結城 友奈は勇者である 神の揺り籠   作:ヴィルオルフ

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まだまだ続くよ友奈の章最終戦!
星屑の群れ、星座型複数と来て、次は魔戒騎士同士のバトルです!


大穴開いてたら、また来るよね、アイツら……


第33話「オール・アッセンブル(勇者、集結)」

 ギィンッ!とかん高い音を立てて、涛牙と久那牙の刃が激突する。ぶつかった一点から発せられた衝撃が、涛牙のコート、久那牙のマントをたなびかせる。

 ギシリと鍔迫り合いの気配が見えたが、次の瞬間涛牙は刃を翻すや身体ごと回転して斬り込む。

 対する久那牙は刀を立ててその横薙ぎを防ぎ――瞬間、防いだ刀を潜り抜けた刺突が久那牙を襲う。

 防がれた反動を活かして、涛牙は剣を引き戻しながら左手に持ち替え、回転の勢いそのままに踏み込んで突きを放つ、半ば不意打ちの連撃だ。

 だがその刺突を久那牙は身を捻ってかわし、その流れのままに左薙ぎを打ち込む。ちょうど先ほどの涛牙の動きをなぞる反撃に、跳んでかわす事も刺突を戻して防ぐ事も出来ない涛牙は、無理やりしゃがみ込んで刀を避けた。

 だがそうして動きが鈍くなれば、涛牙の反撃よりも久那牙の追撃が先に来る。

 横薙ぎに繋げて放った回し蹴りが、身体を沈めた涛牙を捉える。蹴撃の威力を踏ん張って抑える余裕もなく、涛牙の身体が吹き飛び、『満開』装備の砲身に叩きつけられる。

「ぐぅ……」

 痛みに呻く涛牙に向けて、万全の態勢から久那牙が放った平突きが迫る。

 転がるように避けたところに刀が突き立つ。何の抵抗もなく砲身を貫いた刃は、そこから涛牙を追うように斬撃に転じた。相当な強度があるはずの砲身は、しかし何の抵抗も示さぬ滑らかさで切り裂かれ、切っ先が涛牙へと迫る。

 刺突から横薙ぎが振り抜かれるまでほんの数瞬。そのわずかな猶予に、しかし涛牙は剣を刀の軌道に割り込ませた。剣を肩で支えながら斬撃を防ぎ――その勢いに弾き飛ばされる。

 踏ん張るほどの余裕がなかったせいだが、むしろ踏みとどまったら久那牙の猛攻に晒されていたかもしれない。

 涛牙が踏ん張るだろう場所を斬りおろす刀の残像と、今度こそ根元から寸断されて消えゆく砲身にそう思いながら、かすかに見える隙に涛牙が改めて踏み込む。その隙が誘いであっても、受けに回っては数手と持たない事を涛牙は理解している。

 怒涛の勢いで涛牙が攻める。刺突、薙ぎ、斬りおろしに斬り上げ。剣を左右に自在に持ち替えながらの攻撃は曲芸のようだが、上中下段に振り分けられるその攻めは全て必殺を期しての物。剣にも身のこなしにも澱みはなく、留まる事のない連撃が放たれる。

 対する久那牙はむしろ穏やかな動き。指揮者がタクトを振るうかのような滑らかな刀捌きが、しかし一歩もその場を動かないうちに涛牙の攻撃を全て迎撃する。

 どころか、涛牙の攻撃に隙間が出来た瞬間に反撃が放たれる。それを受けて涛牙が守りに回った途端、久那牙の攻撃が怒涛と化した。涛牙の太刀筋をそのまま返すような攻めに、涛牙は後退するしかない。

 だが、そう広くない足場ではあっという間に追い詰められる。

 やむなく跳んで砲身を足場にすれば、久那牙の斬撃は砲身もろとも涛牙を襲う。砲身は足場には出来ても久那牙の攻撃の盾にはまるで足りない。

 それは涛牙も分かっている。砲身が斬られる間に涛牙は前方宙返りで久那牙を跳び越えながらその背中に斬りつける。が、久那牙はそれも見越していたのか。涛牙の攻撃は久那牙が翻したマントに触れる事しかできず、逆に久那牙の回転横薙ぎが涛牙の腕を浅く切り裂く。

