結城 友奈は勇者である 神の揺り籠   作:ヴィルオルフ

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うい、お待たせしました。
第34話、お届けです。

毎度時間がかかって申し訳ないです。なかなか友奈の章が終わらない・・・



第34話「ブラック・ブレイズ(呀)」

 美森の砲撃により大きな穴が開いた神樹の壁。その穴から這い出てくる巨影に、勇者たちは見覚えがあった。

 先頭に立って樹海に入り込んできたのは、防御と反射の機能を有する板を自身の周囲に展開する、キャンサー・バーテックス。

 次いで侵入してくるのは、アリエス、タウルス、アクエリアス。初夏の決戦で撃破したはずのバーテックスだが、この3ヶ月ほどの間に再度生み出されていたようだ。

 そして最後に、先ほど矢の雨を降らせたサジタリウス・バーテックスが姿を現わす。

「コイツらっ……!」

 軋るような声が夏凛から洩れる。先ほど仕留めた5体の星座型が直接的な攻めを主体とするなら、ここに来た組み合わせは勇者を封殺することを得意とするバーテックスだ。特にタウルスの音とアクエリアスの粘性の水はすこぶる性質が悪い。場合によってはあっさりと抵抗不能に陥りかねない。

「終わりよ、友奈ちゃん」

 表情を強張らせる友奈に向けて、美森の声が届く。

 バーテックスたちへの注意を残しながら振り向けば、こちらもバーテックスに注意を払いながら美森がライフルを友奈に向けていた。

「――東郷さん」

 青ざめ、追い詰められた表情の美森に友奈も静かに構えを取る。分かっている事だった、美森を言葉で止められないという事は。

 それでも美森の凶行を止めようというなら。自分の願いを突き通すためなら。

 父から教わった拳を人に向けて揮う他ない。 

 美森もまた、その友奈の態度で彼女が不退転の決意を固めた事を悟る。友奈は世界が終わる事を認めないし、そのためなら自分と戦うことも避けないと。

 視界の端で立ち位置を調整する夏凛には左手の散弾銃を向ける。『散華』で機能自体は失ったが、補助パーツのおかげで動かす事、そして手にした銃器の引き金を引く分には問題ない。

 後は何かのきっかけがあれば、友奈・夏凛と美森の戦いの火蓋が切られるだろう。

 そんな勇者側の内輪もめなどバーテックスはもちろん知った事ではない。侵入してきた5体は横並びに整列し――不意に、その動きが止まる。

「?」

 その様子を風が訝しむ。何かの作戦か、或いはこれから一気呵成に押し寄せるのか――そう思った時、バーテックスの顔?が一斉にある一点に集中した。

 その場所――先のサジタリウスの掃射で立ち上った土煙が晴れていく先で、黒いマントが翻る。

「なぁっ……」

 あれだけの矢の雨に晒されたというのに、久那牙の身体には傷一つない。せいぜいマントの端が破れた程度だ。涛牙と海潮が樹によって引き戻されたあの一瞬で刀を取り直し、降り注ぐ矢の雨を切り払ったというのか。

 軽い手つきでマントの埃を払って。そこで久那牙は自分がバーテックスに注目されている事を察した。

「ん?」

 久那牙が軽く首を傾げると同時、硬直していたバーテックスがついに動き出した。

 アリエスの触覚から雷撃が迸り、久那牙の頭上から降り注ぐ。

 その雷を刀の一閃で切り払いながら久那牙が後退すると、次いでアクエリアスが両脇の水球から放水を放つ。ウォーターカッターのような強烈な放水は、久那牙を両脇から挟むように振り回される。

 交差する放水を高く跳んでかわす久那牙を、更なる追撃が襲う。

 サジタリウスの2つの口のうち、閉じていた上の口が開き、そこに巨大な1本の矢が形成されるやすぐさま放たれる。

「ちっ」

 舌打ちしながら刀で受けるが、先ほど風の投剣を防いだ時と同様に矢そのものは砕けても矢が持っていた衝撃までは無効化出来ない。吹き飛ばされ、アクエリアスの放水で濡れた地面に着地し、そのまま滑っていく。

