花嫁も五人居ていいんじゃない   作:なでしこの犬

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 @madogiwazokudes




◯◯もお年頃なんです③

 

 

 

 

 

 

「三十八度五分。熱があるみたいですね」

 

 

 三玖をソファに寝かせ、脇から体温計を取り出す五月。彼女曰く、熱があるそうだ。確かに、あの体温の高さはそれに匹敵するものだと思う。運動後の暑さではなくて、身体の芯から熱を発しているような。

 さっきまで体操着だった彼女も、すっかり部屋着に戻っていた。そちらの方が俺としても助かる。色々気を遣わないでいいから。

 俺は正座して彼女たちのことを眺めていた。別に正座しろなんて言われたわけではない。ただなんとなく、そうした方がいいんじゃないかと考えただけだ。

 五月はため息をつきながら、彼女の額に冷却シートを貼り付ける。体温とは正反対のそれに三玖の身体がピクッと反応する。しかし、言葉を発することなく苦しそうな寝息を立てた。

 

「……どういうことなんですか」

「信じてくれるか?」

「発言によります」

 

 五月は三玖に寄り添うように、ソファに腰掛けている。思いのほか冷静な彼女を逆撫でするわけにはいかない。言葉に注意しながら、これまでの経緯を説明した。俺は五月だと思って腹筋を再開したこと。するとそれが三玖だったということ。単純なコトなんだが、言葉にして説明するとどうしても誤解を招きやすい。

 言葉を間違えないよう丁寧に説明すると、分かりやすく彼女は顔を歪めた。ここまで分かりやすいと逆に清々しい。

 

「普通に考えて、です」

「はい」

「私がそんなこと言うと思いますか?」

 

 確かにその通りだ。五月に限ってあんなことは言い出さないと思う。いかなる理由があっても。それなのに、俺は三玖の言うことに従ってしまった。手は出してないが、その時点でもう自分を抑えきれなかったということか。冷静に分析したところで、残るのは恥ずかしさだけだ。

 五月の言葉に敢えて返答を濁らせた。ハッキリと「それはない」と言いづらいというだけで。そこを突っ込まれれば、どうして拒否しなかったのかと追及されるに違いない。下手なことは言えない。

 

「ですが、そういうことを言う時点で、普通気付くでしょう」

「いや俺もそう思ったんだが……三玖のやつ、お前に声色とか寄せてたんだよ」

 

 そう言うと、彼女はため息をついて、そのまま苦笑いを浮かべる。

 

「確かに、三玖は五人の中で一番なりすましが上手いですから」

「まぁ…気付かなかったのは俺のミスでもある」

「そう考えると、どうして気付いたのですか?」

「呼び方かな。俺のこと下の名前で呼ぶ奴って三玖か一花のどっちかだから。それで」

 

 理にかなった説明に、五月は特に何も言い返さなかった。

 もっとガミガミ言われるかと思ったが、そんな雰囲気というか素振りを見せない。よく分からないやつだ、こいつも。

 彼女は三玖に視線を落とし、苦しそうに寝息を立てる彼女をジッと見つめていた。ここまで体調が悪かったなんて、見抜けなかった申し訳なさがこみ上げてくる。自分がそこまで気にする必要なんて無いが、不思議な気分だった。

 

 正座しているせいで、足がジンジンと痺れる。我慢出来そうになかった俺は、諦めて足を崩した。鎖に縛られていた感覚が一気に解き放たれるような、そんな感覚。

 五月は相変わらずソファに座ったままで、三玖のことを心配そうに見つめている。

 

「その……悪かった」

 

 このまま時が流れるのは辛い。それを誤魔化すように、俺は謝罪の言葉を口にした。俺が謝るべきなのかは分からない。だが、何も言わないよりはマシだろうと考えただけだ。

 

「上杉くんのせいではありませんが」

 

