学園黙示録~ANOTHER OF THE DEAD~ 作:聖夜竜
今回は海動の回想パートその1です。
これより語られるのは海動明とその家族の知られざる過去の物語である──
西暦19XX年、海動賢とその妻ジュンの間に明という人間は誕生した。
幼少期をこの床主市で裕福に過ごし、少し大人しい性格ながらも親の言う事をきちんと守る心の優しい少年だった。
そんな彼にとって忘れられないであろう“ある出来事”が起き、以来彼の人格は歪みに歪んでしまった……
それはまるで、地獄から這い上がって来た悪魔に人間としての魂を奪い去られたかのように、あまりに突然だった。
『アキラ、もうすぐあなたはお兄ちゃんになるのよ』
『中学生の僕がお兄ちゃんか……なんかいまいち実感わかないっていうか』
『最初はみんなそういうものよ。アキラならきっとお腹の娘の素敵なお兄ちゃんになってくれる……そうでしょう?』
『ああ、任せてよ。それで母さん、もう妹の名前は決めたの?』
『ふふ……内緒♪』
明の妹“───”の誕生である。この時、明は床主市内の中学校に通う普通の中学生だった。現在と違ってまだ不良にはなっておらず、幼馴染みの孝や沙耶、そして麗とも親密で友好的な関係だったと言える。
『ねぇ明、もうすぐ妹が生まれるんだよね? ジュンさんこの前会った時に言ってたよ? それで私、ジュンさんのお腹に触らせてもらっちゃった♪』
『ふんっ。そうそう、ま~た麗だけ抜け駆けしちゃって……いいこと明? 妹が生まれたら必ずあたしと麗に会わせなさいよ? 絶対に二人一緒なんだからね!?』
『はは、なんだよそれ。わかってるって。じゃあ、姉ちゃん達──また明日、学校で会おう』
『『うん(えぇ)!』』
当時は学校帰りにこの海動邸で集まるのが日常の一部だった。元々運動神経も平凡で勉強もできなかったダメ男の明は、中学生ながらに天才的な頭脳を持つ“沙耶姉ちゃん”や、姉さん気取りで何かと弟分の明のお世話を焼きたがる“麗姉ちゃん”の二人から付き添いで勉強を教えてもらう事で、間近に控える高校受験を必死に乗り越えようと企てていた。
やがて生まれてくる新しい命にそれぞれ想いを寄せて──しかしそれが、“まだ普通の人間だった”明と美少女幼馴染み二人が交わした最後の会話になってしまう。
『いま……いま、なんて?』
突如、ガシャンと食器が割れて落ちる音がリビングに響き渡る。いつ破水が始まってもおかしくないほどに大きく膨らんだジュンの腹部を見据えて夫の賢──海動博士が物静かに言い出した。
『話した通りだ。私の長年の研究の為、これからは家族の協力を得たいと考えている。そこでジュンよ、私の研究所について来てはくれんか?』
『けどあなた……私はこんな身体よ? お医者さんにも仕事は休むように言われてるから……』
『なに、心配なかろう。私の研究所近くには病院だってある。何なら、私の実験室で娘を産んでみるか?』
『ッ……父さん! いい加減にしてよ! 少しは僕や母さんの気持ちだって考えてくれよ! 周りの目だってあるんだ!』
『ふんっ──アキラよ、お前まさか幼馴染みの小娘共と離れるのが嫌なのか? ならばお前だけこの家に残ってもよいのだぞ?』
『そ、そういう問題じゃ──!』
『……わかったわ。それで、あなたの気が済むのなら私もついて行く』
『なっ!? 母さん!?』
『アキラ、私は大丈夫だから……アキラはここに残ってあの娘達の傍にいてあげて? 麗ちゃんや沙耶ちゃんも、きっとあなたを──』
『母さん……僕は……』
その家族同士での会話の後、結局ジュンは夫と共に明を残して床主市を去って行った……
それから数ヶ月……幼馴染みの麗や沙耶の訪問を度々無視しては学校を無断でサボり続け、自宅に引き籠ってばかりいた明。
そんなある日、父親の海動博士から日本海側に位置する山奥の研究所に来るように呼び出される。
家族がいなくなり、幼馴染みとも距離を置いてこの数ヶ月荒れ果てた生活を送っていた明はすっかり目付きも悪くなり、目の下には隈ができるまでに変わっていた。