「っ、まだまだぁ!」

「ふむ、悪くないな」

 腕力で身体を跳ね上げながら吠える涛牙と、息一つ乱さず評価する久那牙。力量差を如実に示すその様子に、しかし涛牙は臆せず――久那牙は悠然と――踏み込んでいく。

 

 再び始まる剣戟の応酬。途絶えることなく連なる金属音に晒されながら。

「ぅ……」

 美森は只々身体を硬直させていた。

 目の前で繰り広げられる、人間同士の本気の殺し合い。初めて目にするソレに慄いていることもある。

 だが、それ以上に。

「あた、まが」

 頭蓋の内側で、脳がこねくり回されているかのような感触がある。

 2年前。勇者。赤。守る。死。別れの言葉――マタナ?

 2人が交わした言葉が意識を飛び交い、失った、いや、奪われた記憶の空白を刺激する。その奇妙な感触が、美森をよろめかせていた。

 『東郷 美森』という存在が撹拌されるように、意識が、そして視界がグラグラと揺さぶられる。

(にげ、ないと)

 今の状態から逃れようとして、美森は船体を操作した。

「うおっ?!」

「おっと」

 急激な後退に、不意を突かれて涛牙と久那牙が蹈鞴を踏む。それでも足場に留まった2人に、美森は半ばヤケになりながら船首を上空へ向けた。

 上空へと急上昇し、左右に激しく旋回し、きりもみ回転しては急制動と発進を繰り返し。その勢いでどうにか2人を放り出そうと美森は苦心する。だが、そんな大きく揺さぶられる戦艦の上で。

「ハッ!」「ふむ」

 涛牙と久那牙の剣戟が続く。

 擦り足を使って、両足が船体から離れないようにして。跳ねまわる事こそなくなったがその分苛烈に剣を交わし、或いは拳を打ち込む。軸足を活かして回転しながらの攻防は、さながら2つの独楽がぶつかり合うかのようだ。

 むしろ、無茶な操船を行う美森の方が、その揺れのせいで平衡感覚を鈍らせる始末だ。

「こ、の……」

 軋るような声を上げて、美森は最後の手段を取った。深呼吸と共に握っている球体に力を込める。

「おちて――落ちてぇ!」

 絶叫と共に、船体をきりもみ回転させて天地が逆さまとなったところでそのまま水平飛行に移る。いわゆる背面飛行だ。

 天地が逆転し、美森の黒髪が、涛牙のコートが、久那牙のマントが重力に従って地面へ伸びる。

 やった当の美森自身、球体を握る力が緩めば、身体を固定する装具がない以上地面に向かって真っ逆さまだ。

 だというのに。

「おま、なにトチ狂ったことを……!」

 涛牙も久那牙も落ちる様子がない。涛牙は必死の形相だが、久那牙に至っては穏やかな呆れ顔を変えもしない。

「さて、いきなり不利になったかな?涛牙」

 どころか、平然と逆転した甲板の上を進みだす。

「なんの、これしき……!」

 逆さまの足場で、2人は重心を低く保ちながら相手との間合いを測る。魔導力を足に込めて床に足をつけている現状、迂闊に飛びまわるのはこの2人にも無理があった。

 だから。2人は美森にとっていい的だ。意識を振り絞って浮遊砲台を呼び出し、2人に向けて放つ。

 狙ったのは、胴体ではなく足元。逆さまになってさえ2人が船体の上にいられるのは――なぜ出来るのかは美森には分からないが――足元が身体を支えているからだ。そこがなくなれば、2人もまた落ちるしかない。

