結城 友奈は勇者である 神の揺り籠   作:ヴィルオルフ

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さて、2021年1発目がようやっと出来ました。

友奈の章もクライマックスが近づいてきてます。今回、ついにあの娘が……!


第22話「ディテクト・タイム(『満開』考察)」

 犬吠埼 樹はずっと姉の――風の背中を見てきた。ほんの2つ年上なだけで、両親亡きあと自分を支えてくれた大きな背中を。

 いつかそんな姉と肩を並べたい。それが、樹の夢だった。

 

 だからこそ分かる。

 

 バーテックスとの決戦が終わり、夏が過ぎていく中で、少しずつその背中が翳りを纏う様子を。

 学校や部活の間、ともすれば家で過ごしている間も、風は変わらず勇者部部長として、姉として、頼れる年長者であろうと振舞っていた。

 だが、それでも時に弱気の気配を漏らすことを隠しきる事は出来ない。特に、その背中を見てきた樹にすれば。

 時が経つほどに何故翳りが増すのかと言えば、やはり身体の不調が治らないからだろうと樹が考えるのはごく自然な事。

 

 樹自身も早く治る様にと喉によい事を調べたりはしたが功を奏さず、自分も含めた勇者部の面々はみんな不調が治らないのだ。勇者になる切っ掛けとなる勇者部に招き入れた風が後ろめたく感じるのも無理はない。

 

 逆に、先の見通しが立てば風の調子もよくなるのでは?

 そう考えた樹だが、さて誰に話をするべきか。

 姉から不安の種を取り除くための相談を姉にするわけにもいかない。

 友奈や美森は自分と同じくそもそも勇者の事を深く知っているわけでもないし、夏凛は、

(多分、夏凛さんも知らないよね)

 部活中、自分以外のメンバーを不器用ながら気遣う様子は樹も気づいている。不調について知っていれば普通に話し出しているだろう。

 となれば多分、夏凛もこの不調について詳しいわけではない。

 

 なら、消去法で1人しか残らない。

 大赦から、姉の補佐として派遣されてきた、この人なら、何か分かるかもしれない。

 そう考えて、樹は教えられていたアドレスにメールを送り、こうして顔を合わせる事が出来た。

 

 

「何か食べるか」

 テーブルの向かい側でベーグルを食べていた涛牙に声を掛けられて、樹は頷いた。

 午後に出かける用事があるという涛牙に合わせて会う約束をしたので、風にも昼ご飯は外で食べると言ってある。少し早いがここで食べてもいいだろう。

 そう思ってメニューに目を向け――そこに並ぶ数字に少し固まる。

 そこにあるのはファストフードのチェーン店とは違う金額。中学生のお小遣いにはちと厳しい。

 その様子を見て取って、涛牙が助け舟を出した。

「ズレた時間を指定したのはこちらだ。奢る」

 頭を下げて、それでもなるべくお高くないものとしてサンドイッチを頼む。

 そうして頼んだものが来るのを待つ間に。

「相談は――犬吠埼のことか」

 涛牙の質問に、樹は頷き、用意していた質問をぶつけた。

 

『身体の不調は、治ると思いますか?』

 

 そのストレートな質問に、涛牙はしばし動きを止めてから口を開いた。

「俺は勇者システムについてはまるで詳しくない。その前提で、俺個人の所感ということでなら、だが」

 そう前置きしてから、涛牙は感じていることを言う。

「……治らないのではないだろうか」

 その一言で表情を凍らせる樹に、内心謝りながら、涛牙は先を続ける。

「不調が出てもう2ヶ月近く。良くも悪くも変わらないなら、現在の状態で安定していると考えるのが自然だ」

 それは、つまり。

『もう、お姉ちゃんの目は』

「ああ」

 言い切られて、樹の目に涙が浮かぶ。風の目だけではない。自分の声に友奈の味覚。美森の左耳の聴力。不具合で失ったそれらは、もう戻らないだろうと言われたのだ。

 うっすらとは感じていた、しかし明確に言葉にされたその事実に、樹が拳を握り締める。

(なんで、こんな事に……っ)

 希望が潰えた事に憤りを感じる中で、涛牙は尚口を開く。

「原因は――やはり『満開』の反動だろう」

 それは、樹もそうではないかと思っていたことではある。俯きながら頷くと、涛牙は先を続けた。

「溜め込んでいた力を一気に解放する『満開』。その反動が大赦の予想を上回ったんだろう。結果、体機能の一部が損傷を受けた」

 淡々とした説明を受けながら、不意に樹はスケッチブックに何かを書き込み始めるが、涛牙は言葉を続ける。

「三好は『満開』を繰り返すことでより神樹様の力を使えるようになる、と言っていたが、それは身体が『満開』の発揮に慣れていくという意味だったのだろう」

 それは、トレーニングを繰り返すことでより負荷の大きい運動が可能となるように。

 だが、そうして慣れていけるだろうと見込んだ大赦の予想を、『満開』の反動は上回った。結果、勇者たちの身体に不具合が発生してしまった。

 

