結城 友奈は勇者である 神の揺り籠   作:ヴィルオルフ

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とうとう10月になりますね。「結城友奈は勇者である~大満開の章」がついに開幕です。

そんな中、相変わらずの鈍行列車。未だ友奈の章の決着がつかないこの作品。
どうか気長に先をお待ちくださいませ。


第29話「デタッチング・ヴェール(壁の向こうの真実)」

 時間は少し遡る。

 

 友奈と風に勇者システムの真実を告げた後、美森はとある場所を訪れていた。

 大赦が運営に関わる総合病院。その一室。

 中から返ってきた声に病室の扉を開けて、美森は室内の様子に息を呑んだ。

 広い部屋の中に置かれた、1つきりのベッド。それだけならば単に個室を使っているというだけで済ませられるだろうが。

 

 そのベッドは、まるで神社の御神体や祭具のように、鳥居を模した天蓋の中で祀られていた。

 入口からベッドまでには通り道が設けられているが、その周囲の床は人形(ヒトガタ)で埋め尽くされ、壁や天井は無数の護符が貼り付けられている。

 車椅子を動かして中に入りながら、美森は察した。

 ここは病室である以上に、彼女を――神樹に身体を捧げて戦った勇者を祀り上げる廟なのだ。

「こんにちわ~。来てくれたんだね、東郷さん」

 そのベッドに寝ている少女から、その境遇を思えばなんとも柔らかい声が掛けられる。その言葉に、ベッドの傍らから少女の顔を覗き込みながら、美森は首を横に振った。

「『わっしー』、でいいわ、園子さん。記憶は失っているけれど、2年間、私は『鷲尾 須美』という名前だったのだから」

 その返事に、少女――乃木 園子は少し目を見開いてから、苦笑いを浮かべた。

「……そっか。調べたんだね」

「ええ。まあ、きっかけは園子さんの一言だったのだけど」

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 バーテックスの残党を撃退し、園子の願いによって瀬戸大橋のたもとに戻されたあの時。

 彼女はこう言った。「会いたかったよ、わっしー」と。

 その後、『満開』システムに隠された『散華』の情報を聞かされたわけだが、話したのはそれだけではない。「わっしー」とは何か、という事も友奈が園子に尋ねていた。

 その時、園子はこう答えた。「大切な友達の名前で、つい呼んでしまった」と。

 だが、落ち着いて考えればそれはありえない。

「大事な友達の名前なら、なおさら他人に向かって言ったりしないでしょう?」

 美森に置き換えてみれば、見も知らぬ他人を友奈、と呼んだようなものだ。それが大切な相手であればあるほど、他人にその呼びかけをするとは思えない。

「そして、私は2年間の記憶がない。『わっしー』と呼ばれるとしたら、記憶喪失の期間がある私の方でしょうね」

 そうやって考えを巡らせれば、その2年間について不審な事はいくらも出てきた。

 記憶を失い、リハビリに専念し、退院し、引っ越し、友奈と出会って友達になって。急な生活の変化や勇者部活動で慌ただしくしていて気にしていなかったことは確かだが。

 

 例えば、家の中に小学校の卒業祝いの品が見当たらないことだったり。

 例えば、失われた2年間分の写真の類がない事だったり。

 例えば、病室に誰も見舞いに来なかったことであったり。

 

 自分は、2年間の記憶を失っただけで、逆に言えばその2年間、覚えていなくても自分は普通に生活を送っていたはずだ。

 当然、学校行事は色々あっただろうし、教室では先生から授業を受けていたはず。

 友達については……自分は愛国精神が強かったりやたらとこだわりの強いところがないでもない。教室ではポツネンとしていたかもしれない。というか、記憶にある小学3年生ころはそうだった。 

 だがそれでも。

 同級生が大きな事故に遭って、お見舞いもしないほど薄情な子はいないはずだ。先生だって生徒を見舞うのが自然だろう。

 記憶を失い、目覚めた病室の事を思い出す。

 そこには、回復を願う寄せ書きや千羽鶴の類は何もなかった。それどころか、先生も同級生も、誰も顔を見せることがなかった。

 まるで、記憶を失う前の自分は通っていたはずの学校にいなかったかのように。

 

