噴き荒れる轟炎。立ち上るキノコ雲。
自身が放った火球が彼方に齎した破壊の様子を、その巨体はただ静かに見据えていた。
ジェミニを除けばみな巨大な威容を誇る星座型を尚上回る巨躯。体躯の中心から放射状に伸びる角が表すのは、鬣か或いは後光か。
レオ・バーテックス。単機のバーテックスとしては最強たる一体。
美森が空けた最初の穴から侵入を果たしたその姿は、しかし以前の決戦で見せた雄々しい姿とは一変していた。
他の星座型を凌駕する巨体と『満開』無しなら当代の勇者さえ圧倒するスペックは、裏を返せば再構築までに要する時間も他の星座型よりも長くなる。
未だあちこちが欠けた様は、このレオ・バーテックスが未完成であることを如実に示している。
そんな万全とは言い難い状態ではあるが、それでもレオは紛れもなく最強のバーテックスでありその脅威が聊かも欠けていないことは、先の収束火球の破壊力からも明らかだ。
そして、レオ・バーテックスは進撃を開始した。
中央の角が2つに割れてそこから多数の火球を呼び出し、自身の周囲に展開させつつ、再度収束火球のチャージを開始。その上先ほど火球を叩き込んだ方向に正対しながら、カニのように横向きに神樹へ向けて動き出す。
それは敵に対する最大級の警戒態勢。
攻撃手段自体は長距離砲撃と小型の誘導弾に限定されるレオにとって、接近されることは避けたい事態だ。故に、小型誘導弾で接近を阻みつつ最大火力を絶え間なく撃ち続ける戦法をレオは選択した。
収束火球がチャージされるやすぐさまレオは砲撃を発射。
樹海に極大の破壊をまき散らしながら、レオは神樹へと進撃していく。
荒れ狂う熱波。周囲を一掃する衝撃。
齎された破壊にさすがに頭を振って意識をハッキリさせながらも、暗黒の鎧はすっくと立ちあがった。 見渡す限り全てを薙ぎ払うような威力があったはずだが、その動きには澱みがない。
「……………」
切り結ぶ直前の横やり。その一撃がもたらした破壊を見渡せば、そこには久那牙以外誰もいない。
「まさかな」
消し飛んだか、と浮かんだ考えを一蹴する。キバの鎧はバーテックスの攻撃を無力化出来るが、空中で炸裂したあの火球の熱や衝撃はそうはいかない。その自分が生きているのだから――あの2人も死んではいまい。単純に、吹き飛ばされただけか。
そんな事を考えていたのが、或いは隙だったか。
不意に背後に気配が膨れ上がる。
振り返った先、未だ漂う土煙を突き抜けて突進してくるのは――アリエス・バーテックスの巨体。
「!」
さすがに黒炎刀を振るう暇もなく、正面から激突されて久那牙はそのまま地面に転がされた。
純粋なパワー勝負では、キバの鎧を纏っていても久那牙は星座型には遠く及ばない。激突すればそのまま押し負けるのは必然だ。
アリエスはそこで止まらない。
突進の勢いそのままに頭部をキバにぶつけ、樹海の地面とこすり合わせながら一気呵成に押し込んでいく。
それは、一矢報いようとする気概か、レオへの脅威を抑え込もうという意思の表れか。体当たりからの圧し込みでキバをどうにかしようとしている。
密着状態では黒炎刀を振るうことも出来ず、拳で殴りつければアリエスの体躯が削れるが――もとより他の星座型よりも強力な再生能力を持つアリエスはそのダメージをすぐさま修復する。
そうして地面に押し付けられる久那牙の視界に遠くから飛んできた火球が入り込むやすぐさま炸裂。熱と衝撃がアリエスもろとも久那牙を襲う。
「ちいっ……」
それなり程度のダメージが蓄積していくのを感じながら、久那牙はアリエスをひたすら殴り続ける。
「う、うぅぅ……」
不意打ちの爆発に吹き飛ばされたのは、友奈たち勇者も同様だった。
精霊バリアで怪我こそないが吹き飛ばされた衝撃に呻きながら、友奈は身を起こした。
「――さっきのは」
見覚えは、ある。
最強のバーテックス、レオの放つ火球。
「そっか、最初の穴から」
考えれば、当たり前の話だった。夏凛が大立ち回りを演じたさっきの戦い、初夏の決戦で倒したバーテックスも出てきていたじゃないか。なら、レオだって復活していておかしくないし、穴が空いたままなら入ってくるのも当然だ。
穴を塞ぐ導具なんてないからどうしようもない事ではあるが。注意を払わないのは迂闊だった。
反省と、沈みそうになる気を取り直して顔を上げると、そこに牛鬼がスマホを持ってきた。
樹海のマップ画面には、散り散りになった勇者たちと、神樹に向かう『獅子型』、そしてそれとは関係ない方向に突き進んでいく『牡羊型』の文字。
「二手に、別れた?」
勇者を分散するつもりかと思った友奈がつい声を上げる。
だが、勇者を分断すればそれだけバーテックスにとっての脅威は減るし、どちらも放っておいていいわけでもない。「神樹に到達されたら終わり」なのは、どのバーテックスも同じことだ。
