そんな鬱屈をどうにかぶつけて、バーテックスとの決戦を最後まで進めることが出来ました。
鳴子百合を象った光の花。その輝きを、その場にいた全てが目にした。
最も近くでその光景を見たのは、放たれた光に弾き飛ばされたジェミニ・バーテックスだった。
着地したジェミニが顔を上げた先。光の花の中心。そこに犬吠埼 樹はいた。身に纏う勇者装束を、白を基調として神職を思わせる形の満開装束に変えて。
「すごい……!」
軽く手を握るだけでも分かる。感じる。今、自分の身体に途方もない力が満ち溢れている事に。
そして、様子を見ているジェミニに強いまなざしを向ける。
「ここから先には、通さない!」
樹の気迫に押されたのか、ジェミニは一歩後退り――しかし、一拍を置いて再び駆け出した。
――ジェミニはバーテックスの中でも特異な方面に特化した個体だ。
とにかく神樹に到達する。その一点を突き詰めた結果の小型化・高速化がジェミニの武器と言える。
逆に言えば、何がどうあれジェミニに出来ることはただ1つ。障害を突破して神樹まで突き進むのみ。
そして。樹の武装はジェミニにとって最悪の相性だった。
教えられなくとも、樹自身が今の自分の力を理解出来ていた。
『満開』したことで背中に追加された装備――後光を象ったような円環についた蕾が花開く。その1つ1つが、普段樹が使っているワイヤー射出機と同じもので。
「いっけえぇぇぇ!」
叫びに応えるように、無数のワイヤーが辺り一面に放たれる。それはさながら投網の如く。
ジェミニがどれほど早く動けても、動ける空間全てを抑えらればもう速さは関係ない。宙を駆けるワイヤーに瞬く間に絡め取られる。足で斬り払おうと藻掻くが、ワイヤー自体の強度も跳ね上がったため効果がない。
そうして四肢を拘束されたジェミニに、樹はとどめを刺す。
「――おしおきっ!」」
右手を握り締めると、その動きに連動するようにジェミニを捕らえたワイヤーが締め上げ、その体躯をバラバラに刻み上げる。
後には元のサイズに応じるように小さな御霊が残り――それも、ワイヤーの1本に刺し貫かれて光と散った。
「あれが――『満開』」
その様子を見た風が呟く。
『封印の儀』なしに、バーテックスを正面から撃破するほどの力。ジェミニが特別脆い可能性もあるが、切り札というだけあって圧倒的な力だ。
「お姉ちゃん!夏凛さん!」
見事にジェミニを撃退して近づいてきた樹に、風の方から飛びつく。
「わ、わわっ?!」
「樹ぃ~!よくやったぁぁぁ!思ってた通り、樹はやれば出来る子~!」
抱きしめ、頭を撫でる姉に、樹の方が面食らって赤面する。
「お、おねえちゃん?恥ずかしいよぉ」
もっとも、こうして手放しに褒められて悪い気はしない。こそばゆい気持ちになりながら風の抱擁にしばし身を委ねる。
樹の上げた大金星を心底喜びテンションが上がり続ける風だが、傍から見ていた夏凛は、
(あ、これ放っておいたら止まらないやつだ)
感動しきりの風を軽くはたいて、まだ残る問題に目を向ける。
「ハイ、それくらいにする。まだ終わっちゃいないんだから」
視線の先では、ライブラの暴風とアクエリアスの放水がまだ続いている。
「そ、そうですね夏凛さん。タウルスも傷が治ったら出てきますし」
樹にもそう言われて、多少ふくれっ面をしながら風も敵を見る。動いていないところを見ると、完全に「待ち」に徹して樹海へダメージを与える事に集中しているようだ。
「……あの強風とぬめり水を突破しないと、ひたすら泥仕合よね」
「そうね。樹のワイヤーでここから攻撃出来ない?」
夏凛に聞かれて、樹は少し考え――首を横に振る。ヒョイと浮かび上がり、
「多分、ここからじゃ届かないと思います。それに、ワイヤーが強くなった感じもありますけど、さっきみたいに刻める気はしないです」
