ある夏の夕暮れ。普段と変わらぬ黄昏色の中。
人類の未来を賭した戦いは、何の予兆もなく始まった。
四国を囲む巨大な壁――神樹の起こした奇蹟の1つであり、殺人ウイルスの蔓延る外と内を隔てるその壁は、世界が樹海化した時も変わらず聳えている。
その壁のすぐそばに、巨大な6つの異形が現れていた。
バーテックス。神樹を壊し、人を滅ぼさんとする悪意の申し子。
バーテックスたちは、様子を伺うようにしばし壁に沿って留まっていたが、やがて動き出した。
蛇のような細長い体躯をくねらせて先陣を切るのは、『牡羊型』ことアリエス・バーテックス。
七色に染まった根が覆う樹海の大地、その上をアリエスは奥にそそり立つ神樹を目指して進む。
進む。進む。
進む。進む。進む。
進む。進む。進む。進む。
進む進む進む進む進む進む進む進む――
平坦だった大地は、次第に根がうねるように複雑に絡み合い、地面の起伏は神樹に近づくにつれて大きくなる。
もっとも、宙に浮いているアリエスには大した障害にもならない。異形はただ、進み続ける。
その、無人の荒野を行くが如き進行に、或いはアリエスは奇妙さを感じたかもしれない。
何の妨害も障害もないまま、神樹へ近づけることを、変だと思ったかもしれない。
だが。結局アリエスは速度を落とすことなく樹海の中をただただまっすぐに進み続け。
「今!」
己の後を追っていたバーテックスが攻撃されて、初めて動きを止めた。
攻撃を受けたのは『牡牛型』――タウルス・バーテックス。
名前が示す通り、牛の如き大きな角を生やしたそのバーテックスは、先行するアリエスの後を少し離れて追っていた。
その角に、突如として銃弾が撃ち込まれる。
倒すには及ばないが、その攻撃にタウルスは勢いを抑えられ、
――ガガガガン!
更に何発もの狙撃が角に叩き込まれる。たまらず後退するタウルスの様子を視界に納めながら、アリウスはタウルスを襲う狙撃の出処を見定める。
――いた。
神樹から伸びた根が作る起伏の隙間に潜み、美森はタウルスにライフルの攻撃をひたすらに撃ち込み続ける。アリエスには目もくれずに。
敵を見つけたアリエスはすぐに攻撃に移る。
アリエスの攻撃方法は、電撃。頭部から放つその一撃でタウルスを妨害する勇者を倒そうと美森を正面に捉え。
「甘いっ!」
物陰から飛び出した夏凛がチャージされていた電撃もろとも頭部を切り裂く。
アリエスの周囲は、神樹から伸びた根が複雑に入り組んでいる。それは勇者が身を潜めて接近するのに丁度いい死角がいくらもある、という事でもある。
その有利を活かして、半ば囮の役割も担った美森に集中したアリエスに、夏凛は奇襲をかけることに成功した。
バーテックスが人間のような視覚を持っているのかはわからなかったが――どうやら、障害物を透視するような感覚器ではないようだ。
深々と切り裂かれたアリエスだが、まだ致命傷ではない。自身のもう一つの能力をすぐさま発動させた。
斬られた頭部が、それぞれ頭部へと再生していく。
増殖・分裂。それこそがアリエス・バーテックスの持つもう一つの能力。他のバーテックスがダメージの修復止まりなのに対して、アリエスは斬り落とされた部分から増える事が出来る。
「なっ、増えた?!」
さすがにこれは知らなかった夏凛が驚愕の声を上げる。その隙を逃さず、アリエスは2つに増えた頭部から改めて電撃を放つ――!
