決戦終わってから退院まで4話もかかるとは。更新も遅いですが展開ものろくてすいません。
元の日常が戻ってきた勇者部ですが、一方でなにやら蠢くものも出てきたようで。
薄闇が落ちる部屋の中、涛牙は眼前の相手に意識を研ぎ澄ませていた。
僅かな動きも見落とすまいと涛牙が集中を高めていく一方、相手は普段と変わらぬ穏やかな様子を保ち、
「!」
次の瞬間には涛牙の視界から消えた。
かすかに感じた気配に合わせて剣を揮うと、それは頭上から放たれていた棒を打ち弾く。
相手が油断ならぬと知っていたが故に極度に集中し――それが逆に視界を狭めていたことに、後から気づく。
得物を弾かれたにも関わらず、相手は体勢を崩すことなく着地。同時に棒を揮って涛牙が踏み込まんとする先に楔の如く打ち込む。
「く!」
屋内で、天井もそう高くはないこの部屋はリーチの長い武器は却って不利となるのに、それを感じさせぬ自在な棒捌きは、見るだけでその技が円熟の物であることを知らしめる。
ならば、と後退し、空いた左手で懐から万年筆――その形をした魔導筆を取り出し、筆先を相手に向ける。
円を描くように筆先を揮えばそこに魔導陣が浮かび、魔導力が収束、弾丸として放たれた。
視界に残像のみを残して飛ぶその魔導弾を、相手は瞬時に魔導力を込めた棒を自身の正面で回転させ、盾の如く弾き散らす。
のみならず、その先端が描いた円をなぞる様に光弾がいくつも生まれる。涛牙がやった魔導弾生成を、より容易く、より多くやってのけたわけだ。
「――ハ」
そんな小さな声と共に棒の先を突き付ければ、いくつもの魔導弾が涛牙に向かって殺到する。顔色を無くした涛牙がどうにか身をよじり、跳ね、かわし、或いは弾丸を切り弾くが、それは相手から見れば大きな隙だ。
肉薄。そのまま無音の気迫と共に棒を振りぬく。
胴を打たれた涛牙はそのまま壁まで吹き飛ばされ、鈍い音を立てて叩きつけられた。
痛みにあえぎながらも剣を構えなおす涛牙を見下ろして。
「思ったより、鈍っていないな」
構えを解きながら、白羽 海潮はそうつぶやいた。
「……思ったよりって、なんだよ……っ」
苛立ちを交えた口調で涛牙が言うと、海潮は肩をすくめて答える。
「儂の下から離れて、学生生活を送りながらの一人暮らし。鍛錬の時間は減るし、街には誘惑も多かろう?」
「で、心配して俺の様子を見に来たわけか。馬鹿にすんなよ」
フン、と鼻を鳴らして涛牙も剣を鞘に納める。鋭く響いた鍔鳴りは、涛牙の苛立ちを言外に語っていた。
「俺は、早く一人前になりたいんだ。未熟なうちに手抜きなんてしないよ」
『そーそー。学校終わったら、一人稽古するか勇者のストーカーかしかしてねぇよ』
「ディジェール。ストーカー言うな。勇者候補――今は勇者か。その身辺警護は番犬所からの指示なんだぞ」
『ハハッ。悪ぃ悪ぃ』
胸元に言い返す涛牙に、海潮は難しいしかめっ面を見せた。
「もうちょっと遊びたがってもよかろうに。儂だって若い時分は街に出かけてナウなヤングらしい事をしたいと思ったぞ?」
『海潮翁、いくらなんでも死語が過ぎるぜ……』
ディジェルのぼやきはひとまず放置して涛牙が魔戒筆で宙を一薙ぎすると、鍛錬のために暗くしていた部屋に灯りが戻る。
涛牙の暮らす部屋は、『グアルディア』というダイナーが入る雑居ビルの中にある。
部屋自体はフロアの半分ほどはありかなり広いのだが、ベッドや机、学生生活を送るための家具はその部屋の一角に押し込められ、残りのスペースは、壁際にいくらか鍛錬用の器具がある他は何もない。
コンクリートむき出しの壁や天井には魔戒符が多数貼り付けられ、居室というよりは武道場の一角という方が近い。ちなみに、今部屋を明るくしたのも魔戒札が光を放っているからだったりする。
「じゃあ、俺の様子見が讃州に来た理由か」
水を海潮に差し出しながら、涛牙が聞く。
勇者部の面々には『孫の顔が見たい』と来訪の理由を述べていたが。
涛牙が知る祖父――白羽 海潮は強く峻厳。第一線こそ退いたが、法師でありながら未だに並みの魔戒騎士を凌ぐ力を持つ。その力量は現役の騎士や法師達も一目置き、番犬所とは別の形で重鎮と見なされることさえある大人物だ。