勇者に変身すると、自分の力で「何が出来るか、出来ないか」がなんとなく分かる。その感覚に従えば、自分の武器ではさすがに巨体を持つバーテックスにはとどめをさせる威力はない。
「何とか近づければいいんだけどね……」
近づけないという難題をどうするか。当初の問題にぶち当たって、風は樹から改めてバーテックスに向き直り――樹を二度見した。
「ど、どうしたの、お姉ちゃん?」
「樹、
あまりにも自然に宙に浮いている樹を見上げる風に、樹も不意に気づいたように答えた。
「あ。ホントだ。――なんだか、空を飛べるみたい」
「ええ……」
その様子を見て、夏凛も呆けた声を上げる。大赦で訓練していたとはいえ夏凛も『満開』については知識でしか知らない。空を飛べるようになるとは思っていなかった。
だが、樹の返事を聞いて、風はニンマリと笑みを浮かべた。
「お、お姉ちゃん?」
不審がる樹に答えずに、風は自身の満開ゲージを見る。左太ももにあるゲージは、すでにチャージ完了を示す光が満ちていた。
「――これならイケるわね」
「風、アンタも」
「ええ。樹があんだけかっこよく決めたんだから、アタシもいいとこ見せないとね!」
吠えて、駆け出す。
「お姉ちゃん、私も!」
後を追おうとする樹を、夏凛が押しとどめる。
「樹、落ち着いて。まだまだ後が続いてるんだから、慌てて動くより他のバーテックスに注意しなさい!」
「ハ、ハイ!」
その間にも風は大地を駆け、アクエリアスの水場の縁まで到達し、
「どぉりゃあああ!」
ライブラに向かって全力で跳ぶ。暴風がその小さな体を木の葉の如く吹き払おうとする中で。
「満開!」
裂帛の声と共に、樹海の大地から七色の光が風に収束し、オキザリスの花を象った光が空に咲き誇る。
その光に包まれ、神々しい満開装束となった風が、ライブラの暴風を突き抜ける。
その突進に危険を察したのか、アクエリアスが放水を放つ。放水と言えど、径を絞り強烈な勢いがあれば石をも裂くウォーターカッターとなる。まともに受ければ勇者と言えど危うい。
まともに当たれば、だが。
アクエリアスの放水をヒラリとかわし、風は手にした大剣――満開したことで更に巨大化し、身の丈をはるかに上回るそれをライブラへ振り下ろした。
「はあっ!」
真芯を両断せんと放った一撃を、ライブラは仰け反るかのように斜めになる事で即死を避ける。
だが、半身を切り飛ばされたことで、回転していた上半身は支えを失い後方へと吹き飛んでいく。
「ちっ!」
仕留めきれなかったことに舌打ちしながら風はもう1体の厄介者、アクエリアスに視線を向ける。
直撃は危険と悟り、アクエリアスは巨大な水球で自分を覆う。斬撃の威力を落とすための、いわば水のバリアだ。
だが。
『風先輩、左へ!』
美森からの連絡に従い横へどくと、アクエリアスの前には朝顔を象った光が。
そこから現れた美森の満開は、樹や風のそれとは趣が違った。
巨大な砲身を複数伸ばした、浮遊する円盤のような戦艦。その上で、満開装束を纏った美森は右腕を振り上げた。
「ワレ、敵軍ニ総攻撃ヲ実施ス!」
同時に砲身が一斉にアクエリアスに集中、太い閃光を連射する。
普段の狙撃銃を遥かに上回る威力の砲撃が連続して突き刺されば、アクエリアスを守っていた水のバリアもあっという間に弾け飛び、アクエリアスの体躯を削る。
「このままトドメを!」
さらに美森は砲撃のエネルギーを船体正面の一点に集中、収束砲撃として発射した。その威力は先ほどの砲撃を更に上回る。当たれば水のバリアごとアクエリアスを霧散させるに足る。
文字通り必殺の砲撃。最初の砲撃斉射で動きが鈍っていたアクエリアスに回避の術はなく。
故にアクエリアスを救ったのは、地中から飛び出したピスケスだった。
「「なっ?!」」
風と美森が揃って驚く中、ピスケスはアクエリアスを突き飛ばし、代わりに砲撃に呑まれその身体を光の粒子へと返していく。
