結城 友奈は勇者である 神の揺り籠   作:ヴィルオルフ

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お待たせしました、ようやく涛牙が美森と腹を割って話をします。


……………


いや、ホントこんなに時間が開いて申し訳ないです、ハイ。


第32話「ブレィム・ソード(過ちを咎めるもの)」

 暗い樹海の空を、壁に向かって小さな影がすっ飛んでいく。星屑たちはそれに気づかず、或いは気づいてもその勢いに追いつけず自分たちの後ろへと飛んでいくその影を止めることが出来ない。

 それは、風の助力で壁へと急ぐ涛牙だった。強烈な風を受けながらも一直線に神樹の壁へと突き進んでいく。

『ハッハァ!こりゃ速いな!』

 ディジェルの気楽な声を聞きながら、涛牙は目を凝らして美森の影を探す。壁の上に着地することは出来そうだが、懸念が的を得ていた場合、美森を探すのに手間取れば結局穴を開けられてしまう。

(東郷、お前は――)

 まさか、とは思う。だが、風が後先考えない暴走をしでかしたのを見たばかりだ。御役目絡みとすれば、美森が暴走しないと断言はできない。

 微かな焦りを覚えながら、不意に涛牙の視界に青い人影が写り込んだ。

 樹海にいる人間は、一部の例外を除けば勇者だけだ。

「犬吠埼、いい仕事をする!」

 目標ピッタリに飛ばしてくれた風を称賛して。

 こちらに気づかず背中を向けている美森に向けて、涛牙は抜き打ちの横薙ぎを打ち込んだ。

 

 魔導力を込めた斬撃と精霊バリアが激突する衝撃。その反動を利用して横合いへと弾かれながら勢いを殺す。

 丈夫な魔導服を通して尚伝わる衝撃に息を詰まらせながらその苦痛を押し隠し、態勢を整えた涛牙は美森に切っ先を向けた。

「これ以上は、やめろ」

 言われて、こちらも弾かれながら、美森は驚いた表情を浮かべ――それが次いで怒りの顔に変わる。

「涛牙、先輩っ……!」

 一瞬美森の腕が手にしたライフルを構えようとして、涛牙が剣を鞘に納めたことで気が逸れる。銃口を下に垂らしながら、美森は険しい顔つきのままで涛牙を睨み返す。

「――やはり、あなたは樹海に入れたんですね」

 その声に、涛牙は軽く頭を振った。

「本来は入れない」

 その返事を誤魔化しと捉えて、美森の頭に血が上る。

「ふざけないで!あなたはずっと私たちを騙していた!バーテックスと命がけで戦って、『散華』で苦しんでいるのを、素知らぬ顔で眺めていた!」

「騙しているのは事実。だが、『満開』の対価とやらについては知らなかった」

「嘘よ!」

「事実だ」

 言い合いながら、涛牙が考えているのは時間稼ぎだった。

 

 勇者部というチームに対して、涛牙はあくまで部外者・傍観者だ。部長を支えるという名目でやり取りが多かった風に対しても、心通わせるようなことはなかった。

 そんな人間が思い詰めた美森を説得出来るかと言われれば、涛牙自身も無理だと判断する。

 だからこそ。風や友奈たちが美森を説き伏せるための切り札となる。

 友奈が近くにいないのが気になるが、同じように暴走してそこから落ち着いた風がいれば頭を冷やさせることが出来るだろうと、そう考えていた。

 

 美森が歯噛みした隙間に、涛牙は言葉を差し込む。

「深呼吸して落ち着け。壁を壊して何になる」

 その言葉に、瞳に更に剣呑な気配を浮かべながら、美森は言い返す。

「――友奈ちゃんのためよ!」

「……は?」

 さすがに意味が汲み取れずに聞き返した涛牙に、美森は勢いに任せて言い募った。

「あなたも知っているんでしょう?!世界の真実を!神樹が作った結界の外は灼熱地獄!バーテックスはそこからいくらでも現れる!そうして攻め込んでくるバーテックスを、私達が身体を張って防ぎ続けなくちゃならない、身体の機能を失いながら!」