そしてついに……明は海動研究所の一室で自分の父親と対面した。
『……久しぶりだな、アキラよ。お前が来るのを我ら家族は待っていたぞ』
『答えろ……母さんは、どこだ?』
数ヶ月振りの親子の再会を喜ぶ事すらなく、すっかり人格が冷めてしまった明は開口一番に母親の居場所を問い詰めた。
『ジュンは──お前の母は愛する娘を産んで死んだ』
『ッ……! 父さんッ!!』
海動博士の言葉に明は目を見開き、目の前で平然と佇む父親の顔を力一杯に殴り飛ばす。
『ぐふっ──!? フ、フフフ……それで気は済んだか?』
『父さん! よくも母さんを……ッ!』
口から血を流した海動博士を激しく睨み付ける明だが、海動博士はまるで気にもしない態度で明を見下していた。
『妹は……妹はどうしたぁッ!?』
『フフフ……お前の妹は私の研究が生み出す最高傑作となるだろう。それはジュンが託した最期の望みでもある。アキラ、お前の妹は素晴らしいぞぉ……?』
『許さない……許さない……ッ! お前だけは! 絶対に許さないッ!』
その言葉に激怒した明はカッ!と目を見開いて再び父親の顔を殴り掛かる──しかし今度は海動博士の差し出す手にその拳を受け止められてしまった。
『下らん……アキラよ、お前は私の研究がどれだけ多くの人の役に立つかわからんのだろう?』
『だからと言って、母さんとお腹の子供を自分の研究に利用するなんて! そんなの……おかしいじゃないかッ!』
悔し涙を流して泣き叫ぶ明。すると海動博士は狂ったように突然笑い出して告げる。
『私は──ついに念願の光を手に入れたのだ』
そして海動博士は明の前でゆっくりと語り始める。
かつて……この地球上に存在した恐竜を瞬く間に絶滅させたという空から降り注いだ光。それが神より与えられた生物進化の奇跡だと話す。
彼は太古の時代に封印されていたその光のエネルギーをようやく手に入れた。そしてアメリカより持ち込まれた新種のウイルス……これらがあれば研究は完成するとさえ……
『アキラよ、我々人類は今一度進化しなければならん時が来ているのだ! かつてはただの醜い獣に過ぎなかった我らの祖先は、天からの光を浴びた事で人間へと進化し、人間だけが授かりし叡智を以てこの地球に繁栄する事を神に認められてきた』
『──それがどうだ? 今では人類が我が物顔の如く地球を汚染し尽くし、この美しい自然や世界を破滅させようとしているではないか! 私はそんな傲り昂った人類に今一度神の怒りの裁きを下す! 愚かな人類を淘汰すべく、長年研究してきた究極の生物兵器を完成させたのだからな!』
『その第0号がジュン──お前の母親だ。ここにやって来たジュンは私にお腹の娘を捧げる事を拒み、お前の待つ家に逃げ帰ろうとした。だが私はそんなジュンを説得し、我が子達の輝く未来の為にここで人柱となる事を受け入れさせた』
『どうやらジュンは実験の過程で人間としての精神を保てなくなったらしい……その美しい肉体は醜い獣の化け物へと変容し、お腹の娘を産んで死に絶えたわ! 見ろ、アキラよ! これがお前の愛した女の姿だ!』
そう言って海動博士の後ろに位置する白い壁の中から開いて現れたのは、ホルマリン漬けのカプセルに保管されていた母親ジュンだった。
『か、母さん……?』
一糸纏わぬジュンの若々しい裸体は至るところに何らかのコード状の器具を取り付けられ、頭部にはヘルメットらしき形状の装置が被され、彼女の美しい素顔を冷たく覆い隠す。
括れのある腰の辺りからはグロテスクな形状の黒々とした生物的な尻尾が突き出しており、両腕の肘裏からは蝙蝠の羽根にも似た歪な形状の黒翼が鋭く折れ曲がって生えている。
『な……なんだよ……これ……』
それはまるで悪魔に囚われた美しい女神のようにも見えて、彼女の神聖な裸身を酷く卑猥に汚していた。
『母さん……うわあああああああああああああああああああああッッッ!!?』
ジュンの変わり果てた遺体が保管されたカプセルを目の当たりにし、明は力なく床に崩れ落ちてしまう。そして──咆哮した。