 ゾッとする感覚を覚えながら、そもそも自分がどんな事故に遭ったのかも知らないことに気づく。

 インターネットや当時の新聞を調べてみても、美森がかつて住んでいた地域でそんな大掛かりな事故のニュースは見つからなかった。

 代わりに目についたのは、神世紀298年の春から秋にかけて頻発した原因不明の災害のニュース。 

 勇者の御役目についての話を知っていれば、この災害の原因に察しが付く――バーテックスが樹海に与えた被害は、災害という形で現実世界に転嫁される。

 

 そうして様々な事を調べて行って最後に自身の戸籍を確かめて――美森は、自分が一時期「鷲尾 須美」であったことを知った。

 鷲尾 須美。あだ名がつけられるとしたら――「わっしー」。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

「……自分の事は最後にしたんだ~」

 美森の話を聞き終えて、園子はそうつぶやいた。

「まずは外堀から埋めるのが良いと思って」

 敢えて両親や医師も口をつぐんで虚偽の話を聞かされていたことを思えば、直接調べてもダメではないかと美森は考えた。なので核心の周囲から先に固めたわけだ。

「……前に言ったかもだけど、大赦ももうあやふやにごまかしたりはしなくなってるんだけどね」

 そんな園子の言葉に軽く咳払いをして、美森は話を戻した。

「以前母から聞かされたことがあるわ。私の家は大赦で働く家系の血が入っていると。今から4年前、きっとその経緯もあって私は勇者としての資格を認められて、あなたと一緒に戦い――そして『散華』の影響で、記憶と足の機能を失った」

「正しくは、あなた『たち』だね。私の現役時代は勇者は3人組だったから」

「……少なくないかしら?」

 園子の言葉につい疑問を投げかけると、園子はまた困ったような笑顔を見せた。

「元々勇者は大赦中枢の関わる家柄から輩出されていたんだけどね。適正者はどんどん減っていって、2年前の戦いの後はとうとう身内ではやっていけなくなったんだ。だから大赦は、四国全体で勇者の素質を持つ人を調べたんだよ」

 聞かされた解説に一つ頷いて、美森は先を続けた。

「私は、退院した後に今の家に引っ越した。友奈ちゃんのお隣の家に。これも、大赦の指示だったの?」

「そうだね。なんでも彼女、結城さんは勇者としての適性が一番高かったそうだから。次代の勇者としては最有力候補だったんよ。とうご――わっしーは記憶こそ無くしたけど、身体や感覚には実戦の経験が残っているし『満開』を使った分勇者としての力も精霊の数も増している。次の戦いでも結城さん共々勇者に選ばれればその力を発揮してくれるだろう、ってね」

「……そんなに激しい戦いだったの?」

 美森の質問に、園子は微かに虚空を見上げてから答えた。

「あ~。勇者システムが最新の――つまりは『満開』システムを導入したものになったのは最後の戦いだけ。それまでは精霊バリアもないしバーテックスの御霊封印システムもなかったから、体を鍛えてないとやってられなかったね~。『散華』は気に入らないけど、精霊バリアはありがたかったな~」

 とんでもない話を聞かされて、美森も難しい顔で呻く。バーテックスの脅威に立ち向かう勇者に身を守る装備がないとは。

「そんな……。っ、まさか、両親は」

「バーテックスだとかの詳細は教えられていないけどね~。勇者の御役目の大まかなところや『散華』については教えられてるはずだよ」

 不意に口をついた言葉に答えを返されて、美森の顔色はどんどん悪くなる。両親という、ある種最後の心の拠り所さえ大きく揺さぶられているのだから無理もない。せめて痛みが軽くなるようにと、園子は付け加えた。

