花嫁も五人居ていいんじゃない   作:なでしこの犬

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◯◯は花火がお好き②

 

 

 

 

 

 

 

 時刻はまもなく夜の十八時を迎えようとしていた。

 普段なら子どもの声が行き交うこの公園も、この時間になれば誰もいない。徐々にではあるが、日も暮れ初めている。

 俺と四葉は、数少ない遊具の中でも最もベターなブランコに腰掛けていた。子供用に設計されていることもあって、座る面積が小さい。板を繋いでいる鎖が腰に少しだけ食い込む。

 四葉は余裕そうだ。ゆっくりとブランコを漕いでいる。ギコギコと音を立てているせいか、千切れてしまうのではないかと不安になる。

 

「これ、結構キツイですね…」

 

 と思えば、減速しながら言葉を洩らす。言葉の意味がイマイチ理解出来なかったが、完全に停止すると腰まわりに手をやっている。そういうことか。

 

「そうか? 見た感じ()()だが」

「あーっ。子どもっぽいって思いました?」

「何故そうなる」

 

 フォローしたつもりだったが、四葉は頬を膨らませている。彼女に限ったことではないが、この姉妹はよくその表情をやっている。さすが姉妹というか。いずれにしても、女心はよく分からん。

 三玖に黙ってここに来てしまったが、問題無かっただろうか。これまでなら特に気にしていないだろうが、俺には意地でも隠し通さないといけない前科がある。これに腹を立てて、告げ口でもされたらお終いだ。

 

「三玖のこと、考えてるんですか?」

「えっ、い、いや…」

 

 俺の心を読んだ如く。四葉はハッキリとした口調で言う。

 思いもよらない言葉に、思わず狼狽えた。それに加え俺の表情を見てか、四葉はクスクスと笑う。

 

「やっぱり、上杉さんは嘘を吐けないんですね」

 

 分かったような口を利かないでほしい。そう思ったのは一瞬で、確かにその通りなんだなと思う。性格的にも決して器用とは言えない。むしろ不器用の部類に入る。それを見透かしたように、四葉は笑っている。彼女に関しては、きっと他意はないのだろう。分かってはいるが、少しだけ自分がみっともなく思える。

 一つため息を吐く。「幸せが逃げていきますよ」なんて彼女は茶化すが、聞き流した。やがて訪れるのは沈黙だ。

 

 俺は、この四葉の考えていることも理解出来なかった。

 五人の中で一番明るくて、陽気。言い方を変えれば健気だ。一番運動神経も良くて、周りを笑顔にする不思議な力がある。ただ一番バカなだけで。

 それなのに、こうして人を見透かしたような言葉を吐く。どっちが本物の四葉なのか、今の俺に分かるはずもなかった。

 

「最近、三玖と仲良いですよね。上杉さんって」

「そう見えるか? 特に何も無いんだがな」

「あれはきっと、上杉さんに恋をしてる顔だと思います。私には分かります」

「あぁそう」

 

 答えるのも面倒になった俺は、その言葉すら適当に受け流した。あの三玖が恋、ねぇ。しかも俺に。いいや絶対にあり得ない。だって俺は、彼女の胸を揉んだんだ。彼女でもなんでもない三玖の胸を。

 思い出すだけで、あの時の感触が手のひらに蘇ってくる。その麻薬的な中毒性に、俺はブンブンと頭を横に振った。

 

「上杉さんとしてはどうなんです?」

「何が」

「三玖のことです。どう思っていますか?」

 

 この話題は終わっていなかったらしく。むしろ四葉の言葉には力が込められている。何も答えなかったのは逆効果だったか。いや、四葉のことだ。答えていたとしてもこの結末は避けられなかったかもな。

 

「別にどうもこうもない。一番勉強を頑張ってくれている生徒だ」

「それに関しては、私も負けてないと思います」

「やる気は一番だけどな」

 

 厳しいことを言うが、やる気だけでどうこうなるものではない。卒業までにはしっかりと与えられたノルマ点を超えないといけないのだ。やる気があるから特別に卒業、なんてことをしてみろ。きっとそれは本人のためにもならない。

 それを分かっているのだろうか、コイツは。ただやる気があるに越したことはない。最初から俺に協力的な彼女の存在には、確かに助かっている。どんなにバカでも、なんとしてでも卒業させないといけない使命感が俺の中に芽生えつつあった。

 

