学園黙示録~ANOTHER OF THE DEAD~ 作:聖夜竜
それからの明は数ヶ月行方不明となりながらも何とか床主市に帰還を果たす。
しかし明が帰還した時は既に床主市でもパンデミックが発生していた後だった。
明は平和な日常を蹂躙された人々の阿鼻叫喚が絶え間無く響き渡る市街地を歩く途中で、自分が〈奴ら〉に襲われないという事を知る。
そこからは海動博士に与えられた生物兵器としての力で〈奴ら〉を一方的に殺し回っていた。
しかし途中で生きている人間を助けても彼らは誰一人感謝などせず、それどころか〈奴ら〉の血で赤く染まった明の恐ろしい姿を見て“化け物”と罵り逃げ出した。
明はそれでも自分はまだ人間の心を持っていると信じ、幼馴染みの麗や沙耶、孝達を探して当時通っていた中学校に向かう。
そこで〈奴ら〉に襲われていた麗や仲間達を救出し、みんなから怖がられながらも明は人間を守る為に〈奴ら〉と戦い続けた。
そんな人生を幾度と繰り返す途中で、明は自分が死んで次の世界で目覚めると、必ず藤美学園の2年生になった辺りから意識が戻る事を理解する。
しかしそれ以外は今までの世界と同じ出来事が繰り返されているようで、目覚めた世界が違うとその時々によって時間軸のズレは多少あれど、海動研究所の大爆発や放射線拡散、海動家が人体実験に巻き込まれるという悲劇──
それによって日本だけでなく世界中に溢れ出した〈奴ら〉によるパンデミックは必ず起きてしまう事が、長期に渡るタイムリープの中で明が確信した事実だ。
それからの明は今までの自分の無謀なやり方を深く反省し、パンデミック発生の前に少しでも〈奴ら〉への対策を準備する方向に切り替えた。
それが上手く成功し、明が助けた仲間達の生存率はそれまでの世界線に比べても飛躍的に向上するようになった。
さらにそれまでは明しか〈奴ら〉とまともに戦える人間がいなかったのに対し、明が人間の為に武器を用意した事で麗や美玖といった仲間達も少しずつではあるが、次第に〈奴ら〉と戦う意志を見せるように成長していった。
しかしそれでも結局今までの世界はすべて明と〈奴ら〉だけを残して生物は滅亡──明も記憶にないまま死んでいたのか……
“死ぬ寸前の記憶”だけが“何故か思い出せないまま”、次の世界でいきなり目覚めるという流れを繰り返していた。
明がすべてを語り終えた時には既に時刻は午後21時を過ぎ、海動邸のリビングは重苦しい沈黙だけが残っていた。
「……これが、俺が知ってる情報ってやつだ。質問あるか?」
暗く沈んだ表情でぼそっと呟き、明はしばらくリビングのテーブルに置かれたままの家族で撮った集合写真を冷め切った目で見下ろす。
「「「「「………」」」」」
質問などは後から纏めて受けると言われ、明が回想している間は黙って聞いていた仲間達。何人かは話の途中で小さく怯えたり、涙こそ静かに流して手で口を覆っていたものの、普通の人間より壮絶な過去をどこか他人事のように語った明に対して何も言えずにいた。
「その……ごめん……あたし……」
その中ですっかり泣き顔になっていた麗がまず最初に口を開いた。しかし彼女はここで明のその後に関する詳しい事情を詮索してこなかった。
「気にする必要はねぇ。これはお前らにも少なからず関係してくる話だからな……遅かれ早かれ、俺はお前らに海動博士がやらかした馬鹿な研究のことを打ち明けるつもりだったんだ」
明とて母親と妹の事はタイムリープを始めた当初の頃に諦めが付いていたし、家族全員が突然の悲劇に巻き込まれた時だって、どうしてか身分の割れた犠牲者の中で家族三人の遺体だけが現地から発見されずに終わった。
しかし当時のニュース速報で大々的に紹介される程の大規模な爆発事故だった事から、間違いなく海動博士とその家族は即死だろうと処理されてしまった。
この爆発事故で投与されていたウィルスが突然変異した明とは異なり、現在進行形で世界中に増殖し続けている〈奴ら〉大勢のゾンビは、跡形もなく爆発した日本海側の研究所から漏れ出した放射線の光を浴びず、いつの間にか町の外に流出していたウィルスのみが突然変異する事なく自然な進化を果たした“正しい人間の進化形態”なのだ。