 その美森の狙いを察したのか、久那牙は大きく後方へと跳ぶ。水平に近い跳び方で、彼はまだ無事な砲身に(重力を無視して)着地しようとした。

 一方の涛牙は行動が遅れたのか、足場を崩されそのまま落下する。

 いや。

 その身体が不意に宙で留まる。上下逆転していた姿から、頭が上へと来る普通の態勢で。

 空いていた手から伸びた魔導力の縄が、命綱として涛牙の身体を宙に浮かせたのだ。

 そして、着地間際の久那牙に向けて涛牙は剣を投げつけた。

「ぬっ?!」

 さすがに虚を突かれて久那牙が呻く。それでも咄嗟の反応で剣を弾いたのは流石という他ない。

 だが、弾いたはずの剣が宙で軌道を変えると回転しながら久那牙の足元を狙う。

(魔導力での操作か!)

 剣一筋の久那牙はここまで得手ではないが、法術も修めた涛牙なら、なるほど、手放した剣を自在に操る事も出来るだろう。

 足に込めた魔導力で砲身に着地しようとした一瞬。そこに割り込んだ剣が久那牙の魔導力を乱し、足元を疎かにさせる。

 久那牙の意識が自身の足元に向いた瞬間、涛牙の二手目が動いた。

 宙を舞う涛牙の剣に向けて、涛牙が懐から一枚の魔導札を投げ放った。

 札を破壊することで法術が発動するタイプのその札は、剣に斬られて破壊され、込められていた捕縛術が久那牙を襲う。魔導力の輪で絡め取られて、それを解除しようと魔導力を込めることで久那牙がもう一手後手に回る。

 術の解除に久那牙が集中した一刹那。手元に戻した剣を握り直し、涛牙は渾身の魔導力を込めて一息に解き放つ。

「オオオォォォ!」

 これが斬撃の遠当てならば、久那牙は或いはかわしたかもしれない。だが、涛牙は()()()。込められた魔導力は、いわば塊となって久那牙に襲い掛かり、その身体をついに砲身、つまりは足場から叩き落した。

 ついに船体から姿を消した久那牙に、涛牙は小さくガッツポーズを取る。それを見ながら、さすがに逆さまの限界を迎えた美森は船体の上下を元に戻した。 

「……………」

 お互い相手から顔を逸らさぬまま、呼吸を整える。美森は『満開』装備の砲身を半分破壊されたがまだ壁に穴を開けることは出来る。対する涛牙も、バリアが発生しない程度の攻撃で美森を翻弄することは出来る。

 そんな一瞬の均衡を。

 鈍い、ドゴッという音が崩す。

 音の出処は、美森の丁度真後ろ。美森が振り向けば、そこにあったはずの『満開』装備、後光のようなパーツが両断されている。

「え?」

 美森が呆けた声を上げる一方、涛牙は視界を奔った閃光を追って顔を上げた。宙空で勢いを失い、今度は下に落ちようとしているのは、緩い弧を描く鋼の輝き。

「くそっ!」

 何が起きたのかを察して、涛牙は魔導筆を取り出すと美森に向けて捕縛縄を放ち、その身体を引き寄せる。不意を打たれて涛牙に抱えられた美森の眼前を、重力に引かれた刀が通り――『満開』の船体を刀身が貫く。とどめを刺されてついに『満開』の戦艦が崩壊する。

 宙に投げ出された涛牙が下方を見れば、そこには落下しながらも刀を投げ放った姿勢の久那牙がいた。

(落ちながら、刀を投げつけてきたのか!)

 勇者の力を一方的に喰らえる刃だ。こうして投げつけるだけでもその危険性は変わらない。そして、久那牙も手放した武器を手元に引き寄せるくらいは普通にできる。

「させるか!」

 吠えて、涛牙は美森を手放すと宙で態勢を変えて、美森を足場代わりに蹴って下へと加速した。

「ひゃあああぁぁぁぁぁぁ……」

 美森の悲鳴がフェードアウトするが構わず、涛牙の視線は久那牙と、久那牙に向かって落ちる刀に集中する。

(アレ)さえなければ、イケるか?!)