「おっと……!」

 それでも態勢を崩さずに済ませる久那牙だが、これで足を使って逃げる道を封じられた。

 そこに、タウルスが鳴らす鐘の音が響く。轟音に顔をしかめた風だが、鳴らされた音が次第に高音になっていく事に気づく。

「これ、音が……?」

 タウルスをよく見れば、前に突き出した2本の角が細かく振動している。更には、樹が指さした先で、角に挟まれた空間自体も何やら波紋のように波打っていく。

「あの角――増幅器か!」

 何が起きているか涛牙が察する合間にも音はみるみると高くなり、遂には人間の可聴域を超える。その瞬間。

 

 ィンッ!

 

 そんな、耳には聞こえない音と共に、タウルスから収束した超音波が放たれた。

 樹海の大地の表面を、撒き散らされた水を。分解し微塵としながら、破壊音波が文字通り音速で久那牙に襲い掛かる。

「ハアッ!」

 迫る脅威を察して久那牙が刀を地面に叩きつけるや、地面を浸した水が噴き上がって障壁となる。が、超音波に触れれば水の障壁は飛沫に変わる。1つ目の波は防げても、後に連なる音はそれだけでは防げない。

「――なんとっ?!」

 驚愕しながらも久那牙は魔導札を用いて障壁の術を展開する。だが、それも容易く砕け散り、久那牙の身体は超音波の渦に吹き飛ばされた。

 目に見えず、受ければ跫音の波と共鳴振動で内臓をグチャグチャにされて死に至る必殺の攻撃。精霊バリアは致命傷こそ防ぐが、脳を揺らすような轟音を防げるかどうか。

 音を増幅するための時間は必要だろうが、他のバーテックスと連携すればそこも補える。そんな驚異の攻撃に、勇者たちがゾッとする。

「なんて攻撃よ……!」

 呻くような夏凛の声に恐れが混じっていても仕方ない。分かりやすい脅威であるレオの火球とはまた別種の危険だ。

「く、う」

 水と障壁術を間に挟んだとはいえ、それを受けて眩暈程度で立ち上がれる久那牙もまた怪物じみているが。

「――なるほど。力そのものならともかく、力を載せただけの音は、さすがに斬れないか」

 軽くよろけながらも、久那牙はアクエリアスによって濡らされ滑るはずの地面に悠然と立ち上がった。真剣な面持ちでバーテックスたちを見つめ――フムと合点する。

「ああ。私を知っているのか。遭ったバーテックスは全て喰らっているが、バーテックス自体に情報共有の機能でもあるのかな?まあ、西暦時代も毎度全滅しながら次の策を講じていたというあたり、有り得る話か」

 言いながら、口元に左手を寄せる。

「ならこちらも――本気で()ろうか」

 左手のペンダントに息を吹きかける。すると、ペンダントが昏い輝きを放った。闇のような輝きという、矛盾した光を。

「あれは!」

 その輝きを見て、涛牙が身を起こす。その顔はこれまで以上に険しくなっていた。

 久那牙が大きく腕を振るえば、その動きに応じて闇色の光が虚空に円を描く。

 それが何を意味しているのか、バーテックスたちが分かっていたわけではないだろう。

 だが、久那牙の健在を察してタウルスが再度鐘を鳴らし、サジタリウスの下の口に矢の雨が充填される。

 それらを見ながら。慌てる素振りもなく久那牙は左手を天にかざし、円環もまた久那牙の頭上に移動する。

 充填を終えると同時、サジタリウスから矢の豪雨が放たれる。先ほどの攻撃よりも更に密集した、一点集中の矢の雨だ。人一人がくぐり抜けるような隙間もないその斉射を受ければ、精霊バリア無しの勇者もミンチと化す。

 そんな弾雨が迫るのを見ながら、久那牙は天から何かをつかみ取るように左手を胸元に引き寄せた。円環からの光がひと際強まり――そこにサジタリウスの攻撃が着弾した。

 先ほどの不意打ちを更に上回る土煙が朦々と立ち上り。

「――フンッ!」

 内側から膨れ上がった気迫に、一息で吹き散らされる。

 その奥から、黒い人影が現れた。

 

