結城 友奈は勇者である 神の揺り籠   作:ヴィルオルフ

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あっれ~。
なんか筆が進まなくて前回から2ヶ月経っちゃったんですが。
もちょっとスムーズにいくかと思ったんですがね……。


第28話「ブレイブ・リバイブ(戦え、絆のために)」

 複数の星屑たちが融合して新たに生まれた2体のバーテックス――ソルジャー。予備動作のない刺突が開幕の合図となった。

 最初の攻撃を涛牙は横に大きく跳んでかわしたが、樹は咄嗟に避けることが出来なかった。勇者の力を使えるといっても樹自身が咄嗟の行動に慣れているわけではない。

 身を竦めながらも、しかし樹にはかすかな余裕があった。精霊バリアの強度なら防げるという余裕が。

 事実バリアは槍を受け止め――

「?!」

 微かに、破砕の音が樹に聞こえた。

 実際には音として聞こえたわけではない。五感とは違う不可思議な感覚が、精霊バリアにひびが入った事を音として捉えたものだった。

 咄嗟に身体を捻ったその場所を、勢いを減じたとはいえ殺傷力を有する槍が引き裂いていく。

(なんで?!)

 顔を青ざめさせながら木霊に目をやって、その身体に空いた穴を見つけて目を見開く。そして理解する。

(さっき、刺された時!)

 精霊バリアごと貫かれたせいか、或いは気づかぬうちに木霊が割って入っていたのか。

 いずれにせよ、あの黒尽くめの攻撃で精霊自身もダメージを負っていたのだ。そのまま星屑との戦いになだれ込んだせいで精霊バリアが機能を回復しきっていない――?

 樹の背中を冷たい感触が走る。身を守る最大の力である精霊バリアがないなら、攻撃はそのまま自分に通じてくると理解して。

 再び襲ってきた槍に、声なき悲鳴を上げながらワイヤーを絡ませ、宙に固定する。

 武器自体も威力が戻り切っていないのか、バーテックスの巨体を刻んだこともあるワイヤーがソルジャーの槍を刻み切れない。

 そして槍が使えないならとソルジャーが盾を振り上げ、叩きつけてくる。対して樹は雲外鏡と共に新たに手にしていた力をかざす。

 半透明のシールドが展開され、それがソルジャーの攻撃を受け止める。

 迂闊に動けない膠着状態となった中、ソルジャーは盾を幾度となく叩きつけ、樹も半透明のシールドを操って必死に攻撃を防ぎ続ける。

 

 チラリと涛牙を見るが、そちらでは涛牙が身軽に動き、刃を縦横に振るいながらソルジャーの苛烈な攻撃を凌いでいる。

 時にかわした触手に斬りつけ、或いは斬撃の圧を飛ばす遠当てで反撃を加えているが、触手には傷もつかず掲げられる盾は遠当てで容易く防がれている。

 ソルジャーの攻撃は涛牙には当たらないが、涛牙の攻撃も通用しない膠着状態。樹を助けるには届くまい。

(こ、の……)

 ワイヤーもシールドも、少し気を抜けば相手の攻撃を止められなくなる。

 その事実に寒気を覚えながら、樹はただひたすらにその場で耐え続ける。

 

 そんな樹の姿を、風はただ力なく見つめていた。

 涛牙が張った結界のおかげか、2体のソルジャーは風にはまるで気づいていないように戦いを繰り広げている。

「樹……」

 風の見つめる先で、樹は必死にシールドを操って攻撃を防ぎ、時にはシールドをぶつけ返して戦っている。表情こそ見えないが、その背中から樹の緊張と恐れ、そして――引き下がらないという気迫を風は感じていた。

「なんで……」

 どこまで勇者の真実を聞いているかは分からない。だが、満開の代償として声を失った事はもう樹も分かっているだろう。もう、声を出すことは出来ないという事を。

 せっかく見つけられた将来の夢も、それどころかクラスメートとの談笑さえも失ったというのに。

「なんで……戦えるの」

 足を竦ませ、引け腰になって、もういやだと投げ出してもおかしくないはずだ。引っ込み思案で、大人しくて、自分が背中で守ってきた樹なら。

 