「――勇者とは、神樹様直々に選ばれた栄誉ある存在。喜ばしいことだと納得した――ううん、するしかないんだろうね」

「じゃあ、風先輩は?『散華』については何も知らなかったようだったわ」

「犬吠埼さんは、大赦から派遣されてはいるけど立場は勇者候補でもあるから。勇者向けの情報以外は教わってないだろうね」

 聞かされて、美森はギリ、と拳を握り締める。

「やはり……涛牙先輩が監視役……」

 その小さな呟きに、園子は小首を傾げたが、美森が口を開くのが速かった。

「なんで――私たちがこんな目に」

「それは、バーテックスが神樹様を狙ってくるから。バーテックスを倒せるのは神樹様に選ばれ力を与えられた勇者だけ」

「でも!神樹様の御力なら、殺人ウイルスを消す事が出来るのではないの?!四国の人々が豊かで平和に暮らせるのは神樹様からの恵みがあるから!なら、殺人ウイルスを消すくらい出来てもいい!そうすればバーテックスだって!」

 普段の落ち着いた様子とは程遠い、切羽詰まった美森の様子に、園子は一度瞑目して。

「――世界の真実、この世界がどうしてこうなったのか。私は話せるけど――知りたい?」

「え?」

「こうして祀られるようになってからね、大赦の偉い人とか巫女さんから色々と教わる事が出来たんよ。だから――私はわっしーに真実を話せる」

「……………」

 その言葉に、美森はしばし動きを止めた。

 彼女、乃木 園子から語られる真実は、サラリと言われた分だけでも自分たちの“当たり前”をいくつも砕いてきた。その彼女が、知りたいかと念押ししてくるほどの“真実”。それはどこまでも恐ろしい。

 だが、目を背けて見ないようにしている事も、美森には出来ない。

 だから、美森は。

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 それからしばし。

 四国を囲う神樹の壁、その一角に勇者装束を纏った美森の姿があった。

(この、先に)

 乃木 園子が語った世界の真実が、この先にある――あまりに荒唐無稽でスケールが大きく、そしてどこまでも悍ましい真実が。

 青ざめた、を通り越して土気色でさえある顔をどうにか引き締め直して、美森はソッと壁の先へと歩を進めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに、これ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し前に自分もそう呟いた事を思い出しながら、唖然とした夏凛が漏らした言葉を美森は聞いた。

 無理もない。こんな光景を目にすれば、誰だって口に出せるのはそんな言葉だけだ。

 

 どこまでも広がる赤、紅、朱。火の海、という言葉が生易しく感じられるほどの灼熱の世界。それは、理科の授業で習った太陽の表面を思わせる。

「これが、神樹の結界の外にある、本当の世界。世界はとっくに滅びている」

 太陽フレアのように吹き上がる炎を見ながら、美森は言葉を紡ぐ。

「殺人ウイルス、なんていうのは嘘。300年前に人類を滅ぼしたのは、天の神と呼ばれる存在が遣わした人類を粛正するための怪物。生物の頂点たるモノ――即ち、バーテックス」

 園子から聞かされた話を口にしながら、美森はギリギリと拳を握り込んでいく。

「その時人間に味方をした大地の神々が集まって1つになったのが神樹様。四国だけは、神樹が作った宇宙まで届く結界のおかげで無事だけど、それ以外の地球の全てはバーテックスに、天の神に制圧された。そして」

 上空を見上げた美森の視線を追って、友奈が目を見開く。

 そこには無数の星屑が寄り集まり、喰らい合い、何かを作り上げていた。組み上がっていくそのシルエットを、友奈は知っていた。

「あ、あれは――最初の御役目の」

「そう、バーテックスはまた生み出される。残党、なんてとんでもない。私たちが死に物狂いで、身体の機能さえ捧げて倒したバーテックスは、いくらでも生み出されるようなモノなのよ!」

「うそよ、こんなの、あたし、聞いてない」

 夏凛がそう力なくつぶやくのを聞きながら、美森は更に言葉を連ねていく。

「バーテックスはまだこれからも攻めてくる。何度も何度も。それこそ次は、12体が一斉に攻めてくるかもしれない。レオ並みに強力なバーテックスが基本になるかもしれない。そうなれば――『満開』をしないと倒せなくなる!何回も『満開』して!身体の機能をどんどん無くしながら!」

 その悲痛な叫びに、友奈は無意識に後退る。それほどに美森の言葉は痛烈だった。

「そうして身体の機能も、楽しかった日々の記憶も、大切なものをどんどん失いながら戦って、最後には何のために戦うのか、いえ、自分が何なのかさえ分からなくなるほどに戦い抜いて。けれどそうして守った世界には――もう未来なんてない」