「まあ、そうなのだろうな」

 涛牙が返した気のない相槌に、美森は癇癪を起こしたように頭を振った。

「ふざけないで!勇者を――友奈ちゃんを生贄にしながら続ける戦いに何の意味があるの!?いいえ、意味なんてない!どれだけ世界を守り続けても人間に勝機なんてない!天の神がどこにいるのかさえ分からないのよ!?」

 悲痛な美森の訴えに、しかし涛牙は感じ入る事がなかった。むしろ戸惑いを増しながら、口を開く。

「否定はしないが――それで、なぜ、壁を壊す?」

 どうしても理解が及ばない美森の行動を問いただすと、美森は見下すような笑みを浮かべた。

「壁が壊れれば、バーテックスが神樹を倒して世界が終わる!そうなればもう勇者が戦う必要はなくなるわ。勇者という名の、世界を維持するための生贄が、いらなくなるの!」

「……その時には、結城も含めて全員死んでいると思うが」

 当たり前の指摘に、一瞬美森の笑顔が凍るが、それでも美森は言い返す。

「でも!友奈ちゃんがこれ以上傷つくことはなくなるわ!このまま世界が続けば、一体どれだけ『満開』と『散華』を重ねていく事か!そうしてどんどん身体の自由を失って、最後はベッドに横たわる事しか出来ない末路だというなら!ここで、そんな残酷な結末を断ち切ってしまえばいいのよ!」

 その言い分に、涛牙は喉奥にせり上がる苛立ちを呑んで反論を返した。

「それを、結城は望んだのか?」

「っ」

 言葉に詰まった美森にため息を――いや、落ち着くための深呼吸を一つついて、涛牙は言葉を続ける。

「相手が望んでいないなら、お前がやっているのは“余計なお世話”だ。結城が賛同しない限りは、壁を壊そうとするな」

「――友奈ちゃんは、優しいから。世界を守るためなら、自分は後回しでいいと考えてしまうわ。そんな友奈ちゃんに聞いたって、断られるのが当然よ」

「そこまで分かっているなら、壁を壊すな」

「でも!それじゃ友奈ちゃんはただただ失っていくだけよ!いえ、友奈ちゃんだけじゃない。風先輩も樹ちゃんも夏凛ちゃんも、戦いが続く限り生贄であり続ける!そして、大赦以外の人はこの戦いの事を何も知らない!私たちがどれだけ傷つき失っても気に留める事もない!」

 

 決戦の後、平和を守ったんだと満足しながら見下ろした街並みを思い出す。

 あの時に感じた誇らしさは、嘘ではない。けれど、無償の善意一つで、自分がこれから失うであろう将来を埋め合わせることなど出来はしない。

 

「だから!友奈ちゃんたちを救うために、私は!」

 美森の悲痛な叫びを。

「――それが、国を愛し守る、ということだろう」

 涛牙から放たれた一言が斬り伏せる。

「な――」

 絶句した美森を見据えて、涛牙は静かに、ひどく静かに言葉を続ける。

「見返りはなく、称賛もなく。それでも生まれ育った国を守る為にその身を粉にして迫る脅威と相対する。お前が好む護国の英霊とはそういうものだろう」

 冷たく、刃のように鋭く。涛牙は普段の美森の言葉を以て美森自身を責め立てる。

「敵が強大でも。戦いの終わりが見えなくても。自分の戦いが未来を繋げると信じて、名は残らずとも彼らは戦い抜いた。それが、お前が憧れた存在だ」

 その声にグ、と息を呑んで。しかし美森は反論の声を上げる。

「だからって」

「結城が傷つくのが嫌だというなら、お前がその分戦えばいい」

「――」

 涛牙が被せてきた言葉に美森が絶句する間にも、涛牙は続けていく。

「『満開』の反動で身体機能が失われるというなら、尚更、お前が、結城たちよりも果敢に戦えばいい」

「そ、れは。でも」

「戦い自体がもう嫌なら、スマホを壊して、そこから飛び降りればいい」

 そうして涛牙が指さしたのは、外側の壁の縁。結界の中からは見えないが、その縁の向こうには炎の海が広がっている。

「精霊バリアがどれだけ強固でも限界はあるだろう」

 容赦ない指摘に、美森の背に冷や汗が伝う。

「どうあれ、世界を道連れにするのは筋違いだ。――止めろ」

 巌とした一言に、美森は慄き――。

「――イヤ」

 取り繕いの無くなった言葉が漏れ出す。

「イヤだ、イヤだよ!一人ぼっちで戦うのも!死ぬのも!友奈ちゃんを忘れるのも!忘れられるのも!腫物みたいに気遣われるのも!私は、友奈ちゃんと一緒にいたいの!ただ友達でい続けたいの!でも、勇者の御役目が続く限りそれは叶わない!だから!」

