鈴ノ聲   作:芦田 夏糸

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二人の[形]

それは安心できるものであった。


 


第二話

仔鬼が仙女に弟子入りした事は、つい最近の事では無い。

マダラと名乗った小生意気な仔鬼が、仙女サクラの屋敷の戸を叩いたのは雨の強い日だった。

雷鳴が轟き、戸が叩かれている音もかき消され、長い間、マダラは雨風に吹きっ晒しの中、泥だらけのまま立っていたのだ。

サクラが物音に気づき、戸を開いた時には彼は頭の先から足まですっかり濡れていた。

 

マダラはその眼光の鋭さを変えずに短く、弟子にしてくれ、と。

それだけを言い続けた。

 

何故此処に来て、弟子にしろと言っているのか。

その理由を知りたくば、弟子にしろと何とも理解しがたい事を言ってきたのである。

 

頭が良いんだか、悪いんだか。

弟子にしろの一点張りで此方の話を聞かなかった。

 

結局その押しの強さに負け、サクラは彼を弟子として受け入れたのだ。

そして、今に至る。

 

 

仔鬼は不服そうに顔を顰めた。

気の所為では無い。

自分の小鉢に、多く[緑色や白の草]が盛り付けられているからだ。

どうしても好きに成れない。何故、師であるこの女性はこうも[草]ばかりを食すのだろうか。

 

仔鬼は今の今まで、故郷に残して来た家族と、幼い弟達とで狩りを行い。

獣の肉を喰らってきた。

山に迷い混んで来た人も食した事もある。

仔鬼の一族は見た目が美しく、さも人の殺し方を知らぬ様な顔をしておき、その鋭い眼で獲物を捕らえ喰らうのだ。

そして、人を捕える時は獣よりも簡単である。

ゆったりと歩み寄り、一言二言声を掛けてやれば女は見惚れ、男は同じ生き物かと己の目を疑う。

その隙に瞳術を掛け、人としての記憶を無くさせ連れ帰り、捌いて食うのだ。

 

「何で、野菜を残すの!」

 

横から白く細い手が出てきたかと思うと、マダラの手をぴしゃりと叩いた。

渡り箸をした挙句、嫌そうな顔をしたからである。

 

「草なんて喰ってられるかっ!」

「[草]じゃないの。や・さ・いっ」

 

音を一つ、一つ区切っては仔鬼の盛り皿に惣菜を足してやる。

寒さが増す毎に甘みが深まる白菜の胡麻味噌和えに、マダラは心底嫌そうな顔をした。

 

「なんで甘い草なんか食うんだよ」

「甘いのが良いのよ」

 

 -ほーれ、美味しいぞー。

 

綺麗な箸使いで白菜を摘み、仔鬼の口元へと持っていってやれば、口を一文字に結ぶ。

サクラは口を開けるように言い、自分の口をぽかりと開けてた。

釣られて開けるかも知れないと云う発想なのだろう。

しかし、そんな手口は幼児にしか通用しない。

マダラは呆れたとばかりに、口端を歪めた。

 

「冗談だろ」

「冗談で済んだら良いんだけどねー。まったく、鬼ってのは栄養ってものを考えられないのかしら」

「生憎そんなモノで自分を管理しなくとも、身体は壊れないんでね」

 

ああ言えばこういう。

マダラと云う仔鬼は、口も達者と来た。

師であるサクラに対し大きく出ては、明日に響く程の制裁を、受けども、受けども減らず口なのである。

ここまで来たら、これはこう云う者なのだとサクラも受け入れてしまい、その方面での注意は減ったが。

[食]だけはサクラは折れなかった。

 

 サクラ曰く、毎朝作っている身にも成りなさい。

しかし、マダラから言わせれば、篝火番からの飯炊き係は無理が有る。

 

俺に飯を作らせたいのなら、篝火番を交代しろと行ってくる様なのだ。

弟子である仔鬼が、師である仙女にそう言ったのだ。

サクラは呆れ返り、口を噤んでしまった。

もしかすると、篝火番を応と一言で引き受けたのは朝飯について、サクラに兎や角言われない為の策だったのなら大した策士だ。

 

サクラも血が頭に上りそこまで考えられない。

野菜云々の話から、篝火番交代の話に誘導されている事に、漸く気がつくのはその血が頭から、胴へと戻ってきた頃なのだ。

 

「倉庫の戸の立て付けも悪いし…」

 

 -また乱暴な開け方したんじゃないでしょね?

 

飄々とした態度を崩さぬマダラに、負けじとサクラもふてぶてしく言ってやれば。

マダラは、なんだ、そんな事か。と、潔く自分の所為で有る事を認めた。

少し拍子抜けをしていれば、マダラは続けて言う。

 

「大体、あの戸を壊したのは師匠だぜ?」

「…なによそれ」

 

すると、よくぞ聞いてくれたと仔鬼はニヤリと笑った。

その形良い唇をぐにゃりと歪めて、目を細めれば声を出さずにモソモソと何かを話し始めた。

サクラは読唇術を使い、その一字一句を読み取っていく。

 

 バ ・ カ ・ ジ ・ カ ・ ラ 。

 

馬鹿力。

 

全てを言い終えたと同時に、サクラの顔が耳が、真っ赤に染まる。

桃色の髪をうねらせ、わなわなと肩を震わせた。

握られた拳には、白く細い手には似合わない血管さえも浮かび上がっている。

ガチャンっと盛大な音を鳴らして、手に持っていた食器を台の上へと置いた。

 

「マダラっ!!!」

 

それを待っていたかの様に、マダラは好物である肉を口の中に掻っ込み。

食の席を立つ。

そして走り出したかと思えば、台所の裏口から外へ飛び出した。

サクラも草履を履かずにその後ろを追う。

騒がしく、落ち着きがない。

師匠と弟子には見えないこの二人の距離は、母と子、姉と弟と言った方が納得できるのもがある。

だが、この後マダラはサクラに捕まり、拳による制裁を受けて丸く収まるのが美式であった。

 

それが、今までの。

二人の[形]であった。

 

 

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