 手にしていた刀はより分厚く、大きく、身の丈ほどの全長を持つ大太刀に変わり、その身に纏うのは涛牙のハガネよりも、遥かに重厚で、鋭利なシルエットの黒い鎧。

 だが、その黒は、黒曜石やオニキスのような光沢のある黒ではない。

 爪牙や鋭角な箇所からわずかに鈍い銀色が覗く他は、影か或いは夜の闇がそのまま人型に押し固められたような、艶も照りもない、暗黒の色。

 その鎧の()を、涛牙は知っている。その鎧が宿す禁忌の深さと共に。

「……キバ」

 

 それは闇に魂を売り渡し、歩むべき正道を外れた魔戒騎士が宿す禍つ名。

 

 暗 黒 騎 士 (キバ)

 

 血の如き真紅の瞳で、キバの鎧を纏った久那牙はバーテックスに向き直る。ただそれだけの動作で、バーテックスたちがたじろいだように震える。

 友奈たちもまた、その全身で感じたのは刺すような寒気だ。そこに暗黒の鎧が在るというだけで、樹海の空気が冷たく、重くなったような錯覚を覚えるほどの。

 或いはそれは、恐怖だったのか。サジタリウスが上の口を開き、1本の長大な矢が形成される。広域を制圧する矢の雨でなく、その一撃で相手を屠るための必殺を期した矢だ。

 悠然と歩みだすキバに向けて放たれたその矢は、勇者であっても迂闊に受ければ武器を弾かれそのまま射抜かれるほどの威力を有する。

 だが、そんな必殺の矢が。

 キバの鎧に触れるや光の粒子に霧散する。小動もしないキバの歩みを見れば激突の衝撃さえ存在しないかのようだ。

 その様子に明らかにたじろいだサジタリウスを入れ替わるようにアクエリアスがキバに突撃する。体躯の両脇にある水球、その一つがまるで拳のように振り上げられ――歩を進めるキバに向けて叩きつけられる。

 その水球をアクエリアス自身が切り離し後退したところに、アリエスの雷が降り注ぐ。

 雷撃を纏った水流が球体の中で蠢き、渦巻く水の流れと圧力が中に囚われたキバをすり潰そうとする。一方、タウルスは頭上の鐘を激しくかき鳴らし、双角の狭間で超音波を増幅させていく。増幅する音波により角に挟まれた空間が歪み――さらには光り始める。

「な、なに?!」

 風の声に答えたのは海潮だった。

「音で大気が歪み――光が散乱するほどに屈折しているのか」

 先ほどの破壊衝撃波を尚上回る威力をキバにぶつけようとするタウルス。その標的であるキバは、渦巻く水の中でありながら誓いを立てる騎士のように悠然と刀――黒炎刀を構えた。

 そして。

「――ハアアアッ!」

 そんな咆哮が聞こえたのは、キバを捉えていた水球が弾け飛んだからだった。

 アクエリアスが水球を解いた――わけではない。キバの内側から膨れ上がった魔導力が、バーテックスの水球を打ち砕いたのだ。

 先ほど空中の涛牙を弾いた魔導力の解放。それすらも圧倒する力の奔流は、文字通り天を突くほどに荒れ狂い、水球も雷撃もまとめて弾き散らす。

 自由を取り戻したキバが黒炎刀を振るうと、掲げた刃が蒼く燃え上がる。久那牙の魔導力で灯った蒼炎は瞬く間に膨れ上がり、その火力が跳ね上がっていく。

 ギロリ、と。キバが向けた視線がタウルスに突き刺さり。答えるようにタウルスから光が放たれる。それは可聴域を超えた超音波によって分解された空間そのもの。大気の超振動により触れる物を分解・切断する超音波メス。

 何物も切り裂く超音波メスがキバに向かって奔り。

「オオッ!」

 対するキバが黒炎刀を振り抜き、膨れ上がった蒼炎がキバの眼前の空間、そこにあった大気全てを焼き尽くす。

 

