花嫁も五人居ていいんじゃない   作:なでしこの犬

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◯◯もお年頃なんです

 

 

 

 

 

 

 

 夏が終わり、季節はすっかり秋模様となった。それでも特に変わったことはなく、変わったと言えば制服が夏服から冬服なったということぐらいだ。

 彼女たちとの関係も相変わらず続いている。その中でも、特に三玖。俺のせいであの時の快感が忘れられないらしく、二人きりになると度々迫ってくる。俺としても、あれ以来触っていない。触りたいと思う自分が情けないが。

 初めの頃こそ、その()()を彼女たちは疑っていた。いや、事故というよりは俺たちの関係性について。一緒の部屋で寝てたり、風呂場から出てきたらすれば、それは疑われても仕方がない。いずれも三玖に庇ってもらう形でその場を切り抜けたが、一つの出来心で大きな秘密を背負うことになってしまった。何度も言うが、これは俺の責任だという自覚はある。一応ね。

 

 中間試験を八日前に控え、明日から部活も試験前の休みになる。俺は自分の勉強よりも彼女たちの指導に熱を入れていた。最悪、俺はどうにでもなる。これまでの積み上げで生きていけるだけの貯金は十分だ。

 そんな時、俺は五月に呼び出された。少しは話してくれるようになったとは言え、まだまだ距離感は掴めない。現に俺から勉強を教えてもらうつもりはないらしいし。そんな彼女からの呼び出しなのだ。その気は無くとも、警戒してしまう。

 待ち合わせ場所は、学校近くの歩道橋。通学路というわけではないが、俺としてもよく通る。放課後、午後四時過ぎ。迷うことはなく、約束の時間より少し早く着いた。それからまもなく、五月が俺の前に姿を見せた。

 

「……逃げなかったのですね」

「なんで逃げないといけないんだよ」

 

 俺が五月に恐怖心でも抱いているというのか。それに近いものは確かにあるが、逃げる必要はどこにもない。発言の意図がイマイチ読めない。まぁ今は気にする必要はないが。

 彼女に関しては、他の姉妹よりもよく分からなかった。同じクラスではあるが、会話する機会もほとんど無い。俺自身も興味が無いということもある。ただ分かっているのは、彼女は俺のことが嫌いで、とにかく頑固だということ。頭が固く、五人の中で一番面倒な奴かもしれない。

 

「父からお話があるそうです」

 

 五月はおもむろに切り出した。

 父、彼女たちの父親ということか。俺の雇い主でもある。ソイツから直接話しというのは、あまり良い予感はしない。むしろ嫌な予感だけだ。

 仮にだ、俺の三玖に対する行為がバレたとすれば。俺は間違いなくクビになるだろう。それだけならまだいいが、どんな仕打ちが待っているかは分からない。狼狽えたつもりはないが、五月は分かりやすく俺を睨んだ。

 

「何か都合悪いことでも?」

「い、いや…んなわけないだろ」

 

 誤魔化しきれなかったが、彼女は何も言わずに携帯を取り出した。慣れた手つきで番号を見つけ出し、そのまま右耳へそれを持っていく。

 

「父様? 五月です」

 

 自分の父親を「父様」と呼ぶ人種が本当に居ることに、内心驚いた。それを伝えるつもりはないが、到底俺とは分かり合えない人間なんだろう。生きている世界が違った。

 彼女は少し話すと、自らの携帯を俺に差し出す。代われということだろう。素直にそれを受け取り、画面が汚れないよう耳から少し話して相手の声を聞いた。

 

「もしもし」

「君が上杉くんだね?」

「はい」

 

 思っていたよりも低い声に、身構えてしまった。電話越しに伝わる威圧感と絶対的な余裕。どんな人間かは会ったこともないし分からない。だが、なんとなく五つ子の父親だとは理解出来る。本当になんとなくだが。

 それからありふれた会話をする。それだけ聞くと、普通の父親感はある。自分の親父のツテでこの仕事を引き受けたと考えると、この人も親父と繋がりがあるということか。世の中不思議なものだ。

 

「次の中間試験で誰か一人でも赤点を取ったら、君には家庭教師を辞めてもらおうと思う」

 

 そんな呑気なことを考えていたが、事態は思いのほか重いらしい。彼の発言を聞いて、言葉が出なかった。流石に想定外。

 次の中間試験で、誰か一人でも赤点を取れば。現実的に、それは俺の家庭教師が終わりだということを告げているようなものだ。だがここで「それは無理です」なんて言ってみろ。いまこの瞬間で、俺は間違いなくクビになる。

 

「……分かりました」

「期待しているよ」

 