 神樹の結界で守られた四国以外は全て滅んでいる。それ以外の、四国が豆粒にしかならないほど途方もなく広い世界の全てが敵の、天の神の制圧下にあるということ。それは、神樹と天の神の力の差をこれ以上なく見せつける事実だ。

「――これ以上、皆を、大切な友達を犠牲になんてさせない。勇者という生贄に、友奈ちゃんを捧げさせたりはしない!そのためには――こうするしかないの!」

 そうして改めて美森はライフルを構え直すと、その銃口を足元――神樹の壁に向ける。

「ま、待ちなさい!」

 驚愕から立ち直り切れていないが、その動きに気づいた夏凛が制止する。その声に美森は一度動きを止めて、夏凛に向き直った。

「なぜ止めるの?これしか私たちが生贄から逃れる方法はないのよ?」

 問われて、夏凛は声の震えを精神力で抑え込みながら返す。

「わたしは、大赦の勇者だから。世界を守る事が、わたしの――勇者の御役目なのよ」

 その返事に美森は悲しそうに首を横に振った。

「御役目なんて――子供に命がけの戦いを押し付けるための方便じゃない。そもそも、夏凛ちゃんだって、世界の真実も、いえ、『満開』の対価の事も知らされずにいたでしょう?」

 その言葉に痛いところをつかれ、ぐ、と夏凛が押し黙る。

「っ、わたしは!」

 それでも何か言い返そうとした夏凛に、美森が更に言葉をぶつける。

「そもそも、もう大赦にとっては、『勇者』は使い潰せる道具でしかないのよ」

「「な!」」

 あまりにあまりな言葉に、夏凛のみならず友奈も驚愕の声を上げる。

「と、東郷さん!そんな言い方!」

「でも、事実よ友奈ちゃん。園子さんが言っていたわ。友奈ちゃんは一番勇者適性が高くて、勇者に選ばれる可能性が高かった、と」

「え?」

 言われて、友奈が呆けた声を上げて――まさか自分が選ばれたから風や樹も選ばれたのか、と顔を引きつらせる。その様子にまた首を振って、美森は続ける。

「大事なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事。春に、今回のバーテックスの最初の襲撃があるまで、大赦も誰が勇者になるかわかってはいなかったのよ」

 大赦だって馬鹿ではない。誰が勇者になるか分かっていれば、最初からその少女を招聘して戦闘訓練を施してからバーテックスとの戦いに向かわせただろう。先代の勇者がそうだったように。誰が勇者になるか分からないからこそ、あちこちに勇者候補のチームを秘密裏に作らせていたのだから。

「――夏凛ちゃん、あなたは言っていたわね。『長年訓練を受けてきた』と。長年、というからには、まさか春に戦いが始まってから訓練を詰め込まれた、というわけでは――ないわよね?」

「あ、当たり前でしょ?!そんな程度で完成型は名乗らないわよ!?」

 最後の方で急に首を傾げた美森に夏凛が怒鳴り返すと、そうよね、と一旦納得した顔を見せて、美森はついに核心に踏み込んだ。

「ならどうして、夏凛ちゃんは勇者に選ばれると()()()()()()の?さっきも言った通り、一番適性が高い友奈ちゃんが勇者になると決まっていないのに」

「そ、それは――」

「夏凛ちゃん。あなたの使っている端末、それは、先代勇者から継承されたものではないかしら?訓練修了のお祝いだか証だかで」

 その言葉に、夏凛が後ずさる。

「そ、それが、どうしたって――」

 震える声に含まれる、『聞きたくない』という気持ち。それを察して、察したからこそ、美森は夏凛の急所を突く。

「つまり。“勇者が使っていた端末”を使えば、誰でも勇者になれる、という事よ」

 その一言に、夏凛が引きつった悲鳴を漏らした。

「そう考えれば、夏の決戦の後に大赦が新品を用意してまで私たちの端末を回収したのかも腑に落ちるわ」

「で、でも。あれは、勇者アプリは大赦の機密にあたるからって」

「確かに勇者アプリは大赦の機密でしょうね。でも、それなら私たち以外の勇者候補は?四国中に何十人といたはずの候補者たちも勇者アプリを端末に入れていたはず。中身としては同じなのだから、候補者全員の端末を回収したのかしら」

