讃州中学には、不思議な名前を冠した部活がある。家庭科準備室を間借りして部室としているその部活の名は、『勇者部』。
『人のためになる事を勇んでやる』部、すなわち勇者部――要はボランティアだよね?というツッコミは野暮につきスルー。創設から1年少しの歴史の浅い部活動だが、何事にも積極的に、そして真剣に取り組む部活だ。
その部室にて。
「今日から遂に我が勇者部に新メンバーが加わるわ!さあ、この子が我がマイシスターよ!」
黒板を背に腰に手を当てて。創設者にして部長、3年生の犬吠埼 風が堂々と宣言した。一歩横にどいてその新入部員、というか妹を促すと、少女は一度深呼吸してから自己紹介を始めた。
「い、犬吠埼 樹、です……よ、よろしくお願いします――!」
本人は頑張って声を上げたのだろうが、常に勢いのある風と比べれば随分と小さい。チラ、と風を見る仕草も相まって、“小動物”という印象を与えてくる。
「もう、樹ってば緊張し過ぎよ」
風は妹の態度にも慣れたものなのか、少し眉を下げて肩を叩く。
もっとも、この部に入ったならば人見知りだろうが関係は無い。樹の正面にいた赤い髪の少女が瞳をキラキラさせながら寄ってくる。
「樹ちゃんって言うんだね!私は2年生の結城 友奈、よろしくね!」
去年の春に風に誘われて勇者部に入ったこの結城 友奈という少女。常ににぎやかに日々を楽しみ誰にも気さくに接するからか自然と好かれるその様を一部の者は「コミュ力おばけ」と称するとかしないとか。
「ハ、ハイ。こちらこそ」
樹の特技が占いと聞けば、四葉のクローバーの押し花を手渡したり自身を占ってと頼んだり。風と同様グイグイいくタイプな友奈は積極的に樹に話しかける。
勢いに呑まれそうな様子の樹に、今度は車椅子に乗った少女が声をかける。
「ほら、友奈ちゃんったら。樹ちゃんが焦っちゃってるわ」
友奈が『太陽』ならば落ち着いた物腰のこちらは『満月』。濡羽色の長い髪の少女は穏やかな表情で樹に向き直り、
「――取り出しますはこの帽子」
帽子からハトを出すという手品を披露した。友奈とは別の方向でこの少女もトリッキーだ。
「すっごいよ東郷さん!」
「い、今のはどうやって……?」
友奈も一緒になって少女――東郷 美森の手品に食いつく。手品のタネ明かしを友奈と並んで聞いているうちに、樹の緊張はほぐれていった。
「うんうん、さすがは友奈に東郷。樹ももう打ち解けてるわ。我が勇者部の誇る逸材ね!」
その様子に満足そうに頷く風に、
「まあ、4人だけでやってきたんだ。逸材にもなる」
静かな声が横から聞こえた。
風よりも頭1つは高い身長に短めに切りそろえらえた髪。目つきはややもすると鋭く、美森とは別の意味合いで大人びた少年だ。そして、風と共に勇者部の立ち上げ時期から活動していた古参でもある。
部屋の隅で腕組みしながら友奈たちのやり取りを見ているその少年に、風は少し苦笑しながら、
「そー言う白羽くんは、なかなか仏頂面が治らないわよね。もっとにこやかにした方がいいわよ?」
「治そうにもこれが素だ」
肩をすくめて少年が答える。その声が聞こえたのだろうか、手品で盛り上がっていた面々もひと段落し、樹が少年の方に向き直った。
「あ、ス、スイマセン!先輩がまだいたのに……」
「気にしなくていい」
軽く表情を緩めて返事をすると、少年は静かに名を名乗った。
「3年、
涛牙のあいさつによろしく、と返そうとしていた樹は、最後に投げかけられた一語にキョトンとした。
「いや、白羽くん。“いもうと”って」
「『犬吠埼の妹』、略して“いもうと”だ」
「いや略になってないでしょうが」
半眼を向ける風に向けてそういうが、風は頭を抱えて言い返してきた。と、横から友奈も口を挟む。
「涛牙先輩、苗字じゃなくて名前で呼べばどうでしょう?わたしの事も“結城”じゃなくて友奈でいいですよ?」
「あ、私は今まで通り“東郷”でお願いしますね」
「って東郷さん?!ここはむしろ東郷さんも名前で呼んで、っていくところじゃ?」
「ごめんね、友奈ちゃん。私はその一線は譲れないの」
なぜか別方向に話が流れ出す友奈と美森を脇において、涛牙は風に向けて話をつづけた。
「……苗字で呼ぶのが慣れている。名前呼びは、その、気恥ずかしい」
「え、えっと――他の人の前で“いもうと”呼びは私の方が、その、変な感じがしてしまいます……」
ここで折れたらずっと“いもうと”呼びだろうと感じ取った樹が言うと、涛牙は少し口を尖らせた。
「ならどう呼ぶ?2人揃っている時に『犬吠埼』と呼んだら2人とも反応するだろう?」
「あの、私は、名前で呼ばれてもいいですよ?」
そう言われて、風の顔を窺うが微笑を浮かべて頷くだけ。友奈と美森はお互いの呼び方で話が盛り上がっている。仕方ない、と涛牙はため息を小さくついて、
「ならば今後は、樹と呼ばせてもらうが、いいか?」
「はい。私からは涛牙先輩とお呼びします」
小さなひと悶着こそあったがこれで顔合わせは終わりだった。風は軽く手を叩いて全員の注目を集めると、
「さて!これからはこの5人でやってくわよ!ちょうど4月の終わりごろに幼稚園での人形劇の依頼が入ってるから、当面はそれが目標ね!」