薄情とは言わないが、孫の顔見たさに地元を離れることは考えられない。
「――まあな。顔を見たかったのも嘘ではないんだが」
水を一口飲むと、海潮は部屋の片隅に目をやった。そこには海潮が持ち込んでいた荷物が置かれている。
「まあ、道具の差し入れと、伝えたいことがあってな」
道具については、涛牙としてはありがたい限りだ。涛牙も魔戒札くらいは作れるが、同じ魔戒札でも腕の立つものが作った物は効果が抜群に跳ね上がるし、より複雑な道具は涛牙には作れない。
「ありがたいけど、伝えたい事?」
つまり、番犬所を通さない生の情報ということか。
怪訝な顔をする涛牙に、海潮は一拍置いてから口を開いた。
「東郷 美森。ただいま勇者部に帰還しました」
不意に耳に入った声に、涛牙はふと我に返った。
壁に寄り掛かった姿勢で声の方を見ると、ようやく退院の許可が出た美森が迎えに来た勇者部一同に向けて敬礼をしているところだ。
「うむ、お勤め御苦労!」
そんな美森に合わせたノリで風も敬礼を返す。行き交う患者や看護師が数名、怪訝な表情を浮かべるのを見て、夏凛は小さくため息をついた。
「……全く、こっぱずかしい事を」
「これで勇者部メンバー、全員復帰だね!」
心底嬉しそうな友奈の声に皆が頷く中、少し離れた場所にいた涛牙が声を掛ける。
「この後は家にそのまま直帰か?」
「そうですね……。送迎の自動車を手配してもらっていますが――まだ少し時間がありますね」
そんな美森の返事を聞いて、車椅子のグリップを握った友奈が提案した。
「じゃあ、ちょっと屋上行ってみようよ。今の時間だと、夕焼けが綺麗じゃないかな?」
「お!いいわね。じゃ、行っていいかちょっと聞いてくるわ!」
そう言って手近な職員に駆け寄る風に、ヤレヤレといった様子で肩をすくめてから涛牙も後を追う。
その背中を、美森が鋭く見据えている事に気づく者はいなかった。
屋上の扉を開けると、そこには茜色の空が一面に広がる美しい風景が広がっていた。
「ん~!夏でもこの時間は涼しいわね~。風も気持ち良いわ!」
風の感想に頷きながら、一同はそこから見える街の景色を眺めた。
夕焼け色に染まる通りを行き交う人々。家々から零れる灯り。いつもと同じ日常を皆が過ごしている街の姿がそこにはあった。
それを眺めて、友奈は感慨深く呟く。
「わたし達が、この街を守ったんだね」
「うん」
美森が頷くと、続いて風が口を開いた。
「ま、普通の人達は、アタシ達の戦いの事なんて何も知らないんだけどね」
「そこはしょうがないわよ。殺人ウイルスの中からバケモノが生まれて襲ってきます、なんてパニックになるだけよ」
夏凛の言葉に風もそうね、と頷いて言った。
「……でも、みんなが勇者として戦っていなかったら、この世界は無くなってた。……ここに住む人は、みんな死んでいた」
友奈たちは改めて街を見やる。
そこには危機の事を知らずに日々の生活を送るたくさんの人がいる。
勇者部はその活動から多くの人と関わり合ってきた。商店街の人たちや町内会の参加者、幼稚園の児童や他所の学校の生徒たち。他にもたくさん。
バーテックスの侵攻を阻めなければ、そうした人々は皆命を落としていた。
世界を救った、と言われてもそうそう自覚は出来ないが、多くの人々の暮らしを守る事は出来た。街を眺めているうちに、そんな想いが刻まれていく。
「みんな、今更だけど、本当にありがとう」
そうしてみんなで街を見ていると、風が改まって礼を述べた。
「騙すように勇者部に入れて、何も知らせずに大赦の御役目に巻き込んだのに。こんなアタシと一緒に戦ってくれて、すごくうれしい」
ずっと胸の奥に残っていた罪悪感を吐き出すようにそう言うと、友奈は困ったような笑顔で返す。
「も~。風先輩気にしすぎですよ。御役目も終わったんだし、気にしなくていいですよ」
友奈の言葉に樹もウンウン、と頷く。続けて夏凛も、
「勇者の御役目に選んだのは神樹様なんだし、アンタがアレコレ背負いこむことじゃないでしょ。責任感あるのはいいけどね。涛牙くらいにドッシリしてなさいよ、部長」
「……何か良くないことを言われた気がする」
