今回もちょっと書式に手を加えるタグを使ってみました。
夕日が差し込む部屋の中。
犬吠埼 風は、自宅のリビングに力なく座り込んでいた。
普段の溌溂とした気配は消え失せ、虚ろな視線は今を映していない。
その瞳に今映るのは、数時間前。呼び出されて向かった美森の部屋で起きた出来事だった。
「――それで東郷。話したい事って?」
ことさら軽い口調で言うが、風は美森が話したい事について、ロクなものではないだろうという予感しかしなかった。
今ここにいるのは、風と美森、それに友奈。先日、『満開の真実』を共有した面子だ。夏凛や樹、涛牙がいない状態で話す事となれば、つまりはその事なのだろうと察しが付く。
風の問いかけに一つ頷いて、美森は自身の机の引き出しから、棒状の物を取り出した。
長さは30センチほど。黒い拵えのソレを手に取ると、美森は手慣れた様子で中身を引き抜いた。
現れたのは鈍く輝く金属の刃。
(短剣?)
なぜそんなものが引き出しの中になるのか。そもそもなぜ取り出したのか。
見ている2人が疑問に支配される中。
美森は迷わず刃を喉元に突き立てた。
「東郷さんっ?!」
友奈の悲鳴が響く中、首を切り裂こうとした刃は、しかし、姿を現した青坊主により止められた。
「東郷?!アンタ何やってんのよ!今、精霊が止めなかったら!」
慌てふためきながら問い詰める風を、
「――止めますよ、精霊は」
美森の言葉が押しとどめる。酷く静かなその言葉には、しかし激烈な感情が込められていた。
「ここ数日、私は何通りかの方法で自害を試みてきました。切腹。首吊り。飛び降り。一酸化炭素中毒。服毒。焼身……。それらは全て、精霊に止められました」
淡々とした口ぶりだが、その内容に友奈も風も背筋が凍る。
一度興味を持てばそこにのめり込む性格だと知ってはいたが、こんな時にまでその性格が出てくるとは。
「なんで、そんな」
そう呻く友奈の言葉を無視して、美森は更に言葉を続ける。
「システムを使って勇者になっていなくても。端末の電源を落としていても。精霊は勝手に動いて私を守った」
その視線が向けられた先は、離れたテーブルの上に置かれた美森のスマホ。友奈が手に取ってみると、電源が入っていない。
と、その動かないはずのスマホから精霊・刑部狸が飛び出し、美森の手から短刀を取り上げた。
「何が……言いたいの……?」
かすれた声で尋ねる風に、美森はやはり感情の見えない声で答えてくる。
「精霊は、私たち勇者の戦う意思に呼応して私たちを助けてくれる存在だと、そう思っていました。でも違った。精霊は、勇者の――私たちの意思に従っているわけではない。別の道理に従って行動している」
「別の、道理?」
「勇者を、どんな形の死や負傷からも守る。勇者自身の意思を飛び越えて。それに気づいたら、精霊の存在には別の意味がある様に思えるんです」
「どんな、意味よ」
「精霊は、ただ勇者の御役目を助けるものなんかじゃなくて、勇者を御役目に縛り付けるものなんじゃないかって。死なせず、戦わせ続ける為の装置じゃないかって」
その言葉に、友奈と風の視線は刑部狸に向かう。
そこにいるのは、普段見るときと変わらない、愛嬌を感じる精霊の姿。
いつもそばにいて、時には手を焼かせることもあって、そして戦いの中では守ってくれた。
牛鬼は気ままにスマホから現れては食べ物を美味しそうに食べて。犬神は名の通り犬のようになついていて。木霊や義輝もそれぞれ樹や夏凛と親しんでいて。
だが、美森の言葉を聞いた後では、その裏に悍ましいナニカが潜むような錯覚を覚える。
「で、でも!守ってくれるなら、悪いことじゃないんじゃないかな!」
友奈の言葉は、そんな愛らしい精霊を庇うもの。この子たちは、決して悪い存在ではないと、友奈自身が信じたい気持ちの発露。
それを受け止めて、美森も頷く。
「ええ。確かに、勇者を――私たちを守るためとすれば精霊は決して悪いものじゃない。でも、これで、乃木 園子の言っていた言葉の半分は正しい事が証明された」
そう。美森が本当に確かめたかったことは、『勇者が死なない』という事ではない。
あの日、乃木 園子は言っていたのは2つの事。
一つは勇者は決して死なないという事。もう一つは、『満開』に隠された対価、散華。『満開』によって失われた身体機能は――
「神樹様への供物になってて……もう、治らない……?」
友奈でさえ呆然とするしかない。
決戦の後に味を感じなくなってからもうふた月。その間、食べ物を口にするたびに友奈はその無感覚に人知れず心を削られてきた。
それでも、いつか治るという希望があったからこそ常と変わらぬ陽気さを保っていた。それが、もう治らないと分かれば、いつまでも明るく振舞うことが出来るだろうか?
