花嫁も五人居ていいんじゃない 作:なでしこの犬
お気に入り100件超えました。ありがとうございます。
「ま、まぁ待て。とりあえず状況を把握したい」
艶やかに詰め寄る三玖を諭すように、俺は両手で彼女の肩を抑えた。先ほどまでなら、このまま流れていきそうな甘い香り。だが、今はなんとか耐える。今は理性の方が勝っていることもあって、比較的冷静な自分がいた。
夢の中で殺されたことが、今のこの行動に結び付いているとは誰にも言えない。あの恐怖は二度と御免だ。そのためなら理性を意地でも保つさ。
そんな俺とは裏腹に。三玖は相当だ。相当……俺を求めている。自覚すると恥ずかしさ以外に何もないが、求められるのは案外悪くないと思う自分もいる。そういうところだと言い聞かせても、別に聞く耳なんて持ちやしなかった。
「状況……そんなのいい。早く続きを――――」
「ダーッ! 待て待て!」
三玖は俺の手を一生懸命振り払おうとする。ここで振り払われるわけにはいかない。その時は、襲われて終わりだ。
元は俺が悪い。それは認めよう。あそこで何事もなかったようにやり過ごすことが出来なかったのが全ての元凶なんだ。だが、あそこで理性を保つことが出来る男なんているのか? それは無理な話だ。況してや一応思春期の男子高校生。大目に見てくれてもいいじゃないか。
て、こりゃ自分勝手すぎる考え方だな……。俺ってこんなにクズだったのかと、悲しさすら感じる。
そんなことより、今は状況の把握に努めないといけない。発情している三玖をどうにかして収める必要があった。さてどうするか。力はなんとか俺の方が強い。女子相手にだ。みっともない。
「な、なんで俺は寝てたんだ? 五月に殴られたのに」
「私が誤魔化した。別に悪いことはしてないから」
「そ、そうなのか…?」
悪いことではない、と言われるなんて思ってもいなかった。
確かに触っている時の顔は、とても艶っぽい。あれで嫌がっているなんて言う方がアレだが。とにかく、あの状況で五月を誤魔化したというのが正直、すごい。
「それで五月たちは?」
「フータローのこと心配して、薬局行ってる。二乃たちも家に居ない」
「そうか」
「二人きりだよ」
「早く帰ってくるといいな」
「早く終わらせよう」
非常にまずいことになった。まさか三玖以外に誰も居ないなんて。これではやりたい放題ではないか。俺にとっても、彼女にとってもいろいろとマズい。
早く終わらせようなんて言うあたり、コイツはやろうとしていることに理解があるみたいだ。マッサージなんて誤魔化した自分が恥ずかしい。今となってはどうでもいいが、とにかく誰でもいいから早く帰ってきて欲しかった。
少しでも視線を落とせば、三玖の胸が視界に入る。それだけでも性の暴力だ。誰も居ないこともあって、理性が崩れかけていく。これでは夢の繰り返しになるのは目に見えている。それだけはなんとしても阻止したい。
「フータローは私のこと嫌い?」
「……そういうわけではない」
「朝触ってくれたのは、どうして?」
「それは――――」
自分の理性を保つことが出来なかったから。それに尽きる。
それを言えばいいのに、それでいいのだろうかと考えてしまう。いいに決まってる。だって事実なのだ。彼女たちにそんな気を遣う必要なんてないのに。
勉強さえ教えていれば、給料だって貰える。それで家の借金返済の足しにすれば、妹のらいはを喜ばせることだって出来るのだ。それだけなんだ、俺と彼女たちの関係なんて。
それだからこそ、理性を保てなかったという理由は見事にクズすぎる。よくよく考えれば、一番ダメな回答なのではないか。女心は良く分からないが、これは言っちゃダメな気がする。
「胸がこってるように見えたんだ」
はいクソみたいな理由ですね。見事に失敗しました。
胸が凝るってなんなんだ。肩がこるのと同じような使い方をしてみたが、そんなことはあるのか。いずれにしても、この回答も最悪だと思う。