「バーテックスが、仲間をかばった?」
呆気に取られながらも、美森は再び砲身をアクエリアスに向ける。戦いの流れを取り戻した以上、ここで一気に趨勢を決めるべきだと直感したのだ。
「東郷さん、危ない!」
不意に掛けられた友奈の声にハッと息をのむ。その時には、レオが放った巨大な火球が美森に迫っていた。先ほどまでの火球とは違う、必殺を企図した一撃。精霊バリアで防ごうとして。
「くっ?!」
感じた悪寒に従って咄嗟に船体をよじって回避。遥か彼方で火球は炸裂し、その爆風はバリアの上からでも強い衝撃を美森に通した。
「な、なんて威力……!」
自身の収束砲撃に匹敵する威力だ。迂闊に受けていたらそれこそ満開状態が解除されていてもおかしくない。
「東郷さん!大丈夫?!」
「!友奈ちゃん?!」
地面にいたため爆発の影響が少なかった友奈が美森に声を掛ける。
「友奈ちゃんこそ大丈夫?」
「うん!今ので濡れてたのがマシになったくらい!東郷さん、わたしも――!」
熱を伴った爆風の影響でかなりぬめりがマシになったらしく、たどたどしくも立ち上がった友奈が自身も『満開』しようとスマホを手に取る。
そんな友奈に頷こうとして、
「――待って友奈ちゃん」
「え?」
ふと視界の隅に起こった変化が、美森から顔色を奪う。
「――まだ、使っちゃダメ」
同じころ、こちらも爆風で態勢を崩していた樹と夏凛もどうにか立ち上がる。
「あれが、レオの本気ってワケ?!」
「すごい威力です……」
炸裂した辺りを見ればキノコ雲が立ち上っている。樹海にどれだけの悪影響があったか、正直考えるだけでも恐ろしい。
「2人とも、大丈夫?!」
風が空から呼びかけてくるのに揃って頷き返すと同時、突如レオの方が明るくなる。
疑問を浮かべながらそちらを見て。
「今度は何?!」
風がどうにか疑問の声を上げる。
ライブラとアクエリアスを屠る間に近づいてきたレオ・バーテックスが突如として灼熱したような姿になると、半壊していたライブラとアクエリアス、修復を待っていたであろうタウルスがその灼熱の中に溶け込んでいく。
さながら太陽のような火球が樹海の空に生まれ――そして弾ける。
そこには、新たなバーテックスが誕生していた。
先ほどまでのレオを尚上回る巨体。タウルスの角やアクエリアスの水球等、一体化したバーテックスの特徴を残すパーツ。どこか均整がとれていたレオとは違う歪な禍々しさを漂わせる風貌。
称するならば、「レオ・
レオであり、しかしレオ・バーテックスではない新たなバーテックスの出現だった。
その威容に、勇者部も気圧される。夏凛さえ無意識に半歩後退るほどだ。
『みんな!』
そこにスマホ越しに友奈の声が響く。
「友奈?!そっちは無事?」
『大丈夫です、風先輩!』
風の問いかけに答えて、友奈は更に後を続ける。
『この合体したバーテックスさえ倒せば御役目完了ですよね!わたしも満開使えます!』
確かに、合体したことでバーテックスの数自体は残り1だ。満開で強化されることを考えれば、友奈の満開が加われば倒せるかもしれない。
だが。
「――その前にアタシが仕掛けるわ。満開の力で仕留めきれるか、試してくる!」
数は減ったが合体したバーテックスだ、パワーアップしているのは確実。満開で御霊もろとも倒せるか、推し量る必要はある。
そんな勇者側の相談をよそに、レオ・スタークラスターは無数の火球を生み出し、一斉に撃ち出してきた。
「散って!」
指示を飛ばして風は火球の雨あられの中を満開の出力で突っ切る。直撃こそ避けるが火球は近寄ればそのまま炸裂し、風の軌道に沿って炎の花が咲き連なる。
もちろん他の勇者たちにも火球は怒涛の勢いで迫る。
追尾してくる火球を美森が砲撃でまとめて潰し、樹は無数のワイヤーで切り裂き、夏凛は接近すれば炸裂する特性を逆利用して誤爆させる。
(さっきまでより威力がデカい!)