 けれど、今、樹は戦っている。

 

 盾を打ち込まれるたびに衝撃に足をとられそうになりながら、必死に踏ん張り、反撃さえしながら。

 その必死な背中を見て、風の脳裏をつい先ほどの光景が過る。

 

――『私は、ずっとお姉ちゃんの後ろをついて歩いてた。自分から何かするのが怖かった』――

 樹が見せた、ずっと心に秘めていた弱音。立派な姉の背中に守られていた、弱い自分を後ろめたく思う気持ち。

 

――『でも、勇者部に入ってお姉ちゃんやみんなに助けられて、自分で何かを決める勇気が持てた』――

 だが、樹はその弱さを乗り越えた。支えてくれる仲間がいたから、樹は風の背中から前に進むことが出来た。 

 妹としてただ守られているばかりではなく、肩を並べて、助け合えるように。

 音声ファイルの中で、樹自身がそうありたいと願っていた通りに。

(ああ……)

 不意に風の心にある思いが浮かんだ。樹は、ずっと自分が守らなければならないほど弱くはない。自分の知らないうちに成長しているのだ。

 そして今、樹は自分に背中を見せて戦い続けている。

「アタシの隣を歩きたいって――隣どころか、前に立ってるじゃない……」

 知らないうちに成長している樹の姿が不意に滲む。

 知らずに零れていた涙を拭った時、風は、一つの変化に気づいた。

 

「樹!上!!」

 その声に、打ち付けられる盾に集中していた樹は上の方を見る。

 そこに、もう1本の槍があった。

 それは、ソルジャーの背中側から伸びた3本目の触手。蠍の尾のように反り返ったその先端は樹に向けられている。

 気づいた樹がシールドを割り込ませようとするが、ここまで連打されてきたソルジャーの盾が押し付けられてくる。雲外鏡のシールドを自由にさせないように。

「――!」

 樹が息を呑むのと同時、槍が打ち出される。いや、それは正しくは槍ではなく、鏃。

 槍の刺突よりも更に速く、鏃は精霊バリアに突き刺さり、一瞬の拮抗の後にバリアを突き抜ける!

 シールドを圧し込まれたせいで動けない樹を掠めて、鏃は樹海の地面に突き刺さった。槍と違って精霊バリアに激突した際の衝撃を鏃自体も受けて軌道が変わったようだ。

 だが、それはただの幸運でしかない。2つの攻撃を凌ぐだけで手いっぱいだった樹に、3つ目の攻撃は対処できない。

 いや、それどころか。

 引きつった顔で、涛牙の方を見る。涛牙とソルジャーの戦いは変わらず続いていて――そちらのソルジャーが伸ばした3本目の触手が自分を狙っていることに気づいた。樹が戦っていた方のソルジャーも、再生の要領で新たな鏃を生成していく。

(ま、ずい)

 感じた瞬間に、涛牙と戦っていたソルジャーが鏃を放った。

 今度こそ自分の命に届く凶器を悟って、樹の思考が白く染まる。

 命の危機に、時間の流れが遅くなったような感覚を覚える。風の悲鳴も遠ざかる様に小さくなる中、鏃はまっすぐに樹を目指して進む。

(や――)

 その視界の中で、不意に鏃に何かがぶつかった。

 どれほどの勢いなのか。後から放たれたはずのソレは鏃に後ろからぶつかり鏃を弾き飛ばす。更にソレは回転しながら宙を舞い、もう1本の鏃をも妨害して地面に落ちる。

 

 涛牙が投げ放った剣は、その一挙動で樹の窮地を2つ救って見せた。

 だが、それは涛牙が武器を手放したという事でもある。ソルジャーの槍を捌いていた剣がなくなれば、ソルジャーの攻撃は涛牙を途端に追い詰めていく。

 地を這うような薙ぎ払いに足元を狙われて跳び上がったところに襲い掛かるのは渾身のシールドバッシュ。盾に打ち据えられて、涛牙の身体はバットで打たれたボールのように吹き飛び、地面に叩きつけられる。