 言って、美森はライフルの銃口を足元に突きつけ。

 そのライフルが弾かれる。

「?!」

 顔を上げれば、涛牙がいつの間にか剣を抜き放っていた。

 剣の間合いには程遠いはずのその距離を、涛牙が抜き打ちに放った遠当てが走り、美森のライフルを弾いたのだった。

 

 そして、その涛牙は。

「それが、お前か」

 静かな呟きに続いてクツクツと小さく肩を震わせ、呆れたように小さく笑い出した。

「な、何が、おかしいのっ……!」

 そんな美森の声に、涛牙が向けたのは笑顔だった。常日頃鉄面皮を通してきた涛牙が見せたその笑顔は、しかし、友奈や多くの人が浮かべる笑顔とは違った。

 口の端を吊り上げ歯をむき出しに見せる、猛獣が牙をむいたようなその笑みから伝わるのは、楽しさではなく、怒りだ。

「これが笑わずにいられるか。国を愛するだの国防精神だのを散々に言い募って人にも求めていたお前が、いざ土壇場になれば一番かわいいのは自分だと言うんだからな」

「何を――!」

「ああ、もっと早く気づくべきだったんだろうな。初めての御役目の時。国を守る勇者の御役目に腰が引けてたあの時に。――お前は国を愛しているんじゃない、『国を愛する自分』が好きなんだってな!」

 涛牙から聞いたことがない怒声に美森は身を竦ませた。

「ち、違う!私は確かに国を愛して!」

「その国を滅ぼそうとしてる奴が言えた義理か!」

 怒鳴りつけて、涛牙は切っ先を美森に突きつけた。つられるように美森もライフルの銃口を涛牙に向ける。

「俺の務めは人を守ることなんだが――世界を滅ぼされちゃたまらないんでな。東郷、お前が世界を壊そうというなら」

 スゥと涛牙から表情が消えた。

 

「ここで、潰す」

 

 宣言と同時、涛牙の姿がブレる。

 涛牙が仕掛けてくる事は、美森も当然頭の隅には入っていた。

 それでも尚、不意に横に動いた涛牙を銃口で追うことが出来なかった。ワンテンポ遅れて照準し直そうとした時には、涛牙は速度を落とすことなく逆方向に踏み出し、美森に迫る。

(フェイントッ!?)

 改めてライフルを向けた先に涛牙はいた。だが、美森の予想よりも涛牙はずっと近づいていた。振るった剣の切っ先がライフルの銃口に絡みつき、見当違いの方に弾かれる。

「!」

 ライフルを引き戻すか、拳銃かショットガンを呼び出すか。迷ったのは一瞬。しかしそれは涛牙が肉薄するには充分な隙だった。

 美森の腕の内側に潜り込んで、鳩尾に軽く拳が振れる。

 反射的に美森が押し返そうとした瞬間に、涛牙は全力で踏み出した。

 後ろ足から発した力の流れは脚、腰、胴から腕へと伝わり、拳の先にある美森の内臓に突き刺さり、衝撃が少女の身体を突き飛ばす。

「かはっ……」

 如何なる威力か。美森の身体がその打撃で吹き飛び、地面を転がされた。だがそれ以上に。

(呼吸、が)

 横隔膜を綺麗に捉えた打撃に、呼吸を阻害されて美森が呻く。

 勇者の力は確かに身体機能も向上させているが、だからといって関節を無視して手足が動くわけではないし、呼吸するためには横隔膜の伸縮が必要なのも変わってはいない。必殺の攻撃は防ぐ精霊バリアも、致命的でない攻撃には反応しないし衝撃まで無効化できるものでもない。

 美森が呼吸を取り戻すことに集中した隙に、涛牙は美森への追撃を加えようと踏み込んでくる。身体を起こそうと地面に手を突いた状態では美森は銃を撃てない。

 だから、美森は別の攻撃手段を呼び出す。

(かわ、蛍!)