だから〈奴ら〉は外見的に人間としての姿を保ち、その肉体や内臓が腐り落ちても半永久的に活動し続ける事ができる。
恐らくこのゾンビの姿と影響こそが、放射線のエネルギーに狂ってしまう前の海動博士が本来研究していた正しい内容で、海動博士はアメリカの“とある研究機関”から極秘に日本の研究所へと渡ったそのウィルスを用いた“人間の不老不死”に関する研究を完成させる予定だったのだろう。
「なるほどね……だからあの時、アンタは学校でアタシに喋ったんだ」
それを聞いて美玖はようやく解決した疑問に納得する。今日の昼間、藤美学園で一時的に明と行動していた彼女は教室まで武器を回収しに向かう道中で明から聞かされていたのだ。
『俺はさ、先輩……どうしてだか〈奴ら〉に“全く襲われる”事がなくてな。アンタらとは違う“変わった人間”なんだ』
『……えっ?』
『それをこれから少し見せてやる……おっと、まだ誰にも言うんじゃねぇぞ』
『う、うん……』
その話を聞いた時はまだ半信半疑だった。しかし美玖は教室に戻る道中で自分達二人を襲ってきた〈奴ら〉にまるで狙われず、しかしそれをどこか悲しげに眺めていた明の姿を見て戦慄した。
(あぁ、こいつはマジなんだ……マジであの化け物に襲われない人間なんだ……じゃあ、こいつに媚び売って何でも言うこと聞いて従ってるフリしとけば、アタシだけは何とか助けてもらえるんじゃ……?)
美玖は危ないところを明に救われて以来、明を自分にとっての“救世主”と呼ぶ事にした。
それがあの時、明と二人で行動していた彼女の密かな思いだった。
「じゃあ、美玖さんはすべて知ってたんですか!? 海動君が〈奴ら〉に襲われないってことも、同じようなパンデミックが起きる世界を何度も繰り返していたっていうことも! それから……か、海動君が──海動君が! ウィルスの突然変異で化け物になってしまったってことも──全部ッ!?」
「智江……えぇ、アタシも半分くらいは学校で聞いてたから」
ソファーから弾けるように立ち上がった智江は泣いていた。それに対し美玖はソファーに腰掛けたまま答える。
すると今度は智江の隣に位置する麗が立ち上がって口を開く。
「あの時、バスの中で美玖はこっそり話してくれた……バスを無理やりに降りたあたしが明達に再会できないまま、孤立しちゃってパニックになって泣き出して、結局大嫌いな紫藤達を頼るしかないって諦めてあのバスに戻って……それで、あたしはそのまま捕まって男達の性奴隷にされちゃうって世界線を……」
「ッ……宮本さん、それ本当なの?」
「そんな……なんて酷いことを……」
未だに信じられないのだろう……静香と京子も立ち上がって訊ねると、麗ははっきりと首を縦に振って肯定。それから明へと向き直り、麗は真面目な表情で明に歩み寄った。
「ねぇ、そうなんでしょ? 明……あたし、明とはどんな世界だって一緒だって……そうなんだよね!?」
「……あぁ」
切ない感情を見せる麗の泣き声を目の前で見せられても、明はただ彼女の肩に手を置いて頷く事しかできない。
そんな時、自分の感情を我慢できなくなった智江は明に向かって涙ながらに吠える。
「海動君……事前にパンデミックが起きるってわかっていたなら、死ななくていい人達だってもっといっぱい救えたかもしれない……そうじゃないんですか!? それをあなたは自分の事ばかり優先して──ッ!」
智江の怒りは明の胸に痛く突き刺さる。悲しみに泣き続ける麗の肩を掴んでいた手をそっと離し、明は智江やみんなの前でぽつりと呟く。
「委員長の言い分はもっともだ……たしかに、俺も色々思うところはある。だが、本当のことを学校や近所の人達に正直に話したところで、普通の人はまず信用しないだろう──俺や家族の過去だって生き残りの息子がただ“言ってるだけ”で確かな証拠がないんだしな」
「でも……! それでもあなたが人として正しい行動していれば、絶対に助かった命もあったはずです! あなたが自分の秘密を黙ってた間に人がいっぱい死んでるんですよ!? どうするつもりですか!? ……ねぇ、ちゃんと答えて! いつもみたいにふざけながら答えてよ……私の中にいつもいるあなたを信じさせてよぉ……ッ!」
