あれきさんだー!〜魔法学校生徒会がお送りします〜   作:るーえとるー

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バリバリの戦闘回。
生徒会メンバーが出てきます、ぜひ覚えてあげてください。


生徒会日常編
Episode.1 『戦争』しませんか?


 私立華叡魔術学園──東京都に位置するかつて貴族を育成するために創立された偏差値75を超える由緒正しい名門校である。そして貴族制が廃止された今でも在校生徒の多くが国の未来を担うであろう人間なのだ。

 魔術学園⋯⋯名のとおりにこの学園では魔術の教育が他の追随を許さぬほど盛んに行われ優秀な魔術使いすなわち魔術師が多く輩出されていた。そう、『いた』。今はどうかと言うと、微妙である。

 前にも述べたが現代において魔術は研究され尽くされている。そして何より魔術の必要性は下がった。ゆえに魔術の教育は普遍的、数学や英語となんら大差はないのである。それこそ魔術学園の所以、『魔術科』の教育では多少差はあるのだが。

 この学園には二つの学科がある。先程話した『魔術科』ともう一つ『普通科』がある。この二つの学科の違いは魔術の授業数の違い。『魔術科』のほうが授業数が多い。そしてもう一つ挙げるとしたら入学方法の違いであろうか。少し、特別な例がある。

 この学園は所有する莫大な情報網を駆使し全国から優秀な魔術師を探し出し、学園にスカウトすることがある。優秀な者が入学することは学園にとって大変喜ばしいことで、スカウトされた人物は学費免除など優遇された対応がなされる。⋯⋯だが、この学園の目にとまるほど優秀な人間などそういない。数年に一度くらいの超がつく特例である。

 

 しかし驚くことに今の学園⋯⋯その超がつく特例、学園のスカウト入学者がいるのである!

 

 

   ❇︎

 

 

「会長⋯⋯『戦争』しませんか?」

 華叡学園生徒会室に凛とした声音が響く。その声の主は華叡学園生徒会副会長──月城あおい。国内最大とも言われる財閥『月城財閥』の本家本流、総帥の長女として誕生した正真正銘、誰もが認める令嬢である。その才能は血筋を語るが如く学問、武芸、芸術にと多岐にわたり、自他共に認める圧倒的才能の塊──つまり『天才』だ。その上容姿端麗な完璧ぶり。肩まで伸びた髪は艶やか、くりくりとした愛らしい瞳。日焼けを知らないような白い肌と仄かに桃に色づく頰⋯⋯。見た者の心を掴んではなさい(男女問わず)美を詰め込んだような少女だ。

 その『天才』あおいの視線の先──副会長として支えるべき会長、それが特例のスカウト入学を果たした同じく『天才』──彼希絢斗(あれきあやと)

 超特例であるスカウト入学を果たすほどの頭脳そして魔術の腕前。それは極まり一種の美しさを感じるほどだ。月城あおいとは対照的に多岐にわたる才能はないものの勉学、魔術においては学年一位、全国トップクラスの『天才』である。鋭く力に満ちた双眸、整った顔立ち、恵まれたルックス。校内での人気も高く、あおいと歩くその姿はまるで神話だと言われている。だがその実、家柄は特になんの取り柄もなくそれこそ月城家とは比べ物にならないほど。強いて言うなら彼希家の皆がなかなか頭が良く、魔術の腕もある。しかしどこか変人であるということくらいか。

「⋯⋯またか。懲りないな、まったく⋯⋯」

 絢斗はため息をつき、書類へのサインをしていた手を止めペンを執務机に転がす。椅子の背もたれに寄りかかり、すらりと伸びた脚を組む。

 『戦争』を『また』。この二つの言葉でどんな恐ろしいことを想像できるか計り知れないところであるが、もちろんのことこの世界には戦争はない。ここで言う『戦争』とは魔術師同士の闘い──魔術決闘を指す。

 魔術決闘とは聞いて名の通り、魔術を用いた決闘である。日本において剣の修行が剣道へ至ったように、魔術の修行もこの魔術決闘に行き着いた。今や全世界でメジャースポーツのような扱いだ。半径15メートル直径にして30メートルの円を試合場としその中で戦う。勝利条件は相手の戦闘不能または降参。魔術に関しては一切の縛りはなくどんなに危険な魔術でも行使が可能である。しかし、審判が禁止魔術を定めた場合に関してはそれに遵守しなければならない。⋯⋯説明としたらこんなものだろうか。