 そうして、涛牙を倒したソルジャーは速やかに槍の穂先を樹に向ける。バーテックスにとっての天敵である勇者を何よりも先に排除するために。

 自分に向けて放たれた槍に、ついに樹は目を瞑って。

 甲高い激突音が、槍が防がれたことを告げる。

 見開いた樹の目に飛び込んできたのは、鮮やかな黄色の装束を纏った、誰よりも見慣れた背中。

「――まったく、自分が情けないったらありゃしない」

 ちいさくぼやきながら、風は大剣を振り抜く。樹を打ち据えようとするソルジャーを斬り伏せるための一撃だったが、風の勇者の力も回復しきっていないようで、当のソルジャーの盾に阻まれ、その体躯を弾き飛ばすにとどまる。

 槍を拘束していたワイヤーも勢いで解けたが、身動きが取れなかった樹にとってはむしろありがたい。

「樹が肩を並べたいって言ってんだ、アタシが立ち止まっててどうすんのよ!」

 いつも耳にしている、自信と気迫に満ちた姉の声を聴いて、樹が安堵の表情を見せる。肩越しにその表情を見て自分も笑みを浮かべながら、風は剣を構え直す。

「ごめんね、樹。もう大丈夫!」

 その言葉に頷いて、樹は風の隣に立つ。姉妹の視線の先では、2体のソルジャーが槍と鏃それぞれの触手をうねらせる。

 

 一瞬視線を交わして頷き合って、風と樹は同時に地を蹴った。一丸となってソルジャーに突撃する。

 先んじた風の斬撃をソルジャーは盾で受け止める。動きが止まったその一瞬に、盾を構えた触手を狙って樹のワイヤーが宙を奔る。触手の強度は盾には及ばず斬り飛ばされ、盾が大剣を押しとどめられなくなる。

 二撃目を放とうとした風に、もう1体のソルジャーが槍を放つ。風の攻撃を遅らせるためのその攻撃を樹のシールドが防ぐ。樹に守られながら、風が再度の刃を放つが、ソルジャーは槍を掲げてそれを受け止め、先ほどと同様に弾き飛ばされる。

「っええい!風船か!」

 槍ごと叩ききるつもりだった風が悔し気に怒鳴る。相手がもっと踏ん張っていれば力任せに押し切れるのだが、妙にフワフワしているせいで防がれるとそのまま距離が空いてしまう。

 そんな風の罵声に応じるように、2体のソルジャーがそれこそ風に流される風船のような動きで左右に分かれる。姉妹が1体に集中すれば挟み撃ち、二手に分かれれば先ほどまでのように分断して泥仕合。そんな目論見か。

(どうする?!)

 集中と分散、どちらが良いか。

 一瞬の迷いの中で、彼方から放たれた光弾が片方のソルジャーの体躯に激突する。

「!」

 ダメージ自体は大したことがなく、焦げたような跡もすぐに修復される。が、この攻撃を放ったのは――。

「白羽くん!?」

 風が見やった先で、涛牙は魔導筆を振るって更に光弾を放つ。顔や服には相当な勢いで盾に吹き飛ばされた跡が残るが、うっとおしいと思ったのかソルジャーが放つ鏃も転がって容易く避ける様子をみれば、わかるような怪我はない。

 その様子を見て、樹がクン、と顔を引き締める。

「樹?!」

 不意に風の前に出ると、雲外鏡のシールドを展開する。

 怪訝な顔をする風に、樹は視線で離れた地面を示した。そちらを見ると、地面に転がった剣がある。

「!OK、まかせた!」

 樹の考えを理解して、風が剣に向かって走る。涛牙も交えて3対2にすればこちらが有利になる。

 それを察したのかソルジャーそれぞれが邪魔をしようとするが、樹は眼前の1体にシールドを押し付けて行動自体を妨害しにかかる。もう1体が樹に攻撃をしようとするが、風が地面に突き立てた大剣が樹への射線を阻む。