明の言葉に納得できない様子の智江は怒りと悔しさの入り交じった不満をぶつけるが、その続きは静かにソファーから立ち上がった一人の女に阻まれてしまう。
「──そのくらいにしとけば? アキラだって今を生きることに悩んでるんだからさ」
──美玖だ。そう言って彼女は智江の震える肩に自らの手を置いて落ち着かせる。
「っ……すみません……少し頭を冷やしてきます……ごめんなさい」
頭を下げた智江がリビングから立ち去ろうと明の真横を通り抜けた時、彼女の頬は大粒の涙で溢れていた。
「……みんな、すまねぇ。俺もちょっと一人になりたい。悪いが自分の部屋で先に休ませてもらうぞ……」
明の真面目な頼みに智江を除く仲間達は何も聞かずに頷くと、京子から「今日はもう夜遅いので早く寝ましょう。その……私達も色々あって疲れてますから」という話が持ち出される。
明日から始まるであろう地獄のサバイバルに向け、各自空いている幾つかの部屋に別れて眠りに就くのだった。
──夢のような日々を思い出す。もう一度……
藤美学園の屋上は不良にとって最高のサボり場所である。普段は海動明、小室孝、森田駿、今村隼人の四名が占拠しているのだが、今日は偶々集まっていなかった。
不良仲間とは言え、そういう日もある。そんな時は決まって屋上に寝そべる一人の男子生徒がいた。
『………』
海動明──林京子が担任を勤める2年A組に所属するが授業への出席日数は圧倒的に足りておらず、このままいくと進学不可能とまで言われている学園始まって以来の問題児である。
そんな彼は屋上の天文台へと続く階段に寝そべって昼寝していた。藤美学園指定の黒い学ランを毛布代わりに上半身に掛け、眩しい太陽の光から顔を覆い隠している。
普段はこの調子で1日が平穏無事に過ぎ去っていくが、今日はいつもと多少違っていた。
『──起きてください!』
頭上から明を叱り付ける女の子の声が微かに聞こえてくる。目を閉じた明が無視して自分の腕を枕にしていると、薄暗い目蓋の奥が一瞬明るくなったかと思えばまた影を落とす。
『んだよ……人が気持ち良く寝てたってのに』
睡眠を邪魔されて不機嫌そうな明が目を開くと、階段の段差にセーラー服を着た眼鏡の黒髪美少女──有瀬智江が腰に手を当てて仁王立ちしているではないか。
『なんだ委員長か……何か用か?』
頭上に広がる清純な白いショーツにはまるで興味なさそうな態度で呟くと、智江はスカートの中が見られている事もお構い無しに明に説教を始めた。
『何か用じゃありません! いま何時だと思ってるんですかあなたは!?』
『ん……? まだ昼前じゃねぇか。委員長、昼飯の時間には早いと思うぜ?』
『寝惚けないでください! 正解を言うとまだ午前授業の真っ最中です! ほら起きてください!』
そう言って明の上に立っていた智江が怒りながら階段から退くと、いつの間にか彼女に学ランを剥ぎ取られていた明は渋々と身体を起こす。
『やれやれ……それで授業の最中に委員長は教室を抜け出してきたってわけだ。真面目な顔して案外やるじゃねぇか』
『なっ!? 人聞きの悪いこと言わないでください! 私はちゃんと林先生から許可を貰っているんですから!』
『ほぅ? 許可を貰ったら簡単にサボれるのか。クラス委員長ってのはなかなか良い特権あるんだな』
もちろん実際にそんな事はないと明は理解している。しかし智江は冗談を真に受けてしまうタイプなのか、先程よりも顔を赤くして怒り出した。
『私が林先生に申し出たんです! サボりの常習犯を引っ張ってでも必ず連れ戻しますって!』
『なるほど。そりゃご苦労なことで』
『だったら私と行きましょう! ほら早く!』
『だが断る』
『えぇっ!? どうしてですか!?』
しかし明には真面目に授業に参加するつもりなど全くなかった。智江に返してもらった学ランを肩から羽織って天文台の階段にそのまま腰掛け、ずっと立っている智江が自分の隣に座れるようにしっかり階段のスペースを空けてあげた。
『まぁ座れや。なぁ委員長、実はな……俺が授業に出ないのにはちょっとした理由があるんだ』
『へぇ~……どんな理由ですか? まさか自分は保健室登校だなんて見え透いた嘘を言うんじゃないですよね?』
