結城 友奈は勇者である 神の揺り籠   作:ヴィルオルフ

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2020年、あけましておめでとうございます。

前回から2か月も空いてしまいましたがどうにか続きを書くことが出来ました。
遅筆で申し訳ないですが今後ともよろしくお願いいたします。


第10話「フューチャー・ゲイザー(未来を見つめて)」

 ――あれは、2年前の秋の事。大橋で大きな事故があった日。

 夕方に、突然うちに見知らぬ人がやってきた。

 時代錯誤な神職の服装に、顔全体を隠す仮面を付けた人たち。ただ、仮面についた7つの枝と5つの根を持つ木を象った紋様の事は私もお姉ちゃんもよく知っている。

 四国で一番大きな組織、『大赦』の紋章だ。お父さんもお母さんも大赦で仕事をしているから、そのマークは見知っている。

 けれど、お父さんもお母さんも(仕事場の事はわからないけど)うちや街中では仮面をつけたりはしていなかった。

 その事に怯えてお姉ちゃんの後ろに身を隠した私をよそに、神官さん達は話があるとお姉ちゃんを連れて行って。

 

 少しして帰ってきたお姉ちゃんから。お父さんとお母さんが死んじゃったと教えられた。

 

 それからは元の家を引き払って讃州市に引っ越して。新しい学校に通うようになって。

 慌ただしさがひと段落したころには、お姉ちゃんは“お母さん”にもなった――料理に掃除、洗濯その他の家事も。お母さんがしていた事を全部やれるようになっていた。

 それだけじゃない。家事の合間を縫いながら、私の勉強も見てくれて。学生の本分である勉強も、学校が急に変わったのに前にもまして力を入れて優等生と褒められるほど。更には勇者部の部長として、校内に限らず町中でどんどんみんなのためになる事をして褒められ、頼りにされている。

 その毎日はせわしなくて、でもとても充実した表情で毎日を送っている。それが私の姉、犬吠埼 風だ。

 そんなお姉ちゃんは私の自慢で。

 でも、同時にその大きな背中を見ているだけ――もしくは背中に隠れて、手を引かれながら後をついていくだけの自分の事を、恥ずかしいと思うこともあって――。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 部活の時間も終わり、夕日が差し込む勇者部の部室で、涛牙と風はチェス盤を広げて向かい合っていた。

 もっとも、実際にやっているのはチェスではない。

 風の側には5色のシールを貼ったポーンの駒とキングの駒が。涛牙の側には「ア」「タ」「リ」「レ」「ジ」「ピ」「水」と一文字が書かれたシールを貼った7種の駒が横一列に並んでいる。

 5人の勇者で神樹を防衛する勇者の『御役目』。これから訪れ得る最悪――残り7体のバーテックスの総攻撃を想定したシミュレーションだ。

 

 当然の事ながらルールも違う。普通なら一手ごとに攻守が変わるがここでは自分の手番で手駒は全て1回は動かせることにしている。

 そんなわけで。涛牙は手駒を横一列のまま一斉に前に動かした。全7体のバーテックスが一斉に攻め寄せてくる。これが涛牙が想定する最悪だった。

 

 対して風はその盤面を睨みながら難しい顔をする。

 何日か前からこの展開のシミュレーションをやっていて一度もしのぎ切れていないのだから仕方がないか。

 涛牙も急かす気はない。ここでどれだけ悩み、知恵を出せるかが、この事態が現実になった時の役に立つのだから。

 そうして風は長考を続け――

 

「白羽くん」

 不意に声を掛けてきた。

「ギブアップか?」

 聞き返すと、風は真剣なまなざしを涛牙に返し、

「樹のテストの件、いいアイデアはない?」

 全く関係のない事を尋ねてきた。

 

「――ここで、それを聞くか」

 しばしの絶句を挟んで漏れた涛牙の声には、多少ならず呆れの気配が混ざっていた。

「だーってー!みんなでアレコレ試してるけどうまくいってないんだもんー!バーテックスも大事だけどこっちもアタシには大事なのよー!」

 アウゥと呻く風に涛牙はため息をつく。

「別に、うまくいかなくても死ぬようなことはないだろう」

「いや、生き死に絡むような話にされるのもアレだけど……」

 さすがに引き気味になりながら、風は後を続けた。

「ホラ、姉としては樹が凹むところは見たくないし、クラスのみんなに樹のスゴイ所を知ってほしいな~てのもあるのよね」

 