 彼女たちの現状を聞かないあたり、恐らく期待していないのだろう。これまでの成績を考えると、全員が五科目で赤点を回避するなんて、現実的では無かった。

 そうなると、この人は俺のことを嫌っている、とでも言うのか。もしそうだとしたら、会ったこともない人間に嫌われるのはいい気分ではない。不愉快だ。

 一度引き受けた仕事は、何が何でも最後までやり通す。それが俺なりのポリシーだ。二つ返事で了承し、電話を切ろうとする。しかし、彼は何か思い出したかのように俺を引き止めた。

 

「念のため聞くが……娘たちに手を出してないだろうね?」

 

 さっきまで強気だった気分が、一気に消え失せていく感覚。

 背中から冷や汗が出てくる。彼女の父親も何なら勉強のことを聞くより、こちらの方が気になっているような気がしないでもない。

 

「ま、まさか。そんなわけありませんよ」

「それなら良いんだ」

「万が一、そうした場合は…?」

 

 一応聞いてみる。もしかしたら、大して怒られないのかもしれないし。聞くだけ聞いてもいいだろう。

 

「地獄の底まで追い詰めるからね」

 

 追い詰められることが確定しました。

 冷や汗が脂汗になって背中から垂れていく。顔には汗が出ていないのが幸い。五月の携帯を汚すことになってしまうのは気が引けた。

 冗談抜きでこの人は追い詰めるんだろうな。会ったこともないがそう感じる。とんでもない十字架を背負って生きていかないといけなくなった。つくづく自分の行為が愚かだったと後悔する。

 

 そのまま電話を切って、携帯を五月に差し出した。それを受け取りながら、彼女は会話の内容が気になったようで。俺に問いかけてくる。

 適当に誤魔化そうとも思ったが、完全に秘密にすると後々面倒なことになりかねない。コイツだけには言っておくか。

 

「中間試験、一人でも赤点取ったら俺はクビになるらしい」

「えっ……」

「ま、お前からしたら良い事だろ」

 

 嫌味っぽく告げてみる。だが、俺が思っていたよりも彼女は驚いた様子だ。嫌味を返してくるかとも考えたが、そんな顔をされると俺としてもどうすればいいか分からなくなる。

 

「そ、それは……そうですが」

「なんだよ。同情してくれるのか?」

「父の考えていることがよくわからなくて」

 

 まぁ、確かにそれはある。ましてや自分の父親なのだ。家庭教師を雇ったかと思えば、条件をクリアしないとクビにするなんて、冷静に考えればかなりの暴挙。五月もそれを理解しているようだった。

 

「とにかく、この一週間で出来ることはやるつもりだ」

「………はい」

 

 よく考えてみると、家庭教師と言っても実質二乃と五月以外の三人にしか教えられていない。その時点で、俺にはその資格が無いのも同然だ。五人の成績を上げるなんて言っておきながら、二人のことを見てあげられていない。俺に文句を言う資格なんて無いのだ。

 そんなことは分かっていたのに、浮ついた自分が居る。恥ずかしさすら感じるような。彼女たちの家庭教師を続けたいと思う気持ちもあったりして。

 

「……あの、上杉くん。お願いがあります」

 

 ふと、五月がそんな言葉を洩らした。

 彼女が俺に対して「お願い」という言葉を使うのは、初めて食堂で会ったあの時以来だ。

 ようやく教えを請う気になったのか―――。そんなことがまず頭をよぎった。これまで意地を張り続けて、分からないことを放ったらかしにしたまま一人で頑張ってきたのだろう。だが、そんな勉強法には限界がある。分からないことを取り除いていかなければ、いつまで経っても進歩はない。要領の悪い五月はその典型だった。

 

「て、て、手伝ってほしいんです……」

「五月……俺は今、猛烈に感動しているぞ」

 

 ついに来た。その言葉を待っていた。

 五月もこの理不尽な要求が理解出来なかったのだろう。その融通性を初めの頃から欲しかったが、今はどうでもいい。やる気自体は四葉と同じぐらいあるのだ。どうにでもなる。

 そう言う俺とは反対に。五月は不思議そうな顔をしていた。あれ、何か可笑しなことでも言ったか……?