 サジタリウスの矢やアリエスの雷撃、アクエリアスの水は“バーテックスの力そのもの”であるのに対して、タウルスの攻撃は、実際に存在する『音』にバーテックスの力が乗ったものだ。

 それ故に、バーテックスの力を取り込むキバに対して、タウルスの攻撃は確かに有効だった。

 だが。一方で、実際に存在する『音』は大気の振動、波であることから逃れられない。つまり。

 

 真空を、超音波は進めない。

 

 タウルス必殺の超音波メスは、キバの一撃によって生じた真空と、遅れてそこに流れ込む膨大な空気によって空間自体が乱されたことで無効化されたのだった。

 相応の溜め時間を要する必殺の一撃。それを無効化された事実にバーテックスの反応が遅れる。

 その隙を、キバは逃しはしない。 

 未だ荒れる大気を突き抜けて、キバが疾走する。

 一歩目で最高速に到達したキバはさながら黒い風だ。瞬く間にバーテックスたちの布陣に割り込み、その標的をタウルスに定める。

 タウルスに駆け寄り、角に向けて身体を捻りながら跳躍。独楽のように回転しながらタウルスの角と交錯する。

 当然、その回転には黒炎刀の刃付きだ。

 ガガガガガガッ!と削り取る音が連なり、タウルスの角の一本がズタズタに切り刻まれていく。深々と抉られたその傷は――修復しない。

 勇者たちが切られた時と同じだ。回復するための力が黒炎刀に吸収されるせいで、バーテックスの回復能力が発揮されないのだ。

 そして、キバの攻撃は止まらない。

 角の根元まで切り刻んだ勢いのままにタウルスの身体に飛び乗ったキバは、その巨体の上を駆けて頭上の鐘までたどり着くと、鐘を支えていた台座を根元から切り裂き、宙に舞った鐘を蹴り飛ばす。キバから受けたダメージが回復できない以上、この時点でタウルスは戦闘能力のほとんどを失った。

 もっとも、無力化程度でキバは止まらない。

 地面に落ちる鐘を追って両断する勢いで、キバは黒炎刀を樹海に叩きつけた。金属がぶつかる甲高い音が響き――手にした黒炎刀が姿を変える。

 身の丈を越える長大な刀。刀身と鍔、柄までが刃と一体化したその形は、刀剣というよりは握るための穴が開いたギロチンのような、そんな姿だ。

 そんな巨大刀――黒炎斬光刀を手にキバはタウルスに振り返り、再び風となる。

 黒い残像を残してタウルスの周りを駆けまわり跳びまわり、黒炎斬光刀を縦横に振るう。その一撃は黒炎刀の時よりも遥かに深く、鋭く。タウルスの巨体が瞬く間にズタズタに刻まれていく。

 抵抗できずに破壊されるタウルスに向けて、サジタリウスが空から矢の雨を降らせる。高い再生能力を活かし、同胞(バーテックス)もろとも敵を攻撃する戦法でキバをタウルスから離そうとしたその攻撃は、しかし、無意味だった。