そして、美森の話はここで終わりではない。
「それだけじゃない。先代勇者・乃木 園子という前例があったのだから、大赦はもちろん知っていたことになるわ。『満開』システムの代償を。でも、それを私たちには隠していた。いえ、今だって治る見込みがあると言い続けている。……乃木 園子は、2年たっても治っていないのに」
勇者となった自分たちを支えてくれる組織、そのはずであった大赦の欺瞞。それこそが、美森が話したい事だった。
「それ、じゃあ……」
フラリと膝から崩れおちて、風の口からは虚ろな呟きが零れる。
「樹の……樹の声は……もう。アタシ、知らなかった……知らなかったの……。身体を捧げて戦う……それが勇者……。樹を……みんなを勇者部に入れたせいで……みんなの、身体が――」
その瞳からは次第に焦点がぼやけていく。その様子に感じた怖じ気を振り払うように、友奈は声を張り上げる。
「でも!でも、もうバーテックスは全部倒したんだよ!だから、もうこれ以上悪くなんて――!」
だが、その言葉が風に更なるどん底がある事を悟らせる。
「おわって、ない」
「え?」
「白羽くん、言ってた……。12体って、神樹様が分かった数だって。もっといてもおかしくないって――」
その言葉に、美森が頷く。
「友奈ちゃん、今使っている端末は、勇者システムが入った物よ。一度大赦が回収して、延長戦だからと戻されたもの。それを取りに来ないという事は」
――まだ、自分たちの戦いは終わっていない――
昏く深く落ち込んでいく部屋の空気。
そこに風の慟哭が響いていく。
気づくと、風は自宅のリビングにうずくまっていた。
どうやって帰ってきたのか、風は覚えていない。多分、友奈が連れてきてくれたのだろう。
だが、風は動く気になれなかった。いっその事、ずっとこのままでいたいとさえ思う。
(アタシのせいで。アタシが、復讐を望んだから……)
復讐。そう、復讐こそが、風が勇者の御役目を受けた理由だ。
2年前、両親が事故で亡くなったと大赦の神官から聞かされた時。風は、その事故の原因を聞いていた。
バーテックスの侵攻による影響。それが、両親を死なせた原因。
即ち、バーテックスさえいなければ両親は死なずにいたという事。
神官たちからそう聞かされて。
両親を失って、これからは妹と2人で生きていかなければならない。そんな不安に揺れる風の心に、バーテックスへの復讐心が生まれた。
バーテックスが両親を狙ったわけではないし、両親が無理に人助けをしなければ死ななかったかもしれないとは分かっている。
だが、支えとなるものを失ったばかりの風を立ち直らせるには、例えそれが負の性質であっても、突き動かす激情が必要だった。
――バーテックスを殺せるなら命もいらない、とまで、のめり込んだわけではない。
自分が万が一死んだら、樹は今度こそ独りぼっちだ。それは何より避けねばならない。
それでも、自分が御役目に選ばれることがあれば、何をおいてもバーテックスを打ち滅ぼそうとは思っていた。
だから、大赦からの勇者候補勧誘の指示には文句なく従った。見ず知らずの少女に、何も明かさずにいることには罪悪感こそ感じたが。
妹もまた勇者候補と言われた時はさすがに焦った。勇者から辞退させることは出来ないかと尋ねたりもした。
それでも、いざ自分が勇者に選ばれた時。
他の部員への申し訳なさ、バーテックスへの恐怖の感情と共に、両親の仇を討てるという昏い悦びもまたあったことを、風は否定できない。
そうして、バーテックスは12体全てを倒せた。
どのバーテックスが件の事故の原因かは分からないが、これで両親の報復を果たせた。そう思っていた。
だが。そのための代償は――。
(樹は、もう、話せない――。友奈は、もう、味が分からない――。東郷は、左の耳が、聞こえない――)
果たして、まっとうな対価と言えるか。これから先、何十年かのハンデを負うというのは。