 言いながら、風は手元の駒のうち4つを分散して進め、青いシールを涛牙側の駒の1つに貼る――美森が狙撃してます、という印だ。

 

「うちって2年まえに引っ越してきたから、樹も昔からの友達とは離れちゃっててね。人見知りな方だからこういうきっかけがあると友達作りやすいんじゃないかって思うのよ」

 そう続ける風に頷き、涛牙もまた駒を動かす。シールを貼られた駒は足止めされたものとして、残りの駒で分散した勇者を各個包囲していく。

「下手なら下手なりに声を掛けられるがな」

「体験談?」

 先日のカラオケで音楽の成績が悪い事を明かした涛牙の言い分だ。不穏を感じた風が聞くと、

「ああ。随分と囃し立てられたが、ひと月もすれば皆飽きたようだった」

「ダメじゃない……。白羽くんはメンタル鋼だろうけど樹はそうじゃないんだから」

 あまりアテにはならない話ではあった。

 

「ホント、どうしたモンかしらね……」

 本格的に樹のテストの方で悩みだした風に、ため息をついて。

 涛牙は先日の事を思い返していた。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 樹の歌唱テストの日が近づこうとも、勇者部への依頼は関係なしにやってくる。

 そんなわけで、涛牙は河川敷の清掃の依頼を受けてゴミ拾いをしていた。

 河川敷や海岸のゴミ拾いは勇者部にちょくちょく入ってくる依頼で、勇者部の黒一点である涛牙はこの手の依頼を率先して受けている。依頼が増えてきた最近では、勇者部からの参加が彼1人という事も増えてきた。

 

 だが、今日は。

「珍しいな」

 樹が同道していた。

 涛牙が改めて言うように、人見知りであったり身体を動かすのが得意とは言えない樹が、風の下を離れて体力勝負な依頼に就くのは珍しい。

「……ちょっと、身体を動かしたくて」

 弱気な声で答える樹に、フム、と涛牙は得心する。

(気分を変えたくなったか)

 テスト対策は連日続いているが、目に見えるほどの成果は上がっていない。じっとしていると焦りばかりを感じてしまうから、身体を動かすことで気を紛らわせるつもりなのだろう。

「無理はするな」

 多少の気遣いを込めてそういうと、涛牙はゴミ拾いを再開する。

 

 神樹という明確な崇拝対象が実在することもあってモラルが高いと言われるこの時代だが、だからといってゴミをポイ捨てする人がいなくなるかといえばそうでもないし、強風で飛ばされたゴミが川に行き着くこともある。時には、古い家財道具や家電が置き去られていることもあったりする。

 

 

 ――そうした器物が陰我を宿すオブジェにならないとも限らない。警戒はして損はない。

 

 

 そうしてしばらく作業を続けていると、ふとした様子で樹が口を開いた。

「……あの、涛牙先輩」

「なんだ」

 手を休めずに尋ね返すと、樹はしばし言葉に迷ってから、意を決したように聞いてきた。

「涛牙先輩が勇者部にいる理由って何ですか?」

「――藪から棒だな」

 改めて振りむけば、樹は涛牙にしかと目を向けていた。

 真剣な質問だと理解して、涛牙は素直に答えた。

 

「そのように指示されたからだ」

 そう答えると、樹は露骨に困った表情をした。

「なんでそんな事を聞く?」

 気になって聞き返すと、また少し口ごもってから、樹は答えてきた。

「この間、家の事や勇者部の事で、お姉ちゃんにばかり大変なことをさせちゃってるって話をしたら、お姉ちゃん、理由があるから頑張れるって言ってたんです」

「ふむ」

 涛牙が相槌を打つと、樹は後を続けた。

「……私、理由なんて何もなくて。勇者部に入ったのも、勇者になったのも、みんなお姉ちゃんについていっただけで」

 空を見上げて樹は言う。夏の近づく空は突き抜けるような青で、その広さと深さに却って気分が沈んでいく。

「そう考えてたら、なんだか色々分からなくなってきて。涛牙先輩はどうなのかなって思ったんです」

 

 深いため息をつく樹に、涛牙は春先の事を思い出した。勇者に選ばれバーテックスとの戦いが始まった時、樹が勇者として戦うことを選んだのは、確かに、姉である風が戦うから、だった。

 今改めて樹が悩むようになったのは、それだけでは自身の理由に足りないと感じるからか。

「助けになれずに、すまんな」

 実際問題として、涛牙が勇者部にいる理由は先ほどの通りだった。それがなければ、勇者部には混ざっていなかっただろう。

 

