バトルもストーリーの大きな進展もない話だというのに、ああでもないこうでもないとやってたら前回投稿からひと月以上経過、元号が変わるタイミングでも出せないという……
お気に入りさせていただいている作者の方々はもっと早いペースで面白いお話を書けているのを見ているとホントすごいなぁと思います。
更新遅めのタグ通り、月1で更新できればいいなというレベルですので、もしも待っている人がいたら気長に待っていただければ幸いです。
夕食の片付けと洗い物を終えて。風はリビングのソファに座ってどこともなく宙を見上げていた。
2年ほど前に両親を亡くした犬吠埼家では風が家事全般をこなしている。一時期は樹も風を手伝おうとしていたが、数日で樹は何もしない方がスムーズだという結論が出た。それ以来風は学生生活の傍らで樹の母親代わりも務めている。
慣れてきたとはいっても15歳の少女にはなかなか厳しいことではある。そこに加えて自身も最前線に立って活動する勇者部もあるとなれば、時には疲れ果てる事もある。
だが。今彼女が虚空を見ているのは疲労が原因ではない。
一度目をつむってから、風はだしぬけに立ち上がると自分の部屋に入るとスマホを手に取り、アドレス帳を開いてある番号を呼び出す。数度のコールの後、目当ての人物の声がスピーカー越しに聞こえてきた。
『白羽だ。どうかしたか、犬吠埼』
「ん。ちょっと話がしたくて。今大丈夫?」
『ああ』
涛牙の返事を聞いて、風は静かに口を開いた。
「大赦からのメール、見た?」
大赦。300年前世界を襲った殺人ウイルスの猛威からこの四国の地を守り、日々の糧をも生み出しているという神、『神樹』を奉る組織だ。その影響力は計り知れず事実上四国、即ち現在の人類世界の支配者と言っても過言ではない。
そんな巨大組織が一介の中学生である風にメールで連絡を取る理由。それが、風が心を乱している原因だ。
『いや。俺には届いていない。――なんと?』
涛牙の返答に顔をしかめる。どうやら彼はあくまで“補佐役”で、大赦からの連絡は自分が窓口ということか。当人からもそう聞かされていたが、改めて事実を突きつけられると風の気分はより一層落ち込む。
「……『御役目までまもなく』ってさ」
それが、今日の夕刻に風のスマホに送り付けられたメールの内容。誰にも、勇者部のメンバーや樹にさえ、自分に大赦と繋がりがある事は伝えていない。樹は、2年前に死んだ両親が大赦の職員であった事は知っているだろうが。
『御役目』。それはこの2年間、風に絡みついてきた因縁だ。
ソレがあるから、風は自身の目的のために歩き出すことが出来た。
ソレがあるから、『勇者部』は生まれたし、友奈や美森といった仲間と出会えた。今では、かつて胸に宿った暗い熱情は鳴りを潜め、もっと前向きに、この日々を続けていきたいと思えるようになった。
そして。秘め隠しているソレを暴露せねばならないかもしれない事が、今では恐ろしい。
今までのように部長として、先輩として、姉として迎えてくれるだろうか?嘘つきと罵られ、暖かい場所であった勇者部を壊してしまうのではないか?