そしてそれは、遡っていけば自分の、樹にも話していない、個人的な復讐心が始まりだ。
その罪業の何と重い事か。
自分もまた騙されていた、などとは言い訳にもならない。
心をズタズタされて、周りの事も頭に入らず、風は只々座り込み続けた。樹が帰ってくることも、夕飯の用意をすることも、もはや風の頭からは抜け飛んでいて。
だから。不意に焦点を合わせたのは、取る者のいない電話が留守番に吹き込んでいく言葉。
『もしもし、犬吠埼 樹様のお宅ですか?私、伊与乃ミュージックの藤原と申します。先日ご応募いただきましたボーカリストオーディションの件で――』
それが、風の自制心を叩き壊した。
「ど、けぇぇぇっ!!」
自身と同じく勇者に変身して立ち塞がろうとする夏凛に本気の斬撃を放つ。
訓練を受けたといっても、一撃の破壊力は風が上だ。空中で受けたこともあって夏凛は派手に吹き飛び――しかしすぐさま立ち直ると風に追いすがる。
「アンタ、何やってんのよ?!」
一度切り結んで、夏凛は理解した。今の風は、冗談でなく人を殺せる状態だと。だからこそ何が何でも止めねばと跳びはねて進む風の前に立ち塞がる。
「一体、何を――」
「大赦を、大赦を、潰してやるっ!」
尚も問いかける夏凛を薙ぎ払い、風は更に進む。
――録音中の留守電に慌てて出ると、相手は改めて名乗り、言った。樹が、ボーカリストオーディションの一次審査に合格した、と。
「大赦を、潰す?!なんで!」
「アイツらは騙してた!『満開』に後遺症がある事も知ってた!なのに何も知らせずに、アタシたちを生贄にしたんだっ!」
――電話を終えて樹の部屋に入る。机の上のノートを見れば、そこには喉によい事や、治ったらしたい事が書き記されていた。
――ノートパソコンを開くと、ダウンロードしたのだろう、喉の調子を整える諸々の情報があった。そして。
「っ適当な事を」
「適当じゃない!アタシたちの前にも勇者がいた!その勇者が『満開』の犠牲になっていた!友奈と東郷がソイツとそれを見ている!」
――『えっと……これで――あ!もう録音されてる?ボ、ボーカリストオーディションに応募しました犬吠埼 樹です。讃州中学1年、12歳です。よろしくお願いします――』
――『私には大好きなお姉ちゃんがいます。お姉ちゃんは強くてしっかり者でいつもみんなの前に立って歩いていける人です。反対に私は、臆病で弱くて、いつもお姉ちゃんの後ろを歩いてばかりでした。でも本当は私もお姉ちゃんの隣を歩いていけるようになりたかった。 だから、自分の力で歩くために、私自身の夢を持ちたい。そのために今歌手を目指しています』
――『実は私、最近まで歌を歌うのが得意じゃありませんでした。あがり症で人前で声が出なくて……。でも、勇者部のみなさんのおかげで歌えるようになって、今は歌を歌うのが本当に楽しいです!そして、私が好きな歌を一人でもたくさんの人に聴いてほしいと思っています』
――樹の声でそう残された、オーディション用の音声ファイルがあった。
「それって――先代の?」
「アンタは知ってたの?!アタシたちの前に勇者がいたって!『満開』で身体を生贄にしたって!?」
――樹が、自分の知らないところで悪戦苦闘しながらも1人で夢に向かって歩こうとしていた。それを知って風の顔色は更に悪くなる。
――そこに、大赦からのメールが届いた。中にあったのは、素っ気ないこんな一言。
――『勇者の身体異常については調査中。しかし肉体に医学的な問題はなく、じきに治るものと思われます』
風の怒号に、夏凛はたじろぐ。
夏凛は知っていた。自分たちの前に勇者がいたことを。何しろ自分はその先代勇者の1人が使っていたスマホを継承し、完成型勇者となったのだから。
だが夏凛は知らない。先代勇者、おそらくは複数人いたであろう彼女たちがどのような経緯で御役目を退いたのか。
もしも。バーテックスとの闘いで命を落としたのではなく、『満開』の後遺症で戦えなくなったのだとしたら?