 自身のミスを悟ったソルジャーが狙いを風に移す頃には、すでに風は涛牙の剣までたどり着いている。転がる柄に手を伸ばし、

「受け取れえぇぇえええ?」

 勢いそのままに投げようとして、その手にかかる重量につんのめる。

 何かの間違いかと思って掴み直すも、持ち上げようとすれば風の――神樹の力で強化されているはずの腕力でビクともしない重さが伝わってくる。

「な、ナニコレ?!」

 軽くパニックになる風をよそに、ソルジャーは改めて槍を構える。

「ヤバッ!」

 大剣を再構築して、と浮かぶがそうなると樹が無防備になる。それよりは回避に徹すればなんとか。

 そう覚悟を決めた風の前で、地面から生えた光の縄がソルジャーに絡みつき、その身体を地面に押し付ける。

「犬吠埼!」

 声と共に涛牙が駆け寄ってくる。一方でソルジャーは身じろぎ一つで拘束をほどくと、今度こそはと槍を風に向けて放った。

 だが、そこに涛牙が割って入る。

 地面に転がった魔戒剣を拾うと身を翻して一閃。放たれた槍を綺麗に打ち弾いた。

「えぇ……」

 ピンチが遠ざけられた安堵以上に、勇者でも持ち上げられない剣を平然と揮う涛牙に絶句する。その視線を受けて涛牙は少し難しい顔をして、

『んな気落ちすんな。ソウルメタルは腕力じゃ持てねぇよ』

 涛牙のものではない声に、パチクリと目を瞬かせる。

「ディジェル、後にしろ。……戦えるな、犬吠埼」

 言われて、風は軽く頭を振るった。涛牙については分からないことが出て来すぎて何を問い詰めればいいのかすぐには分からない。けれど。

「――ええ!やれるわ!」

 自分たちの味方だということは、どうにか理解できる。なら、今はバーテックスを倒すことに集中するだけだ。

「なら、こっちは俺が。あっちをやれ」

 言うと、涛牙は剣を頭上に掲げた。

「――わかった、すぐに戻るわ!」

 言って風は樹が抑えているソルジャーに向かって駆け出す。その様子を背に、涛牙は切っ先で頭上に円を描いた。拳を胸元に引き戻すと、空間の裂け目から降りてきた鎧がその身に纏われる。

 ソルジャーが放った槍の二撃目を、ハガネを纏った涛牙はその籠手で受け、弾き飛ばす。

 その様子にたじろいだように、ソルジャーは鏃を涛牙に向けた。星屑由来の白い体躯が、鏃の付近だけ赤くなっているのは、これがありったけの圧力を込めた一撃だからか。

 対して、涛牙はライターを取り出し火を灯した。魔導火を剣身に這わせると魔戒剣全体が白い炎を上げ燃え盛る。

 そこに、鏃が放たれる。

 勇者であっても残像を捉えるのがやっとの速さの狙撃。その一撃を涛牙の剣が迎え撃つ。燃える白炎の斬撃が鏃を受け止め――いや、鏃を受け止めたのは、燃える刃の軌跡。振り抜いた剣から放たれた燃える剣圧こそが鏃を受け止めていた。

 そこに、返す刃で涛牙が二の太刀を放つ。宙で押しとどめられた鏃は二連の衝撃を受けて遂に砕ける。

 鏃を砕いた2つの斬撃。十文字を象るその軌跡に、涛牙は押し出すように剣を突き出した。

「おおお!」

 途端に十字の炎がソルジャーに向けて殺到する。ソルジャーは盾を突き出して防御するが、その衝撃は風の斬撃にも迫る威力を有していた。ソルジャーの身体が後方へ弾かれる。

 だが、防げた。盾の向こうにいるであろう標的にソルジャーは槍を放った。

 

 大技の後の隙。そこを突いたはずの反撃は、しかし空を切った。

 