「させませんっ!」
――よりも先に、アリエスの背後から姿を見せた樹のワイヤーが頭部をまとめて絡めとる。
「っ、ナイス、樹!」
「夏凛さんっ!今のうちに!」
樹の呼びかけに、夏凛は刀を数本召喚して投げ放ち、アリエスの周囲を囲むように地面に突き立てる。
「「封印、開始!」」
2人の呼びかけに応えて、勇者アプリの封印機能が発動。アリエスの動きが固まり、その身体から御霊が露出する。
バーテックスにとって致命の弱点たる御霊。当然その場を逃れるために足掻こうとするが。
「何も、させない」
彼方からの銃弾が、出てきてすぐの御霊を貫き砕く。
――アリエスから美森の姿が見えているなら、美森からだってアリエスの姿は見えている――
身体が七色の光に霧散する中、その事を、アリエスは理解できただろうか。
『友奈ちゃん、風先輩!1体仕留めたわ!』
「さっすが東郷さん!」
精霊に持たせたスマホから聞こえる美森の報告に、友奈は喜びの声をあげ、風は小さくガッツポーズをとった。
――突出するバーテックスがいるなら、そいつは囮だ――
「こっちの読みがうまい事当たったわね!」
涛牙と繰り返したシミュレーションを思い返しながら、風が言う。
――バーテックスに知性があろうがなかろうが、一斉に攻め込むのが一番合理的だ。
――もし一体が先行してくるなら、そいつは囮だ。頑丈なのか特殊能力持ちかは知らんが、倒されにくい奴だろう。
――勇者がその一体に集中する間に、他が自由に動き回るか或いは集まった勇者を一網打尽にするか。そんな策はあり得る。だから――
「――だから、先頭の一体は極力引き付けておいて、他のバーテックスを抑えてから速攻撃破する」
そんなアドバイスに沿って戦闘開始前にみんなに伝えた迎撃プラン。それがうまい事かみ合ってくれた。
ありがたく思いながら、風もまた大剣を揮い、クラゲのような姿のバーテックスを打ち据える。
『魚型』こと、ピスケス・バーテックス。
地中を“泳ぐ”事で勇者の攻撃を受けずに移動することが出来るこのバーテックスもまた、タウルスと共に近づいてきていた1体だった。
地中を進んでいたピスケスも、タウルスが攻撃を受けた事を何がしかの手段で感知すると同時地上へと飛び出し、
「よっしゃ来たぁ!」
待ち構える風の切り上げに宙に打ち上げられ。
「勇者ぁ、キック!」
更に飛び上がっていた友奈に蹴り飛ばされ、その先に移動していた風の斬撃で身体を切り裂かれた。
勇者アプリに搭載されているレーダーは、地中に潜航したピスケスをも捉える事が出来る。最初からいることが分かっていて能力も把握済みなら、待ち伏せは難しくない。
封印の儀には至っていないためまだ倒せていないが、友奈と風の妨害でピスケスはアリエスのフォローに向かうことが叶わなかったのだ。
『こっちはアタシたちで抑える!夏凛はもう1体を!』
「任せなさ――」
風からの指示に応えようとした夏凛だが、その声は辺りに広がった大音声で遮られる。
美森がアリエスの御霊を射抜くために射線を外した一瞬。タウルスは可能な限りの速さで移動し追撃から逃れていた。そして生まれた猶予に、タウルスは攻撃へと転じたのだ。
頭にあたる場所にあった鐘。それを鳴り響かせることで発生する轟音こそが、タウルスの武器だった。
打ち上げ花火の音は、離れていても腹の底に響く。より近い距離で、より強力な音を放たれればどうなるか。
「う、ぐ……!」
「き、気持ちわるい……っ」
平衡感覚も内臓も揺さぶられ、夏凛と樹が膝を落とす。
バーテックスの攻撃を防ぐはずの精霊バリアも、この音は攻撃――少なくとも致命的な攻撃――とは見なさないのか発動しない。
「やられたっ!」
距離の近い2人ほどではないが響く音に顔をしかめて、美森が自身のしくじりに気づく。
タウルス・バーテックスの能力は、大赦でも確認できていなかった。
名前、そして特徴的な角から、以前倒した『蠍型』――スコーピオン・バーテックスと同様接近戦を仕掛けるタイプと判断したため、角へ攻撃を集中させたのだが、まさか音による攻撃とは想像していなかった。
