなく、一人で歩くのは気が引けるような不思議な雰囲気を醸し出していた。割れ木を持つ手に残りわずかの力が入る。これが最後の一本になるといいな、なんて考えながら。
やがて倉庫に戻ると、俺の願いが通じたようで、積まれていた割れ木は見事に無くなっていた。これで今日の仕事は終わり。あとは明日の自由参加のスキーと、キャンプファイヤー本番ということになる。……まぁいずれも参加するつもりはないが。
少しは四葉の助けになったのならそれでいい。空っぽになった倉庫を見て踵を返すと、一花が何か言いたそうな表情をしている。あぁ不思議と良い予感はしなかった。
「フータロー君。少しお話しない?」
「戻りながらでいいだろ」
「いいじゃん。ここを開けっ放しで帰るわけにはいかないし」
「誰かが戻ってくるだろ。俺たちがここに残る理由はない」
正論をぶつけたつもりだったが、こいつにはそんなものは通用しない。そんなことは分かっている。だが何か言わないと彼女のペースに乗せられそうな気がしただけだった。
それに倉庫の中は冷えている。しばらく立ち止まっていたせいで、火照った身体はすっかり冷えていて。脱いだカーディガンを再び羽織る。気持ち暖かくなったようなそうじゃないような。
そんな俺とは裏腹に、一花は動く様子はない。ニコッと笑って俺を伺っている。俺も俺とて素直に踵を返せばいい話なのだが、あんな表情されると、こいつを残して帰すのも気が引ける。多分彼女はそれを分かっているのだから、タチが悪い。
「今日一日楽しかった?」
「まぁ……疲れたが」
「あはは。いろいろ連れ回されたみたいだからね」
彼女は笑う。まぁあれだけ目立った行為をしたのだから、今日一日の行動は筒抜けらしい。その中でも、今朝の行為がバレていないのはある種の奇跡と言っていいかもしれない。
そう言う一花だって、顔には疲れが見える。それもそうだろう。それだけ今日は動いたし、明日はもっと運動をすることになるのだから、やはり俺としては早く部屋に戻って休みたいのが本音。倉庫の中は相変わらず冷えてるし。
しばしの沈黙。後ろからは木々が風で揺れる音が聞こえる。裏を返せば、少しでも黙るとそれぐらいしか聞こえないぐらい静かな森の中だ。本当に誰か戻ってくるのかも分からないぐらいに、まるでここだけ世界から取り残されている気がして。
「……少し冷えるね」
「だから部屋に戻ろうって」
「フータロー君のカーディガン、暖かそうだね」
「それを厚かましいって言うんだ」
「別に? 何も言ってないじゃん」
そんな言い方をされれば、そう捉えられる事ぐらい分かっているはず。結局、彼女は俺を茶化したいだけなのだ。俺の反応を見て楽しんでいるだけ。そんなことしても何も無いというのに。
でも今回ばかりはそれだけというわけでもないらしい。先ほどまでの火照った彼女の顔はすっかりと元通りになっていて。寒そうな素振りは見せていないが、体温が奪われているのは間違いないらしい。
「……ほら。これ着てさっさと戻るぞ」
せっかく取りに戻ったというのに、こうなるとは思ってもいなかった。着ていたカーディガンを彼女に差し出す。まさか本当にそうするとは思っていなかったようで、彼女は両手をパーの形にして身体の前で広げる。
「いいよそんな。フータロー君が冷えるじゃん」
「だから冷えないように戻るんだよ。そもそもここに居なきゃいけない理由があるのか?」
第一、話をするだけならここに残る必要なんてある訳がない。それ以外の何かがあるのが自然だと考えた。それを問いかけても、一花は黙り込んだまま答えようとしない。
そんなものだろうとは分かっていた。問いかけても無駄だということぐらい。五月といい、二乃といい、目の前の一花といい。どうしてこうも面倒な奴らが多いんだ。生憎、俺には彼女たちの考えていることを読み取る力はない。でも、彼女たちからは「察して欲しい」と言われている気がして、それがすごく不愉快だった。今は。
「……キャンプファイヤーのこと、なんだけど」
「お前もそれか……。だから俺は踊らないと言っただろ」
「ツレないなぁ。仲良くなったシルシに五月ちゃんと踊ればいいのに」
「そこで何故五月の名前が出てくる」
「だって、二人手繋いでたし」
「あぁ……」ため息に近い言葉が洩れた。
あれだけの生徒の前で大胆に動いたのだ。見られていない方が奇跡とでも言える。そう思えば、一花がそう言うのも分からないでもない。だが手を繋いでいたわけでもないし、一方的に握られていただけだ。それも手首を。
いずれにしても、それは誤解だし、俺が五月と踊る理由なんてサラサラ無い。そもそも五月がそれを受け入れるとも思えないし。
「あれは手を繋いでたわけじゃない」
「じゃあ何してたの?」
「……えっと」
