無題   作:ミロロラル

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わたしのじんせいは、
わたしたちは、
どこからまちがってしまったのかな…?


はじまり

中学三年の12月、母は乳がんになった。

 

私は受験生。私は母からそのことを聞かされ、ほぼ毎日泣いていた。

 

まだステージ1のガンだったが、母はまだ40代

。若いために進行が早く、直ぐに手術を行わなければいけなかった。

 

母の担当医は私がまだ、産まれて直ぐの頃にできたヘルニアを手術してくれた女の先生だった。

 

私を直してくれた先生なら安心、そう思った。

それでも私の目からは涙が溢れた。

 

「なんでお前が泣く、ママの方が泣きたいんだぞ。」

 

父が言った。

そんなのわかってる。わかってるけど、涙を止めることが出来なかった。

どうして母が、乳ガンになんかならなきゃ行けないのか。

 

私は心の中で神様に尋ねた。

『どうしてなの?』

返事が返ってくることは無かった。

 

父と母は話し合い、私の通う中学校に連絡をすることにした。

 

娘は今年受験生、どうか支えてやって欲しい、と。

 

学校側も納得し、受け入れてくれた。

 

これで病気のことを知っているのは、私たち家族や祖父母、私に関わる先生だけ。

 

私は今までと変わらず、笑顔で日々を送った。

私は1番仲の良い友達にさえ、母のことは教えなかった。教えてはいけないと思った。

 

私は道化のように、学校では笑い続けた。

 

家族にも知られぬよう、お風呂の中で1人。

静かに泣いた日もあった。

 

私の道化がうまかったのか、学校の協力のおかげか、誰も私の変化に気づくことは無かった。

 

高校受験。

 

私は家から1番近い専門的なことを学ぶ高校に入ることを決めた。

 

本当は通信の学校に入りたかった。

 

電車で通学することに憧れてた。

 

それに、誰も私のことを知らない場所で、1から何かを始めてみたかった。

 

でも、家のことを考えれば、そんな余裕はない。ただでさえ貧乏な家なのだ。

 

父は母のために、仕事を変え、家から通える場所で体を壊しかねないような力仕事を一人で行っていた。

 

姉はバイトをしながら自分で学費を払い、大学に通った。

 

私は母が入院している間、毎日ご飯を作った。

 

幸い高校は学校推薦をしてもらえた。

先生は面接練習を指摘なさいと言っていた。

 

だがみんな忙しい。1人で練習をする時もあったが、何も頭には入らなかった。

 

周りの子はみんな、日々日々練習成果を発揮していた。私だけ少しずつしか上達せず、置いていかれているような気分だった。

 

そして受験当日。

 

私は試験監督と面接をした。

 

元々男子の多い学科。男子が多いが大丈夫か、体力はついていけるのか、厳しい目が合った。

 

私は必死に食らいついて、なんとか合格することが出来た。

 

母の手術も無事終わり、これで穏やかな生活を送ることが出来ると思っていた。

 

これまでは。

 

 

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