三玖は不思議そうな顔をしていた。思いのほかマトモなリアクションで、こちらが驚いてしまう。彼女は胸に手をやって、その感触を確かめている。その光景もなんとも言えなくて、思わず視線を逸らした。
「確かに最近少し重かった」
「あ、そ、そうなんだ。やっぱりね…」
「嘘。フータロー、嘘つくの下手だね」
どうやらからかわれていたらしい。分かりやすく肩を落としてみる。決して冗談が多くない彼女にそこまで言われるのだ。気分的にはあまりよろしいものではなかった。
ただ、三玖はくすくすと微笑んでいる。気のせいか、先ほどまでの艶っぽさは無くなっていた。目の前にいるのは、年相応の女の子だ。それも、俺の見慣れた中野三玖。
何と言おうか考えていた時、彼女はベッドから降りる。声をかけようかと思ったが、そのまま部屋のドアノブに手をかけた。
「……三玖?」
俺と彼女の間には、沈黙が続いた。数秒経って、ようやく彼女は振り返った。その顔は、また艶っぽさを取り戻していた。
「お風呂入っていいから。フータロー、汗すごいし」
「そ、そうだな。借りるよ」
そう言うと、三玖は俺を残して部屋を出て行った。
彼女の部屋に俺一人が残されるのも、可笑しな話である。ただ、今は助かったと言うべきか。とりあえず、太陽の光を浴びたい。こんな気持ちになったのは生まれて初めてかもしれない。
閉め切られたカーテンを勢いよく開ける。陽の光に目が慣れていないせいか、瞼を閉じたくなる。しかし、それも一瞬のことで、一気に部屋の中が明るくなる。
この部屋には何度か入ったことはある。その時と変わりばえしないが、その女子特有の甘い香りに包まれている。それが俺が理性を保てなかった理由の一つかもしれない。これは悪魔の香りだ。女子の部屋に自分が居ると考えただけで、色々とまずい。
変に悶々とするよりは、さっさと切り替えた方がいい。早く帰ってくるといい、なんて言ったが、実際は帰って来られるとまた面倒なことになる。俺の汗のせいで湿った枕カバーとシーツを取り、それをまとめて風呂場へと向かった。その途中、リビングにまとめていた制服を手に取る。帰りはこれを着て帰ればいい。
「あ、フータロー。カバーはこのカゴに」
「わ、悪い」
「着ている服も洗濯するから」
脱衣所のそばに洗濯機が置かれている。その隣には空っぽのプラスチック製のカゴ。ここに洗濯物を入れていくスタイルのようだ。いずれも俺の汗が染み付いたもの。申し訳なさを感じながら、それを丁寧に投げ入れた。
三玖も顔を洗っていたらしく、長い前髪が少し湿っていた。これで少しは頭が冷えるといいが。
彼女が脱衣所を後にすると、俺は服を脱いで浴室に入る。風呂はたまっていなかったが、別に気にすることではない。シャワーで十分だ。
浴室のドアを閉める。念のため鍵もかけた。家ではそんなことまでしないが、人の家だと流石に気を遣う。無いとは思うが、念のためだ。
シャワーから程よいお湯が出てくる。それが途轍もなく心地よかった。身体にこびりついたベタつきが、洗い流されていく感覚。高そうなシャンプーとボディーソープで一気にフワついた身体を叩き起こした。
「フータロー。なんで鍵閉めてるの?」
一通り洗い終えた時、三玖が声を掛けてきた。イマイチ質問の意味が分からなかったが、無視するのもアレだ。仕方なく答える。
「マナーだろ」
「これだと私入れない」
「まだ俺が入ってるからな。ちょっと待ってくれ」
「違う」
「何が」
「私も一緒に入る」
「話聞いてたか?」
人間とは学習しないもので。あれほど勉強してきた自分が情けないとすら思える。
何を言いだすかと思えば、一緒に入る? 可笑しいな話だ。どうして俺と三玖が裸の付き合いをしないといけないのか。それに今入って来られれば、マジでヤバい。自分自身を抑える自信がなかった。
チラッとドアの方を見る。ボヤけてはいるが、確かに三玖が目の前に立っているようだ。白いものが彼女の身体のラインに見える。バスタオルでも巻いているのだろうか。だとしても、ダメなものはダメだ。
「ガス代の節約になるから」