「……選ばれない、わよね?」
そんな恐れを滲ませた言葉に、涛牙が空けたのはほんの一拍。
『確率というなら、0か100以外は断言できないな』
その回答に、涛牙はこういう受け答えをすると分かっていても、風はグ、とうめき声を零す。実際その通りだ。他にも『御役目』を任される候補者は四国各地にいる、と聞いているが、その全員に等しく選ばれる可能性がある。当然自分たちもそうだ。候補である以上は選ばれない可能性はあっても「選ばれない」と断言はできない。
『何か、気になる事が?』
涛牙に聞き返されて、風は一度息をつくと、
「……こないだの人形劇、あったでしょ?」
『ああ』
先日行った、幼稚園での人形劇の話だ。
ストーリー自体はそう複雑ではない。悪事を働く魔王と、それに立ちはだかる勇者という、園児たちにも分かりやすい正義と悪の構図。
だが、普通なら勇者と魔王が戦い勇者が勝利する、という分かりやすい展開になるところを、美森が練り上げたストーリーは一捻りを加えていた。力でその場にある悪を懲らしめるのではなく、相手と言葉で分かりあおうとする。大人であっても難しい、だからこそ子供のうちから心に宿してほしい、優しさのお話し。
「話し合えば、また悪者にされる!」
「そんな事ない! 君を悪者になんか絶対にしない!」
台詞はそう多くはない。だが、その短い言葉の中で、魔王が完全に『悪』ではないらしいこと、善であるはずの村人の方にも『悪』があるらしいこと、そして勇者が止めたいのは魔王ではなく争いであること。そんなメッセージが絶妙に含まれている。
このストーリーを読んだとき、勇者部メンバーはみな思った。よくもまあ幼児向けのお話でこれだけ書き込めるものだ、と。
東郷 美森。中学2年生にして末恐ろしい才である。
が。何事も好事魔多し。
物語のクライマックスで、勇者の人形を任されてテンションが上がっていたらしい友奈の腕が舞台にしていた書き割りにぶつかったことから事態は混迷していく。
倒れた書き割りに驚いて固まる園児。そんな園児たちの表情を見てやはり固まる友奈と風。脇に控えていた涛牙がすぐに書き割りを立たせるも、今度は友奈がセリフをド忘れし、テンパった友奈は台本をすっ飛ばして魔王を倒す流れに突き進んでいった。
劇自体は、樹が流したミュージックがちょうどバトルに関わるものだった事や美森が咄嗟に園児たちに「勇者を応援して!」と促して劇に巻き込むことでどうにかこうにか形となったし、園児たちにはまあ分かりやすい話になったので大盛況ではあったのだが。
『あれが、どうかしたのか?』
涛牙に尋ね返されて。風は自分の中のわだかまりを言葉にしていく。
「あれさ。友奈や東郷が咄嗟にアドリブしてくれなかったら上手い事収まらなかったわよね」
『まあな』
「あたしさ、部長なのに場を収めること全然出来てなかったでしょ。友奈がアドリブ始めるまで、正直頭の中真っ白だったわ」
それが風の胸中にわだかまりとして残っている。
人形劇でのアクシデントにも適切に対応できなかった自分が、『御役目』でみなを率いていくことが出来るのか。今度自分の肩にかかってくるのは人形劇の成否ではない、仲間たちの生命健康だ。
『自分はこれから未体験の事態にみんなを引き連れていく。それが、不安か』
「ウン」
風の答えに、涛牙はフゥと小さく息をつき、
『お前が結城のアドリブを受け入れなければ、あれは結城が馬鹿をやっただけの舞台になっていた』
そう返してきた。
『あのアクシデント。解決の端緒は確かに結城のアドリブだ。だがそれに応じた犬吠埼や東郷の機転も無ければ盛況には終わらなかっただろう』
「そ、そう?」
『俺はそう考える。だからアドバイスするのなら――そうだな。変わらずにいろ』
「え?いいの?ここはリーダーとして心構えを新たにした方がって思ってたんだけど」
『お前は充分に頼れる勇者部部長をやっている。下手に変わろうとしてもおかしくなるだけだと思える』
そんな涛牙の言葉に、風は少し表情を綻ばせた。
「そっか……。アリガト、元気出たわ」
『それならいい。ただし、今の心持ちからも、変わるなよ』
「?それって?」