そしてマップ画面では、他の勇者のマークは動いていない。レオの火球が飛んできたことは皆分かっているだろうに動いていないという事は、気絶か何かで動けないという事か。
「――なら!」
動ける自分が行くしかない。
手甲の満開ゲージを見れば、あと少しで溜まりきりそうだ。1人でも――何とかなる、かもしれない。
「結城 友奈、行きますっ!」
自らを鼓舞しながら、友奈は大地を蹴って高く跳躍した。
一度目の跳躍でレオの姿を遠目に捉えた友奈は、その後数度の跳躍でレオまでかなり近づいた。
その間にもレオは収束火球を生成しては遠くへ撃ち込み、そのたびに遠くで――しかし場所を移動しながら爆発が巻き起こる。
勇者である自分に火球が飛んでこないのが気になったが、樹海の地図を見ていて友奈は気づいた。
「さっきから――アリエスに撃ってる?」
どうも火球の飛んでいく先にアリエスがいるらしい事を察して小首を傾げる。仲間意識があるか分からないが同じバーテックスに向けて何故攻撃をするのか?
疑問が浮かぶが、いや、と気持ちを切り替える。火球をぶつけてこられない今が接近のチャンスだ。
だが、レオだって友奈に気づいていないわけではない。
周囲に浮かんでいた小型の火球が、いくつも友奈に向かって飛んでくる。或いは、勇者に対しては数で制圧する事が適していると学習したのかもしれない。
「――押しとおる!」
もちろんそんなことで友奈は止まらない。
繰り返していたジャンプから、着地と同時に全力ダッシュに切り替える。
追尾能力を持った火球はそんな友奈を追い、或いは先回りするように飛んで友奈に迫る。よくよく見れば、それは炎を纏った星屑だ。なるほど、星屑が元になっているなら途中で軌道が変わるのも納得だ。
これが初見なら友奈も面食らっただろうが、生憎小型火球が追尾してくるのはもう知っている。
接触する間際に地面に軽く蹴る。フワリと舞った友奈は火球を跳び越えざまに、回転蹴りの要領で火球を蹴り抜く。
精霊・火車の能力で蹴り足は炎を纏っている。おかげで火球自体の炎の熱は友奈には伝わらず、蹴った瞬間に炸裂した火球の衝撃は精霊バリアで受けて移動に利用する。
蹴られた火球の爆発に他の火球も巻き込まれていくのを背後に、友奈はレオに向けて全力で駆け抜ける。
レオもまた友奈に向けて小型火球の弾幕で迎撃しようとする。が、友奈の突撃力なら急ごしらえの弾幕を突き抜けることは出来る。
(近づいて――一気に決める!)
渾身の力を込めて大地を蹴り、弾幕へと飛び込む友奈の頭上を、後方から迫る閃光が抜けていく。
「えっ?!」
友奈の跳躍より速く閃光は小型火球に着弾し――発生した爆発が友奈の突進を抑えてしまう。
「今のって――!」
押し返されながら、閃光が放たれた後方を振り返る。
ずっと遠く。姿は豆粒のように小さいが――勇者として強化された視力で、友奈には翻る黒髪が見えた。
「――東郷さんっ!」
「バーテックスの、邪魔はさせないわ!」
互いに声は聞こえないが。2人の勇者の視線がぶつかり合う。
その一拍を、レオ・バーテックスは見逃さない。
胴体中央、左右に分かれていた角が更に大きく広がり、そこから大量の火球が、文字通り押し寄せるように友奈と美森双方に向けて降り注ぐ。
「、このっ!」
徒手空拳で切り抜けるにはさすがに無理がある。友奈は一度後方へ跳ぶと、追ってくる小型火球を引き連れながら回り込んでレオへ迫ろうと樹海を跳び、跳ね、駆け回る。
「ちいっ……」
他方、美森はその左腕に新たな武器を装着した。先ほどの『満開』の結果増えた新しい武器だ。引き金を引くようにイメージすると、銃身が回転しながら怒涛の勢いで弾丸を放ち始める。途切れなく連なる発射音はチェーンソーのようにブオォォォ……と連なり、迫る火球を次々迎撃していく。
「対空機関砲、ということね」
樹海の空に無数の爆発を起こしながら、しかし美森の注意は迫る火球にはない。
沈黙していたライフルを、不意に構えて放つ。
閃光は空を切り裂き、間にたまたまいた火球を貫き、レオに向かって跳んでいた友奈に襲い掛かる。
「うわぁっ!」
精霊バリアにより直撃こそしないが、レオに取り付こうとしていた友奈を邪魔するには充分だ。体勢を崩した友奈は、彼女を追ってきた火球の群れに呑み込まれ――
「とりゃあっ!」
――るよりも前に。友奈のストレートが振り抜かれる。拳が触れる距離ではないが、精霊・牛鬼の力を纏った拳から燃える衝撃波が放たれ、迫ってきた火球をいくつか巻き込み粉砕。同時に起こった爆発が後続の火球をもまとめて破壊し連鎖爆発が派手に起こる。
ひとまず火球の脅威がなくなった事を確かめながら、しかし友奈は思案する。
(ただ飛びつくだけじゃ東郷さんが邪魔してくる。レオの影に回り込む?)