 『どんなに危険な魔術でも行使が可能』とあるがそれを可能にしているのはあまねく魔術のおかげである。試合場に定められた円は魔法陣であり、致死性の魔法に対する防御、同時に傷の回復など白魔法系の魔術を発動させるものだ。例を挙げるなら、試合場の中で相手の頭を吹き飛ばそうとしてもその魔術の効果は軽減され強い衝撃による気絶程度にとどまる。

 これまで──二人が入学してから現在まで、高校二年間の間に何度も闘ってきている。

「しかし月城、まだ仕事が残っているんだ。それを片付けておきたい」

 そうこの彼希絢斗という男、意外と几帳面なところがある。仕事が残っているならまずそれを片付けておきたい、一度始めたら最後までやり通したい⋯⋯そういう考えの持ち主だ。

「いいじゃないですか、あとその束一つなのでしょう?私と『戦争』してからでもいいと思うのですが」

 この月城あおいという女、意外と頑固なところがあり自分の主張をなるべく突き通したいのである。

「それを言うならあとひと束待つという選択肢はないのか?月城にも仕事があるだろう、それを終わらせればいい」

「いえ、私の仕事はもう片付きましたし、今から他の仕事を探して手を出すのはいささか中途半端です。その点、会長はあと少しで終わる。会長が譲るのが最善でしょう」

「しかし──」

「いいじゃないですか、会長。月城先輩に付き合ってあげたら」

 二人の口論を見かねてか、備え付けられたソファでパソコンを使い仕事をしていた生徒会役員──会計の鵠悠音(くぐいちかね)が割って入ってきた。少し高めな声、小柄な体型と名前も相まって一見女性に見られがちだが、実はれっきとした男性である。

 まるで弟を思わせるような容姿と柔らかで声変わりが来る前のような声音。明るい栗色の柔らかそうな髪と見る者を癒す可愛らしい女性的な立ち振る舞い。宝石のようなしかしどこか不自然な紅の瞳。とても知性的で、まるで幼い子供が背伸びをしているような雰囲気を漂わせている。見た目はさながら天使。校内のお姉様たちに人気がある。

 だが内面は恐ろしい!彼の最も得意とする魔術は精神支配系、つまり洗脳とかそういう類である!見た目に騙され街中で悪い連中が絡んでくることもしばしば!しかし油断したそれらをいとも簡単に洗脳し自分の手駒にする!下心丸出しで近付いてきた女性たちにも容赦はない!相手の弱みを握りこれでもかと精神的に責め立てる姿はまるで鬼!!これも彼の特性的な面に理由があるのだがそれはまたの機会に⋯⋯。

「それにですね、お二人の『戦争』は校内でもけっこう人気があるんですよ。そりゃあ、学年の一位二位を争うお二人の試合の迫力は凄まじいものがありますからね。ショーをする感覚でやってみたらみんな喜びますよ」

 と言いながらパチパチをキーを打つことをやめない。随分器用な真似をするものだ。「事実、僕も結構楽しみでいたりします」と笑顔で付け加える。

「⋯⋯だそうですよ、会長」

 少し勝ち誇ったかの表情──当の本人はその感情を押し殺しているのか口元が妖しく歪んでいる──で月城は言う。しばしの間の沈黙⋯⋯思考の末、彼希は大きくため息を吐いて観念して渋々呟いた。

「⋯⋯⋯⋯わかった」

「はい、それでは──」

 あおいは執務机に一枚のA4サイズの紙──契約書を滑らした。

「サインをお願いします」

 その契約書は魔術決闘においての参加の意思表示と同時に身の安全に関しての契約を契るためのもの。内容をざっと説明すると「万が一死ぬかもしれないが責任は負えない」とのことだ。⋯⋯まぁ、よっぽどのことが無いと魔術決闘で死人は出ない。それこそ意図的に試合場の防御魔術を解除して即死級の魔術を相手に撃ち込むなどという真似をしなければ。

 もちろん魔術師の誰もがそんな事は承知している。魔術には少なからず危険が伴うことは理解している。もう何度も目を通して暗記してしまった契約書にペンでサインし、仕上げにオリジナルの魔術刻印──本人を示すため魔力を焼き付ける判子の様なもの──を押す。

「それと会長、もちろん忘れてはいませんよね?」

「あぁ、もちろん。()()だろう?」

「えぇ⋯⋯」

 二人から笑顔が消える。生徒会室に緊張が走った。いかにその約束が二人にとって意義深いものか想像できよう。その約束とは──

 

「──負けた方がジュース一本奢り!!」

 

 そう、ジュース一本奢り!忘れてはいけないがこの二人、格段貧しい家庭などではない。あおいに関してはジュースなど買おうと思えばいくらでも買える!好きなだけ飲めるのである!