 咄嗟の思い付きで、涛牙は今度は刀に捕縛縄を放った。法術の縄が刀の柄に絡みつき、見た目とはかけ離れたその重さが涛牙に伝わる。

「これなら!」」

 思った通りの手ごたえに、涛牙は縄を縮める。その重量故、涛牙の手元に引き寄せることは出来ず、逆に涛牙が刀に引き寄せられる。

 今度はその刀を足場代わりに蹴り飛ばし、涛牙は更に久那牙に迫る。

「ここで決めるっ!」

 涛牙は自身の正面に魔戒剣の切っ先で宙に円を描いた。生じた光の輪に飛び込み、突き抜けた時には涛牙の身体はハガネの鎧を纏っている。

 涛牙と久那牙ではその力量差は隔絶している。だが、それでも鎧を纏った状態の涛牙は久那牙に届きうる可能性がある。久那牙とて空を飛びまわる事は出来ず、今は手元に武器もない。ならば、これはまさしく千載一遇の好機だった。

「ハアアアアアアアアア!」

 渾身の気迫を剣を込めて、涛牙はさながら彗星の如く久那牙に迫る。

 

 それを見て、久那牙は感心したように呟いた。

「状況の変化への対応、微かな機を逃さぬ眼力、迷わず全てを賭け台に乗せる胆力。なるほど、カッとならなければこれほどにやるか」

 涛牙の技量、そして精神を共に評価し、ひとかどの物だと認める。

「だが――」

 その上で、久那牙の表情から緩やかな笑みが消える。

「深みが足りない!」

 不意に久那牙の周囲の空気がゆがむ。

 それは、久那牙から膨れ上がった魔導力。ここまでしかと抑え込まれていたソレを、久那牙が解放したのだ。

「なっ、うあああ?!」 

 涛牙を驚愕させたのは、その魔導力の規模。

 相手を怯ませる程度ならば一流の魔戒士であれば出来る。だが、超質量を有するソウルメタルで出来た武具を纏う涛牙が、空中で押し留められ、次いで吹き飛ばされるとなれば、それはもう暴威と評して余りある。

 落下の軌道を変えられて放り出される涛牙を目の端に捉えながら、久那牙は危なげなく着地した。高層ビルもかくやと言うほどの高さから落ちたというのに、その着地は羽のように軽く静かだ。

 そして次の瞬間、疾風のように駆け出すと、ちょうど地面に落ちようとしていた涛牙に向けて跳躍からの前蹴りを放つ。

「ガアッ!」

 蹴られた涛牙の身体が、サッカーボールのように吹き飛ぶ。地面に叩きつけられ、バウンドし、数度地面を転がってようやく態勢を立て直して顔を上げる。

 そこにはすでに久那牙がいて、魔導力を込めた拳が涛牙の顔面に向けて放たれたところだった。

 左頬を捉えたストレートに涛牙の頭が大きく揺らぐ。そこに更なる追撃として放たれるのは顔、膝、胴と打ち分けた連続蹴り。先の前蹴りのような威力こそないが、その分速く、上下に揺さぶるように続け様に蹴り込まれて涛牙がよろめくように後退する。鎧を纏っているというのに、久那牙の一撃は途方もなく重い。

 後ろへ下がる涛牙に、久那牙はすぐには追撃をかけず、代わりにス、と手を伸ばした。そこに寸分違わず、先ほど手放した刀が落ちてくる。魔導力で引き寄せていたのか――或いは、落ちる場所を想定して涛牙を攻めていたのか。いずれにせよ、久那牙の図抜けた技量を知らしめるには充分だ。

 その事に涛牙が呆気に取られたのはほんの僅か。だが、それは久那牙に対しては致命的な隙だった。

 瞬間、剣閃が上から下へと走り、涛牙の脳天を打ち据える。

 反応も出来ないまま前かがみになった涛牙に、久那牙の更なる連撃が打ち込まれる。

 顎を打ち上げるように放たれる切り上げ。勢いそのまま全身を翻しての左薙ぎ。からの右胴。逆袈裟。袈裟斬り。米神辺りを左右から斬りつけ、涛牙の意識を更に揺らす。

 暴風の如き連続攻撃に、涛牙は為す術もない。攻撃を剣で防ごうとしても、防いだと思った次の瞬間には別角度からの攻撃が涛牙を襲っている。

(く、そ――!)