 大赦にしてみれば、まさか『満開』の不備で体機能が失われたなど伝えられるわけもない。だからひとまずは「問題なし」と言って取り繕ったのではないか。それが涛牙の考えだった。

 将来的に治せる見込みがあればよし。治せなかったら――バーテックスの呪いだとでも言っておくのだろうか。

 

 そう推論を述べているうちに、樹は書き上げたスケッチブックを涛牙に見せた。

「む?」

 急いで描き上げたせいで荒れた筆致だが、人型に向かって地面から矢印が何本も伸びている様子を描いたことが分かる。

「……これは?」

 尋ねる涛牙に、樹は余白に一文を追加した。

『『満開』したときはこんな感じでした』

「つまり……樹海から力が流れ込んでいた?」

 涛牙の言葉に樹は頷く。最初に使った自分はよく見えなかったが、風が『満開』する様子はしっかりと見ている。

 

 そして、涛牙は難しい顔で考えを巡らせ――不意に目を見開いた。

「樹……繰り返すが、俺は勇者システムに詳しくない。だからこれからいう事も、あくまで推論、思い付きだ。正しいとは限らない」

 改めて言い置く。その様子は、最初に断りを入れたときよりもずっと重々しい。

「勇者の力とは神樹様から受け取っている物。そして神樹様は四国の生活圏全てを支える必要がある。だから、勇者が使える力とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()となる」

 一度言葉を切ってコーヒーを飲み干す。ちょうど樹が頼んだサンドイッチが来たが、手を付けられる気配ではない。

「だから俺は、『満開』とは事前に貯めておいた勇者の力を一気に使うものと思っていた。だが、実際には神樹から『満開』分のエネルギーが更に渡されていた。そうすると、おかしいことになる」

 

――もしも『満開』時のエネルギーが最初から勇者の力として用意されているなら、『満開システム』自体が不要だ。『満開』状態で使えるエネルギーを最初から扱えるようにすればいいだけなのだから。

 だが、実際には『満開システム』は使用に制限や条件がある。つまり『満開』のエネルギーは本来勇者が戦うために用意されている分とは別、四国全体を支えるための神樹の力から取り出していることになる。

 それは言い換えれば、『満開』を使うほどに神樹自体がダメージを受けるに等しい事態だ。

 

「『満開』で神樹の力を必要以上に使えば、バーテックスにより樹海がダメージを受ける事と同じことになりかねない。その事態を避けるためには、必要以上に消費した神樹様の力を補う他にない。では、どうやって補うか――」

『お供え』

 震える手つきで書かれた言葉に、涛牙も頷き返す。

「身体の一部を供物として提供することで『満開』で消費した分の力の補填とする。そうすれば神樹様のエネルギーはプラマイゼロ。ついでにいえば勇者は身体を差し出した分神樹様との繋がりが強くなり、結果通常扱える力が増していく」

 その仮説がもたらす回答は、ひどく残酷なものだ。

 反動による負傷なら、神樹の加護だか何かを用いれば治せたかもしれない。だが、供物としての喪失なら――。

「――失われた体機能は、治る余地がない」

 失わせたのは、神樹そのものなのだから。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 夕暮れが空を染め始めた河川敷。その川面に小石が投げ込まれ、小さな波紋を広げる。

 その様子を暗い表情で眺めながら、樹はもう何度目かのため息をついた。

 

 あの後、涛牙は用事があると言ってどこかへ行ってしまった。去り際にケーキを奢りながら。

 ノロノロと食べたサンドイッチもケーキも美味しかった――はずなのだが、口にしていた時は正直何も感じなかった。

(ああ、友奈さんって今はこんな感じなのかな)

 そんな事を不意に思うくらい、涛牙の言葉は樹に衝撃を与えていた。

(治らない、かぁ)

 それも、神樹様の力をお借りすれば治せるかも――というわけにもいかない不治の喪失と聞かされてしまえば、こうもなる。

 この時ばかりは今自分が声を出せないことに感謝する。もし出せていれば、酷い悪口や或いは悲鳴を上げていただろうから。

 だが、そんな現実逃避もいつまでも出来るわけじゃない。そして、午前中のように普通にしていられるわけでもない。

(お姉ちゃん、絶対気づくよね)

 樹が見ていたように、樹の事をよく見ているのが風だ。隠していても落ち込んでいることを悟るだろう。

 そうして尋ねられた時、自分は誤魔化せるか?