 

「あ、あの……まだ何も言ってませんが」

「え?」

「私が手伝って欲しいのは、その……ふ、腹筋です」

「……………………腹筋?」

 

 今の俺は、多分とんでもなく間抜けな顔をしていると思う。

 話の流れから言えば、完全に勉強のことだと思うだろう。だが彼女の口から出てきたのは「腹筋」だと。頭の理解が追いつかない。

 

「み、三玖と同じ腹筋です! 私にも……その……」

「えっと、なんで俺? ていうか、なんで今?」

「だ、男性の方が重くて効率的だと言ってたじゃないですか。それにこのままだと上杉くんも家庭教師に来なくなると思って…」

「クビにする気満々じゃねーか」

 

 引き止めるどころか、俺を突き落とすつもりなのかコイツは。少しでも感動した自分が馬鹿らしいよ本当に。

 情けない話だが、確かにこのままだと、俺が彼女たちの家に出入りすることは無くなるだろう。それを見計らってのお願いというわけか。勉強は嫌なくせに何であんな()()にチャレンジしようと思ったのか。三玖の時には俺のことを殴っておきながら、本当によく分からない。少なくとも、腹筋法のことを信じているのだから、これもまた不思議な話だ。

 

「いやでもな……。お前俺のこと殴っただろうが」

「そ、それについては謝ります。ですが、どうしても試してみたいんです」

「なぜ」

「それは…その……察してくださいっ!」

 

 五月はプクッと頬を膨らませている。どうやら食べすぎだという自覚はあるらしい。あってあれだけの食欲なのだから、一番タチが悪い。

 だとしてもだ。毛嫌いしている男には普通頼まないだろう。勉強だってずっと拒否していたクセに、腹筋を手伝ってほしいだなんてあまりにも都合が良すぎる。

 

「……交換条件がある」

「じょ、条件?」

「腹筋は手伝ってやるが、その代わりに勉強を見せてくれ。一緒にテスト対策をするんだ」

 

 交換条件、我ながらいい選択だと思う。

 腹筋をチラつかせておけば、テスト対策に臨んでくれるかもしれない。その可能性に賭けた。それで断られれば、もうそれまでだ。俺にどうすることも出来ない。

 それを聞いた五月は、口元をキュッと結んで考えている。歯を食いしばっているようにも見えるが、だとすると相当嫌なのか。

 だが、俺としても相当の覚悟が必要になる。五月の腹筋の手伝いをするとなると、それは相当な誘惑になるはずだ。三玖の時は我慢出来なかったが、全力で耐える必要がある。そんな生殺しは正直嫌だった。だから、それなら断ってくれることを期待する自分も居て。家庭教師失格だな、本当に。

 

「……分かりました。その条件を飲みましょう」

「う、嘘だろ?」

「本気です。交換条件とか言いながら、その反応はなんなんです?」

「い、いや普通そうだろ? 俺じゃなくて違う奴に頼めよ。もっと信頼出来る奴に」

「生憎、上杉くん意外に知り合いの男性は居ないので。仕方なくです。仕方なく」

「そういうのは気軽に言うもんじゃないぞ。男はお前が思っているより…その……やばいから」

 

 どれだけ腹筋やりたいんだよコイツは。赤点回避といい、この腹筋といい、今日は想定外のことが多すぎる。

 他に知り合いが居ないという理由で、嫌っている男にそんなことを頼ることは正直ダメだと思う。俺としてもやばい。いろいろとやばい。

 

「心配してくれてるんですか?」

「そういうわけじゃなくて、普通に考えてだ」

「万が一、変な気を起こしたら警察へ突き出しますのでご安心を。それと、他の四人の誰かに監視をお願いしますので」

「なんか……本気なんだな。それを試験で見せてほしいよ」

 

 確かに他に誰かがいるのなら、理性を保ちやすくなるだろう。五月にしてはいい判断だ。これで二人きりなんて言われれば、もう耐え切れる自信が無かった。正直な話ね。

 

「とりあえず、今日は帰るわ。なんかいろいろと疲れた」

「何を言ってるんです? 今日から試験対策をやりましょう」

「……本気か?」

「交換条件ですから」

「となると?」

「腹筋が終わってからですね」

 

 試験対策をやるのは大いに結構なんだが……。その代償は俺にとってもかなり大きい。最近落ち着き気味だったが、これはまた湧き出てくるんだろうな……(何がとは言わないが)。

 やけにノリノリな彼女の後に続く。あれだけ食べてそのスタイルをキープしているのだから、特に気にする必要なんてないだろうに。女子高生の考えていることは分からん。

 このままだと、彼女たちの家に行くのも残り一週間というわけか。少しだけ寂しさを感じるのは気のせいだと信じたい。

 そんな俺の心を読んだかの如く。ボーッとしていたせいで、彼女が呟いた言葉を聞き逃していた。

 

 

 

「……これでも、期待してますから」

 

 

 





 新しく高評価してくださった、きおきおきおさん・VOIVODさん・おーいえっちゃんさん・サフォークさん・めうさん。ありがとうございました。

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