 為されるがままの涛牙の耳に、ひときわ強い踏み込みの音が届く。

 咄嗟にかざした剣が久那牙の切り上げを防ぎ――防いだ剣ごと、涛牙の身体が宙に打ち上げられる。

「?!」

 それがどれほどの威力だったのか。涛牙が思考するより先に、久那牙が更に打ち込む左右の切り上げが涛牙の両腕を弾く。

 宙にあって完全な無防備状態を晒す涛牙に向けて、久那牙は弓を引き絞るように刀を構えた。渾身の踏み出しの勢いを余すことなく腕に伝え、閃光の如く突き出す。

「ハアッ!」

 魔戒騎士の鎧も、全身を完全に覆っているわけではない。動かす必要がある関節部分を筆頭に、鎧で固められていない隙間はどうしても存在する。

 

 故に。樹海の地面を削るほどの勢いで打ち込まれた刺突は、鎧で覆われていない涛牙の腹を深々と貫いた。

 

「か、は……」

 受けたダメージに鎧が解除されて、露わになった涛牙の口から血が溢れる。苦悶に呻きながら見返す涛牙に向けて、久那牙は静かに言葉を続けた。

「好機を逃さないのはいいが、むしろ飛びつきすぎたな。私をもっと強固に拘束するなり、追い越して着地間際を狙うなりした方がよかったな。ああまで目に見えて飛びついてきたら、こちらも対応するというものだ」

 串刺しで宙づりにされながらも、その言葉に睨み返す涛牙に、久那牙はまたフ、と表情をやわらげ、

「剣に術。色々と手数があるのも悪くはないが――どちらも半端では器用貧乏だぞ」

 言うと刀を抜き。浮いていた涛牙の足が地に着くより先に強烈な蹴りを浴びて涛牙の身体が宙を吹き飛ぶ。高々と放物線を描いた涛牙の身体は、

「ぁぁぁあああああああ?!」

 丁度落ちてきていた美森に激突。2人はもつれ合って地面に落下した。

「グフ、ッ」

 涛牙が美森の下敷きになって更なる苦痛に呻きながらも、勢いのままに2人とも地面を転がる。 

「う、あ……」

 へたり込みながらもどうにか意識を保つ美森が、意識をハッキリさせようと頭を振り――当てた手先に不意に水気を感じる。

 訝しみながら手を見下ろせば、その掌は赤く血で染まっている。

「ヒッ?!」

 慌てて、武器を持たない左手で頭をさすろうとするが、動かそうとした左腕はピクリとも動かない。これが、先ほどの『満開』の代償か。

 だが、落ち着けば頭部からの痛みを何も感じない事に美森も気づく。そもそも頭が割れるほどの衝撃を受けて、こうも簡単に意識を取り戻せるわけもない。

 なら。この血は。

 ジャリ、と地面を踏みしめる音を立てて、涛牙がよろめくように立ち上がる。その足元の血だまりがジワジワと広がっていくのを見て、美森は手を濡らした血が誰のものか理解した。

「と、うが――せんぱい」

「大人しくしていろ」

 呼びかけに一言で返す涛牙の息は浅く、荒い。それでも美森を守ろうと言うように前に進み出る涛牙の足取りに、腹から溢れた血が跡をつけていく。

「あ、ああぁ……」

 血で染まる樹海。それがまた美森の失われた記憶を刺激し、揺り動かす。

 そのうめき声を背にしながら、涛牙は態勢を整える。腹部の傷はかなりの深手だが――治癒の魔導札のストックはなく、涛牙の使える法術は内臓まで届くような負傷を治せるほどの能力はない。