(無理だ)

 むしろ、聞かれれば率先して伝えたい。知ってしまった事実(涛牙は仮説と念押ししているが)、その重さを分かち合ってほしい。

 けれど、知れば風は自分以上のショックを受けることも分かる。大赦の指示とはいえ、友奈や美森、樹を勇者部に集めたのは紛れもなく風で、勇者の御役目に関わらせたことを気に病んでいたのを樹は知っている。

(ホント、どうしよう)

 そんな心の矛盾に陥って、樹はこうして河原で時間を潰していた。

 と、樹の丸まった背中に声が掛けられる。

「……樹ちゃんっ?!」

 妙に切羽詰まった、聞きなれた声。

 振り向けばそこには予想通りの人がいた。

(友奈、さん?)

 けれど。顔色を失い怯えたような表情は、樹の知る結城 友奈のそれとはかけ離れていた。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 同じころ。

 こちらは海岸沿いの防波堤に腰かけながら、夏凛は今しがた大赦から届いたメールを冷めた目で見据えていた。

『犬吠埼 風を含めた勇者4名が精神的に不安定な状態に陥っています。三好 夏凛、あなたが他の勇者を監督し、導きなさい』

(出来るわけないでしょーが)

 あいにく自分は戦闘訓練は積んでいても、悩みを聞いたり解消したりといったカウンセリングなんて習っていない。むしろ人とのコミュニケーションは不得手なほうだ。

 

 自分以外の勇者が、どこか落ち着きのない状態になっているのは、夏凛だってわかる。

 特に、風・友奈・美森の3人だ。

 バーテックスの残党との闘いが終わった後、正しくはその翌日から。この3人の様子がおかしくなった。3人とも隠そうとしているようだが見ていれば分かる。樹が不安定になっているのは、むしろこの3人の様子を見ているせいだ。

 涛牙とも内々に話はしたが、急に様子がおかしくなった理由は不明。だが、解消に必要な事は分かる。

 

 決戦後に起きた不調の回復。未だ治らない身体が治れば、それだけで元に戻るだろう。

 そしてその筋道を立てられるのは、勇者システムを熟知し、神樹様とのやり取りさえある大赦をおいて他にないのだが。

(こっちに丸投げされても、ね)

 そもそも様子がおかしいと分かっているなら、誰か神官だか何だかが直接来るのが筋だろう。大人たちは顔も見せず、声も聞かせず、ただメールの一文だけで思い通りになれという。

 

 如何に完成型勇者として大赦に属する夏凛といえど、不信を抱くには充分だ。

(神聖な御役目を担う勇者様に不用意に接するのは畏れ多い、だったかしら?――どうやら言い訳だったみたいね)

 やれ敬意をだのといいながら、実のところ大赦の面々は勇者に近づきたくないらしい。

 

 そう思いながらも、仲間のメンタルケアは確かにしないといけないのも事実だ。今はまだいいが、このままだと部活の方にも影響が出かねない。

 ちょうど、近くに犬吠埼姉妹が住むマンションがある。

 風は他の部員を誘った負い目があり、樹は最年少な事に加えて、声を失っている。どちらも色々と参っていておかしくない。

 不調のない自分が行って何が出来るか、とも思うが、愚痴や不満の1つは聞くのが完成型勇者としての務めだろう。

 そう思ってマンションに向かおうとして。

 

 けたたましくガラスが割れる音が響いた。

 

 音の出処は――上?

 見上げた夏凛の視界に、宙を奔る人影が見えた。

 黄色い服、手にした大剣。それは、樹海の中では見慣れた、しかし現実世界ではその装束を纏う必要のないはずの。

「風?!」

 何が起きた?!なぜ勇者の力を使っている?!バーテックスが来た様子もないのに!

 混乱する夏凛の耳が、声を拾う。

「潰す……潰してやるっ!」

 その怒声に込められた憎悪は、凡そ犬吠埼 風のものとは思えないほどに深かった。

 




風、爆発する。
その経緯はまた次回で。

今回の話を書いていて改めて思いましたが、ゆゆゆ世代って他ののわゆ・わすゆ世代と比べて大赦の関与が無茶苦茶少ないですね。勇者システム渡して「あとはよろしく」みたいな感じでしかないのは、さすがに質が悪いっすよ。
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