 だが、二人はこの『負けた方が奢り』の約束に執着している。その約束だけは絶対と二人で決めたのである。

 何故か⋯⋯⋯⋯それは二人の絶対的な自信とプライドの高さが理由である!

 想像してみてほしい。──敗者が勝者へジュースを奢る光景を。それはまるで、自分よりも高位の存在へ貢物を捧げているようではないか。

 その瞬間⋯⋯その瞬間だけは二人の間に明確な優劣が生まれ、それを互いに実感する!勝者は愉悦に浸り、敗者は屈辱を味わう!

 最初はただ互いの優劣をより明確にするだけの約束だったが、この相手を屈服させるような、確実な優位を感じることの快感が見事にハマり今や双方を本気にさせる餌である。

「この俺が忘れるはずがないだろう⋯⋯?」

「えぇ、では⋯⋯」

「あぁ、行こうか⋯⋯」

 二人は顔にに妖しい笑みを浮かべながら試合場──魔導決闘場へと歩みを進めた。

「あ、先輩。僕の仕事もう少しなので待ってください」

 ⋯⋯この鵠悠音という男、彼もまた意外と自分第一の図太い性格である。

 

 

  ❇︎

 

 

「『戦争』だ、これを頼む」

 その言葉に周囲の人間がざわついた。

 ここは華叡魔術学園の莫大な敷地の一角、本校舎に隣接して建てられている魔術決闘用の建物。名を華叡魔術修練場という。

 ここには魔術決闘用の試合場二つに加え、個人練習用の演習場、古今東西多くの魔導書を揃えた大図書館が備え付けられた魔術の勉強なら持ってこいな華叡魔術学園が誇る施設である。

 連日、魔術の勉強に励む者や自分の実力を確かめるため決闘をしている者たちで溢れ賑わっている。

「了解しました、現在は二つの会場は使用されているのでしばらくお待ちください」

 受付をしているこの生徒、実は生徒会メンバーである。名を立花凛(たちばなりん)、一学年、役職は書記。週に一度、この魔術修練場の受付を担っている。当然のごとく両親は大学教授と大手企業社長という富裕層である。その血を引いてか勉学にも長けていて学年首位の座を収めている。その上薄茶色の腰まで伸びた美しい髪、落ち着いた物腰、整った容貌と惹かれる人間も多い。もっとも当の本人は気がついていないようだが。

「それにしても会長たちすごい人気ですね。ざわってしましたよ、さっき。受付しただけでこうなるのはお二人だけです。⋯⋯私なら耐えられませんよ」

 私には耐えられない、とは凛の軽蔑の言葉ではなく自虐である。

 実は彼女はあがり症なのだ。人前で話す⋯⋯というよりも注目されることが苦手で、視線が集まっていると感じると動悸が早まり、足は震え、頭は真っ白になって何も考えられなくなるといった症状。そのせいで彼女は過去に様々な傷を負って今まで生きてきている。

「まぁ、注目度が高いということはいいことですよね、会長。だって、会長の負け様を大勢に見てもらえるのですから」

 と挑発的な言動で煽りを入れる月城。それを「ふん」と鼻で笑いあしらう。そしてお返しと言わんばかりに、

「自分の戦績を踏まえて物を言うんだな、月城。俺の十九勝六敗、かなり負け越しているようだが?」

「問題なのは敗北数ではなく今この戦いにおいて勝つか負けるか⋯⋯それだけです」

「物は言い様だな」

「⋯⋯受付の前で煽り合戦はやめてください」

  ──互いに煽りをあしらい続けること数分。試合場が空いたようでアナウンスが響く。

『月城あおいさん、彼希絢斗さん、第一試合場が空きました。各自準備を整え入場してください』

「⋯⋯だそうだ。行くか、月城」

「えぇ、会長。今日は勝たせてもらいますよ」

「ふっ、できるのものなら──」

 軽口を叩きながら試合場へ向かう二人。二人の会話はいつもと変わらない。しかし、その二人の目にはただ敵を討ち滅ぼす殺意だけがこもっていた。

 

 

  ❇︎

 

 