「だが、大体の場合、理由なんて“人から言われた”とそう変わりはしないだろう」

「……そうでしょうか?」

 弱気な顔をする樹に、肩をすくめる。

「今、俺たちがゴミ拾いをしている理由は?」

「勇者部に依頼があったからです」

「そうだ。そう頼まれたからだな。では学生がテスト前に勉強に力を入れるのは?」

「……テストで、いい点を取りたいから?」

「そうだな。それが何故かと言えば、親の望みに応えるためや、周囲に笑われたくないとかだ。どうだ?大袈裟な理由でもないだろう?」

「それは、まあそうですけど」

 

 あまり納得出来ていないような様子の樹に、涛牙は後を続けた。

「犬吠埼の理由は俺も知らないが。勇者部については大赦の指示。家の事はお前がかわいいから世話を焼きたがっている。そんなところだろう」

 風が妹を可愛がっている――というか溺愛している――という事は去年のうちから勇者部員は皆察していたし、樹が入部してからはその予想に間違いがなかったことを改めて実感しているので涛牙はそう言ったのだが。

 樹の悩み顔が晴れる様子は見られなかった。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

「――理由を深く考えすぎか?」

 ポツリと呟いた声に、風はン?と首をかしげたが、涛牙にとっても独り言に過ぎない。手を振る仕草で話題を追い払う。

「まあ、ダメだった時は犬吠埼が宥めてやればいい」

「うまくいかないこと前提にしないでよ?!」

 そう言う風も、ではどうすればよいか?となるとアイデアがあるわけでもない。

 

 最大の問題は、樹が人前で緊張しすぎることだ。それを解消さえ出来れば――普段口ずさむように歌うことが出来れば――テストは何の問題もない。

 腕組みをして風が難しい顔をしていると、不意に風のスマホが震えだした。

「?白羽くん、ちょっといい?」

「むしろ今日はこれでお開きにするか」

 いっそ樹のテスト対策に集中すべきと思った涛牙の言葉に頷いてから、風は電話に出て、

 

『風先輩!わたし、いいアイデアがあるんです!』

 

 友奈からの電話に、風は感嘆の声を上げた。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 そして、テスト当日。

 放課後の勇者部部室に樹が入ると、すでに部員が勢ぞろいしていた。

「樹ちゃん、テスト、どうだった……?!」

 緊張した面持ちで聞いてくる友奈に、樹は。

「歌のテスト、ばっちりでした!」

 笑顔と共にⅤサインを見せると、涛牙を除く全員が歓声を上げた。

「やったね!樹ちゃん!」

「みなさんのエールのおかげです!」

 友奈とハイタッチをしながら、樹はポケットから、ノートのページを切り取った寄せ書きを取り出した。

 

 それは、友奈の思いついたアイデアだった。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

『樹ちゃんが緊張しちゃうのって、1人でみんなの前に出るせいじゃないかと思うんです!』

 友奈がそう思ったきっかけは、勇者部の活動中の事。

 幼稚園の手伝いに行った時、みんなと一緒にいると元気にはしゃいでいた園児が1人になると大人しくなるのを見て、不意にカラオケ店での樹の様子とダブるものを友奈は感じた。

 1人で歌うとき樹はたどたどしい歌い方になったが、他の人と一緒に歌う時、樹の歌は緊張を感じさせなかったのだ。

『だから、樹ちゃんはその場には1人だけど、わたしたちがいる、一人っきりじゃないよって伝えられたら、きっと緊張せずに歌えるんじゃないかって』

 

 それは、或いは発想の転換と言えた。

 ここまで、樹を含めた全員が、如何に樹が“1人で”本番の緊張を乗り越えるかを主眼を置いていた。

 

 だが。樹が緊張する理由が友奈が気づいた通りであれば。

 

 テストに向かうのは樹1人でも、そこに勇者部のみんながいつもそばにいるという安心感を感じることが出来れば。緊張を和らげてテストでうまく歌えるようになるかもしれない。

 美森に相談して「なるほど」とお墨付きを得た友奈は、美森と共に練ったアイデアを風に伝えたのだ。

 

「前もって伝えるよりは、その場で驚かせるような形がいいと思うわ」

「なんで?東郷さん?」

「事前に伝えられても、テストで緊張するのは自然なことだもの。緊張を解して余裕を持たせるというなら、予想だにしない出来事を起こして緊張自体にヒビを入れてしまうのがいいと思うの」