 五月は冷静に否定する。その声色には、どこか呆れや怒りのような感情が込められているようにも聞こえた。本当なら俺を問い詰めたいのだろう。しかし必死に自我を保っているように見える。俺は別に気にしないというのに、無駄な気を遣う必要なんて無いのだ。

 彼女は一体、どんな気持ちで俺と向き合っているのだろう。それが不思議で仕方なかった。勉強を見てもらう気はないし、俺に対する当たりも強い。かと言って、家に上り込むのには何も言わないで。間違いなく嫌ってはいるんだろうが、何パーセントかは印象が変わってきているのだろうか。一人で考えたところで、答えなんて出るはずもないが。

 

「ほかのみんなは?」

「あと少しで帰ってくるそうです。二乃なんかは三玖が熱あることを教えたら、急いで帰ってくるって言ってました」

 

 となると、風邪薬から何からアイツらが買ってくるに違いない。まぁ俺にそんな金あるわけないが、少しだけ安心した。このまま寝かせておくだけでは、彼女もキツイだろう。

 

「………でも不思議ですね」

「何が」

「三玖は分かりやすく変わってきてますから」

 

 突然、彼女がそんなことを言い出す。

 三玖が変わってきている、とは言われてもだ。俺はなんて言い返せばいいのだろうか。

 確かに、彼女は積極的に勉強するようになった。その勢い余って俺は彼女の胸を揉んでしまったわけだが、あれ以降また少し変わったような気がしないでもなかった。妙に懐いているというか、変な積極性を身に付けたような気がする。それが俺のせいだと言うのなら、それは素直にごめんなさいだ。

 

「ま、勉強に積極的になることはいいことだろ」

「勉強以外にも積極的になってるみたいですけど」

「…………ほう、初耳だな」

「分かりやすいですね」

 

 大丈夫だ。五月は俺が三玖の胸を揉んだ現場を見たわけではない。これはハッタリなのだ。平常心を保っていれば上手く流せるはず。

 三玖があんな行為をしてくれたせいで、こちらとしても誤魔化し方に工夫が必要になってくる。「最新のワルツ」なんてふざけた言い訳しか出ないのがアレだが、咄嗟に出てしまうのだから仕方がなかった。

 

「第一、正面から跨るなんて普通は嫌です」

「俺も嫌に決まってるだろ」

「ですがすでに二度、私は現場を目撃してますが」

「それはあれだ。その……三玖が欲しがるから」

「……欲しがる?」

「筋肉のことだ」

 

 何気なく咳払いをして誤魔化す。危なかった……! ポロっとヤバいフレーズが溢れてしまったせいで、五月に新たな誤解を生むところだった。かといって上手く誤魔化したつもりはないが、五月は疑いの視線を送るだけ。それ以上の追及は無かった。

 壁時計に目をやると、時刻はすでに夕方の五時を過ぎている。もうすぐすると、五月の言う通り彼女たちが帰ってくるだろう。交換条件なんて言ったが、今日は勉強させるのも気が引けた。

 

「みんなが帰ってきたら俺も帰る。今日は勉強中止だ」

「……三玖のことを考えてですか?」

「それもあるが。今日はそんな雰囲気じゃないだろ」

 

 三玖にしても、このままソファに寝かせておくわけにはいかないだろう。俺がおぶって運ぼうかとも考えたが、花火大会の時におぶって歩けなかった前科がある。それを言い出す気にはなれなかった。

 ただもう少ししたら、彼女も目を覚ますだろう。その時に部屋へ案内すればいいだろうし。それは俺じゃなくても出来る仕事だ。なんなら、五月自身にやってもらう方が色々と都合がいい。

 

「……わかりました。明日もよろしくお願いします」

「明日って……また腹筋をか?」

「そうですが。一週間みっちりとお願いしますね」

「あんな場面見たら普通止めるだろ…」

 