 第一試合場は一眼でも二人の決闘を観戦しようと生徒たちでごった返していた。

 会場はコロシアムのように周囲を観覧席で囲まれていてそこから各々見学できるのだが、この二人決闘はいつも満席だ。

 みなの視線は試合場に立つ絢斗とあおいに集まっていた。

 周囲の雑音や視線など気にも留めず、ただ相手を見定める二人。彼我の距離は十五メートル。二人の間には電流が流るるがごとく緊張が走っていた。

 防御魔法陣の外に待機している審判が声を張り上げる。

「これより月城あおい対彼希絢斗の魔術決闘を始めます!ルールは契約書通り、魔術の縛りなし!勝利条件は相手の戦闘不能または降参!」

 コキコキと首を鳴らし、リラックスした様子の彼希。

 髪を後ろで縛り、制服の袖をまくり戦闘準備を整えるあおい。

 先程までの殺意はどこへやら。まるで生徒会室で仕事をしているかのような雰囲気が二人の間に漂っている。

 しかし、視線は敵から離さない。漂う雰囲気はさながら嵐の前の静けさ⋯⋯。

 そして──。

 

「──始めっ!」

 

「《爆炎よ》ッ!」 「《爆炎よ》ッ!」

 

 瞬時に右手を翻し人差し指が双方を指す。魔術の《起句》を唱え、第ニ位魔術──魔術は第一位から第五位まで難易度別に分類される──黒魔『ファイアストーム』が発動。指先から人間など優に灰にしてしまうであろう火炎が迸り、そして両者のちょうど真ん中、コロシアムの中央でぶつかり壮絶な熱風を撒き散らし高い炎の柱を作り上げた。

 次に動いたのはあおい。円を描くように走り少しづつ絢斗との距離を詰める。

「《爆炎よ》──《猛る烈火よ》──《穿て雷槍》ッ!」

 第二位黒魔『ファイアストーム』──第三位黒魔『リージングファイア』──第ニ位黒魔『ライトニングスピア』。猛る炎と雷線が絢斗を襲うが──

「《荒れ狂う大海よ》──《大地の障壁よ》──」

 瞬時の判断⋯⋯。先の二つの猛火を逆属性、水属性の第三位黒魔『ラピッドストリーム』。波の奔流が炎を呑み込み水蒸気と化す。迫る雷槍もまた逆属性の土属性の第二位魔術《ロックシールド》で打消(バニシュ)。絢斗の目の前に現れた岩の盾とあおいの雷槍が衝突。盾は砕け、岩石が宙を舞う。

 そして、絢斗のカウンターが始まる。

「《踊れ・我が駒》⋯⋯」

 第三位黒魔『オブジェクトコントロール』を発動。先ほどの攻防で散った岩石を弾として操り広範囲から──具体的にはあおいから見て前方八十度を埋め尽くす様に配置し、あおいへ向かって射出する。

 圧倒的物量ならびに範囲。これを瞬時に防御する手立てをあおいは持っていない。故にあおいは『逃げ』を選択する。

「《界の理・万物の天秤・今その楔から解放されよ》ッ!」

 第三位白魔『コントロールグラビティ』。物体や生物にかかる重力を操る魔術。あおいは自身にかかる重力を軽減し身体を羽の様に軽くする。そして真後ろに大きく跳躍──その場を離脱しつつ距離を取る。

 一瞬の滞空、それは一瞬の隙でもある。それを見逃さず間髪入れずに絢斗が攻める。

「《貫け氷槍》──」

 第三位黒魔『アイシクルランス』。空中のあおいに向かって氷の槍が三本、絢斗の防御の影響で空間に満ちていた水蒸気をふんだんに使って素早く、鋭く形成される。

 人差し指を指すと同時に射出。そのタイミング、弾道は完璧。あおいの回避を許さない強烈な一手だ。

 当然それにあおいも気がつく。読みきれずに回避を選択して被弾なんて真似はしない。

「《穿て雷槍》──《続け第二射》、《さらに》──ッ!」

 ここであおいがとった一手⋯⋯それは同じ直線軌道の魔術での打ち消し。相手の魔術の弾道を正確に見切りその延長線上から魔術を射出。相手の標的に届く前に無力化する。この手の利点は大きく分けて二つ。一つは相手の魔術をいち早く無力化できること。絢斗のように、第二位黒魔《ロックシールド》などで防御することももちろん可能だ。しかしそれでは()()()()()()()()()()()()()()()()。《ロックシールド》のような、いわゆる設置する魔術は特性上受け手に回ってしまう。それでは魔術の無効化まで時間がかかり()()()()()猶予が生まれてしまうのだ。もう一つは視界を邪魔しないこと。ほとんどの魔術はそれに対して大きく、広く、強く対抗する魔術を発動させれば防ぐことができる。だがそれは同時に自ら視界を狭めることになり次の一手を正確に返すことが難しくなる。⋯⋯これらは普遍的な魔術師にとっては格段問題にはならないかもしれない。しかし、天才的な魔術師たちにとっては一瞬の油断が命取り⋯⋯相手に猶予を与えた次の手で負ける可能性は大きい。故にあおいはこの手を選んだ。