言葉とは裏腹にまるで動じる様子もなく呟く涛牙に、皆でクスクスと笑う。
そして、美森はふと呟いた。
「私、初めての戦いの時、凄く怖かった……。怖くて、逃げ出したくて……。でも、逃げなくてよかった」
かつて御国を守る為に戦った人々も、この当たり前の日々を守りたかったのだろうと思うと、そんな護国の英霊たちと同じ場所に立てたことに誇らしささえ感じる。
そんな心中を吐露できるくらいに、美森は眼下の景色に感じ入っていた。
「ねえ、友奈ちゃん。私、ちゃんと勇者、出来てたかな……?」
「もちろん!すっごく勇者出来てたよ!」
友奈に褒められて、東郷も微笑み返す。
「ありがとう、友奈ちゃん」
そんなタイミングで、ふと夏凛がポケットの中からの振動に気づく。
「あ、ちょっとごめんね」
断りを入れてスマホを取り出すと、そこにはメール着信のマーク。確認すると、差出人は『大赦』となっていた。
(もしかして)
一瞬息を呑んでから内容を開く。
『申請受理』という件名で届いていたのは、こんなメッセージ。
『申請は受理されました。あなたは卒業まで讃州中学にて勉学に励みなさい』
数日前。未だ今後の身の振り方について連絡が来ないために夏凛の方からある連絡を送っていた。
讃州中学に残り続けることを希望することを。
その返答が、これだった。この学校にいていいという事。
それを見て夏凛の表情が緩んだのに、美森は気づいた。
「どうしたの、夏凛ちゃん。嬉しそう」
言われて、夏凛は慌てだした。勇者部の人柄に絆されているとはいえ、夏凛が思う自分とは『凛とした完成型勇者』なのだ。
「べっ、別に喜んでないから!」
「ねえねえ夏凛ちゃん、どんなメールなの?」
「ば、人のプライベート詮索すんじゃないわよ?!」
そうして夏凛を中心に皆がワイワイとにぎやかになる中で、ほぼ同じタイミングで届いたメールを見た風の表情は硬くこわばっていた。
『勇者の身体変調と満開の後遺症については、現在調査中です。しかし貴方達の肉体の異常は見つかっておらず、変調は一時的なものと思われます』
大赦に向けて発した、身体の不調と『満開』の関係についての質問への回答。
そこには、この不調は一時的なものであろうとの見解が書かれていた。
自分よりも『勇者の力』や『満開』について詳しい大赦からの見解だ。信じていい。
「……………」
そのはずなのだが、何かシックリと来ないところがある。
難しい顔をしていると、ふと背中に視線を感じた。
振り向くと、心配した表情で樹が見ていた。
心配ないわよ、と声には出さずに笑顔を見せれば、樹も納得したように笑みを返した。
そう。心配はない。自分たちは御役目を果たし、ごく普通の中学生の日常に戻るのだ。
そして日常と言えば。
「そういえば、もうすぐ夏休みね。アンタたち、何するか考えてる?」
「ああ、もうそんな時期ですね。入院していたからちょっと感覚が」
「中学に入って2度目の夏休みかぁ。なにしよっかな?」
もうすぐ始まる夏休みの事で、友奈が何をしようかと考えだす。
そこに最初に口を挟んだのは、意外にも夏凛だった。
「う、海に、行く……とか」
小さくはあったが、その一言は周りに充分聞こえていた。
「え、何て?」
「な、何でもないわよ!」
耳に手を当てるジェスチャーをする風に夏凛が怒鳴り返すが、もう遅い。
「だよね!夏といえば海!」
同じく聞いていた友奈が賛成を示す。
『山でキャンプも』
スケッチブックで樹も意見を出す。続いて美森が、
「夏祭りも楽しみね」
と言えば、風も夏休みにしたい事をぶち上げる。
「花火もやっとく? やるからには、打ち上げ花火100連発ぐらい!」
「多っ?!」
夏凛のツッコミが綺麗に入り、皆で笑い合う。
「こうしてみると、やりたい事って結構あるわね」
美森の言葉に、ならばと友奈が言う。
「なら、全部やればいいよ!全部やろう!」
「よっしゃ!そんじゃ勇者部一同、この夏休みは思いっきり遊ぶわよ~!」
「「「お~!」」」
「夏休みの宿題、忘れるなよ?」
涛牙の言葉には、とりあえず全員で耳をふさいでおいた。
おとぎ話のような戦いが終わり、勇者たちは日常に戻る。