 窮地において尚、瞳から闘志を失わず。せめて呼吸を整えようとする涛牙の様子に、久那牙は軽く目を眇めた。

「まだやるか」

「当然だ」

 問答は端的に。余裕の態度で待ち受ける久那牙目掛けて、涛牙は傷をおして踏み出そうとして。

「おっと」

 軽い口調で久那牙が刀を頭上に掲げ、死角から跳びかかってきた夏凛の攻撃を受け止めた。 

「私に不意打ちは――」

 夏凛に向けて言おうとした久那牙の言葉が不意に途切れる。

 受け止めた攻撃に、力も勢いも感じられなかった。まるで、ただ置かれたような攻撃。その不自然に振り返った時、すでに夏凛は着地していた。

 いや、着地というのもおかしい。なにしろ踏ん張るでもなく足に力が入っていないかのように倒れ込んでいくのだから。

 その倒れ込む勢いそのままに、背中をつけてブレイクダンスのように大きく回転する。振り返った瞬間上を見ていた久那牙の不意をついて襲い掛かる蹴りに、さしもの久那牙も避けきれずに蹴り飛ばされる。

 蹴った反動で夏凛が立ち上がる。と、そこに呼びかける声があった。

「夏凛!剣投げて!」

 声に反応して、夏凛が両手の刀を空に投げ放つと、そこに大剣を構えた黄色い人影が交錯する。

「これはどうだぁ!」

 一度地面にバウンドして、しかし痛痒を感じさせずに立ち直る久那牙に向けて、風が大剣で打ち返した刀が襲い掛かる。

「ぬ」

 その速さは普通に投げつけるよりも遥かに速い。咄嗟に防ごうと久那牙は刀を掲げる。が、狙いの正確さはどうしても劣る。打ち出された刀はどちらも久那牙への直撃コースは取らず。

 自身への攻撃が外れたことへの、一瞬の安堵。その隙を狙って今度は風の大剣が投げつけられる。

 今度は速さも狙いも申し分ない。久那牙は反射的に後ろへと跳び、大剣が地面に激突する。その剣に、桜色の影が駆け寄る。

「やっちゃえ、友奈!」

「どぉりゃああああああ!」

 夏凛の声と、友奈の気合が重なり。友奈のドロップキックが大剣を久那牙に向かって吹き飛ばす。迫る壁のような刀身に、久那牙は切っ先を突き立て大剣を崩壊させるが、大剣自体が持っていた勢いまでは消せない。空中にいては踏みとどまることも出来ず、久那牙は更に大きく吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされ、地面を靴底でこすりながら久那牙が構え直すと、そこには5人の勇者と涛牙が揃っていた。