 その意思を受けて、精霊・川蛍とその対応する武器が美森の傍に浮かび上がる。

 精霊は勇者の武器に応じて増えている。先の決戦の後に美森が手にした川蛍が象徴する武器は、浮遊砲台。美森が持ったり引き金を引くことなく攻撃できる武器だ。美森からの攻撃の意思を受けて、浮遊砲台からの射撃が放たれる。

 美森が復調するまでの時間を稼ぐための攻撃だ。めくら撃ちに近いが、涛牙の足を止めるには充分だった。のみならず一条の閃光が偶然だが涛牙への直撃コースを取った。

 剣を掲げて涛牙が防ぐが、星座型バーテックスにも通用する威力だ。剣は軋みもしなかったが伝わる衝撃に涛牙の身体が大きく弾かれる。

「ぐぅっ!」

 そうして距離が離れてしまえば、美森が俄然優位となる。

 復調した美森は両手に散弾銃を呼び出し、浮遊砲台からの射撃と合わせて撃ちまくれば、涛牙はひたすら逃げ惑う他にない。

(いいえ!油断してはダメ!)

 しかし美森は自戒して気を抜くことを戒める。

 当然だ。散弾を幾度も撃ち続けているのに、涛牙は大きく左右に飛びまわり全て避けきっているのだから。避ける先を狙った浮遊砲台の射撃もアクロバティックな動きでかわし、或いは剣で受けて防いでいる。優位だなどとは考えられない。

 そしてなにより、こうして涛牙を抑えていては本命の、壁の破壊が出来ない。美森の持つ最大火力はライフルだがそれでも壁に穴を開けるのは一発で、とはいかない。武器を持ち替え、壁に向ける隙を見せれば、涛牙は充分美森の妨害が出来る。

 そうして時間を稼がれれば――友奈たちがここに来る。そうなれば美森の望みはかなえられなくなる。

 内心の焦りを隠しながらひたすら撃ち続けるうちに、不意に美森の視界に白い影が割り込んできた。

 星屑だ。樹海の中に入って、しかし神樹に向かうことなくさ迷っていた一体が、騒ぎに感づいたのか寄ってきたのだった。その星屑は背後から涛牙へと迫っていく。

 その様子に、美森は。

(好機――!)

 自分の行いは正しいのだとさえ感じた。正しいがゆえに、世界が後押ししているのだと。

 背後から近づく星屑は当然涛牙には見えていない。このままもう一歩追い込めば、彼は星屑の餌食になる。私が手を汚すまでもなく、死んでいなくなる。

 ザ マ ア ミ ロ。

 そんな、普段なら思いもつかないような言葉が美森の脳裏をよぎる。そしてその衝動に従って美森は更に涛牙を追い詰めようと攻撃を撃ち込み。

 これまで左右にかわしていた涛牙が高く跳ねる。後方宙返りで美森からの銃撃を、そして星屑の噛みつきを、紙一重でかわして星屑の背後に降り立つ。そして。

「――灯火纏装ッ!!!」

 白い魔導火が剣を覆う。美森からの弾雨の中では使う余裕がなかったが、星屑が障害物になるなら充分やれる。

 そして、大上段に構えると渾身の力で斬りおろす!

 その一撃で星屑は両断されて霧散し――白く燃える刃が宙を駆ける。

 涛牙を見失ったと思えば星屑を貫いて迫る、美森が予想だにしていない反撃。白刃は精霊バリアに――ではなく美森のすぐ前の地面に衝突、炸裂して土煙を巻き上げる。

 咄嗟に顔を庇った美森は、しかし同時に犯したミスを悟った。散弾がなければ、涛牙は浮遊砲台の攻撃だけなら避けて接近できる!