「なるほど!サプライズだね!」

 あるいは、バラエティ番組で流れるドッキリ企画と似ているかもしれないが。

 

 とまれ、方向性が決まったからには後はそちらに突き抜けるのみではあった。テストまで時間もないし。

 他の生徒や教師の手前、大掛かりな真似は出来ない。確実性の高い方法は寄せ書きでの励ましのメッセージ。

 テストでどの歌を歌うのかはすでに把握済み。寄せ書きを使うページに挟んでおけば、当日開いた途端に目に入るというプチサプライズだ。

 

『テストが終わったら打ち上げでケーキ食べに行こう!』――友奈

『周りの人はみんなカボチャ』――美森

『気合よ』――夏凛

『周りの目なんて気にしない! お姉ちゃんは樹の歌が上手だって知ってるから!』――風

『案ずるよりやってみるといい』――涛牙

 涛牙の一言の脇に、風のモノだろう筆跡で「音楽1より」と書き足されていたが。

 

 樹が朝に弱い事を活かして、風がテスト当日の朝、樹の隙をついて教科書に挟み込んだ寄せ書きは、友奈の思った通りの効果をもたらしたのだった。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 その日の帰り道。自転車を押しながら風は樹と並んで家路を歩いていると、不意に樹が声を掛けてきた。

「あのね、お姉ちゃん」

「ん?どしたの?」

 風の質問に、樹ははにかむような表情を見せてから、

「私、やりたい事が出来たよ」

 と伝えてきた。

「えっ、何々? 将来の夢? お姉ちゃんにも教えてよ」

 風にしてみれば、いつも控え目、引っ込み思案だった樹が自分から将来の目標を語りだしたのだ。テストの成功の事も併せてかなり話題に食いついてくる。

 だが、樹はニッコリと笑いながら、

「……秘密♪」

 とだけ答えた。

「えぇ~。誰にも言わないから教えてよ~。ね?」

 風が重ねて尋ねても、

「ダーメ、恥ずかしいもん」

「ちぇー、残念」

 心底残念そうに言うが、その時の風の表情は穏やかに笑っていた。

 風は、樹の事は大体分かっている――気弱そうに見えて心の深いところで存外しっかりとしていることも含めて。無理に聞き出そうとしても話はしないだろうと風は思った。

「……でも、いつか教えるね」

「OK。じゃあ、その時まで楽しみに待つとしますかね」

 いつかは分からないけど、先々に楽しみな事が出来た。

 そんな事を思いながら、風は朗らかに笑った。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 お姉ちゃんには、私に何か大きな目標が出来たように聞こえたかもしれないけど、実際のところはそんな大げさな事じゃない。

 やってみたいことが出来た。

 歌のテストの後、クラスのみんなに歌声をほめられて、その中でふと出てきた言葉が自分に引っかかった。その程度の話だ。

 でも、これは私にとって初めて、自分の気持ちに従って、自分だけでやりたいと思った事。

 

 お姉ちゃんの背中に隠れて、背中を追いかけているだけの自分が情けないと思う事もあった。変わりたいと思うこともあった。

 思うだけじゃ何も変わらないと知っていても、その一歩を踏み出していいのか、と躊躇っていた。それがお姉ちゃんを、自分を助けてくれるたった一人を困らせてしまわないかと。

 

 でも、歌のテストの一件で分かった。

 お姉ちゃんだけじゃない、友奈さん、東郷先輩、涛牙先輩、夏凛さん。勇者部の皆さんは私のテストのためにたくさんの助けをくれた。

 私はたくさんの人に助けられている。一人っきりじゃないんだって。

 ――きっと、お姉ちゃんや友奈さんは「何をいまさら」って言うだろうけど。

 

 だから、私はもっと勇気をもって踏み出していい。躓いても手を貸してくれる人がいるんだから。

 そして。いつかは私自身が人に手を差し伸べられるようになりたい。

 

 うまくいくかどうかはやってみなくちゃ分からない。上手くいかなくて、お姉ちゃんに残念な報告をすることになるかもしれない。

 でも。こうして少しずつ自分で決めて行動することを積み重ねていけば、私はお姉ちゃんと並んで歩けるようになるはずだ。

 

 

 

 うん、と自分の気持ちにブレがない事を確かめて、私は『最初の一歩』を踏み出した。

 




そろそろゆゆゆ本編前半の山場、バーテックス決戦編に近づいてきました。
バトルの熱さをマシマシチョモランマに出来たらいいなと思いつつ、更新を頑張る所存です。
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