 とはいえ射線を見抜き、延長線上に魔術を発動し射出。説明するのは簡単だが難易度は高い。それを可能にするのはあおいの才能はもちろん、その集中の深さと繊細さである。

 煌めく三筋の雷線が氷の槍とぶつかり砕ける。破片が閃光をきらきらと反射させ幻想的な雰囲気を醸し出すが双方にはそんなことを気にする暇などない。

 ──ここで一旦流れを切る⋯⋯!

 そう思いさらに絢斗から距離を取ろうとするあおい。しかし、それを許すほど彼希も甘くはない。

「《我が肉体を解放すべし》──」

 絢斗が第二位白魔『フィジカルリインフォースメント』を唱える。自身の身体能力を強化、増幅する魔術である。身体の頑丈さや脚力や腕力などといった力を全体的に強化することができる。

 強化された絢斗の俊足は彼我の距離を数瞬の内に詰める。そして拳を握り疾走の勢いをそのまま繰り出した。

「──《光の障壁よ》ッ!」

 第一位白魔『ホーリーシールド』。光の障壁が絢斗の拳を阻む。ギリギリと拳と障壁で拮抗する。

「遠距離戦の次は近距離戦ですか⋯⋯もう飽きたんです?」

「何を言うか。戦況は目まぐるしく変化させた方が対策されにくいだろう?」

「えぇ確かに。ですがお忘れですか?私⋯⋯近距離戦の方が好きなんですよッ!《我が肉体を開放すべし》!」

 言うが早いか。あおいは魔術障壁の傾きをずらし拮抗していた拳を受け流す。空いた懐に突進するように飛び込み拳を振るう。そこから始まる月城のラッシュ。拳、蹴り、流動する様な体捌き。全てが一級品。流れる様に繋がる一連の動作にはまるで隙がない。絢斗も防御に回るばかりだ。

 顎を狙った下から築き上げる様な蹴りをかろうじてかわす絢斗。そこにすかさず回転蹴りで追い討ちをかける月城。それを右腕でガードするが、更にあおいのサマーソルトキックが炸裂。右腕を大きく蹴り上げらる。

 ガラ空きになった胴にあおいが組み付く。服の襟を掴み身体を回してあろうことか絢斗を前方に向かって投げ飛ばした。強化されたあおいの身体能力、筋力は女性とは思えない力を発揮し絢斗の身体をやすやすと吹き飛ばす。少しの間地面と平行に飛ばされ、受け身を取りながら地面で靴裏をすり減らす。

「《穿て雷槍》、《さらにその三重》──」

 あおいの右方向に三の雷槍が現れる。上方から腕を振るうとそれに呼応し、打ちおろす様に絢斗へ降り注ぐ。

「《光の障壁よ》ッ!《さらに広く、強く》ッ!」

 『ホーリーシールド』の出力を増幅することでその範囲、効果を増幅させる。しかし、もとの魔術は魔術一つを防ぐことを前提にされている。いくら即席で強化しても焼け石に水。時間稼ぎしかならない。

 案の定、盾はガラスの様に割れる。しかし生まれた一瞬の時間でその場を離脱した絢斗はあおいに向かって駆け出し──気がつく。

 あおいの後方、まるでずっと前からそこに備えられていたように配置された優に十を超える数の雷槍に。

 ──俺が近接戦に持ち込んだ時か!