 四葉は、再びブランコを漕ぎ始める。

 先ほどよりもゆっくりと空気を切っている。なんとなく、今の公園の雰囲気に合っていた。また、少しずつ空は闇に覆われていく。そろそろ頃合いだろう。

 

「やるか? もういい頃だろう」

「そうですね!」

 

 勢いをつけたかと思えば、彼女はビュンッと宙を舞う。

 地面に足が着く音、幼少の頃を思い出しそうな懐かしい感覚。不思議な気分だった。

 四葉はリュックに立てかけていたビニール袋から、花火セットを取り出す。リュックの中からは空のペットボトル。それに水を入れて使うのだろう。

 

「この公園、花火やっていいのか?」

「…………たぶん」

 

 ふと気になり、問いかけてみる。彼女の自信なさげな返答に、苦笑いを浮かべる。正直期待していなかったが。それに、季節的には完全にズレている。煙がよく上がる花火をここで使うのは正直気が引けた。

 とは言っても、花火をしている家族を見たことがある。決して禁止ではないのだろうが、どうだろう。変に誤解されなければいいが。ただ俺の言葉を聞いた四葉は、花火セットを眺めている。

 

「それなら! これやりましょうよ!」

「線香花火か」

「これだったら、周りにも迷惑かからないですし」

 

 ただでさえ種類の少ない花火なのだ。その中で一番音も煙もないのは、やはりそうなるだろう。それに、線香花火の方が情緒がある。夏の終わりにはぴったりというか。

 彼女の提案に賛同すると、四葉は「そうしましょう!」と四本しか入っていない線香花火を取り出した。二本ずつということになるだろうが、それも一瞬で終わるはずだ。そのために時間を使うのはどうかとも思う。だが彼女の顔を見ていると、それを言うのも野暮な気がした。

 

「よし。さっさとやろうぜ」

「…………………あ」

 

 四葉は何かに気がついた様子で、口をあんぐりと開けている。

 俺と目が合うと、「あはは」と苦笑いを浮かべている。それだけで嫌な予感がする。

 

「火、どうしましょう?」

「………マジックでもするか?」

「で、出来るんですか?」

「んなわけないだろ…」

 

 花火をするのにも、火がなければどうしようもない。花()というぐらいなのだ。ここに来て結局やらないというのは、俺としても気分が悪い。気づかなかった俺たちのミスではあるが、一度エレベーターのところで落ち着く必要があっただろうに。

 四葉は「うーん」と唸っている。あの時は確か、彼女たちが持ってきたチャッカマンを使っていたような気がする。それに気づいたのか、彼女は勢いよく「五分で取ってきます!」と言い残して走って行った。

 ここから家まで五分とは、まぁ無謀だろう。だが、コイツならやりかねない。底のない恐ろしさすら感じる。

 

 一人残された俺は、彼女が取り出していた空のペットボトルに水を注ぐ。公園の蛇口をひねる行為すら、かなり久しぶりな感じがする。

 線香花火なのだから、そこまでの水量は必要ないだろう。ペッドボトルに半分ほど入れると、キュッと蛇口を逆にひねる。

 

 公園の水といえど、よく澄んでいた。

 暗い空に、街灯が二本立っているこの公園。相変わらず人が来る気配は無い。子どもが一人で遊ぶには、かなり不気味な雰囲気。そういう意味では、今ここに一人でいること自体嫌な感じがした。

 先ほどまでは感じたことがない感覚だ。それだけ四葉の存在が大きかったとでも言うのだろうか。よく分からないが、正直一人が嫌だと感じた。さっきまでとは正反対の感情。

 

「お待たせしましたー! いやー本当にドジでした…」

「早かったな」

「言ったじゃないですか。五分で戻ってきますって」

 

 五分で戻ってくるとは言っても、大半はその通りになるとは思わない。あくまでも気持ちの問題。それだけ早くします、そんな想いを込めた言葉なのだ。

 だが、四葉はそういうわけではない。本気でその言葉を守ろうとする。それは彼女にとって、俺との約束になるのだ。俺にそんなつもりは無くても、コイツは違う。馬鹿正直に、人のことを放っておけない。素直な奴なんだ。

 

「……ありがとうな。よし、やるか」

「はいっ!」

 

 カチッとチャッカマンの引き金を引く。ポッと出る火に線香花火を近づけると、火の玉が暗い公園に二つ浮かぶ。

 俺たちは中腰になって、その様子をひたすら眺めていた。何分持ちますかね、どっちが長く持ちますかね、なんて四葉が話しかけてくる。常に言葉を絶やさない彼女の存在が、この暗闇を照らしてくれそうな、そんな感覚。