 盾を正面からどかしたソルジャーの視界には涛牙はいない。彼はすでに高く宙を跳んでいた。

 ソルジャーもそれに気づき、鏃と槍を揃って涛牙に向ける。空中なら逃げる術はない。

 そう考えただろうソルジャーの視界に、不意に割り込む影があった。視界の中心、涛牙に向かって宙を進む、白い三日月。

 それは、ソルジャーの盾に防がれた炎の剣圧だった。盾に弾かれ、しかし霧散はせず。白い炎は涛牙共々空を舞っていた。そして、涛牙にぶつかり、その鎧を白く燃え上がらせる。

 自爆?否。

「――烈火、炎装!」

 魔導火をその身に纏って己が力を増大させる、魔戒騎士の奥義、『烈火炎装』。『灯火纏装』はこれを真似て剣の攻撃力を底上げしたものだが、『烈火炎装』は攻撃力だけでなく防御力も増大する上にその増加量も大きく上回る。

 そして、それだけではない。

 放たれた鏃を剣で薙ぎ払い、次いで突き出された槍の穂先を、涛牙は空中で横移動してかわす。

 鎧に纏った炎を操作し、バーニアのように自身を加速させる。これもまた『烈火炎装』で出来ることだ。

 ソルジャーが空ぶった槍を戻すよりも速く、涛牙は魔導火を操って下に加速。着地と同時に正面へと突進していく。対してソルジャーは鏃の再生と槍の引き戻し、その時間を稼ぐために盾を突き出した。

 その盾に涛牙の横薙ぎが衝突する。と、同時に涛牙はコマのように回転し、盾の横を回り込んでいく。

 涛牙が滑り込んだ先は、ソルジャーの盾を構える触手の付け根。そこは槍も鏃も死角となる場所だった。回転で得た勢いの全てを刺突へと変えて、渾身の刺突をソルジャーの胴体に突き立てる。

 

 先ほど法術の弾丸を撃ち込んだ時に涛牙は気づいた。ソルジャーの胴体、その強度は星屑と同等程度だと。

 星屑が多数融合したのにサイズが変わらなかったのは、武具とそれを構える触手に強度を集中させるためだったのだろう。

 故に。

 鎧の装着と『烈火炎装』で強化された涛牙の剣はソルジャーの体躯を抵抗なく貫く。

 それでも、ソルジャーは何とか涛牙に一矢報いようとする。触手の動きは変幻自在。鏃を向けるならばどうにか――。

 そうはさせじと、涛牙は鎧に纏っていた魔導火を魔戒剣に集中させる。火力を増した魔戒剣の炎はソルジャーの身体を内側から激しく燃やし。

「吹き、飛べ――!」

 更に魔導力を込め、魔導火を一気に炸裂させる。

 体内で発生した爆発に耐え切れず、ついにソルジャーは爆裂、その身体を七色の光に霧散させた。

 

 召喚した時の逆戻しのように、涛牙から鎧が離れ、虚空へと帰る。

 その様子を、風と樹は揃って眺めていた。

 樹が相対していたソルジャーの撃破はあっという間だった。

 風が近寄るのにあわせて樹がシールドを解除。同時に距離をとりつつワイヤーを放つ。前に出ようとしたソルジャーの触手が切り裂かれたところに風が大剣を叩き込めば、それで決着だった。