直撃でもないのに精霊バリア越しに揺さぶられ、風は合体したバーテックスがかなり強力になった事を実感する。それでも強引に近づき、大剣を揮う。
「おおっ!」
生み出された水の防壁を勢いと質量で物ともせずに引き裂き、レオ・スタークラスターに一撃。その威力に身体を削られ、レオ・スタークラスターが少し後退する。
まともに入った一撃で、仕留めきれない。
(硬い!)
手に返ってきた痺れを感じながら、風は合体したバーテックスへの評価を改める。
こいつはいわば、“満開したバーテックス”だ。満開した勇者ならバーテックスは『封印の儀』なしでも倒せるが、コイツは力押しだけで倒せるほど甘くない。まして、
(この『満開』、ずっとは使ってられない)
感覚的に分かる。『満開』による強化は一時的なもの。使い切ってしまえば元の状態に戻る他ない。そうなればこのバーテックスは押しとどめる事さえ難しい。
ライブラの如く回転して大気そのものをぶつけてくるレオ・スタークラスターから一度距離を取る。後方から美森の砲撃がレオ・スタークラスターに突き刺さるが、アクエリアスやピスケスのように削り切るには至らない。
ならば。
「友奈は満開をとっておいて!こいつは『封印の儀』で倒す!」
いつも通りの正攻法で倒す。それしかない。
そんな勇者たちに、細かな火球の連打では埒が明かぬと考えたのかレオ・スタークラスターは火球を収束させ、太陽のような巨大なエネルギー塊を生み出す。
特大火力で勇者を倒す。力で圧倒しきるつもりのようだ。
通常状態のレオの収束火球が『満開』した美森の最大火力と同等だった。ならばレオ・スタークラスターの収束火球の威力はどれほどか。
ついに放たれた収束火球の前に、風は真正面から突撃する。
「お姉ちゃん?!」
「風先輩?!」
樹と友奈からの悲鳴交じりの声に、風は毅然と叫び返した。
「コイツはアタシが防いで見せる!勇者部一同、封印開始ィ!」
大剣を掲げ、精霊バリアと飛行の推進力の全てを費やして、火球の進行を防ぐ。接触してすぐ炸裂しないのは、風が近すぎるせいで爆発の影響をレオ・スタークラスター自身も受けるからか。
そしてレオ・スタークラスターにとってもこれが全力の攻撃である以上、その周囲を勇者が囲んでいくのを妨害できない。
「やろう!みんな!」
「ええ!」
「わかりました!」
「ったく、私にもいいとこ残しなさいよね!」
友奈の声に合わせて4人が『封印の儀』を開始する。
レオ・スタークラスターの足元に封印を示す紋様が現れ、動きそのものが封じられる。
風が受け止めていた火球が突如炸裂したのはその時だった。
時限式だったのか足元の勇者を無理やり引きはがそうとしたのか、或いは爆発を抑えていたのはレオ・スタークラスター自身で封印のせいで抑えられなくなったのか。それは誰にもわからないが。
「お姉ちゃん?!」
爆発をモロに受けて風が地面に叩きつけられる。精霊バリアはあれどその衝撃は相当なもの、満開装束も元の勇者装束に戻ってしまっている。だが、そんな満身創痍であっても、
「――ソイツを、倒せぇぇぇ!」
勇者部の部長として。バーテックスとの戦いを率いる者として。風は今なすべき事を叫ぶ。レオ・スタークラスターを倒し、御役目を終わらせることを。
その檄に、駆け寄ろうとした樹も表情を引き締めて『封印の儀』に集中する。
