投稿履歴見てみると、去年の5月はレオ・スタークラスターとのバトルだったんですね。あれが1年前かぁ。
「ぎっ――!」
全身から押し寄せる激痛に、夏凛の喉は声を上げることさえ一時出来なかった。
何が起きたのか、涙で滲む視界にさっき見た光景が再生される。
時の流れが遅くなったかのような世界に奔る、そこだけ時間の滞留から逃れた速さの斬撃。その一撃は精霊バリアに触れ――何物にも邪魔されないかのようにバリアを引き裂く。
夏凛の精霊・義輝が刃の軌道に割り込み、これもまた何の抵抗も為せずに両断される。
そうして駆け抜ける剣閃は複雑に舞い踊り――。
「――、ああああああ!」
地面に転がりのたうち回る中でようやくあふれ出た悲鳴は、自分の口から溢れたというのにひどく遠い。
痛みから逃れようと意識を手放しかけている自分に気づいて、気絶だけはすまいと念じて顔を上げる。気を失ったら正直次に目が覚ます様子を想像できない。
蹲りながらもどうにか顔だけでも上げようとする夏凛の視界の隅で、やはり立ち上がる者の姿が映った。
遥か上空、見上げるほどの高さから、舗装された地面が凹むほどの勢いで落ちてきたはずだが、涛牙は軽くふらついた程度で起き上がった。
そして涛牙の目に映るのは、全身を流血で染めた夏凛の姿。
轟、と。
人の口から出たとは思えない咆哮を上げて涛牙が地を蹴る。勇者の疾走を凌ぐ突撃と、その勢い全てを乗せた攻撃は文字通り渾身の一撃。
その一刀を黒尽くめは正面から迎え撃つ。激突の波動が吹き荒れる。
自身もその波動を受けながら、しかし黒尽くめは余裕の笑みを崩さない。
一方、衝撃に弾かれるのをこらえながら涛牙が怒声を放つ。
「ガアアアァァァッ!」
「やれやれ、頭に血が上りすぎだ」
言って、黒尽くめが鍔迫り合いから刃を翻して反撃を打ち込む。その一撃を剣で受けて、涛牙はそのまま吹き飛ばされた。
「っ!」
背中から転落防止の柵に叩きつけられ、その柵が根元から折れ飛ぶ。
そのままでは柵もろともに涛は公園の外に落ちることになる。が、涛牙は咄嗟に歪んだ柵を掴むと身体を引き上げ、落ちる柵を足場にして元の地面に舞い戻る。
悠然と刀を掲げる黒尽くめを睨み据えながら、涛牙は手を振って痺れを取った。
(威力が……!)
先ほどまでの打ち合いとは、黒尽くめの剣の力が明らかに違う。ただ一撃で手がしびれるほどの威力。これはまるで。
「さすがは勇者の力。喰らえばこれほどになるか」
答え合わせは、黒尽くめがしてきた。それは涛牙が脳裏に浮かべたことと同じだった。
「勇者の力――神樹の力を、取り込んだのか!?」
「その通り。まあ、一番いい斬り方がわかったのは今しがただが」
平然と言ってから、黒尽くめはその切っ先を未だに蹲って震える風と樹に向けた。
「直接斬って取り込もうとすると、うまく行かなかった。一息に吸い上げようとすると力の流れそのものが止まってね。ブレーカーのようなものかな?神の力が急激に流れると身体が壊れるのかもしれない」
さらに、切っ先を友奈に向ける。ビクリ、と身体を震わせる友奈に微笑みながら、言葉を続ける。
「意味深に光っている――紋様?それを狙っても同様だった。溜まっていた力が吸い上げられる際に、やはりブレーカーが落ちる」
その言葉に、変身が解けた3人をチラと見て涛牙もその理由を悟る。
風や樹は直接その身体から。友奈は満開ゲージの溜まった手甲から。それぞれ勇者の力を喰らおうとしたのだろう。だが、一息に吸い上げようとして、逆に神樹から流れ込む勇者の力が強制的に断ち切られ、結果、変身が解けたということか。
ならば、未だ変身は解けず、しかし傷の痛みに呻く夏凛は。
「で、彼女で最適解が分かった。薄く浅く切り刻めば、吸い上げられる力は少なくなるが――同時に、ブレーカーが落ちることもない」
言われて気づく。黒尽くめの構える刀の周りに、チラチラと光の粒が漂っていることに。目を凝らせばその光は夏凛の方から流れてきていた。