勇者にならなくても、勇者部は続いていく。
時間は、いくらでもあるのだから。
(そう、日常が返ってくる)
夏の予定で盛り上がる一同を遠目に見ながら、涛牙は街に目を向けた。
友奈や風たちが見たように、そこには勇者の御役目もバーテックスの事も知らずに人々が過ごす日常がある
そんな日常に潜む、ホラーの影も。
未だ番犬所からの次の指示がない以上、勇者たちの御役目が終わっても、涛牙の為す事が――日常が変わるわけではない。
(いや、違う)
だが、胸中で頭を振る。先日、海潮から告げられた一言が、この日常を砕きかねないことを涛牙は察していた。
そう、ソレは近づきつつある。
――“クナガ”が、香川に近づいている――
「アアアアアアア……」
夜の路地裏で、男が上げた悲鳴はしかし音になりはしなかった。
それは、貪られる魂から響く悲鳴。人の耳には入りはしない。それを聞く者は――
「ァァァ――ふぅ」
その男の魂を喰らい、肉体を奪った怪物しかいない。
ホラー。魔界に棲まい、人の「陰我」を辿って現世に現れる怪物。そして大抵の場合、ホラーが現世に現れた時にはその器となった人間が犠牲となっている。
「陰我」に満ちた人間。或いは彼・彼女は何がしかの悪を為したのかもしれないが、それは果たして魂を喰われ、永劫の苦しみに落ちるほどの悪であるのか。それは誰にも――ホラー自身にも分からない。
ホラーが分かるのはもっと単純な事。
「さテ、腹ガ減っタな」
自分たちの餌である人間が数多いる現世では、いくらでも人を喰えるという事。
ニヤリ、と笑みを浮かべてホラーは奪った器の歩を進め。
「!」
そこに、いつの間にか黒い人影がいた。
さっそく獲物が現れた、と舌なめずりをしようとして。
黒い影が踏み出すに合わせて後ずさったことに、ホラー自身が困惑する。
なぜ?自分が狩る側なのに?
そんな疑問に戸惑っているうちに、人影は剣を抜き放った。
夜闇の中でなお鋭く輝く刃を見て、ホラーは目の前の影が何か理解する。
「魔戒騎士か!」
運がいいと思ったのは間違いだったと、ホラーは毒づいた。ホラーが人を狩るならば、魔戒騎士はホラーを討つ。人外の力を持つホラーをして、容易い相手ではない。
戦うか、逃げるか。
迫られた二択で、ホラーは逃げることにした。視界の隅には、中身の入ったゴミ箱。これで目潰しをしてその間にどうにか――。
(おかしい)
逃走を図ろうとした刹那、不意にホラーの脳裏に疑問がよぎる。
そう、おかしい。
魔戒騎士であっても人に憑依したホラーを見分けるには、魔導火で照らすなどの手順がいるが、この騎士はそれをしていない。
自分が人に憑りついたのを見ていた?ならばなぜすぐに斬ろうとしない?
まるで、人がホラーに憑りつかれるのを、待っていたような――。
「まさ
か、と言い切る事は出来なかった。
逃げ道を探して視線を動かした一瞬。その一瞬で、騎士の刃はホラーを両断していた。
斬られたホラーは邪気となって剣に流れ込む。流れ込み、更に刃を遡って騎士自身の力となっていく。
「アアアアアアア……」
夜の路地裏で、ホラーが上げた悲鳴はしかし音になりはしなかった。
それは、貪られる魂から響く悲鳴。人の耳には入りはしない。それを聞く者は――
ホラーを屠り、その邪気を己の力とした怪物しかいなかった。
と、足を引きずりながら新たな人影が路地裏に現れる。灰色のロングコートに手には直剣。
全身怪我だらけながら、彼はこの地域を任された魔戒騎士だった。
「貴様!」
灰色コートの魔戒騎士は、黒い魔戒騎士に剣を突き付ける。
何を問う必要もない。つい先ほど、ゲートの気配を察して急行した彼の前に立ちふさがり、徒手空拳で叩きのめした者こそ、この黒い魔戒騎士――外法に堕ちた騎士なのだから。
敵意を向けられて、しかし黒い騎士は何ら興味を示さず。
「おのれ!」
灰色コートの騎士が踏み込もうとした瞬間、背を冷やすほどの風が黒い騎士から吹き寄せる。
一瞬目を閉じ、次の瞬間には、黒い騎士の姿はどこにもなかった。
なんか夏が終わったと思ったら急に冷え込んできた気がする。
やっぱり季節のおかしさが段々深まってる気がするなぁ。