「そ、それは――」
どうこたえるべきか。戸惑う様子に何を見たのか、風は跳ぶのを止めて地に足をつけ、担ぐように剣を構える。
ここまではお互い跳びはねながら切り結んできたが、夏凛を振り払うよりもここで倒す方が大赦に早く着くと風は判断した。
「どうでもいいっ!今までも勇者を犠牲にして、今度はアタシたちが犠牲!それが事実!」
そして、踏み込む。全力の突進から、地に足をつけて全身の力を集約させた一撃。避けも躱しも出来ずに夏凛は二刀を以て受け止め――そのまま押し込まれる。
「ぐ、うううっ!」
歯を食いしばりながら耐えるが、単純な膂力が違う。それに――。
「何でこんな目に遭わなきゃいけない?!何で樹が声を失わないといけない!?夢を諦めなきゃいけない!?」
叫ぶ風の表情は、正に鬼気迫るもの。相対すれば、その形相だけでも意気を挫く。
そして迸る叫びは怒りと憎しみと悲しみに満ちた、心底からの感情。これほどの赫怒を前にして、尚も勘違いだと言えるほど、夏凛は図太くもなければ勇者システムを知っているわけでもない。
「あんな苦しい思いして!怖い思いして!必死に戦って勝って世界を救って――」
そこで、不意に風は鍔迫り合っていた大剣を引き戻し、夏凛の掲げた二刀の下に潜らせると一気に跳ね上げる。虚を突かれた夏凛の手から刀が弾け飛ぶ。
(あ――)
体勢を崩されて、夏凛は尻餅をつく。顔をあげれば、そこには天を突くように掲げられた大剣。そして涙と共に憤怒を溢れさせる、悪鬼のような形相の風の顔。
「――その報酬が、これかぁっ!」
大剣が夏凛に向けて振り下ろされる。
その一瞬。
耳を劈くような甲高い轟音が響いた。
「なっ?!」
その金属音と、何より振り下ろそうとした剣を横殴りにされたせいで、風が蹈鞴を踏む。勘に任せて横を向くと、ちょうど空から何かが落ちてきた。
鈍い音を立てながら舗装された地面に易々と突きたったのは――。
「……剣?」
夏凛が訝し気に言う。
確かに、地面に突き刺さったのは剣だった。刃渡りは60センチほど。鍔のないまっすぐな剣だ。これが、風の大剣に当たったものか。――振り下ろす刹那を狙ったとはいえ、勇者の構えを崩すほどの勢いで?
「……アンタは」
一方、風が見たのはその更に向こう側にいる人影だった。その声には、夏凛に向けた激情以上に、冷たい怒りの気配が混じる。
夏凛もまたそちらも向き、息をのむ。
身に纏うのは、丈夫そうな素材で出来た黒い服。その上から、脛までの丈があるオリーブドライ色のコートを羽織る。
足元はこれもしっかりとした拵えのブーツ。手にはめた指ぬきグローブは、手を保護しながら剣をしっかりと揮うためか。
未だ夏の暑さが残る中、その衣装は異様に尽きる。
なのに。ソイツが身に纏っているだけで、なんの不自然も感じさせなくなる。その装束こそが彼の自然体であると。
「それで」
突き立った剣を引き抜いて一閃。響いた風切り音はどこまでも鋭い。
「何をやっている、犬吠埼」
その声は普段と変わらぬようで、やはり鋭く。
白羽 涛牙は、剣を片手に問いただした。
涛牙がついにゆゆゆストーリーに割り込んできました。
さて、次回、風を止めることができるのか?