 あれだけさっきの場面を問い詰めたくせに、腹筋を止めようとしないのだから驚きだ。変なところが頑固というか、こだわっているというか。

 こちらとしても、それで勉強を見させてもらえるならそれでもいい。自らの理性との戦いになるが、それをコイツに悟られるわけにはいかなかった。これで残るは二乃だけだ。最悪にして最凶の敵が残ったというわけだ。

 

「…ん、五月………?」

「三玖。大丈夫ですか?」

 

 寝息を立てていた三玖が、怠そうな声を上げながら起き上がった。風邪を引いた時は寝ていると思っていても、眠りが浅かったりする。今の三玖の姿には身に覚えがあった。同情するわけではないが、きっとキツイだろうな。

 周りをキョロキョロ見ているが、その焦点は合っていないように見える。顔は相変わらず赤く、見ているこちらが辛くなる。五月が部屋のベッドで寝るように促し、素直に彼女はそれに従った。

 

「三玖、大丈夫か?」

「ん。へーき」

 

 心配をかけたくないのだろうか。あからさまな嘘だな。

 三玖にしても四葉にしても、俺には「嘘が下手」なんて言うが、二人も大概だ。どの口が言うんだと毒づきたくなる気持ちを抑える。

 五月に手を引かれ、三玖は階段をゆっくりと上がっていく。まるで子どものようだ。頭が回っていないせいで、自分が今何をしているのかも分かっていないように。

 

 ふと、彼女が寝ていたソファに目をやる。

 すると、三玖の頭があった側に彼女の携帯が置きっ放しになっていた。二人はそれに気づいていないようで、俺が気付いた時にはすでに部屋に入っていた。

 無視することも考えたが、このまま帰るのもアレだ。仕方なくそれを手に取り、階段を駆け上がる。部屋の前に立つと、ドアを三回ノックして五月を呼び出した。

 

「覗きですか?」

「んなわけないだろ。これ、三玖のだろ」

 

 携帯を差し出すと「あぁ」と声を洩らす。

 三玖は横になったのだろうかと視線を部屋に向けると、そこには生着替え中の彼女の姿があった。背中を向けているせいで、ブラジャーの継手しか見えない。が、それが妙に生々しくエロスを感じてしまった。

 

「どうかしました?」

「えっ、あ、あぁいや……」

 

 彼女の声でハッと我に返る。このままだと本当に覗きに来ただけだと自己嫌悪。だがこれは事故なのだ。五月はそれに気付いてないし、そこはラッキーだと考えよう。

 そのまま何も言わず、俺はドアを閉めた。我慢していた固唾を思い切り飲み込む。それが埋もれた性欲を刺激しているようで妙に心地良い。頭を横に振って、自我を保つ。このままでは身が持たない。

 

 さっき居た場所に戻るが、まだ誰も帰ってきてなかった。俺としても、このまま五月だけを残して帰るのは気が引ける。誰か一人でも帰ってきてくれないだろうか。

 だが誰も居ないこともあって、俺は気を遣わずにソファに腰掛けた。フカフカで尻がいい感じに沈む。きっと常人には手が届かない金額のものなのだろう。そこに貧乏人の自分が座っているのだから、人生とは不思議なものだ。

 

 ……この場所って、三玖が寝ていたところか。

 

 ふと、そんなことが頭をよぎった。

 俺の右手側には、彼女が頭を乗せていた四角形のクッションがある。……いやいや待て。流石にそれはヤバいぞ。何というか、胸を揉むのとは違ってタチが悪いというか、単純に気持ち悪い。

 そんなことは分かっている。しかしだ。俺はさっき、彼女の生着替えを目撃してしまったのだ。あれは事故。事故なのだ。俺が意図したことではない。だからだ、今から俺がやろうとしていることも事故で処理できる。俺の責任ではない。そうだ。

 

 もうダメだった。頭がボーッとしていくのがわかる。理性が音を立てて崩れていく。仕方ないよ。俺だって男なんだ。誰も居ないなら、手を出してしまうよ。

 