風の質問に、電話越しの涛牙の声は普段よりもさらに重い気配を含んだ。
『後ろめたさを忘れるな、という事だ。それを忘れる事も、“変わる”ことには違いない。それも、悪い方に』
その内容に、風はまた顔が強張るのを感じた。涛牙が言っていることは、要約すればこの不安を抱えたままの気持ちでいろ、という事だ。
「……結構、厳しいこと言うわね」
『口先の気休めは毒にしかならないだろう?』
そう言いながら、涛牙の声の調子が元に戻る。
『気休めといえば、逆にどれだけ可能性が高くても100%でないなら選ばれない余地もある。気にし過ぎても意味はない』
「ホントに気休めだわね」
『気休めだからな』
まったくもって気休めにしかならない涛牙の言葉だったが、風の気持ちは少し楽になった。なるほど、自分1人で溜め込んでいても解法は見つからないものらしい。
「これこそ、『悩んだら相談』ってやつね」
友奈たちを勇者部に引き入れた時に作った『勇者部五箇条』の1つを呟くと、
『ならちょうどいい。1つ相談がある』
涛牙の方からそんな事を言い出す。
「え?なに?白羽くんも何か悩み事?」
『悩み、といえるか。今日話していた文化祭の出し物の件だ』
今はまだ4月の終わりだが、10月の文化祭に向けて出し物を決めよう、と言い出したのは風だった。
昨年は勇者部も出来たてホヤホヤ。依頼は少ないものの経験も少ないせいで普段の活動に追われてバタバタしていて、結局勇者部は何も出し物を出来なかった。
その反省を踏まえて、今年は早くから文化祭に向けてアレコレ活動をしておきたいというわけだ。
「ああそれ。そういえば、白羽くんは樹ともども大人しめの報告会希望だったわね」
『正直、突飛なアイデアが思い浮かばない』
「いや、突飛でなくていいんだけど……」
『部活動報告以外となると、俺の少ない独創性では対処しきれない』
「――なんかコレがやりたい、とかはない?」
『食べ歩き』
「思いがけない方向性?!え?食べるの好きなの?今日だって『かめや』じゃ小盛のざるうどんで済ませてたじゃない?!」
『食べるのは好きだ。……肉うどんを4杯いける犬吠埼からみれば少食に見えるかもしれないが。そもそもうどん、というよりは麺類全般が好きではないと言っただろう』
「か~、もったいない。もったいないわ!うどんが苦手なんて、ホントに人生を損してる!」
『そこまで言うか』
……………
等々と話を弾ませていると、風の耳に樹が風呂から上がろうとする音が聞こえてきた。
「あ、ゴメン。なんか長話になっちゃったわね」
『まあ、長くしたのはこちらの話題だが』
「それもそうね。まあ、なんか気は楽になったわ」
『ならよかった』
「じゃ、おやすみ。また明日」
『ああ、また明日』
電話を切って充電スタンドに立てると、風はリビングに戻った。風呂上りの樹に冷蔵庫で冷やしているゼリーを出してやろうと思いながら。その顔から、電話をかける前の険は取れていた。
スマホをポケットに戻して、涛牙は小さくつぶやいた。
「文化祭で出る食べ物は、多くがうどんだと……っ」
勇者部どころかクラス全体でも『好きな食べ物:うどん』が多いとは知っていたが、よもや文化祭でもそうだとは。そういえば去年は図書室での展示発表の待ち受け係を勇者部の活動で頼まれていたな、と思い出す。おかげで文化祭を見て回ることはほぼ出来なかった。
「ハハッ。食べ歩きにゃあ不向きだわな」
胸元から聞こえる声に渋面を見せて。
夜空の下で、涛牙は大きなため息をついた。
勇者部のメンバーが持つスマホから、『樹海化警報』のアラームが鳴ったのは、翌日のことだった。
今回は御役目開始前の風にフォーカス当ててみました。
アニメでは樹に意味深なことを言う程度でしたけど、書いてみると正直風の状況って中学3年生にあるまじきハードさなんですよね。両親は亡くなり、樹の世話をみつつ家事全般とりしきり、勇者の御役目始まるまでは勉強もちゃんと出来ておまけに勇者部の部長にして実働メンバー。更に更に大赦からの指示も聞きつつ誰にも相談できない、と。
ウン、普通なら勇者になる前に過労か心労で倒れるわ。
さて、そんな風が大赦がらみの愚痴を零せる涛牙の立ち位置は?それはまた今度。