 思考している暇はない。後悔の暇もない。完璧に不意を突かれた一手。迷えば被弾。優先すべきは離脱。

 地面を力強く蹴り空中へと逃げる。数瞬前までいたその場所には無慈悲な破壊の槍が突き刺さった。

 しかしこれで終わりではない。もともとこの状況があおいの狙いだったのだ。

 絢斗の不意を完璧につく一手。判断を奪い、選択を操る。一切の回避が不可能な空中への退避、そしてそこに撃ち込まれる渾身の一撃──。

「《破滅をもたらす終焉の雷よ・大地を砕き・天を舞って踊れ》──!」

 第四位黒魔『ラグナロク』。天才たるあおいの最大火力。

 その光景はさらがら終焉⋯⋯。幾筋の迅雷が試合場に降り注ぐ。その一つ一つの威力は破滅的で恐怖を覚える。激しい土煙のなかに輝く雷光と、鳴り響く轟音。

 誰もが決まったと思った。この雷に打たれ立っている者などいないと思った。あおい自身もそう思っていた。そう思えるほど完璧な流れだった。それでも──。

 

「──良い攻撃だ、月城」

 

 ──そこには所々傷つきながらも、その両足でしっかりと地を踏みしめ立つ絢斗の姿があった。

 絢斗の周囲に広がる銀世界。第四位黒魔『アイスジェイル』──氷獄を創り出し荒ぶる雷を耐えきったのだ。

 二人の戦いはまだ続く⋯⋯。

 

 

   ❇︎

 

 

 

 会場は熱狂に包まれている。目の前では幾筋もの光が飛び交い、火花が散り爆音が鳴り響き、それに呼応する様に観客たちは歓声をあげる。コロシアムは満席、観客たちの熱気で室温は上昇し皆の額には汗が浮かんでいる。

 ──また、目の前で閃光が迸った。

 それを眩しそうに目を細め遠巻きに見ている悠音。観戦席の一番上の方──つまり通路の手すりに寄りかかり二人の決闘を見守っていた。一人静かに、皆の熱狂から離れる様に⋯⋯恐れるかの様に。

「⋯⋯私が仕事してるっていうのにお二人は何をしてるんでしょうね⋯⋯?」

 と声のする方を向けば。

「あれ、凛⋯⋯受付は?」

「時間になったから交代してきた」

 先程受付をしていた書記の凛が、悠音と同じく手すりに寄りかかっていた。

「仕事はちゃんと終わってるのよね?」

「僕は終わらせてきたし、月城先輩も終わってるみたい。⋯⋯絢斗先輩は、まぁ⋯⋯あと少し?」

「人が仕事してるっていうのに自分の仕事を放って決闘とは度胸があるわね?会長は⋯⋯!」

「まぁまぁ、会長は半ば無理やり参加させられた感じだったし今回は許してあげて?」

 青筋を立て拳を握る凛をなだめる悠音。はぁ、とため息を吐き頬杖をつく。

「⋯⋯もっと前で見なくていいの?」

「うん、僕はここで十分。凛こそいいの?」

「私はこういう空気に入ってくのが苦手なの。私もここでいい」

 目の前ではまた爆炎が巻き起こり、歓声が上がっている。試合も後半に差し掛かり、それに伴い上昇した観客のボルテージは凄まじい。だが、凛と悠音。二人のいる周辺だけは静かでまるで別の空間であるかの様に思えた。

 二人には奇しくも共通の苦手なものがあった。それは、他人。二人は他人と接触することを好まない。正確には悠音には対人関係でトラウマがあり、他者との交流に抵抗がある。凛は他人と必要以上に会話をしたり、顔を見たりすることが苦手だ。実際、凛は受付の時訪れた人間の顔を見ることができない。できることなら常に一人で居たいと思う人間なのだ。

 同じ考えを持つ人間だからか、二人は互いに数少ない『本音で面と向かって話せる数少ない人間』なのだ。

「⋯⋯すごいわね、同じ人間とは思えない」

「あの二人は正真正銘の天才だからね。会長にいたってはスカウト入学だし」

 目の前の凄まじい攻防を憧れ八割嫉妬二割といった割合で眺める凛。

「凛は魔術は苦手?学力テストは一位だけどさ、確か魔術テストはあんまり良くないよね?」

「良くないって、まぁ本人の前で堂々と言えるわね⋯⋯事実だから反論しないけど」

 自嘲気味に笑みを浮かべながら答える。じっと手を見つめてポツリ、ポツリと言葉を紡いだ。

「⋯⋯魔術テストはさ、見られるじゃない。たくさん視線を感じると、私は⋯⋯ただ立つことも難しいのだから」

 魔術テストはここ、修練場でだいたい四グループ程度に分けられ実技形式で行われる。その間、順番待ちの生徒は見学ができるのだがその視線⋯⋯見学者の何気ない視線が彼女を苦しめていた。