「絶対気にしたことないだろ」
「あとはさっきの続きを」
「そっちが目的だな。分かるぞ俺には」
どうやら発情期は終わっていなかったらしく。
それは俺もそうだが、理性を取り戻せただけ幸運だと捉えよう。風呂場に追いやられたことは油断していたが、先ほどのこともある。上手く乗り切れる方法はあるはずだ。シャワーを止め、ドアの外に居る三玖に話し掛ける。
「ここでアイツらが帰ってきたらどうする?」
「別に。一緒にお風呂入ってたって言うよ」
「それだと俺が終わるんだが」
アイツらのことだ。俺を完全な悪者に仕立て上げるはず。
元凶は俺だとしても、ここまで長引くなんて誰が考えた。理性を取り戻せない三玖が単純に恐ろしい。
五月や二乃に好き放題言われるのは、もう御免だ。夢の中で散々痛い目を見たのだから、それを避けるために色々な言葉を巡らせる。
しかし、熱気のこもった浴室。普段よりも頭が回らない。先ほどは気持ちよく覚醒していたのに、少し逆上せてしまいそうだ。ここで倒れると、またアイツらに面倒をかける。
「とにかく、ダメなものはダメだ。今から出るから、少し向こう向いててくれ」
逆上せる前に、なんとかしてここを出なければ。その一心で俺は彼女にそう言葉をかけた。しかし、言葉が返ってくる様子は無い。
ダメだ、暑い。心地よかった熱気も、今は俺の水分を奪う空気と化している。汗を流したつもりなのに、また汗が滲み出てきそうな。身体を拭く用に持ち込んだボディタオルを腰に巻く。我慢出来ず、俺はそのまま浴室のドアを開けた。一気に冷たい空気が肌に触れる。
すると、目の前には部屋着を着たままの三玖が立っていた。先ほどの白いものはなんだったのかと考えたが、どうやら右手に持っているバスタオルなのだろう。それを広げたタイミングで俺が見てしまったというわけか。
「………三玖?」
彼女は俯いていた。先ほどまでの勢いは無い。何か傷つけるようなことを言ってしまったのだろうか。声を掛けても、顔を上げようともしない。仕方なく、上半身裸のまま彼女の顔を覗き込んだ。
三玖は、顔を真っ赤に染めていた。発情していてだろうか。いや、だが何か違う気もする。艶っぽい三玖とは、また違った雰囲気のような。そんな気がわずかに。
「どうした」と声を掛けても、反応しない。流石に心配になってきたこともあって、彼女の両肩を支えてみる。ビクッと彼女の身体が動いたが、そこまで力強く触ったつもりもない。驚いただけだろうと考える。
「……ご、ごめん」
「い、いや……俺も悪かった。いろいろと…」
何について謝っているのか、俺には分からなかった。しかし、ここで彼女を追及する筋合いは無い。逆に俺が謝らないといけない立場であることには変わりないのだ。
だけどこうして彼女の身体を触ってみると、胸だけで無くて身体自体が柔らかいんだなと。……クズすぎる気もするが、気にしないでおく。もしかしたら、すごく怖かったのかもしれないし。だとすると、俺は自分がやった行為がいかに愚かなモノだったかがわかった。
「その……忘れてくれとは言わない」
一度やってしまったことは、もうどうしようもない。ここで今日あったことを忘れろと言うのは、何か違う気がした。それに代わる言葉が出てこなかったせいで、単純にそれを否定しただけになったが。
……実際、俺としてもかなりイイ体験が出来たと思う。いつからこんな欲に従順になったのか自分でも分からないが、ここまで来れば開き直りだ。気にしない。
「……忘れるつもりない。だけど、フータローには取ってもらおうと思う」
「…何を?」
「責任」
クッと顔を上げた彼女は、それこそトマトのように染まっている。
身体を拭いていなかったせいで、三玖の両肩には水滴によるシミが出来ていた。だけど今は、部屋着を濡らしてしまった申し訳なさよりも、彼女の考えていることが怖かった。
ただでさえ、何を考えているか分からないのが三玖だ。責任を取ってもらう、そんなセリフでも脅し文句としては十分。俺が固唾を呑むと、彼女の視線は俺の喉仏へ。クスッと微笑んで見せた。