 だから、2人とも涛牙の戦いを見ていた――明らかに勇者とは別種の力を揮い、バーテックスを倒す様を。

「……片付いたか」

 小走りに駆け寄ってくる涛牙に訝しむ視線を向けて、風は改めて問いを放つ。

「アンタ……本当に何者?」

「……………」

 その問いに。涛牙は眉間に皺を寄せてしばし黙り込み、

「――俺は、番犬所の魔戒騎士だ」

 観念したように素性を口にした。

「……は?」

 もっとも、聞かされる2人にとっては、口にされても分からない単語であるが。

「――番犬所というのは魔戒士が所属する組織で、魔戒士というのは」

 2人が浮かべた疑問符に答えようと涛牙は更に説明を始めるが、そこに横やりが入る。

『待て待て涛牙。おしゃべりは落ち着いてからにしろよ』

 割り込んできた声に驚いて、風と樹が周囲を見渡すが、自分たち以外には誰もいない。

 一方で涛牙は胸元の首飾りに視線を向けて、

「しかしな」

『一から丁寧に説明してたら時間がかかるだろ、って言ってんだ。話してる間にバーテックスに抜かれたら笑えねぇよ』

 ムゥ、と口を尖らせて涛牙が話をする先。悪魔を象ったような飾りが、口元を開閉させて言葉を発していた。

「な、なにそれ?!」

 風が問いかけると、答えてきたのは首飾りそのものだった。

『初めましてだな、お嬢ちゃんたち。俺はディジェル、コイツの相方さ』

「……相方?」

 その言葉にふと近くに浮かぶ精霊を見る。

 どう考えても、精霊とは別物だ。

「ああ。助けられている」

 とはいえ涛牙の口ぶりからは全幅の信頼を感じられるので、風は小首を傾げながらもひとまず納得した。

『で、だ。ともあれバーテックスをどうにかしないとならないんだ。潰しながら壁に向かおうぜ』

「壁に?ここで迎撃するべきじゃないか?」

 足場を固めて攻め寄せるバーテックスを迎え撃つつもりだった涛牙の問いに、ディジェルが鋭く返す。

『開ける穴が1つとは限らんぜ』

 その言葉に、涛牙がハッと表情を厳しくする。

「そう、か。穴がいくつも開けば対処出来なくなるな」

 顔を上げて壁の方を見やる。ここからでは異常は見えないが――もしかしたらすでに次の穴が開き始めているかもしれない。

「2人とも。そういう事だ」

 涛牙に言われて、風と樹も顔を引き締め直す。

「しょうがないわね。アンタについては後回し。今出てきてる連中ぶちのめしながら行きますか!」

 その言葉に頷いて、涛牙も含めて3人が壁の方へと駆け出す。

「って、アンタも来るの?」

「……バーテックスだけならともかく、ここにはヤツもいる。久那牙を抑えられるのは俺だけだ」

 その言葉には納得しかない。

 原理は不明だが、勇者に関わる力をまとめて無効にし、取り込んでさえ見せる怪物相手に、勇者は無力でしかない。 

「ヤツが出てきたら全力で逃げろ。単純な身体能力ならさすがに勇者の方が上のはずだ」

 アドバイスに頷いて、風たちは足を速め。

「しかしまずいな。とうとう神樹の壁をバーテックスが壊せるようになったか」

 それは独り言だったのだろうが、耳にした風も改めてゾッとする。だが、そこに疑問符を差し込む者がいた。

『どうかね?バーテックスに出来るものかどうか』

 ディジェルの言葉に、涛牙が言い返す。

「だが、実際穴が開いただろう?対勇者級の――確かレオ、だったか?アレの火力なら壁を壊せるんじゃないか?」

『イヤ、ソイツは西暦時点で出現してる。ヤツに壊せるなら当の昔に穴だらけだろうさ。おそらくだが、神樹の壁は“バーテックスが干渉できない”みたいな概念が本質のはずだ。『天の神』ならともかく、バーテックスには壊せないだろうよ』

「なら、誰が」

 不意に涛牙の脳裏に下手人が浮かぶ。

「アイツか?まさか――」

 普段の言動からはないだろうと思い直し、しかし、以前の顛末も思い出して、有り得ると思い至る。

「だが、何のために」

 考えこもうとする涛牙の背中に、慌てた声が掛けられる。

「ちょ、ちょっと白羽くん。聞きたい事があるんだけど?!」

「なんだ」

「――何で、西暦の話が出てくんの?」

 その質問に振り返りながら、涛牙は特に変わらない口調で答えた。

「バーテックスが初めて現れたのが西暦末期だろう?」

「は!?いや、何言ってんのよ!その時現れたのは殺人ウイルスで、そこから最近バーテックスが生まれてきて――この、星屑?とかいうのはバーテックス擬き、なんでしょ?!」

 その風の言葉に、涛牙はアァ、と理解のズレに納得した。

「今までお前たちが戦っていたのは、()()()()()()()()()()()バーテックスだ。あの白い連中、星屑と呼んでいるようだが、あれが本来のバーテックス」

 そこで一呼吸おいて。

 涛牙は彼が知る真実を語った。

「――300年前、人類を滅亡に追いやった存在だ」

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 途中で現れる星屑を蹴散らし、友奈は壁に向かって樹海を跳ねていく。