勇者部に届く依頼は多岐にわたる。部活動のヘルプが多いが、猫の飼い主探しや川のゴミ拾い、或いは幼稚園でのレクリエーション手伝いも依頼が入ってきている。
尚、リクエストとして勇者部オリジナルのストーリーに出来ないかとも言われてる。そこは多才な美森にシナリオの骨子を任せるとして、流す音楽を考えたり背景を準備したり、というのも勇者部で進めていくことになる。
「え、ええっ?!」
それらの説明を受けて、樹が驚く。風から事前に勇者部については聞いていたのだが、さすがにここまで本格的とは思っていなかったのだ。
そんな樹に、涛牙が声をかけた。
「まあ、これが勇者部の日常だ。すぐに慣れる」
深夜の街は街灯の灯りだけでは照らせない闇をそこかしこに孕んでいる。
「例えばこれだ」
後ろから聞こえてきた声に、スーツ姿のOLは振り返った。
そこはいわゆる路地裏だった。通りから一歩ずれただけで街灯が少なくなったそこは、奥が見通せぬ故に無限の長さがあるように見える。
そして女の足元には、女のスーツよりも一目で上等と分かる服を着こんだ中年の男が怯えたようにうずくまっていた。まあ、怯えるだろう。自分より華奢な体格の女に片手で宙づりにされたなら。
声をかけてきたコート姿の男は手にしたライターに火をつける。だが、そのライターから生まれた火は、真っ当な火ではなかった。
白い炎。自然にはあり得ぬ色。
「男を人目につかない場所に誘い出してパクリ、か。シンプルなやり口だ」
前に踏み出しながら腰の鞘から剣を抜く。細身の両刃剣は背後からの灯りを受けて鈍く輝いた。
対する女は。
獣のようなうなり声を上げた。
いや。それは本当に『人間の女性』だろうか?
大の大人を軽々と持ち上げる膂力。吸血鬼の如く伸びた牙。白い炎に照らされて不可思議な刻印が浮かび上がった瞳。そして助走もなしに数メートルを跳躍する身体能力。
そう。この女の姿をしたモノは、その実、人間ではない。それは、人の姿をした怪物。
「『ホラー』!」
叫び、コート姿の男も前に飛び出す。低い体勢で、跳びかかって来た『ホラー』と呼ばれた女の下を潜り抜ける。
女の方は空中で一瞬拍子抜けの顔を見せた――てっきり正面から斬りあうと思ったのだ。だが、すぐに思い返す。逃げ道を開けてくれたのだ、使わない手はない。跳びかかった勢いのまま更に表通りへの道を駆け抜けようとして。
「ギャッ?!」
足元からせり出してきた光の壁にぶつかる。障壁の術。足元を見れば地面に1枚のカードが落ちている。ちょうど、コートの男がいたあたりに。
(罠!)
気づいた時には、女の胸元から鋼の輝きが生えていた。背中から胸を貫いて。
「あばよ」
無情な宣告と共に、剣を引き抜くとコートの男は更に刃を振るう。頭頂から両断されて、女――いや、ホラーは黒い塵と化して虚空へ消えた。
鞘に剣を収めて、中年男を見ると、件の男は気絶していた。どうやらこの場にたどり着いた時には意識を失っていたらしい。
コートの男はしばし様子を窺っていたが、腰のポーチから1枚のカードを取り出した。その表面には複雑な紋様が刻まれている。文字のようにも見えるが、文字とすればそれは日本語とも外国語とも違う、不可思議な形状だ。
それを中年男の額に貼りつけ、懐から取り出した万年筆で一撫ですると、カードは淡い輝きと共に燃え散った。
「これでよし、と。どうだ、ディジェル?」
コートの男が、不意に問いを発する。その場で起きているのは当人だけのはずだが。
「おう、ちゃ~んと効いてるぜ。お前さんの術」
応える声がどこかから聞こえる。その声に一つ頷くと、男は路地の奥、闇の中へと立ち去って行った。
天には月と星の瞬き。地には街灯と家々から洩れる照明の輝き。それはともに、闇に散らされた光の粒。
その光と闇の狭間に1つの影があった。
夜風にコートの裾をたなびかせ、影は静かに街を見下ろす。街は、先ほど人と怪物の戦いがあったことなどまるで知らずに昨日と何かが違う――しかし大きくは変わらない時間を過ごしている。
「つまりは、それが日常ってわけだな」
囁きは風に乗り虚空へと広がる。影が1つしかないなら、囁きは誰が聞くこともない。はずだが。
「……なら、陰我がない日はむしろ異常なのか?」
今度の声は、影の口元からのつぶやき。
「そりゃそうだろ。陰我消滅の夜は20年に一度、言ってみりゃイベントだぜ」
「そういわれると、そんな気もするな」
言うと、影は顔を上げて空と街を見る。遠目には美しいこの夜景も、中に入って近づいていけば綺麗だけではないという事を知る。
美しく見えてもそれだけとは限らない。
「ま、それが魔戒士の日常ってやつだ」
締めくくるような声に、影は小さく苦笑した。答える代わりに、別の事を口にする。
「――今日のところはこちらは落ち着いたようだ。向こうに行くか」
「あいよ」
そうして影はマンションの屋上から跳びだし、紛い物の星空の中へ姿を消した。
神世紀300年、4月。
この先に待つ変化の時代を、まだ誰も知らない。
ゆゆゆと特撮のクロスオーバー……仮面ライダー、ウルトラマン、戦隊シリーズと様々な良作品があります。
なら、マイナーだけどコイツがいてもいいじゃない?というノリで頭の中のイメージをひねり出したのがこのSSです。
文章がなかなか簡潔に出来ないので見辛いかと思いますが、お付き合いください。