『フフフ……フハハハハハハハハ!』
海動博士が高笑いする中、泣きながら立ち上がった明は本物の悪魔に近付いた邪悪な顔付きで目の前に立ちはだかる白衣姿の男を激しく睨み付ける。
『フー、フー、フー……!』
『そうだアキラ! ここで私に歯向かったジュンと同じように、今こそ内なる感情をすべて解き放て! 怒りや悲しみ、憎しみや苦しみこそ、お前を誰よりも強く進化させる最強の糧となるのだぁッ!』
……その後、激しい怒りに我を失った明は海動博士によって身柄を拘束されてしまう。
そして気付いた時には薄暗い実験室──手術台の上に衣服や下着をすべて脱がされた裸体のまま寝かされ、身動きが取れないように手足を厳重に拘束されていた。
『目覚めたか?』
『……ッ!?』
『フフフ……ではこれより、“G生命体第2号”の改造実験を開始する』
宣言と共に、海動博士は薄暗い実験室に集まった科学者らしき数名の男達に合図を送る。
『構わん──やれ』
冷徹非情な言葉に促され、明の弱々しい肉体に鋭利なメスが刻まれていく。
『うがぁっ……!? が、あ、あぁ……ああああああッ!!』
『ハハハ! どうしたアキラ! お前の母と妹はこれ以上の恥辱と苦痛を味わったのだぞ! 簡単には死なんでくれ!』
高笑いで見下す海動博士に煽られ、それを聞いた明は母親と幼い妹が泣き叫ぶ姿を思い浮かべてしまう。
『いやああああああッ! 助けてぇ! アキラ、アキラ! 私を助け……あぁ……いやっ、やめてぇぇぇぇぇッ!!?』
(ッ……母さんッ!)
大勢の男達にその清らかな裸体を視姦されていく母親の姿に目を見開き、必死に歯を噛み締めて絶え間無く襲い来る激痛に耐えようと覚悟する。
薄暗い実験室からは明の痛々しい絶叫と悲鳴だけが響き渡り、海動博士の狂った人体実験は進んでいく……
それから数時間後……明への実験はひとまず終了し、手術台の上で全裸にされていた明は全身から尋常じゃない汗を噴き出したまま、白目を向いた憤怒の形相で気絶していた。
『アキラ……我が子ながら、なんという男よ……やはりこやつもジュンと同じ進化の血に選ばれし者!』
長時間にも及ぶ壮絶な人体実験を終えて死ぬ事なく気絶した明を見下ろし、海動博士は興奮隠せぬままに言い放つ。
『アキラ、1週間後にまた様子を見に来てやる。それまでに身動きの取れないお前が一切飲まず食わずで生き長らえておれば、私の実験は成功──お前を“G生命体第2号”と認めよう』
その言葉を最後に海動博士は研究仲間の男達を引き連れ、息子の明を実験室に放置して立ち去った。
生まれたままの姿を晒した明は手術台に拘束された状態で絶え間無くやって来る激痛と高熱に苦しみ足掻き続け、ただ海動博士への復讐の為だけに“必ず生きて戻る”と固く心に誓い、しばらくの間昏睡状態に陥る。
そして……約束の1週間が経過した。
『……ここは……どこだ?』
全裸の明が手術台の上で昏睡状態からついに目覚める。
『あの野郎……こんなもので俺を拘束したつもりか?』
目を見開いた明はまず自分の身体に巻き付けられた拘束具を自らの怪力でぶち壊し、上半身だけゆっくりと起き上がらせた。
『………』
大量の血と汗と涙が流れ落ちたであろうこの手術台の上で、明は自分の両手を見下ろしつつ人間離れした力を身に付けた事を感じ取る。
神か悪魔か……その無敵の力を受け入れた明は自身が閉じ込められた実験室のドアに向かって右手を一度腰辺りまで引っ込め──
『邪魔くせぇ!!』
宛ら力を溜めるような動作と共に勢いよく右手をドアへと突き出す。するとどういう訳か、明が向けた右手から何らかの異常な力を受けたらしい鉄製のドアは激しい音と同時に粉砕されてしまったではないか。
『このパワー……信じられねぇ……俺がやったのか……?』
明はもう一度自分の手を震えながら一瞥した後、一瞬間を置いてからニヤリと凶悪な悪魔の笑顔を晒し、全裸のまま颯爽と実験室を飛び出していくのだった。
次回、かゆうま。