夏凛も、黒尽くめの解説を聞いて自分の身に起きていることを理解する。
全身を切り裂かれて血をしぶかせて。しかし、その傷が重傷というほどではないと夏凛は気づいていた。
身体に食い込んだ切っ先は、せいぜい数ミリ。薄皮一枚とは行かないが肉を切るというには浅い。
そして、そのくらいの傷は、神樹の加護ですぐさま治る。装束も同様すぐ直るはずだ。
だが、そんな、普段ならすぐさま消えるはずの傷が、消えない。装束も再生されない。
……傷を治すために神樹から注がれる力が、そのまま黒尽くめの刀に呑み込まれているから。
「時間は相応にかかるが、満足するまで力を取り込める。なかなか良いだろう?」
言って、軽く剣を揮う。それだけで遠くに立っていた柱が縦に両断された。
涛牙が渾身の一撃で為した、剣圧だけでの斬撃。それを、特に力を込めた様子もなく同じことをしてみせたのだ。
「こ、のっ……」
どうにか立ち上がろうとする夏凛だが、身体を動かそうとするたびにどこかから鋭い痛みが走る。
確かに、傷は多いが深くはない。だが、薄紙で指先を切っただけでもその痛みは集中を容易く乱すくらいにはある。それよりはずっと深い傷が全身に走れば、それは意識を飛ばしかねない激痛だ。
そんな痛みを抱えながらでは、動けたところで万全の攻防は出来ない。その上、受ける傷が増えれば黒尽くめが取り込める力も増えかねない。
そんな夏凛の危惧を肯定するように、黒尽くめは友奈に顔を向けた。
「さて。君はまだ掌を裂いた程度。まだ勇者として戦えるだろう?」
言われて、友奈の顔に恐怖が浮かぶ。
この黒尽くめは当たり前のようにこう言ったのだ。「全身切り刻むから、勇者になれ」と。
「この、外道がぁっ!」
黒尽くめの言葉に、幾度目かの怒号を発して涛牙が攻め寄せる。もはや打ち合うたびに発生する衝撃が涛牙の顔や手足に浅い傷を生み出すが、構わず斬り込む。
「どこまで道を踏み外す!」
「外れた道の先にしか、私の求める境地はない」
だが、どれほど斬り込もうと黒尽くめの防御は微動だにしない。友奈の方を向いたままで、涛牙の攻めを丁寧に受け止め続ける。
(涛牙、先輩)
傷を増やしていく涛牙の姿に、自分はどうすればいいかと友奈は自問する。
答えは分かっている。アプリを起動して勇者になればいい。
そうすれば、この黒尽くめは自分に集中する。涛牙が傷を増やすことはなくなるだろう。
代わりに。自分は全身を切り裂かれる。料理の最中に包丁で指を切ってしまった時の痛み、それを遥かに上回る痛みを全身に刻み込まれる。この黒尽くめが満足するまで。
その、途方もない恐怖が友奈に変身を逡巡させる。そうする間にも、涛牙は傷を負うことも顧みずに攻撃を続けて。
刹那。黒尽くめの死角、背後に小さな光が灯った。
その輝きに友奈が気づいた次の瞬間には、地を這うような銀閃が黒尽くめの足を刈り取る。
「!」
いや、足を取られたように見えたのは錯覚だった。
気づけるはずのない攻撃を、しかし黒尽くめは咄嗟に高く跳ねてかわす。
そうして宙に浮いた黒尽くめの上から、更なる銀の光が3つ落ちてくる。黒尽くめの刀がそれを受け止めて、光の正体が露わになる。
それは3又の爪。銀色の身体をした獣がその手の爪を振り下ろしていた。
「これは――」
「だあぁぁあ!」
黒尽くめの呻きを、涛牙の叫びが打ち消す。
空中で上から押し込まれた黒尽くめに向けて、涛牙も跳び上がりながら掬い上げるように斬り込む。上からの攻撃を刀で防いでいる以上、黒尽くめは刀では防げない。
故に、黒尽くめは腰の鞘をベルトから抜き取るとその鞘で涛牙の攻撃を防いだ。上下からの攻撃を共に受け止めて、黒尽くめが空中で停止する。
そして。
乾いた破裂音と共に、黒尽くめが大きく吹き飛ばされた。
「?!」
聞きなれない音に友奈が身を竦ませる。夏凛が視線で黒尽くめを追うと、一度背中から地面に打ち付けられたがすぐさま起き上がって後方へと跳ぶ。その残像を、銀の獣が振るった尻尾が切り裂いた。そのままでいればその一撃を喰らっていただろう。