 その指摘を聞かされた2人から、あ、という呆けた声が漏れる。

「機密保持も必要だけど、大赦にとって本当に必要だったのは、“勇者が使った端末”そのもの。それがあれば、誰でも勇者に仕立て上げられる!」

 ――実際には、適性などの問題もあるだろうが。“勇者が使った端末”――勇者端末を持つ少女は、御役目に伴う神樹による選別以前の段階ですでに勇者と認定される事は、外ならぬ夏凛が証明している。

「そして、精霊バリアと『満開』を搭載した勇者システムは、訓練を受けていなくても、私たちのようにバーテックスの侵攻を阻止出来る、出来てしまう!実際にはただの悪あがきでしかないのに!」

 美森の絶叫に、夏凛が蒼白な顔色でフラリと後退る。

「で、でも東郷さん……バーテックスが神樹様を倒しちゃったら、世界が滅んじゃうんだよ?何も知らずに平和に暮らしている人たちが、みんな死んじゃうよ!?」

 それでも美森を制止しようとする友奈の言葉に、美森は癇癪を起した子供のように頭を振った。

「わかってよ友奈ちゃん!このまま戦い続けても私たちはどんどん大切なものを失っていくだけ!いいえ、私たちだけじゃない、私達が戦えなくなったあとには、また何も知らない少女たちが勇者となって終わりのない戦いを続けていく!勝ち目のない戦いを延々続ける生き地獄!そんな未来、私は耐えられない!」

「……………」

 普段の落ち着き払った様子をかなぐり捨てたその声に友奈も圧倒される。

 

 そして、そんな勇者たちのやり取りはバーテックスにとっては隙でしかない。

『!』

 不意に牛鬼が姿を現しバリアを張ると同時、大きな爆発がいくつも炸裂した。

 吹き飛ばされながら友奈が見たのは、形を整え切ったヴァルゴ・バーテックスがこちらへと近づいている様子。その尾部からは尚も爆弾が放たれ、結界の壁際にいた勇者を屠ろうと炎の花を咲かせていく。

 

 

 東郷 美森の姿は、爆発の向こうに消えていった。

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 樹海の大地を、星屑の一団が進む。ある物は宙空を、またある物は地面の近くを。彼方に見える大樹、彼らの標的へ向かって愚直に。

 そんな彼らの前に、不意に人間が現れる。

 星屑にとって人間は第一の目標だ。地面近くにいた星屑たちが狙いをその人間へと変えて――次の瞬間、疾駆した人影が星屑の群れに斬り込む。

 オリーブドライのコートを翻し、手にした剣閃が星屑の身体に傷を与える。人間には傷つけられないはずの星屑に。

 強襲に動きを乱した星屑たちに、続いて黄色の人影が突進する。

 動きを鈍らせた星屑たちは風の剛剣の一薙ぎに消し飛ばされる。その傍らに、宙を舞っていた星屑をワイヤーで切り払った樹が降り立ち、再度3人が走り出す。

 勇者2人よりも先を駆ける涛牙の背中に、風は軋るような声で言葉をぶつける。

「――じゃあ、壁の向こうって火の海なわけ?!」

「そうだ」

 壁に向かって走りながら風と樹が聞かされたのは、自分たちが知らない西暦末期の事。

 西暦2015年のバーテックスの侵攻。神樹の力による四国の守護と3年の猶予を得た当時の勇者の戦い――そして敗北。大敵、『天の神』によって灼熱の地獄と化した壁の外の世界。