「それを言うならあなたもそうでしょ。私と違って『致命的な欠点』があるわけでもないし、どうしてかしらね?」

 少しからかうような言い方で悠音に問う。それに悠音は怒るのでもなく、呆れるのでもなく、笑うのでもなく⋯⋯そこから何の情報も掴めないような声色で言った。

「僕は、やろうとすれば何にもしなくても学年一位を取れる。やろうとすればどんな相手との決闘にも勝てる。でも、やったら最後⋯⋯きっと僕はもう再び歩き出せなくなる⋯⋯」

 そして、最後の一言だけ。彼は本心が現れた様な悲しい笑顔で言った。

「⋯⋯せっかく凛と話せるようになったんだ。もったいないでしょ?」

 ⋯⋯どのように返事をすれば良いのか。それを考えている内に悠音’はいつも通りに戻って、先程の会話など忘れてしまったかの様に目の前の試合を眺めていた。

「ほら⋯⋯ もうそろそろ終わりそうだ」

 悠音のその言葉で、凛も意識を二人の試合へと向けた。

 ──また、目の前で閃光が迸った。

 

 

   ❇︎

 

 

 二人の決闘は終局へ突入している。互いの表情には疲弊が見られ、息は上がり、魔力は底をつこうとしている。だが瞳だけは相手をしっかりと見据えていて、闘志が燃えていた。

 形勢は──絢斗が優勢といったところか。互いに疲弊しているとはいえ、絢斗には多少の余裕がある。対してあおいはギリギリだろう。

「《穿て雷槍》──《更に》──はぁっ⋯⋯!はぁっ⋯⋯!」

 牽制の魔術を放つあおい。しかし牽制でさえ精一杯なほどあおいは追い詰められていた。肩で息をして、脳に酸素を送る。ぼやける視界は少しづつ揺れ始めそれが自らの魔力切れ──マナ欠乏の予兆を知らせる。

 ──膝をついて休みたい。もう降参してしまいたい。⋯⋯そんな思考を無理やり押さえつけて、落ちかけた視線を上げれば──飛来する複数の雷線。杜撰になったあおいの立ち回りを咎めるような鋭い一撃。

 慌てて回避をとるが、遅い。一筋の線が、左肩を貫いた。

 焼ける様な激痛が脳まで走った。肉が焼けたため出血はないが、痛みとショックで意識が飛びそうになる。だが、それをギリギリ一歩踏みとどまった。

 ──会長に負けたくない。強い思いが、あおいの意識を繋ぎとめた。

 しかし⋯⋯現実は気持ちだけでどうにかなる代物ではない。

 生み出された確実な隙。絢斗がこれを見逃さない訳がない。

「《成れ・氷創の剣》──」

 第三位黒魔『アイシクルソード』──氷の剣が絢斗の手に握られる。間合いを詰め、隙だらけのあおいに向かって上段から振り下ろした。

「──《光の障壁よ》ッ!」

 盾を展開しながら後ろに下がるあおい。しかし、あおいの魔力はもうほとんどない。絢斗の一撃を耐えるほどの盾を作ることは出来ない。

 切り裂かれた光の盾。そこからもう一歩。踏み込んだ絢斗の剣は、あおいへ届く。

 下段から迫る刃。防御する魔力も時間もあおいにはない。

 ──あ⋯⋯⋯⋯斬られる⋯⋯。

 次の瞬間襲われる痛みを予感し、ぎゅっと目を瞑った──。

 

 ──その痛みが、あおいを襲うことはなかった。

 

 ゆっくりと目を開けると、そこには首筋で寸止めされた剣とそれを握る絢斗の姿があった。首元の剣から発せられるひんやりとした冷気が、戦いで熱くなった頭を冷やしていく。

 ⋯⋯少しの間呆然として、あおいは掠れた声で絞り出すように呟いた。

「⋯⋯⋯⋯参り、ました⋯⋯⋯⋯」

「勝者、彼希絢斗──ッ!」

 その瞬間、会場は割れんばかりの歓声と、惜しみない拍手に包まれた。

 ふぅ、と息を吐いて剣を下ろす絢斗。そして、疲労と嬉しさとそして少しの安堵が入り混じった複雑な表情で手を差し伸べてくる。

「⋯⋯いい試合だったな、月城」

 それを疲弊で震える手で取る。

「⋯⋯はい。また、負けちゃいましたね、私」

 そういってあおいは目尻に涙を浮かべ、悔しそうに微笑んだ。

 

 

   ❇︎

 