「な、何だよ」
「フータロー、緊張してる」
「さ、さあ?」
冷静に考えれば、タオルを腰に巻いた男と、部屋着の女が脱衣所に居る。これを誰かに見られれば、いろいろと誤解を招きかねない。
とにかく服を着ないといけない。両肩に乗せてあった手を退けて、彼女の横を通り過ぎる。カゴ近くに置いていたパンツをタオルの下から履き通す。これで事故の可能性は消えた。とりあえずは、一安心だ。
あとは上のシャツと制服を着れば完璧なんだ。そう思っていたのに、上手くいかないものなんだと。
「……み、三玖?」
彼女が俺の後ろから抱きついてきた。
木にしがみつくナマケモノのように、両手はしっかりと俺の腰に回されている。パンイチの男に抱きつく女。さっきよりも状況が悪化した。三玖の豊満な身体が、俺の身体で跳ね返る。そのクセになりそうな感触に、奥底に沈めた欲望が勢いよく湧き出てくる。
「……すごく嬉しかった」
「な、何が…?」
「朝、フータローが……してくれたこと」
恥ずかしいのか、今にも消え入りそうな声だ。急にしおらしくなる彼女に、生まれて初めて抱きしめたくなる感情を抱いた。だが、それは出来なかった。
胸は揉むクセに、抱きしめることは出来ないなんて、本当に心からのクズだ。自分でも思う。だが、俺にはそんな権利は無い。仮に彼女が嬉しかったとしてもだ。
あんなに最低なことをしたというのに、嬉しかったと言ってくれるのは、三玖なりの優しさなのかもしれない。普通なら、あの段階で警察に突き出していても不思議ではないのだから。
「そ、そうか」
「不思議な気持ち。ギュッってしたくなった」
「もうしてるけどな…」
「ん」
その状態で数分が経とうとしていた。さっきまで逆上せそうだったのに、今度は湯冷めしそうだ。こりゃ体調崩すな……。
それはさておいて、このまま居るわけにはいかない。彼女を説得して、腰に回されていた手を優しく振りほどいた。
恥ずかしくて彼女の顔を見ることは出来なかった。そのまま制服を着て、洗面台の鏡を見る。湯冷めしそうなんて思っていたのに、顔は真っ赤になっていた。
「……そういうのは止めた方がいいぞ」
「どうして?」
「なんというか、うん何というか」
いい言葉が見つからなかった。そのせいで上手く意味が伝わっていないよう。ここに来て自分の語彙力の無さを痛感することになるなんて。ただ、この感情は上手く言えない。
なんというか、三玖はそんなタイプじゃないと思う。いきなり男に抱きついて、そんなことを言うようなタイプではない。あくまでも、俺個人のイメージにしか過ぎないが。彼女のことを全然知らない俺が思っただけの話だ。
「そういうのは好きな男にするものだ」
「胸触ったくせに」
「……すいません」
俺はそのまま鏡を見ている。彼女はそんな俺の横顔を見ている形だ。それに、三玖の言う事はぐうの音も出ない正論。彼女からそんなことを言われる日が来るなんて。少しだけショック。
あれほど舞い上がっていた彼女も、本当に落ち着いてくれたようだ。なんというか、長かった。ここまで来るのに。ようやく一安心出来る。
「とりあえず、今日はもう帰るよ。妹も心配してるだろうから」
鏡に写る自分の顔。さっきまでは赤みを帯びていたが、ようやく見慣れた色に戻りつつある。
それを見計らったかのように、彼女にそんな提案をした。だが、このまま脱衣所に三玖を残すのも気が引ける。ここに居る理由は無いことを伝えると、彼女も素直にそれを受け入れた。
脱衣所のドアを開けると、そのまま玄関が見える廊下に出る。彼女たちが帰ってくるタイミングとドンピシャになることは無いだろう。根拠は無いが。
そんなことを思いながら、脱衣所のドアを開ける。俺が廊下に出ると、三玖もそれに続く。チラリと玄関に視線を送ると、そこにはもう一人の
「………風呂の起源について教えてたんだ」
新しく高評価してくださった、ワウリンカさん・G3さん・金柑のど飴さん・柊皐月さん。ありがとうございます。