人に頼るって難しい。
サクラは何度も頭を振って拒否し続けていた。
唇を強く噛み締め、原で煮えくり返る感情を堪える。
この感情を弟子に当てる事は、間違いだと分かっているが、それでも、諦めが付かなかった。
弟子の仔鬼と言えば、白い手拭いを持ったまま珍しくも困った表情で佇んでいる。
朝からずっとこの押し問答を続けているのだ。
しかし、弟子は呆れず、諦めずにサクラに勧める。
「なぁ、」
こちらに背を向け、項垂れるサクラに声をかければ、今にも呪い殺してやると言わんばかり睨みつける。
マダラからしてみれば、世話をしようとしているのだ。
決して疚しい気持ちが 、 有る、かも、 知れない、が、
「風呂入らないと、」
-ひとりで できるわっ!
最後まで言い切らない間に、乱れた荒々しい念波がマダラの髪を吹き付ける強風の様に後ろへと撫で付け、襖の戸をガタガタを鳴らした。
耳を劈く程威力を持つ念波を放ち、サクラは肩で息をする。
念を放つにも体力を消耗し、軽い眩暈を感じるのだ。
サクラは長くに渡る眠りの所為で、筋力が弱まり、脚の踏ん張りも効かなくなった。
もう自分は駄目なのだ、とらしくない諦めを思う程に。
腕も、声も、力の半分も持って行かれたのかと思うと悔しさに涙が滲む。
一体何処の誰だろうか。この呪いをかけた者は。
いつも何処かから見られている。そんな気もしてしまう視線を時々感じるのだ。
毛穴の一つ一つを塞ぐ様な粘り。
手に、足に、額に、背に。サクラの身動きを取らせまいとする念。
例えるならば、じっとりと汗が滲む掌で触られている。
陰険陰湿極まりない。
仙女としてそれなりに名が通っているが、人に恨まれる様な事はしてきたつもりはない、と思われる。
サクラが覚えていないだけで、相手はしっかりと心に刻んでいるのかも知れない。
その怨念の重さを考えると、サクラの背に冷たいのもが伝うのを感じた。
「サクラ、お前。腕使えないだろう」
小さい声に反応して、宙に浮いて漂っていたサクラの意識が地に付く。
何気なく声にしたモノが、棘を孕んでいる様に聞こえるのは気が弱っている所為も有るだろう。
長い眠りから目覚めてからと云うもの、一人で出来る日常的動作も限られてしまった。
何をするにも失敗をしてしまう。
茶を飲むことも噎せ返り、立ち上がろうとすれば引っ繰り返って頭を打ってしまう事も屡々。
それ故、弟子の仔鬼はサクラの後ろを付いて回らなければ、生活も侭ならぬのだ。
そして、弟子との意思疎通も中々測れずに、大事になってしまう。
サクラが声を失ってからと云うもの、念話を使ってのコミュニケーションをしなければならなかった。
今も辿たどしいやり取りが目立つが、初期の頃よりは良くなった方である。
遠くに居るであろうマダラを呼ぼうとして、悲鳴の様な金切りを出してしまい、それを聞きつけたマダラが屋敷の反対側からすっ飛んできた事もあった。
意味の無い念波が飛び交い、伝えたくとも手振り身振りも出来やしない身体で、[伝える]と云う行為は困難を極める。
(そうよ…。今の私は、何も出来ない…)
終わりが見えぬ試練に、サクラは何度も挫けそうになった。
呪い返しが失敗した時点で、この呪いを自身の力で解く手段は絶たれてしまったも同然。
サクラは最後の手段である、知り合いの男へと文を送った。
弟子に代筆を頼み、念話で書く内容を事細かに指示をして、仕上げに桜の香を燻り付けた。
手紙の送り先は修行仲間であった、幼馴染の蝦蟇仙人ナルトだ。
今頃は、彼の住処である蝦蟇沼に手紙が届いている筈だ。
文についた桜の香りを鼻腔いっぱいに吸い込み、鼻の下を伸ばしている事であろう。
力無く顔を上げ、マダラを見やる。
この弟子は自分が倒れてしまってからも、その傍を離れずに尽くしてくれている。
こちらを心配そうに見詰めているマダラを、己の不安で作り出した我侭に付き合わせる訳にはいかない。
きちんと整理された薬草棚を見る限り、サクラの眠っている間も仕事を怠らず、そして、サクラの行っていた仕事もこなしていた様だ。
一呼吸を置き、サクラは念を放つ。
-まだら、てつだって。
きっと、せは ひとりで あらえない だろう から。
その一言に、マダラの表情が和らぐ。
持っていた手拭いを肩に掛け、サクラの細い腰に腕を回し、膝裏に手を差し込んだ。
横抱きにしサクラを風呂場へと連れて行く弟子の、まだ成長途中の薄い胸に、サクラは頬を寄せ目を瞑る。
大きく早い鼓動に耳を傾け、その確かな音にサクラは思う。
いつからこんなに逞しくなったのだろうか。
それに寄りかかって、安心している自分がここに居る。
久しい感覚に、サクラの胸の奥が疼く。
誰にも頼られる人に成ろうとして、頼る事を忘れていた。
( ああ、この子は )
きっと私がどうなっても、どんな姿になっても 絶対に裏切らない。
勝手に置いて、何処かへと去っては行かないんだろうな…。
ナルトとサクラ。
そしてその二人を置き去りにし、遠くへと行ってしまったもう一人の幼馴染を思い出して。
サクラは小さく溜息をついた。