 そう直感した時には土煙を割って涛牙が美森まで迫っていた。

 咄嗟に散弾銃を放つが、下からの切り上げられて銃口は弾かれていた。散弾は何もない上に向けて放たれただけだった。

 美森の両脇を通って浮遊砲台が左右から涛牙を狙うが、側方宙返りで射線から逃れたと思えば跳ねて砲台を蹴りとばし、或いは剣で砲台を弾き、狙いを定めさせない。

 一度撃つとコッキング動作をしないと続けて撃てない散弾銃を消して美森は拳銃を呼び出す。小回りの利く連射可能な武器だが、涛牙を狙おうとしても突き出された切っ先や鞘が邪魔をする。

 力で阻まれているなら勇者の腕力で強引に銃口を向けられるが、涛牙の逸らし方はそうではない。銃を向けようとする力を逆利用して美森の攻撃を無力化していく。

 突きつけた銃口に切っ先を絡められて向きをずらされる。或いは打ち合った銃を力点として涛牙の身体自体が銃口の先から逃れる。途方もない技量を以てして初めて出来る避け方だ。

 加えてその俊敏な動きで美森を翻弄する。右に避けたと思えば背中に回り込み、浮遊砲台が背後を向けば美森を飛び越えて正面に現れる。喉笛に突き出された鞘を拳銃で防いだ、と思った時にはまたもや視界から消えて、腕を引っ張ってバランスを崩そうとする。

 猿のようにトリッキーな動きに、美森はひたすら混乱させられていく。

「こ、の――!」

 焦りと苛立ちが、美森の動きから一瞬精彩を欠かせる。その隙を涛牙は見逃さなかった。

 何度目かの跳躍。また背後を取られると思った美森はすぐさま振り返り――そこに誰もいないことに一瞬動きを止める。その美森の頭を、ただ上に跳ねただけの涛牙の両足が挟み込み、落下の勢いを活かして美森の頭を投げ飛ばす。

 俗にヘッドシザーズ・ホイップと呼ばれるプロレス技に似た投げ方で、美森は地面に叩きつけられた。

 倒れ込んだ美森を涛牙はリフティングするように蹴り上げる。勇者は涛牙の腕力では抑えつけられない。浮遊砲台があるなら関節を極めて地面に押し倒してもダメだろう。ひたすら翻弄して音を上げさせる他ない。

 ボールのようにグルグルと回転させられて、次第に美森の平衡感覚が覚束なくなっていく。それを見計らったかのように、涛牙は後方回し蹴りの要領で、浮いた美森の身体を思いっきり蹴り出した。涛牙と言えど、数10kgはある美森の身体をリフティングし続けるのは無理がある。

 蹴り出された美森は地面に打ち付けられ、ゴロゴロと転がり――。

 いや、転がり続ける。

「なにっ?!」

 自身の蹴り足の勢い以上に転がっていることに涛牙が気づいた時には、もう遅かった。

 美森の背中のアーム。移動を補助する装備であるソレは、長さは実は一定ではない。ある程度ならば伸縮して美森を移動させている。そのアームが思いっきり伸びて、美森を壁の上から樹海側へと押し出す。

「――しまった!」

 美森の狙いに気づいた涛牙が壁の縁から身を躍らせたその時。

「『満開っ!』」

 眼下に巨大な朝顔の光が咲き誇る。

 剣を壁に突き立て足に魔導力を込めて踏ん張り。壁に立った状態で下を見れば、そこには円盤のような形状の戦艦が浮かんでいた。それを操るのは、当然、東郷 美森だ。

「これで、終わりよ!」

 軽く頭を振って意識をハッキリさせて。美森は腕を壁に差し向ける。その動きに従って戦艦から伸びた7つの砲身もまた壁へと向く。

 残る1つの砲身は、過たず涛牙に向かっていた。

「マズっ!」

 壁面を駆けあがる涛牙の背中に向けて。そして眼前の神樹の壁に向けて。

「全砲門、斉射ぁ!」

 極大の砲撃が叩き込まれた。

 

 閃光。轟音。

 目と耳を圧する衝撃が過ぎ去って。

 

 美森が目を開けば、眼前に在った神樹の壁には巨大な穴が開いていた。上を見上げれば、涛牙の狙った砲撃の跡がやはり壁を焼き貫いている。

「や、やった……っ!」

 遂に、神樹が作り上げた生き地獄に穴を穿ったという高揚に、美森は引きつったような笑みを浮かべた。

 これで壁に開いた穴は2つ目。バーテックスが更に押し寄せてくるだろう。勇者の対処が間に合わなくなるほどに。

「これで、みんな救われるんだわ……!」

 言いながら背後を見る。そこには遠く離れた彼方に聳える神樹の姿がある。あの雄々しい姿も程なくバーテックスの攻撃に晒されて崩れるのだと思うと、背徳的な悦びが胸に浮かぶ。