「みんな――なんで」

 状況の急変に呆気に取られる美森に、風が苦笑したような顔を向ける。

「あんだけ派手に戦艦が動いてたら、そりゃ目立つわよ」

 樹海の空を無茶苦茶な軌道で飛びまわった、美森の『満開』武装である戦艦。あれを見れば、どこに美森が――今止めなければならない相手がいるか一目瞭然だ。

「アンタに言いたい事は色々あるけど!今はとりあえずこの場をどうにかするわよ!」

「――バーテックスを倒しきれば樹海は解除され、お前たちは学校に戻れるはずだ。ヤツは、俺が抑える」

 痛みを堪えながらの声に顔を向けて、風は涛牙の腹が赤く染まっていることに驚く。

「白羽くん――その怪我?!」

「致命傷じゃない。急所もきれいに外されてる。ただ、急いでくれ。久那牙を抑えられる時間はそうない」

 言いながら涛牙が一同の前に進み出る中、美森は声を上げた。

「ま、待ってください!風先輩!この世界はもう――」

「火の海でバーテックスはいくらでも来るってんでしょ?!もう白羽くんから聞いたわよ!その上で!世界ぶっ壊すのは反対なのよ!」

 吠える風の傍らで、樹も頷いて賛同の意を示す。

「何で――そうまで自分を犠牲にしようなんて」

 分からない、といった表情の美森に、厳しい面持ちで友奈が向き合う。

「自分を犠牲にだとかそういうんじゃない。わたしは、世界が終わってなんて欲しくない。まして東郷さんが世界を終わらせるなんて、絶対にイヤだ!」

「そんな事!」

 言い争いが始まりそうな気配に辟易としながら、涛牙は傷をおして剣を構える。

「……くれぐれも、東郷を自由にするなよ」

「――ええ」

 風の返事と同時、涛牙が全力で駆け出す。だが、腹部に負った負傷はその速さを大きく減じさせていた。ふらつくことこそないがせいぜい陸上選手程度、魔戒騎士には及ばない。

「その意気やよし」

 応じて久那牙も飛び出し、瞬く間に2人の距離が詰まる。

 互いに得物を振りかぶり、切り結ぼうとした、その一瞬。

 不意に涛牙の姿が消える。転移の法術、と久那牙が意識すると同時。

「――灼刃烈牙、驟雨」

 詠唱に続いて、周囲から無数の光弾が迫る。

 涛牙と打ち合おうと刀を振るい出したその瞬間を狙われ、さしもの久那牙も顔色を変える。

 振り抜く勢いを無理やりに変えて光弾を切り払えば、炸裂性を有していた光弾が盛大に爆裂する。

 押し寄せる衝撃に反射的に目を閉じ、身体を固める。その背に冷たい殺気が突きつけられる。

 いつの間にいたのか。気配を殺してこの場に来ていた海潮が、地を這うような低姿勢で久那牙の背後に迫っていた。

 法術の炸裂が生む音と衝撃を隠れ蓑にした接近。気配さえも当てにできない確殺の奇襲。

 それでもなお、刀を背後に回し構えて久那牙は迫る槍先を防いだ。

「これしきの事で!」

「まあ、防ぐだろうさ」

 防がれることを、海潮は予期していた。穂先を刀身に絡め、強引に地面に押し付ける。片手握りでは抵抗も叶わず、刀が久那牙の手からもぎ取られる。

「む?!」

 そこに、頭上からの気配を感じる。

 転移の法術で久那牙の頭上に飛び出していた涛牙の、捻りを加えた回転斬りだ。更に海潮は態勢を低くしての横薙ぎ払いに動いていた。

 上も背後も左右も。逃げ場は塞がれ、素手では防げない。前に逃げようと槍が突きに転じれば貫かれる。

 いくつもの攻め手を重ねて必殺の状況を生み出す。多くの手札と経験が作り上げる、搦手の妙。

 

 涛牙と海潮が作り上げた、久那牙にとっての確殺状況。

 そこに、矢の雨が降り注いだ。

 

 豪雨のように叩き込まれる光の矢。地面にぶつかり轟音が上がる中。

「――無事?!」

 巨大化させた大剣を傘代わりにして、風は呼びかけた。

「っ、ああ」

「いや、助かった」

 応えたのは、樹のワイヤーで巻き取られた涛牙と海潮だ。

 涛牙&海潮と久那牙の戦いの傍らで友奈と美森がにらみ合う中。ふと、離れたところにある2つ目の壁の大穴の向こうに何かが光った事に気づいたのは風だった。

 それが何か分かったわけではないが、マズいと感じた風は樹に指示を飛ばして、今まさに久那牙を討とうとした2人を引き寄せた次の瞬間に、光の矢の雨が辺り一面に降り注いだのだった。

「これは――」

 その光の矢に、風は、そして樹も見覚えがあった。

 

 一方、友奈と夏凛、そして美森は異変を察してこちらは飛び退った。大穴の方を見返して、そこに大きな影を認めて。それぞれの顔に緊張が走る。

「まだ、いたの……?」

 友奈の慄いたような声に応じて、夏凛は渋い顔をする。

「まあ、いるわよね。夏の決戦で潰した奴もさっきいたんだし」

 大穴から姿を見せるのは、先ほど夏凛が相手にしたものとは別の、星座型バーテックスたちだ。 




無印牙狼からして、魔戒騎士は結構重力を無視する。木の幹に立ったり、壁を走ったり。これ、豆知識。

星座型バーテックス第2陣「お邪魔しま~す」
勇者部一同「帰れ!」
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