 勇者システムの真実も残酷だが、世界の真実は更に過酷だった。

 顔色を悪くする一方の姉妹を知ってか知らずか、涛牙は淡々と続ける。

「ただ、実際にはこの樹海と同様の呪的なものだろうとも思われる。バーテックスは人間以外に積極的に攻撃を加えたことがない、らしい」

「――だから、その、灼熱地獄もそう見えるだけかもって?」

「ああ。まあ、確かめようはないが」

 当てになるようなならないような言葉に、風はやってられない、とばかりに頭を振る。

「ああ、もう!大赦はどんだけ嘘をついてんのよ!」

 苛立ちと共に吐き捨てる。

 勇者システムの嘘に加えて、授業でも散々教わる神世紀の始まりについてさえ嘘で塗り固められているなんて、ただでさえ底を割っていた大赦への有難味が更に急降下していく。

「まあ、言い逃れは出来る。世界を滅ぼしたのは殺人ウイルス(バーテックス)殺人ウイルス(バーテックス)から生まれるのがバーテックス(対勇者級バーテックス)。大まかには間違っていない。ウイルスのサイズが、自動車並みという点を伏せれば、な」

「詭弁じゃん?!」

 風の指摘にも、涛牙は肩をすくめるだけで受け流す。それに風はキー、と頭を掻きむしる。

「まったく!それで尻ぬぐいがこっちに回ってくるのはムカつくわ!この騒ぎが終わったら色々ふっかけちゃるわ!」

「ああ。終わって世界が残っていれば、な」

 冷たい指摘に風も思考を切り替える。バーテックスが神樹に到達して世界が終われば、文句をぶつける先もない。

「――それで、東郷が壁を壊したかも、ってのは、マジ?」

「消去法だがな。バーテックスには壁を壊すことが出来なかった。この300年の間一度もな。神樹自体が壁を保てなくなったのなら壁全てが崩れるのが自然だ。となれば後壊せそうなのは、勇者だけ」

 そして、あの時勇者は全員大橋の見える公園に集まっていた――東郷 美森以外。

「あれだけ愛国精神や国防精神が強い奴がそうするのは、あまり想像がつかないんだが、な」

 何しろバーテックスが神樹に到達したらそこで人類は終わり。美森が愛する日本、その生き残りである四国も当然終わりだ。

「……………」

 だが、風は苦い顔をした。

 勇者システムに隠された真実を語った時の美森の表情。あの思い詰め方はただ事ではない。自分と同じように、或いはそれ以上にやらかしかねない、そんな気配があった。

 と、そんな風の裾を樹が引っ張る。

「どうしたの、樹?」

 聞き返す風に、樹がスマホの画面を示す。そこに、壁の上を進む美森のマーカーがあった。壁を越えようとする『乙女型』やその向こう側にある友奈と夏凛の方ではなく、むしろ逆の方に。

「東郷?!まさか、ホントに?」

 背筋を走る冷や汗を感じる。彼女は本当に――やる気か。

「――犬吠埼、俺を飛ばせ」

「はっ?!」

「奴が何かやらかす前に説得するなり抑え込む必要がある。打ち出すのは樹でもいいが、一番速く東郷のところに着く方法はそれだ」

 言いながら涛牙が指し示したのは、風の持つ大剣。

 涛牙が何を言っているのか、しばし考え込んで――気づく。

「……マジ?」

「急げ、時間がない」

 急かされて、樹の方を見ると、泣き出しそうな顔で首を横に振っていた。

「――わかったわ。なんかヤバい事になっても恨まないでよ?!」

「着地の衝撃を和らげる術なら知っている」

 そういう問題じゃないんだけど!――と言い出しそうになるのをこらえる。これ以上壁に穴を開けられれば対処しきれない。それは何としても止めなければ。

 一度大きく息を吸うと、風は腰を落として力を大剣に集中させた。

 風の意思を受けた犬神の身体が光り――同じように一度光った大剣の剣身が長大に伸びる。星座型バーテックスをも両断できるほどに、大きく。巨大化したその剣を、腹面で打つように構え直して振りかぶる。

「っどおりやぁぁぁああああああ!」

 風が渾身の気迫と共に大剣を振り抜く。その、掬い上げるような横薙ぎの軌道に、魔戒剣を盾にして涛牙が飛び込む。

 

 衝撃音と共に、文字通り野球のボールのように打ち出された涛牙が樹海の空を飛んで行った。

 




犬吠埼カタパルト!剣で打った相手を遠くまで飛ばせるぞ!(尚着地は打ち出した相手が頑張る)
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