 或いは、ここから砲撃でも見舞おうか。そんな事さえ思いつく。

 撃ったところで角度が一度もずれれば当たらないだろうし、そもそも攻撃が届く距離でもない。勇者の攻撃は極論陸から壁まで届けば十分なのだし、『満開』状態の自分と互角のレオ・バーテックスとて壁際から砲撃を撃たなかったのは射程距離不足だったのだろう。

 だが、自分たち勇者が抱えた苦悩や痛みを神樹に知らしめることにはなるかもしれない。それはそれで愉快だと思いながら美森は戦艦の向きを変えようとして。

「驚いたね」

 不意に聞こえた声に、ゾ、と背筋が凍る。それは、勇者のみんなや涛牙の声ではない。

 慌てて声の主を探せば、砲身の一つに悠然と立つ黒尽くめの姿があった。

「対勇者級が来たのかと思えば見かけるのは基本のバーテックスばかり。どうした事かと思っていたが。まさか、勇者が神樹の結界を壊すとは」

 呆れたような口ぶりで語る男の表情は、しかし穏やかなものだった。子供の悪戯を微笑ましく見守るような、そんな微笑を浮かべている。

 その自然な姿に一瞬硬直し、しかし美森が感じたのは背筋が凍るほどの恐怖。この黒尽くめが何者なのか、そんな疑問を振り切って本能が死力を以ての排除を命じていた。

 何機もの浮遊砲台の狙いが定められ、次の瞬間には銃口から光が放たれる。

 幾条もの閃光は文字通り光の速さで黒尽くめに殺到し。

「ほっ」

 ひょい、と。そんな擬音が似合うほどの軽い動きで振るわれた刀がその全てを斬り払う

 バーテックスを倒せるはずの攻撃を人間が軽々無効とした、その事実に美森が硬直する合間に、黒尽くめは軽い足取りで砲から離れ、美森が立つ船体に羽のように降りる。

 そうして美森を見返して、黒尽くめは少し表情を変えた。何か、皮肉を感じたような苦笑を浮かべて、ふと視線を逸らす。その視線の先にあるのは、美森も見ていた神樹の巨体。

「無垢なる少女が勇者に選ばれると言うが、主義志向は選考基準ではないのかな。はて、どんな基準で選ばれるのやら」

 言って、黒尽くめは刀を振るった。力を込めた様子もないその一閃が、脇にあった満開の砲身を薄紙のように両断する。断ち切られた砲身は光の粒となって霧散した。

「――え?」

 現実離れした光景に呆ける美森に、黒尽くめは気楽な様子で切っ先を向けた。

「これから君を切り刻むが――もしかしてそれは、世界のためには良い事になってしまうのかな?」

「ひっ――」

 言って、軽い足取りで近づく黒尽くめに向けて、再度浮遊砲台からの攻撃が放たれる。今度は黒尽くめを半包囲するように展開された浮遊砲台からの、それも一射ではなく連続射撃だ。刀一本では捌ききれず、そう広くない足場では避けられるはずもない。

 しかし。不意に黒尽くめの姿がぶれる。閃光が貫けたのは、黒尽くめが残した残像だけだった。

 驚愕に美森が息を呑んだ刹那に、浮遊砲台の1つが破壊される。咄嗟にそちらを見やるとその場から黒い影が飛び去る残像が見えた。

 そしてまた視界の外で浮遊砲台がまた1つ破壊される。更に1つ、また1つ。美森が何もできないままに、全ての浮遊砲台が破壊された。

 愕然とする美森の正面に、再び黒尽くめの姿が現れる。息一つ乱さぬ漆黒の影に美森の顔が恐怖に引きつる。

 その様子に満足したように黒尽くめは刀を引き寄せ、迷いなく突き出す。

 腹を目掛けて放たれた刺突に、精霊バリアが展開され――一瞬さえ保たずに貫かれる。

 青坊主を始めとする精霊が切っ先の前に割って入り――何の抵抗もなく貫かれる。

 勇者の持つ防御機構の何を以てしても止められないその凶刃は美森に迫り――

 