 クッションを手にとって、顔の前に近づける。そして――――生まれて一番の勢いで息を吸った。

 するとどうだ。それに染み付いた三玖の髪の匂いが一気に鼻孔を抜ける。頭が痺れる。でも心地良い。鼓動は高鳴って、直接的な刺激がないくせに下半身に血が集まっていく。もしかして俺はスリルを味わいたいドM人間なのだろうか。

 顔がすっぽり隠れるせいで、恥ずかしさなんてものは無い。一回、二回と息を吸うたびに、その香りが鼻を抜ける。甘い香り。思春期男子を仕留めるには十分すぎた。時間を気にしなければならないのに、それを拒むほどの中毒性。俺にとっては麻薬よりもタチが悪い。

 

 

「……フータロー君? 何してるの?」

 

 

 四度目の息を吸おうとしたまさにその時だった。正面から声を掛けられた。一瞬にして我に返る。

 やってしまった、そう考えた時にはすでに遅く。次には何と言い訳しようかと考えている自分がいた。

 名前の呼び方的に、コイツは一花だろうか。三玖は上で横になっているだろうから、きっとそうだ。それが分かったところで、俺に出来ることは誤魔化すことだけだが。

 ここでバッとクッションを切り離すと、それこそやましいことをしていたと言っているようなもの。クッションにより顔全体隠れていたが、俺は目だけをだす形でそいつと向き合うことにした。

 

「一花か?」

「そ、そうだけど。クッションなんか嗅いでどうしたの?」

 

 髪の短さから見ても、一花で間違いないようだ。

 それはそうと、やはり嗅いでるように見えるか。いやだろうな。逆にそれ以外何があるというのか。くそっ、良い言い訳なんて思い浮かばない。どうする、どうする。

 

「嗅いでなんかいない。食べてただけだ」

「は?」

「冗談だ。真に受けるな」

「だ、だよね……」

 

 れっきとした事実なんですけどね。それを言ったら色々と終わる。嘘が下手だと言われていたが、イタズラっぽい冗談を言うことに成功した。久々に自分で自分を褒めたいよ。

 だとしたら、本当の理由が知りたくなるのが人間の(さが)。制服姿のまま近づいてくる一花に、俺はクッションを見せつけた。

 

「ほらここ。汚れついてるだろ?」

「……え、どこ?」

「ここだ。それが何か気になってな」

 

 俺が見た感じ、そんな汚れは無かった。これはバレバレの嘘で、それ以上何も言われない方向に賭けた。限りなく望み薄だが、それ以上に良い言い訳が思い浮かばなかったのだ。

 一花はクッションに顔を近づけて、マジマジと見つめている。あぁ終わったな。今度こそ俺の人生は終わりなのだ。

 

「あ、ほんとだ。チョコレートかな?」

「…だ、だろ? これ洗濯したらどうだ」

「そうだね。ちょっと洗濯カゴに入れてくる」

 

 神様、ありがとう。僕は何度だってあなたに感謝する。なんなら足でも舐めさせてください。

 奇跡というものがこの世には存在するらしく。一花はクッションカバーを取り外し、そのまま脱衣所の方へ向かって行った。

 とにかく、ここに居るといつボロが出るか分からない。俺はカバンを持って玄関へ向かうと、ちょうど五月が三玖の部屋から出てきた。二階から見下ろすようにして、俺のことを呼び止めた。

 

「一花が帰ってきたから、俺も帰る」

「そうですか。わかりました」

「んじゃ、三玖のこと頼んだ」

 

 そのまま玄関へ向かい、家を出た。なんというか、勉強するより疲れた。非常に疲れた。明日も五月の腹筋を手伝わないといけないことを考えると、気分が乗らない。また過ちを犯してしまいそうで。

 だが、少しずつ頭の中も変わってきているように思えた。これまでは自身の勉強のことだけを考えていれば良かった。しかし、今はアイツらのことを見ておかないといけない。その割合というのが、少しずつ増えているようで。

 

 

 

「分かんないなぁ。人間って」

 

 

 






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