 

「らいはちゃんにも見せてあげたいなぁ」

「今度やればいいだろ。まだ余ってるんだから」

「ふふっ。そうですね」

 

 線香花火なんて、花火の中だと地味な部類に入る。

 それでも、どういうわけか。今は四葉の言うことに賛同出来た。花火はみんなでやることに意味がある、なんてことを言うつもりは無いが。

 二分もしないうちに、俺の線香花火がポトリと落ちてしまった。それを見た四葉は笑っているが、それからすぐに彼女の火の玉も落ちていった。

 

「あっという間、ですね」

「仕方ない。線香花火なんてそんなものだ」

「そうですけど、それがいいんじゃないですか」

「……まぁ、否定はしないが」

 

 あっという間ということを否定すれば、線香花火の存在自体を否定することになる。なんとなく、それは嫌だった。

 残り二本となったソレを、一本彼女に手渡す。すると四葉は、それを受け取ると少し考えて口を開いた。

 

「賭けをしませんか?」

 

 急にどうした、そう言おうと思ったのに、俺の喉はキュッと締まったままだった。タイミングを見失い何も言えずにいると、彼女が言葉を続ける。

 

「先に落ちた方が、後に落ちた方の言うことを聞くというのはどうでしょう?」

「却下」

「ど、どうしてですか! 楽しそうじゃないですか」

「楽しくなんてない。第一、なんで賭ける必要がある」

「うーん。深い意味はないです。本当に楽しそうだと思ったから」

 

 コイツの言うことだ。きっとそれも事実なのだろう。

 特に深い意味はなく、単純にやりたいだけなのだ。だとしても、乗り気にはなれない。ロクなお願いされないだろうし。

 

「大丈夫ですっ! きっと上杉さんが勝ちます!」

「今から賭けようとしてる奴のセリフかよ」

「うっ…ま、まぁいいじゃないですか!」

 

 言っていることの()()()()を自覚しているのだろう。俺が突っ込むと分かりやすく狼狽えた。嘘が下手、と彼女は俺に言っていたが、四葉も大概だ。かなり分かりやすい。

 そのまま、俺と四葉の線香花火を二本並べて、まとめて着火する。火の玉が落ちないよう、慎重に持っているあたり、彼女の提案に乗ってしまった自分が嫌だった。

 

「どうですか? すぐ落ちそうですか?」

「あっという間、とか言ってた奴が言うか?」

「それはそれ。これはこれです!」

 

 たった一言で済ませるのも、ある意味彼女らしい。さっきの言葉に同意した自分が恥ずかしくなる。

 賭けなんていいながら、二人してただ線香花火を眺めているだけ。さっきと何も変わってなんかいない。

 

「そういえば、三玖が上杉さんに用があるって言ってました」

「……なんと?」

「そろそろ続きを…みたいなことを言ってましたけど」

 

 思い切り咳払いをする。四葉の前で何ということを言うんだ。

 腹筋法だなんて誤魔化してはいたが、正直バレるのも時間の問題かもしれない。一刻も早く、このことをみんなの記憶から消したかった。

 それをさせないのが三玖本人だというのも、何だか泣けてくる。嫌がるどころか、ノリノリなのが何というか。まぁ不幸中の幸いと考えるべきか。

 

「本当に何したんですかー?」

「腹筋だって言ったろ」

「ならなら! 今度は私にしてくださいよ!」

 

 ダメだ。そういうわけにはいかない。

 そもそもアレで腹筋が出来るのかすら、分からないのだ。これで上手くいかないと、嘘がバレてしまう。だから、彼女の提案を受け入れるわけにはいかなかった。

 

「…………四葉には必要ない」

「決めました。私が勝ったら、腹筋のお手伝いをしてもらいます」

 

 これは絶対に負けることが許されなくなった。

 いや完全に運なんだが、どうにかしないといけない。そうは考えても、いい案なんて浮かぶはずもないのだが。

 ピュっ、と風が吹く。これまでの生温い風ではなく、肌に少し刺さるようなひんやりとした風。夏の終わりは確実に近づいているようだ。

 「むーっ」頬を膨らませながら、四葉は俺の線香花火を見つめている。そんなことをしても無駄だというのに。

 

「圧力を送ってるんです」

「何も言ってないだろ」

「そういう顔をしてました」

 