促されてしっかり階段に腰掛けた智江がジト目で睨む。対する明は少し重たい溜息を一つ吐き出してからシリアスに語り始めた。
『保健室登校か……ま、強ち間違いでもねぇか。実のところ俺は生まれつき身体が弱くてな……長時間無理に働いていると身体にガタがきて突然血を吐いて倒れちまう難儀な病気持ってんだ』
『うわぁ、嘘くさ……いったいどんな病気ですか、それ。絶対やばいやつですよね?』
益々怪訝な顔で明を疑う智江だが、実を言うと普段からふざけてばかりいる明はこの時だけは一切笑ってもいなかった。
『いやいや委員長。そうは言っても本当に死ぬほど苦しいんだぜ? まだ俺が小さかった頃、B組の高城と遊んでいる前で盛大に血を吐き出しちまった事があってな? それ以来高城の奴は血を見るのがすっかりトラウマになっちまったらしく──って、その話は別にどうでもいいか』
『そうですね……でもおかげで海動君がふざけた人だと言うのはよくわかりました』
呆れた様子の智江は階段から立ち上がって明を見下ろす。
『じゃあ、今から教室に戻るつもりはないんですか?』
『残念ながらな。それに毎日そんな勉強ばかりやっても疲れるだけだろ? 女の子達にしっかり勉強教えてもらってテストの範囲覚えたって、いざテスト期間が終わった次の日にはもう思い出せないくらいに何もかも頭から抜け落ちてしまうんだからな……それってよ……何だか悲しくなってこねぇか?』
『──なら、私が意地でも“ゼロ”から戻しますよ』
『ん?』
『あなたが何度忘れてたって、私がそれをしっかり覚えてるから……だから、また今日みたいにちゃんと教えてあげるんです。いつまでもサボって寝てばかりいちゃダメなんだから、さっさと起きなさいって。あなたがいつか帰って来ること、私だけじゃなくてクラスの仲間みんなが待ってるんですよ?』
『委員長……フッ。そいつは頼もしいなぁ。じゃあまたお願いするぜ──俺はきっといつも、この屋上で独り寂しく綺麗な空ァ眺めて暢気に寝てるだけだろうからよ』
『もう、またそうやって……ほんとに呆れた人。ふふ、ふふふっ──約束、しましたよ?』
『ああ、約束しようじゃねぇか。それと──ありがとな、智江』
「ぐすっ……ひっぐ……う、うぅ……明君……」
二階に位置する薄暗い部屋の中で膝を抱く智江は独り静かに泣いていた。
……知らなかった。明が今までそんな大事な秘密を隠していたなんて。
……知らなかった。明が以前から言っていた冗談が実は全部本当の事だったなんて。
(私、なんて馬鹿なんだろう……自分だって明君のこと悪く言えないのに……)
華奢な膝の上に顔を乗せて涙を隠し、智江は何度も頭の中で後悔していた。
明は決して自分だけが図々しく生き残ろうと考えていた訳じゃなかった。実の父親に大切な母親と妹を無惨に殺害され、人間として殺されても恐ろしいウィルスを投与され、身体を化け物に改造されてもせめて心だけは人間らしくあろうとしていた。
智江の脳裏に思い浮かぶ、藤美学園で明と交わした会話──
『でも海動君、私……これきっと返しませんよ?』
『おいおい、そいつは困るなぁ。昔から使ってきたお気に入りのナイフなんだ』
『ど、どうしてもって言うのなら……あ、あとで私達のところまでちゃんと奪い返しに来ること! いいですか!?』
『奪い返しに……あぁ、わかったよ委員長。約束しようじゃねぇか』
あの時も……そして今日も、明は自分に“約束する”って言ってくれた。そして実際に救世主としてこの世界に現れ、〈奴ら〉と戦う術を知らない自分達を守る為に悲しい地獄の底からサボらずに這い上がってきたじゃないか。
(私……ほんとはずっと怖くて怖くて逃げようとしてたんです……学校でパンデミックが起きて、委員長としてみんなを引っ張っていかなきゃって責任感がいつも重たく乗し掛かって……だからでしょうね……私はその胸の苦しさに耐えられなかった……)
ぽろぽろと、溢れる涙が止まらない。智江は藤美学園で明から一時的に預かったコロンビアナイフを懐に仕舞っていたシースから取り出し、その銀色の刃に冷たく零れ落ちる自分の涙を眺めてまた俯いてしまう。
(……明君、ごめんなさい……私、あなたがずっと好きです……どうしようもなく……悲しいほどに……)
次回にて、第3章完結です。