「――オァアッ!」

 頭上からの声に咄嗟に刀を引き戻すと、斬りおろされた刃を受け止める。

 落下の勢いも加味した攻撃を危なげなく受け止められても、それは涛牙にとっては想定内だ。前方宙返りの要領で身体を捻りながら空中回し蹴りを黒尽くめの頭に放つ。

 半ば不意打ちといえる蹴りを、しかし黒尽くめは仰け反ってかわし、そのままサマーソルトキックで涛牙にカウンターを打ち込む。かわせず、きりもみ回転しながらも、涛牙は黒尽くめと美森の間に割り込んだ。

「と、涛牙先輩……」

 つい先ほどまで敵対し、過剰火力で命を狙った相手が、今度は自分を守る様に黒尽くめに立ち塞がっている。

 何がどうしてこうなっているのか分からない美森に背を向けながら、涛牙はフンと鼻を鳴らした。

「さっき言ったぞ。俺の務めは、人を守る事だとな」

 その言葉に、フフ、と笑いを零したのは、向き合う黒尽くめだ。

「その勇者は壁を破壊した。世界の終わりを招こうとしているんだが。それでも守る必要はあるのかな、涛牙」

 面白がるような声音の黒尽くめに、涛牙は剣を向けた。

「お前に切り刻まれて、勇者の力を好き放題喰われるのを見る気はないってだけだ。久那牙」

 内にある激情を静かに抑え込んだ声音で返されて。黒尽くめ――久那牙はフム、と微かに片方の眉を上げる様子を見せた。

「ああ、先の4人のようにはさせない、という事か、なるほど」

 言って、久那牙はふと気づいたように続けた。

「ところで、お前はどう思う?勇者に見初められる者について」

「……何が言いたい?」

「もう2年前か。一緒に見ただろう?赤い装束の勇者の最期を。死の淵で尚世界を守らんと奮戦した彼女の後継が、何があったかは知らないが世界を壊そうとした。神樹が勇者を選ぶ基準は何なのか、気にはならないか?」

 面白がるような口ぶりの久那牙の言葉に、涛牙は殺気を解き放つことで答えた。直に向けられたわけではないはずの美森が、あてられて息を詰まらせるほどの殺気だ。

「別に。神の思惑なぞ知らん。そしてお前が勇者の品性を語るなよ――赤い勇者を死なせたお前が!」

 鋭い言葉を返されても、久那牙はむしろ首を傾げた。

「私が彼女を?変な事を言うものだ。お前が――そして私が見た時には、もう腹に穴を開けていただろう?如何に勇者と言えど胴に穴が開いたら神樹の治癒力も届かないというものだ」

「ああそうだな。確かに致命傷だった、長くは保たなかったろうさ。だがな!お前がデカブツ3体を嬲りながら喰ってなければ、あの子は……友達に別れを言うくらいは出来たはずだ!」

「――断末魔の血まみれの姿でサヨナラと言われたら、あのくらいの年頃だと却ってトラウマになりそうな気がするがなぁ」

 苦笑しながら、スイと久那牙もまた切っ先を涛牙に向ける。

「ともあれ、頭に上った血は落ち着いたと見える。これなら、その太刀筋に陰りもあるまい」

 その切っ先をチョイチョイと揺らし、久那牙は穏やかに言う。

「2年の研鑽の成果。改めて見てやろう」

「――上等!」

 一度溢れた殺気を再び胸の裡に押し留めて。

 次の刹那、2人の剣士の刃が激しく交わった。




 最初の、涛牙と美森が言い争うところは結構スムーズに書けたはずだったんです。
 ――壁から落とされた美森と壁走り涛牙のアクロバット戦とか。
 ――樹海内で美森がぶん投げられまくるとか。
 ――なんなら法術のロープで結ばれて振り回されて星屑にぶつけられるとか。
 色々考えてたんですが、何だか上手い事纏まらず。
 一しきりドンパチやりあってから久那牙が乱入させるとなると更にゴチャゴチャとなって行く始末。
 あれやこれやと書き直していってまあ纏まったかな?となったのが今回の話です。

 ……2カ月もかけてコレかぁ……
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