そうして顔を上げた黒尽くめは、先ほどまでの余裕を宿す穏やかなものではない。抜き身の刃のような鋭い真剣なまなざしで、破裂音がした方を見据えていた。その方向から。
「――あれを凌ぐか」
その声に、勇者たちは聞き覚えがあった。ハッと振り返る。
剣士とよく似た、しかし複雑な紋様が縫い込まれた黒い装束。その視線は黒尽くめと同様にどこまでも鋭く。そして、その手に携えたライフルは、銃口から硝煙をたなびかせて。
「じいちゃん!」
涛牙の呼びかけにも答えはせずに。
白羽 海潮は刃の如き視線を黒尽くめに突きつけた。
「さすがの隠形。この距離で気配も感じないとは」
心底の感嘆と共に、黒尽くめが口を開く。ライフルで狙撃されたというのに、その身体には傷一つない。
「あの状況で防がれては、感心されても喜べんな」
落ち着いた声音に、氷点下の怜悧さを伴わせて、海潮はその視線を更に鋭くする。視線の先には、黒尽くめの左手がある。
正しくは、左手の中指に装着された指輪だ。指輪と言っても宝石が埋め込まれたわけでもない、中指の根元を覆うようなサイズの代物だ。アクセサリーという感じはしない。
そして、その指輪の表面に何かが擦れたような傷がついていた。
狙撃を受けたその瞬間。
察した黒尽くめは咄嗟に鞘を手放し、自由になった左手の指輪で狙撃を弾いたのだ。
「弾を防げたのは偶然の産物。改めてさすがと言わせていただく。海潮翁」
言いながら、黒尽くめはス、と空いた左の掌を翳す。すると、地面に落ちていた鞘が不意に浮かび上がり、黒尽くめの手に収まった。そのまま納刀すると、鞘を腰に戻す。刀を抜いたままでは非礼だとでもいうように。
対して、フン、と鼻を鳴らして海潮は歩を進める。スリングを用いてライフルを背中に背負い直すと、指先で印を結び、その手に身の丈ほどの槍を召喚する。穂先は錐状、口金から太刀打ちまでに布が巻かれた槍だ。
「自分には悪運がある、とでもいうつもりか?
言われて、黒尽くめ――久那牙は小さく肩をすくめた。
「巡りあわせはあるか、と」
言って、マントの下から何かを取り出す。伏せたお椀の形をした、ガラス製品。お椀の中央には、縁のぶつかるサイズの部品が釣り下がっている。
「……風鈴?」
友奈が呟いた通り、それは短冊のない風鈴だった。それを見て、海潮と涛牙の視線が鋭さを増す。
「バーテックスの襲来を知らせる風鈴。かつて大橋に吊られていたもの」
そういって久那牙は顔を海に向ける。そこには、2年前の天災で崩れ落ちた大橋が無惨な姿をさらしている。
「使えそうなものを探しに来てみれば、樹海にしかいないはずの勇者がいるとあれば。機を逃すのは勿体ない」
「本来は、樹海に割り込んで勇者を襲うつもりだったか」
「はい。他に勇者を襲う機会などありますまい」
風鈴を懐に戻しながら、当たり前のことのように返してきた返事に、歩む海潮から怒りの気配が吹き溢れる。
「正道を外れ、人に刃を向け。その先に何を手にするつもりか」
問いに、久那牙は一瞬瞑目し、答えた。
「――強さの極みを」
その答えに、海潮は小さく頭を振る。
「そんなものは、我らの目指す先ではない」
「しかし、私が目指すものはそこにしかない」
年長者から諭され、その言葉が正しいと認め。しかし、久那牙は譲らない。
その姿勢に、
「ふ、ざけんな!」
怒声を放ったのは涛牙だった。
「俺たちの力は、人を守る為にあるものだ!アンタもそう言っていただろうが!」
普段からは想像もつかないほどに感情をさらけ出す涛牙に、勇者部の面々は息を呑む。
「私はもう“魔戒士”ではない。それはお前も分かっているだろう」
激情をぶつけられても動じない久那牙にギリ、と奥歯を噛みしめ、涛牙は改めて剣を構える。
そんな涛牙の傍に銀色の獣が2頭並ぶ。
金属製の身体に狼と人が混ざったような頭部。その手足や尻尾には、鉈のように分厚い爪が閃く。
魔戒獣・
自分も交えて4対1ならば、或いは。