 降り注ぐ矢の雨もバーテックスの『力』の塊である以上、キバの鎧の前では牽制にさえならない。矢の雨の中で尚キバは存分に暴れまわり、タウルスが壊されていく。

 そしてついにトドメの時が来た。

 天高く舞ったキバが闘気を込めて、黒炎斬光刀が激しく燃え上がる。見上げた友奈たちからは、それはまるで夜に浮かぶ青い三日月のように見えた。

 その三日月をキバは振りかぶり、

「ハアアアアアアアッ!!!」

 渾身で振り抜く。

 タウルスの身体に着地すると同時に叩き込まれたその斬撃は、その一刀でタウルスの巨体を真っ二つに両断した。

 その一撃で体内の御霊さえ破壊されたのか、タウルスは動きを止めるとそのまま末端から七色の粒子へと霧散し。

「コォォォ……」

 その粒子は天に還ることなく、キバの鎧に呑み込まれていく。

「――マジ?」

 風から唖然とした声が漏れる。

 勇者である自分たちも確かに斬られ、勇者の力を吸い取られたが、バーテックス――それも星座の名を冠する完成型を倒し、喰らいつくすとは思っていなかったのだ。

 その様子を残るバーテックスたちも見ていた。

 奴らは慄くように後退し、空いたままの大穴から逃げ出そうとしていた。キバはもはや、ヒトのような意思や感情などないはずのバーテックスがそれでも怯える相手なのだ。

 そんな撤退を、それも元々の足の遅さのせいでゆっくりとした退避を。まさかキバが許すはずもない。

 黒炎斬光刀をゴウ、と振るい、横に大きく掲げる。

 未だ蒼い魔導火が燃える刃にタウルスから散っていた粒子が鎧と同様に呑み込まれていき――空よりも尚青かった炎が変わっていく。濃く、深く、昏く。

 刃が粒子の吸収を止まったとき。まるで無数の色が混ざり合った果てのように、その魔導火は黒く染まっていた。

 黒く燃える切っ先を一度バーテックスたちに向けて。キバは刃を大きく振りかぶり。

「オオオオオオオッ!!!」

 一度回転して勢いをつけたうえで、思いっきり横薙ぎに振り抜いた。黒く燃える炎の斬撃が、撤退しようとするバーテックスたちを巻き込むほどに広がり宙を走る。

 迫りくる漆黒の三日月に立ち塞がったのはキャンサーだった。身の回りの板を操作して迫る斬撃にぶつける。防御板自体の強度と、遠距離攻撃に対する反射の性質を活かしてこの一撃を凌ごうとしたのだ。

 黒炎と防御板が激突し――防御板は一瞬さえ保たずに両断される。反射の機能はそれ自体が発動しなかった。防御板で防げなかった以上、黒い斬撃は軌道上のバーテックスたちをまとめて斬断する。

 阻もうとしたキャンサーが。キャンサーに守られていたサジタリウスとアクエリアスが。胴の半ばで両断された。

 それだけでは終わらない。

 黒い炎はバーテックスの身体に燃え移り、薄紙に火をつけたような勢いでその巨体を焼いていく。

 回復や再生を許さない、どころではない。あの黒炎は、一撃でも喰らえば対象を燃やし尽くすまで止まらないというのか。アクエリアスに至っては、水が詰まっているはずの水球さえもが燃えていく。

 その巨体が燃え尽きる様を見て、キバはふと気づいたように呟いた。

「……直接斬らないといけないようだな」

 バーテックスを撃破した時に立ち上る粒子が、燃え尽きる3体からは上がらない。ただただ黒く燃えて――灰も残さず消えていく。黒い魔導火で燃やし殺してはバーテックスを吸収出来ないようだった。

 その様子にかすかな落胆を覗かせて。

 

 キバは勇者たちに向き直った。

 眼光に晒され、勇者たちも揃って後退る。

「あんな、一瞬で」

 つい先ほど、同じように星座型バーテックス複数を相手取った夏凛の声に含まれるのは掛け値なしの恐怖だ。

 自身が『満開』を複数使ってようやく撃破した敵を、久那牙は――漆黒の鎧を纏った怪物は文字通り蹴散らしたのだ。なまじ戦士として鍛えられたからこそ、次元の違いを肌身で思い知る。

「……『満開』並みってわけ?」

 夏凛が恐れを零すのと同様に、引きつったような声を風が漏らす。星座型バーテックスさえ瞬殺する様を見せられては、歩み寄る黒騎士への恐怖はかつて相対したレオ・スタークラスターすら上回る。

 姉と同様に慄き、身体を硬くする樹の肩を、不意に海潮がポンと叩いた。ハッと見上げた樹に軽く微笑んで、海潮が、そして風の傍から涛牙が進み出る。

「ちょ、白羽くん?!」

 自殺行為とさえ思える2人の様子に風が声を掛けるが、涛牙は振り向くことなく言った。

「力比べなら、勇者が圧倒する。ヤツはただ――勇者にもバーテックスにも相性がいいだけだ」

 魔戒騎士は、鎧を纏ったからといって身体能力が何十倍にも強大化するわけではない。キバの鎧を纏った久那牙も生身で切り結んだ時とそこまで変わるわけではない。もしあの段階で勇者並みの力なら――涛牙はすでに死んでいる。