 

 陽も傾き、誰もいなくなった修練場の廊下。自動販売機の横に備え付けられたベンチに二人は座っていた。

「⋯⋯どうぞ、会長」

 負けた方がジュース奢りの約束通り、あおいは絢斗にジュースを奢っていた。その表情は本当に悔しそうで渋々と渡しているのがわかる。

「あぁ、頂こう」

 それを絢斗は悠然と受け取り、封を開けて中身をあおった。

「やはり、勝利の後の冷たい飲み物は格別だ。なぁ月城?」

「くっ⋯⋯人が悔しみに浸っている横でよくもぬけぬけと⋯⋯!」

 あおいはいつも全力で戦ったりはしない。時に負けることも処世術であることを理解しているからだ。

 しかし、絢斗との勝負は別だった。彼にはいつも全力で挑んでいる。だが、その力が通用することは少ない。あらゆる手を尽くして戦っているのだが届かない。⋯⋯そしてきっと、絢斗はまだ手を隠している。

 絢斗との決闘で負けるたびに思い知る。自分は『天才』なのだと。この華叡学園に選ばれるような『天才の中の天才』である彼に自分はまだ遠く及ばないのだと。

 遠いからと、きっと届かないからと諦めてしまうのは簡単だ。だけど、諦めたくない。いつか彼を⋯⋯本気の彼を負かして「私は貴方よりも強い」と、ジュースを片手に自慢げに言ってやりたいのだ。

「どうだ、少し飲むか?」

 余裕綽々で差し出してくるジュースを勢いよく奪い、一気にあおる。

 甘く冷たいジュースが全身に染み渡るようだった。

 ──今はただの美味しいジュースだけど⋯⋯。

 「ぷはっ」と息を吐いて、ジュースを絢斗に突き返す。

「次は負けませんから」

「あぁ、次も負けんぞ」

 ⋯⋯いつか、このジュースが勝利の美酒となることを祈って。




❇︎ちょびっとメモ
・『魔術』について
 魔術は白魔、黒魔。そして第1位から第5位まで難易度別に分類されている。
 第1位魔術は小学生レベル。第2位魔術は中学、高校レベル。第3位魔術は一部高校レベルでほとんどが大学レベル。第4位魔術は難易度やその破壊力から基本的に教育機関で教えられることはない。学ぶなら独学か、自らのツテで教わるしかない。第5位魔術はほとんどが儀式系の魔術。一人で使うことを前提とされてないので難易度も消費魔力も恐ろしい。
 白魔は重力操作や回復、障壁保護などサポートの役割を担う魔術。黒魔は逆に攻撃魔法。
 魔術の起句にも違いがある。白魔は例えば白魔『コントロールグラビティ』《界の理・万物の天秤・今その楔から解放されよ》のように三節の起句。これは重力が炎や雷といった具体的なイメージを持ちずらいため、起句の詠唱によってイメージを強力に意識に焼き付ける──言い換えれば洗脳のような形でイメージさせる。魔術は自らのイメージ、想像などを魔術式、詠唱などで具現させるもの。イメージがしっかりしていなければそもそも魔術が発動しない。魔術=魔術式=イメージ。どれかが0では成り立たない。
 しかし、白魔の中にもイメージしやすいものはたしかに存在する。そう言ったものは白魔『ホーリーシールド』《光の障壁よ》のように短く切り詰めることもできる。
 ただこれは「イメージがしやすいから」、「簡単だから」といった理由で短く切り詰められているだけでもとの起句はしっかり三節で構成されている。⋯⋯そういう面では強固なイメージを持てれば、『コントロールグラビティ』の起句も切り詰められるだろう。そのイメージの強さ、具体さがきっと『天才』の指標となる。
 黒魔はもっと単純。黒魔はイメージしやすいものがほとんどなので、起句も大部分が省略できる。しかし、第4位までになると難易度が高く、起句の省略は難しいだろう。第5位となればなおさらである。

・『魔術決闘の防御結界』について
 魔術決闘の試合場には防御結界が張られている。致死性の攻撃を軽減したり、傷を癒してくれる結界だ。
 しかし、その効果が発動する条件は結構厳しめで本当に死ぬダメージでないと発動してくれない。そうでないと、この結界に頼って防御を捨てて特攻、などという作戦が成立してしまう。
 肩を打ち抜かれようが、足を焼かれようが大量出血でもう少しで死ぬというところまで来ないと結界は発動しない。意外と鬼畜な条件である。

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