そう思いながら闘志を滾らせる涛牙を、海潮の揮った槍の石突が打ち据えた。後頭部を襲った不意の一撃に涛牙が苦悶の声を上げる。
「ぐあっ?!」
咄嗟に顔を上げる。いつの間にかすぐそばにいた海潮が涛牙に向けていたのは、久那牙相手と同じ冷徹なまなざし。涛牙が息を呑むより早く、今度は下から跳ね上がった槍の柄が涛牙の顎をとらえ、跳ね飛ばす。
「ぶっ!」
空中で回転しながら地面に叩きつけられる涛牙を友奈たちが唖然と見つめる中、久那牙だけは苦笑を浮かべて肩をすくめた。
「逸るな涛牙。まずは為すべきを果たせ」
穏やかな祖父ではなく、冷厳な先達としての言葉に涛牙の表情に疑問符が浮かぶ。それにため息を一つついて、海潮は槍の穂先を風と樹に向けた。
「!」
何をされるか分からず、せめて割って入ろうとした友奈の前で、穂先が円を描く。その軌跡に沿って、光で出来た文字が浮かび上がる。その光輪を押し出すように海潮が槍を突き出すと、弾けた光が風と樹を包み込む。
「風先輩?!樹ちゃん?!」
慄く友奈の前で、しかし風と樹の表情から痛みへの苦悶が消えていく。ほどなく光が消えて、風は恐る恐る貫かれた箇所に触れた。
「……治ってる」
急所を外れていたとはいえ身体を貫通する深い傷のはずだった。だが、傷は塞がり、痛みも消えた。服に開いた穴がなければ、刺された事が嘘のようだ。
その様子を見つめて。
涛牙の顔に脂汗が滲む。自分が何を忘れていたのか。久那牙にさえ指摘されていた事に今更思い当たり、ゴクリ、と喉を鳴らしたところで、三度襲い掛かる槍の一撃で打ち上げられ、そのまま夏凛の傍に着地する。
「さっさと治してやれ」
久那牙からは視線を外さずに告げてくる海潮にコクコク、と頷いて、涛牙は懐から万年筆とカードを取り出した。訝し気に見上げる夏凛にカードを突き付け、万年筆でカードをなぞる。
カードから溢れた光が夏凛を包み、その全身の傷を消していく。
「……なによこれ」
神樹という形で神の存在が証明されたとはいえ、ゲームやアニメのように魔法だの呪術だのという事柄まで一般的になったわけでもない。夏凛は確かに大赦謹製・完成型勇者であるが、訓練の中でそういったオカルト方面は特に指導されたこともない。勇者の力として顕われている神樹の加護以外にこんな事が起こるなど、夏凛は考えたこともなかった。
海潮がヒュン、と槍を振るえば、夏凛から久那牙の刀に流れていた光の粒も散らされ、霧散する。一度切った際に繋がっていた力の流れ道が断たれ、夏凛の勇者装束も完全に直った。
目を丸くしながらも立ち上がる夏凛と、ばつの悪い顔をしながら改めて剣を構え直す涛牙。その様子をやれやれ、といった様子で眺める久那牙に、海潮は静かに言葉を向ける。
「目論見が崩れたというのに、残念そうではないな」
「まあ、またやればよいだけの話ですから」
「……儂が許すとでも?」
「押し通すのみでは?」
そこまで言葉を交わして。
押し黙った久那牙と海潮から、不意に殺気が吹きあがる。それはあっという間に辺りに満ちて、勇者たちの背筋を凍らせた。
「あ、う」
足を竦ませながら、友奈が呻く。ジリジリと、どこかにある発火点に向かって高まっていく気配のプレッシャー。海潮が槍をユルリ、と構え、久那牙の右手が柄に触れて。
不意に、久那牙の視線が自身の懐に向くと同時、友奈たちのスマホから異常なアラーム音が響きだす。
「ふいぃ?!」
緊迫した場を砕く警報音に変な声を上げる友奈たちとは別に、涛牙と海潮がまさか、と目を見開く。
「……本当に、素晴らしい巡りあわせだ」
言って久那牙は懐から1枚のカードを取り出し、握りつぶす。瞬間、光る文字で編まれた陣が久那牙を包み込む。
「させんっ!」
「この!」
海潮と涛牙も同様に、光で出来た陣を作り出す。
瞬間、世界の時間が止まり、彼方から七色の光が押し寄せてきた。
「じゅ、樹海化?!」
夏凛が驚愕の声を上げる中で、世界は色彩溢れる樹海と化した。
なんでも、大満開の章は2021年秋だそうで。
やべぇ、それまでには終わらねぇ・・・。