「なら!」
失敗に気づいたならすぐに取り返す。その意気を込めてライフルの照準をタウルスの鐘に合わせて引き金を引こうとした、その時だ。
『東郷さん!上!』
スマホから聞こえる友奈の声に空を仰ぎ、頭上から迫る火球に美森の顔色が変わる。
過去の事故で足が不自由な美森は、勇者となっても走り回ることは出来ない。移動には勇者装束の背中から伸びたリボンのようなパーツを使うものの、他のメンバーのように跳躍することは出来ない。
つまり美森は、回避行動がとれない。
炸裂する火球に呑まれて、美森は吹き飛ばされた。精霊バリアで怪我はないが、衝撃でタウルスへの攻撃の機会が失われた。
「今のは――」
起き上がりながら美森は遠方を見据える。
未だ最後尾から動かない『獅子型』レオ・バーテックス。星を思わせるように身体が中央から縦に割れ、そこから再度火球が打ち出されたのは丁度その時だ。
迫撃砲のように放物線を描いて飛ぶ火球は、落下の最中に軌道を変えて美森へ迫る。どうやら追尾機能があるらしい。
「この!」
ライフルは連射には向かない。武器を散弾銃と拳銃に切り替え、火球に向けて撃ちまくる。
撃ち込まれる銃弾の1つが火球に刺さり、爆発を起こす。
爆風をこらえてレオを睨み返すと、すでにレオからはいくつもの火球が連続して撃ち出されていた。
(まずいっ!)
火球の群れに弾雨で応戦しながら、内心で呻く。このままでは轟音に晒されている夏凛と樹が危ない――!
「風先輩!東郷さんが!」
その様子は友奈からも見えていた。
「しゃらくさいわねっ!」
舌打ちしながら風はピスケスに切りかかるが、ガスの目くらましに怯んだところに体当たりを受けて弾かれる。大したダメージではないが、風の心に焦りが増していく。
地中へ潜らせないことでピスケスを釘付けにしていたはずが、逆にピスケスに足止めされた状態になった。美森の支援が封じられたままでは、タウルスの攻撃にさらされている樹と夏凛が危ない。
少しの思案を挟んで、風は友奈に指示を飛ばした。
「仕方ないっ!友奈、一度コイツを潜らせる!」
「えっ?!」
「コイツのガスも体当たりも精霊バリアなら耐えられるわ!いったん見逃して他のみんなを助けに行く!」
「わかりました!」
答えて、友奈はピスケスに突進、気づいたピスケスは頭部を上に反らせる。これまで下から上へと繰り返された攻撃にカウンターを合わせようとしたのだ。
だが、今度の友奈の攻撃は打ち上げる攻撃ではない。
頭部を振り下ろすピスケスとすれ違うように友奈は宙に跳び、牛鬼の力で拳に炎を纏わせると、炎の一部を下への推進力にして組み合わせた両拳をピスケスに振り下ろす。
「勇者ぁハンマー!」
叫んだ技名の通り、ハンマーのように打ち込まれてピスケスが地面に叩きつけられる。どうやら地中潜航はピスケスの意思がないと使えないらしい。
「とぉりゃあぁぁぁ!」
そうして動きを止めたピスケスに、大剣を常より巨大化させた風の渾身の斬撃が叩き込まれる。その一撃は、ピスケスの胴体を半分ほどまで切り裂いた。
そこに更に、未だ空中にいた友奈が正拳を打ち込もうと突進する。これ以上はまずいと感じたのか、ピスケスは能力を発動させて地中へともぐりこんだ。
追撃こそ叶わなかったが、2人でピスケスに足止めされる状態は解除できた。
「後ろに下がっていったみたいね」
レーダーを見ると、ピスケスのマーカーが後退していくのがわかった。
「風先輩!急ぎましょう!」
「そうね。また仕掛けてくるかもしれないからレーダーには注意して!」
頷き合って、2人は仲間の下へ駆け出した。
な、なんとか2月中に1本投稿できた・・・
いや、もちょっと早く書けるかな~とか思ってたんですがどうにも展開がうまく広げられずにこんなザマに。
しかも結構文字数は少なめという、「こんなはずじゃなかった」が重なってしまいました。
ホント、更新が遅くて申し訳ないです。