そう言われると、何と言ったものか。二乃のことを話せば朝のことまで遡る必要がある。それだけはなんとしても避けなければならない。
まさかとは思うが、今朝のことを勘づいているとでも言うのか。……いやまさかそんなこと。あってはならないそんなこと。目線を逸らしたせいか、一花は俺の顔を覗き込んでくる。口元が緩んでいて、こちらとしても良い予感はしない。
ここで誤魔化すことが果たして正解なのだろうか。いや正直に言っても良いことはないだろうが、今朝のようにバレた時のことを考えれば恐ろしい。下手に気持ちを紡ぐのが怖くなっているのがみっともない。でもあんな二乃の姿をもう見たくない。
「……やましいこと?」
「ん、んなわけないだろ」
「でも三玖の匂い嗅いだこともあるし」
「それは……まぁ」
「フータロー君ならやりかねないかなぁ、って」
「そう言われるのも癪だな……」
まぁ確かにその通りなんだが。一花は嫌味っぽく話すが、声のトーン自体は微笑みが含まれているような気がする。カーディガンを脱いだというのに、変に熱っぽくて体温が上がっている。
一花だってそうだ。さっきよりは体温が上がっている様子。寒がっているよりはマシだが、お互いに熱っぽい雰囲気がこの倉庫の中を覆っている。これが二人きりの密室だったらと考えると、それはもうヤバかった。自分のお猿さん加減に嫌気が差すが。
「誰も来ないね」
「もう俺たちもいいだろ」
「このままだと開けっ放しになっちゃう」
「まぁ、それはそうだが」
第一、こんな倉庫を開けっ放しにしていたところで大きな問題にはならない。しっかりセキュリティもされているし、しばらくこの状態が続いていれば何かしらの連絡が行く可能性だってある。そもそもここの鍵を持っているのは一体誰なのだろうか。鍵は先生たちに返さないといけないはず。そうなれば、放っておいても彼らの耳には届くはずだ。
「そういえば、昨日はよく眠れた? あんな押し入れの中じゃ寝付けなかったんじゃない?」
「あ、あぁ。思いの外よく眠れたよ」
出来ればあの時の会話はしたくないのだが。そうは言っても、下手に返答を濁すと余計な疑惑を招きかねない。ここは素直に答える。
一方の彼女。「ふーん」と見慣れた薄笑い。まただ。この見透かされたような感覚。喫茶店で詰め寄られた時のような不気味な。そんな彼女はおもむろに一歩、俺に近づいてくる。他の四人とはまた違う甘い香り。演技をやるようになってから、妙に色気が出てきたような気がしないでもない。
カーディガンの下はシャツだけ。身体のラインがくっきりと分かる。頬が火照っている彼女の姿と、細い首筋。それに髪の長い子では中々見られない綺麗な鎖骨が俺の心臓を高鳴らせる。
「暑っつい……」
右手でパタパタと顔を煽っている。カーディガン一枚羽織ったぐらいでそんなに暑くなるとは思えないが。だが確かに重労働に加え、先ほどから立ち話を続けていたせいか、両足に乳酸が溜まっている。
もういいか。ここまで来たら、トコトン付き合ってやる。そんな上から目線を飲み込むように、俺は入口付近から中に入り、壁に寄りかかるように腰掛ける。床は冷たい。が、今はそれが妙に心地良かった。
「やっと諦めてくれた」
「お前がしつこいからだ」
「だって、フータロー君が聞かないんだもん」
お互い入り口の側から離れたせいで、月の光を浴びることは無くなった。そのせいで、一花の顔はよく見えない。彼女も俺の隣に腰掛けるが、想像以上に床が冷たかったらしく、ビクッと身体を震わせた。やはりこのまま長居は出来ない。風邪をひいてしまったら元も子もない。
だが何というか、妙に左隣に居る一花との距離感が近い気がしてならない。それこそ肩と肩が触れ合いそうな近さ。意識したくないのに、視界が揺らぐ感覚。
「なんか……近くないか?」
「そう……かな?」
「いや気のせいならいいんだ。うん」
自分でもどうしてこんなことを言ったのか分からない。
ボーッとしていく頭のせいか、それとも、隣に居る彼女のせいか。はたまた、別の何かのせいか。あぁ、もうよく分からない。
チラリと横目で一花を確認するが、体育座りで膝に顎を乗せている。何を考えているのだろうか。聞いたら教えてくれるのかな。こいつに限ってそれはないだろうな。
「ね、ねぇフータロー君」
「……どうした」
「あ、あのさ。お願いがあるんだけど」
彼女は少しだけ声が震えていた。それだけでいつもと違う何かがあるんだろうと察してしまう。こんな時に限って勘の良い自分が腹立たしい。何事もない至って普通のお願いであってほしいのに、きっとそれはないだろうな、なんて。
「マッサージ、してほしいな……」
新たに高評価してくださった
・宮ちゃんY型さん・プリンの蜂蜜漬けさん・monokanさん
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