 どうやら相当顔に出るらしい。認めたくはなかったが、彼女たちからそう言われることが多いと、否が応でも認めざるを得なくなる。どうすれば改善されるのかなんて考えたところで、どうしようもならないが。

 

「らいはちゃんって、本当に可愛いですよね」

「どうした急に。否定はしないが」

「妹にしたいです」

「それは無理な話だな」

「私と上杉さんが結婚すればいい話ですよね」

「そういう問題ではない」

 

 コイツは何を言っているのだろうか。自分で言ってる意味が分かってるのか。まあ、追及したところで面倒な未来が見えている。簡単に受け流す。

 それを見計らったように、彼女の線香花火から火の玉がポトリと落ちる。力尽きたそれに、四葉は「あーあっ」なんて言いながらうな垂れた。

 

「上杉さんのせいです」

「なんでだよ」

「なんでもです」

 

 理不尽極まりないなこれ……。完全に運任せだと言い聞かせていた自分がダサく感じる。

 四葉がペットボトルに線香花火を入れると、火が消えていく柔らかい音が。まだ不満顔だ。「上杉さんが勝ちます!」なんて言ってたクセに、忙しい奴だ。

 それからすぐに、俺の線香花火も終わりを迎えた。賭けなんて大層な展開になるかと思ったが、意外と呆気なく終わったな。

 

「賭けは上杉さんの勝ちです。さぁ、何なりとお申し付けください」

「そうだな。そろそろ帰ろう。それが俺の要求だ」

 

 多分、賭けの収穫としてはかなり弱いものだろう。だが、俺としてはこれで十分だ。そもそもが早く帰ろうとしていたのだから、むしろこれが良い。

 

「そんなのでいいんですか?」

「別に賭けなんてやりたくないし」

「うーん。でも何か面白くないです」

「面白さを求めてどうするだよ…」

 

 ギャンブラーのような発言はやめてもらいたい。遊び感覚で賭けなんて言ったのだろうが、俺からすれば余計な要求をして面倒な展開になるのが嫌なのだ。

 「他になにかありませんか!」と四葉は言う。賭けに負けた人間が言うセリフではない。が、このままだとラチがあかないのも分かっている。こちらが折れるしかないのだろう。

 適当に考える。四葉の気持ちになって考えるべきだろうが、あいにくこういうことは得意ではない。余った花火を見て、それを口実にすることにした。

 

「それで、らいはと遊んでやってくれ」

 

 うん、悪くない。我ながらいい提案だと思う。

 四葉は愛しのらいはと遊べ、俺も面倒ごとに巻き込まれないで済む。らいはをダシにしている感は否めないが、今だけは仕方がないと割り切る。

 彼女の様子はどうだ。文句がありそうな表情をしているが、らいはという()を目の前にして言いたいことが言えないようで。結局は素直にそれに頷いた。

 

「それは、ずるいです」

「別にいいだろ。ほら、片付けて帰ろう。家まで送るから」

 

 家まで送る、そんな言葉が自然に出てくる。これまでの自分を考えると不思議な感覚だった。四葉はペットボトルを持って、残りの花火セットも丁寧にビニール袋に戻す。

 すっかり夜になっていた。花火の音も出さなかったせいか、さっきと変わらない風景。とりあえずは一安心というところか。

 

「三玖が羨ましいです」

「……なんでだよ」

「分かりません。でも、羨ましいです」

 

 まだ気にしているようだったが、それ以上は俺も何も言わなかった。あれは完全に俺のせいなのだ。理性が崩壊して、三玖に手を出してしまった。それで全てが狂ってしまいそうで、それだけは避ける必要がある。クズな考えかもしれないが、相手が三玖で良かったのかもしれない。

 

「上杉さん、ここで大丈夫です」

「そ、そうか? あと少しだが」

「いいんですっ! 今日はありがとうございました!」

「お、おい!」

 

 彼女は走り出し、俺と距離を置いた。俺の足では彼女に追いつけるはずもない。ただそれ以上に、なんというか……初めて彼女のあんな顔を見た気がする。

 無理に笑っているような、そんな顔。常に笑顔でいるイメージを持っていたが、それが全て作り物だとすると。四葉なりに、俺や周りに気を遣っているとすると。

 彼女の姿は見えなくなった。俺の推測にしか過ぎない。だが、それが事実だとすれば、彼女は俺なんかより大人なのかもしれない。遣る瀬無い気持ちのせいで、つい独り言が洩れた。

 

 

 

「………帰るか」

 

 

 






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