 最初は時々見かける程度だった星屑の数は、壁に向かうごとに増えていき、壁に近づいたころには大群と呼ぶにふさわしいほどになっていた。

 壁の外から樹海に入り込んでくる星屑の群れ。それが潜り抜けていくのが、壁に開いた巨大な穴。

 その穴のすぐそばに、青い装束の人影があった。

「東郷さんっ!!!」

 その傍らに着地して、最初に友奈は安堵の表情を浮かべた。

 

 突然の、星屑と称されるバーテックスらしきものの襲来。敵である星屑が一番多くいる場所に1人でいる美森が一番危険であることはすぐに分かる。だから友奈は大急ぎでここまで来た。

 その美森は友奈に背を向けたまま立ち尽くし、時折近づいてくる星屑を浮遊砲台で迎撃している。星屑たちも美森に群がるよりも樹海の奥に進もうとするものの方が多いようだ。

「よかった、東郷さん無事だったんだね!」

 喜びの声を上げて近寄る友奈の足が、

「――来たのね、友奈ちゃん」

 振り向いた美森の顔を見て、止まる。

 美森が浮かべているのは、友奈のよく知る柔らかい微笑みではない。バーテックスに向けていたような鋭く、硬い面持ち。

 静かに過ぎる声も合わさり、友奈は不意に足を止めていた。

「……東郷、さん?……あ、その、なんかアラームがビーッてなってて、東郷さんを探したらここにいて。その、危なさそうだし、一度戻って」

 訳の分からない焦りに突き動かされて言葉を繋げる友奈の肩に、背後から手が掛けられる。

「っ、夏凛ちゃん!?」

 肩越しに振り向いて、こちらも鋭く研ぎ澄まされた表情を見せる夏凛に、友奈が息を呑む。

 そんな友奈を引き戻しながら、夏凛は美森に向かって声を上げた。

「アンタ、何をしたの!?」

 その問いに、美森はただ静かに言葉を返す。

 

「――壁を壊したのよ」

 

 その答えに友奈は息を呑み、夏凛は切っ先を美森に突きつけた。

「アンタ……自分が何をしたか、分かってるの?!」

 四国を囲う壁は、かつて世界を覆った殺人ウイルスから人を守る為に神樹の力で作られた、神聖極まりないものだ。それこそ、家々の神棚や神社さえ足下に及ばないほどの。、

 それを破壊するなど、神樹に選ばれ、人類を守る御役目を背負った勇者の行いではない。

 そう突きつけられても、美森の強張った、悲壮な表情は揺らがない。

「ええ、分かっているわ。こうして壁を壊せば――バーテックスが入ってきて、神樹にたどり着けば世界は終わる」

 その答えに、友奈がビクリと肩を震わせた。今、美森は、敬称をつけずに神樹を呼んだ。

 夏凛もまた唖然とした表情で見返す中、美森は更に声を張り上げる。

「みんなを、友奈ちゃんを助けるためには、これしかないのよ!」

 言うや、美森は不意に後退し――その姿が消える。

「え?」

「とうごう、さん?ど、どうなってるの?なんで、東郷さんが見えなくなったの?!」

「わ、分からないわよ!」

 言いながら、美森が消えた辺りに夏凛が切っ先を差し出すと、不意に空間が水面のように震える。美森が消えた時も、やはり同じような波紋が宙に浮かんでいた。

「この先って――」

「壁の、中心から向こう、よね……」

 たじろぎながら、それでも美森の後を追う事を決心して、友奈と夏凛はその境界線を飛び越えた。

 

 その向こう側に思いもよらないモノがあるなど、知る由もなく。




気づけばもう9月が始まりますよ皆さん。
ゆゆゆの新作も10月からというのに未だ友奈の章が終わっていない鈍足で申し訳ないです。
ホント、気長にお付き合いくだされば幸いです。
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