そして。遂にレオ・スタークラスターの御霊が露出して。
「「「「ハアッ?!」」」」
全員が声を上げた。
レオ・スタークラスターと同じほどに巨大な御霊が、遥か上空に浮かんでいたから。
「大き……すぎるよ……」
呆然としながら樹が。
「大きさイコール強さだっての……?!」
さすがに慄きながら夏凛が言う。天高くに鎮座されてはそもそも手が出せない上に地上から見ても分かる巨大さ。たどり着けても壊しきるまでに『封印の儀』が効力を失ってしまう。
レオ・スタークラスターの御霊の防衛策とはつまり、“壊しきられないようにする”ことなのだろう。確かに、これは勇者では壊しきれない。
――通常の、勇者なら。
「大丈夫!おっきくても御霊なら、いつもみたいに壊せばいい!」
友奈が叫び、
「乗って、友奈ちゃん!私の『満開』なら友奈ちゃんを乗せてアレの傍まで行ける!」
美森が友奈の傍に円盤を寄せる。
友奈が飛び乗ると、美森は自身の戦艦に全力での上昇を念じた。
そうして空を進むと、進む先から何かが飛んでくる。
「やっぱり、妨害手段自体もあったのね」
呟いて、美森は飛んでくる障害物を砲撃で落としていく。時折砲撃を御霊自体にも撃ち込むが――大きな破壊には繋がらない。
「この御霊の強度――一気に壊すなら」
「満開が必要、だね?」
友奈の問いかけに頷き返して、美森は更に速度を上げる。御霊までの距離が急速に縮まっていく。
「私の全力で友奈ちゃんを届けて見せる!だから」
「ありがとう、東郷さん。見てて、やっつけてくるから!」
美森の願いにこたえて跳躍し、友奈もまた切り札の名を呼ぶ。
「満っ開!」
桜の花を象った光が閃き、満開装束となった友奈が御霊へと突撃する。
拳を振りかぶれば、『満開』によって追加された巨大なアームも連動するように振りかぶられ、
「ハアァァァァァァっ!」
拳の一撃が、御霊に大きなヒビを入れる。
ここまで巨大なら、御霊も拳の一撃程度では砕けない。バーテックス同様の修復能力で損傷を補おうとする。が。
「アアアアアア!」
友奈が連続でパンチを放てば、修復を上回る速度で御霊が破壊されていく。
一撃の破壊力で風に、連撃の早さで夏凛に迫る。破壊力と速度の両立こそが結城 友奈の本領だ。
「みんなを守って――」
砕く。砕く。砕く。
繰り返される打撃が御霊の内側を抉り砕いていく。
「――わたしは、勇者に、なる!」
内側を砕かれ、御霊の修復もそちらに集中する。中にいる友奈ももろとも潰す勢いだ。その圧迫を受けて、しかし。
友奈は苦悶の表情を浮かべながら、その脳裏に勇者部の皆を思い浮かべる。
風が、樹が、夏凛が、そして美森が。自分の背中を押してくれた。この場所にたどり着かせてくれた。
ならば、諦めるわけにはいかない。
「勇者部五箇条!一つ、なるべく諦めない!」
ありったけの力を拳に込めて、御霊の中を砕いて進む。自分がどれだけ進んできたのかは気にしていられない。とにかく行き着く先まで、むしろ抉りぬいて向こう側に飛び出すまで壊し続ける心づもりで拳を揮う。
「五箇条、もう一つ!なせば大抵――なんとかなる!」
その声と共に、揮った拳の先にこれまでとは違う感触。どこかガラス細工を砕いたような気配と共に、友奈の周りに迫っていた御霊の中身が光となって散っていく。
(御霊を、壊せた!)