 

 久那牙が勇者を、そしてバーテックスを一方的に叩けるのは、その刃を勇者・バーテックスが防げず或いは回復出来ず、キバの鎧を纏われれば攻撃が通じないという、その特性によるものだ。

 それは、或いはバーテックスに対する皮肉か。

 西暦の時代、バーテックスが人類を滅ぼす脅威となった最大の要因は“人間の力では倒せない”という一点に尽きる。それに比べれば数の脅威も進化能力も大した事はない。

 軍隊の兵器も火器も、自動車の激突・爆発も、或いは人が振り回す棒や鈍器も、星屑を倒すことも傷つけることも出来なかった。

 それ故人類は一方的に殲滅され、神の力を揮い星屑を倒せる無垢な少女――『勇者』だけが一抹の希望となったのだ。

 キバがバーテックスに突きつけたのは、まさにその返礼だ。バーテックスの攻撃はキバに通じず、キバの攻撃をバーテックスは防げない。

 だから。

 

「儂らでヤツは抑えよう。なので勇者様、バーテックスの討伐を」

 海潮が視線で示した先。キバの背後に残されたアリエスが所在なさげに佇んでいる。

 樹海内に入ってきたバーテックスの、おそらく最後の一体。アリエスがいる限り樹海は解除されない。キバがアリエスを守るような態度を見せるのはそれを見越してのこと。

 当然と言えば当然か。キバにとってアリエスは何の脅威でもないのだから。そして勇者も、鎧を纏ったキバに対しては無力でしかない。

 キバと、わずかな時間と言えど戦えるのは――神に由来する力を持たない涛牙と海潮だけだ。

「白羽くんたちが黒尽くめを抑える間に、バーテックスを潰せ、てことね」

 頷いてくる涛牙を見て、風も涛牙に声を掛けた。

「――分かった。そっちは頼むわよ」

「ああ」

 短く答えて、涛牙と海潮は前に出ると涛牙は剣を、海潮は槍をキバに突きつける。

 その様子にキバは脚を止め、失笑したように肩を震わせるとこちらも黒炎刀を構える。

 半身の態勢で片手に武器を構えるその姿は、不思議と似通っていた。

 途端に空気が張り詰めていく中で風はいつでも飛び出せるように姿勢を低くし――樹も同じように腰を落とす。

 風が視線で問うと、樹も緊張に青ざめた顔でしかし頷いてきた。

 何をするか樹も理解していると気づいて、風は奥歯を噛みしめた。

 バーテックスを倒す方法は2つだ。『封印の儀』か『満開』か。

(『封印の儀』じゃ時間がかかるしその後出てくる御霊まで壊さなきゃならない――一発で潰すなら)

 『満開』で行くしかない。身体機能の何かを引き換えにする、『満開』で。

 風は自身の満開ゲージに目をやる。夏凛と、涛牙と、星屑の群れと。戦い続けたことでゲージはすでに溜まりきっている。ならば樹もゲージは溜まっているだろう。

 自分1人では久那牙に阻まれる可能性は高い――バーテックスを倒されたくないなら勇者に注意を払うのは当然だ。だが樹を2人がかりなら?成算は上がる。

「――ごめんね、樹」

 謝罪に首を横に振る樹にもう一度内心で謝って、風は自身の集中を高める。僅かな隙も見落としてはならない。

 何か合図があったわけではない。だが、不意に涛牙と海潮、久那牙が同時に地を蹴る。開いていたはずの距離はあっという間に剣戟の間合いとなり3人がそれぞれに武器を振るう。

 

 瞬間。空が赤く染まり。

 炸裂した爆発が辺りを薙ぎ払った。




牙狼シリーズで悪堕ちした騎士といえば、コイツだよね。
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