それと同時に、友奈の装束が元の勇者装束に戻っていく。
御霊の破壊に全霊をつぎ込んだことで、『満開』が解除されるのも早かったようだ。
脱力感と共に宙に投げ出された友奈を、同じく勇者装束に戻っていた美森が受け止める。
足元には、朝顔を象ったような足場。満開が解除される時に、足場となっていた部分だけ残したようだ。
(東郷さん、やっぱり器用だな)
そんな事を思いながら、自分を抱きとめた美森を見上げる。
「お疲れ様、友奈ちゃん」
「えへへ、美味しいところだけもらっちゃった」
お互いの無事な姿に安堵しながら、友奈と美森は笑いあう。
地上では、こちらも満開状態が解けた樹がフラリと倒れる。
「っと」
夏凛が抱きとめると、樹は静かな寝息を立てていた。風の方も、ずいぶん静かだと思ったら意識を失っていたらしい。
「……ま、あれだけ頑張ったんだもんね」
この調子だと、空から戻ってくる友奈や美森も気を失っているだろう。
七色に輝く花弁が天空を含めた全てを包み込んで樹海化が解けていく様子に、御役目が終わったのだと感じながら夏凛もまた目を細めた。
そして。
瞬きする間に、世界は色彩溢れる樹海から、見慣れた景色に戻っていた。
もう2年、見続けている単色の天井に。
一つ大きな息をついて、窓の外を見やる。そこには夕暮れの赤に染まった空がある。
これもまた見慣れた空だ。昔は雲の形が変わる事を楽しんでいたことがあったはずなのに、ベッドから動けずに見る空では楽しみを見いだせないのは何故だろうかと思わなくもない。
瞼を閉じれば、そこに浮かぶのは先ほどまで見ていた樹海の様子と――樹海の空に咲いた4つの花。
「まいったなぁ」
折を見て話をしたいと思っていたのに、機会を探っているうちに事態が最後まで進んでしまった。残る全てのバーテックスの襲来と、それ故に避けられない『満開』の使用。そして12
これで、彼女たちは勇者の御役目を解かれ、普通の生活に戻っていくことになる――自分の心中を離せないままに。
慎重に動いたことが仇になったか。けど自分の話を聞き入れてもらうには必要なステップがあって――。
「くやしい、かな」
「失礼いたします」
物思いにふけっていたせいか、声を掛けられるまで部屋に人が近づいていることに気づけなかった。
気を取り直す意味も含めて、どうぞ、と答えると、扉を開けて神官衣と仮面をつけた人物が、半ばひれ伏すような姿勢で入ってきた。声からすると女性のようだが。
「ただいま、当代の勇者様が御役目を無事終えられたとの連絡がございました」
「うん、そうみたいだね~」
無事。なるほど、無事だろう。誰も命を落としていない、どころか大した怪我も負ってはいないのだから。
「これも偏に神樹様の御加護と、御身のご献身の賜物と存じます」
「大袈裟だね」
感情のこもらない返事を返されても、神官にはたじろいだ様子はない。ひとまずの報告は終わったようで、改めて深く頭を下げると部屋から出ていく。
その背中にため息を一つついて。少女は改めて窓の外を見やった。無機質な天井よりはそちらの方がマシな風景だ。
決戦を見る中で食いちぎった口元から赤い血が流れている事は気づいていない。
神官は、少女を一度も見なかったために。少女は、皮膚の触覚が失われているために。
戦闘開始から終了まで3話も費やすとは、どんだけ~。
この3話、オリ主は出番なし。勇者じゃないから仕方ないけど、どんだけ~。