1人でレオを倒そうというなら『満開』しかない。だが『満開』には制限時間がある。使うなら極力近づいてから使いたいし、だから何とか取り付こうとしているのだが。
だが、レオも勇者に接近されることを嫌っている。未だ開いたままの角から次々と星屑を吐き出しては燃やして火球と化し、友奈と美森に向けてバラ撒き、さらに一部を自身の周りに漂わせて接近に対するカウンターとしている。文字通り物量に物を言わせた戦法だ。
(なら、やるしかないね)
一度大きく息をついて見上げたレオの巨体。その更に上に。
「バーテックスの邪魔はさせない!」
再び『満開』を果たした美森が、戦艦の上から砲口を友奈に向けていた。
「と、東郷さぁぁぁん?!」
レオの周りを固めていた火球も余波でまとめて吹き飛ばしながら、光の柱が友奈の周囲に突き刺さり、友奈の悲鳴は爆発の中に消えていく。
美森は眼下から上る土煙を険しい顔で見下ろして。
その土煙を突き破って飛び出してきた友奈に向けて2撃目を撃ち込む。
だが、友奈も『満開』を果たして飛行能力を獲得している。ヒラリと砲撃をかわすと、速度を増して美森へと吶喊する。
「うあああぁぁぁぁぁ!!!」
「さ、せ、ない!」
友奈の背負った巨大アームが美森の砲身を掴もうと迫り、させじと美森が船体を錐揉みさせてかわす。かわしざま、戦艦が空を走り出し、背後に向けた砲から放った砲撃が友奈に襲い掛かり、しかし振るわれたアームが砲撃を弾き散らす。
「友奈ちゃん――もう、諦めて!」
「そんなの、絶対にイヤだ!」
美森の言葉を一言で拒否して、友奈は美森にではなくレオへと向かう。友奈にとって、まず最初にどうにかすべきなのはレオ・バーテックスに他ならない。
それを察して、美森も急激な方向転換からレオと友奈の間に向けて砲を撃ち込み、両者の間に割り込む。
「っ!――バーテックスが神樹様にたどり着いたら、わたし達の世界がなくなっちゃうよ!」
「それでいいの。どれだけ供物を、犠牲を重ねて行っても、私達の戦いは終わらない。いいえ、私たちが戦えなくなってももっとずっと続いていく……そんな世界なんて、いっそ消えてしまった方がいいのよ」
レオに近づこうと飛びまわる友奈に向けて、美森の戦艦から連続して砲火が迸る。8つの砲を順繰りに撃つことで美森は砲撃の弾幕を作って見せた。
「そんな事、東郷さんでも勝手に決めていいわけない!」
消耗を減らそうと紙一重での回避を続けながら叫ぶ友奈に、美森も砲撃と共に叫び返す。
「なら、世界のためなら私たちがどうなってもいいなんて、大赦が決めていい理由もない!」
「っ」
痛いところを突かれて押し黙る友奈に、美森はさらに続ける。
「大赦が、私たちの知らないところで決めていたの。数名の勇者を生贄同然に、延々と戦わせて、世界を――四国しか残っていないこの世界を維持しようと。世界の真実も、『満開』の代償も、大事な事には全て口を噤んで!神聖な御役目だって、選ばれたことは誇らしいことだって口先だけで持て囃して!」
それは紛れもない事実だ。大赦は勇者に、世界に多くの事を隠していた。自分たちは何も知らないまま、“神聖な御役目”を果たそうと力を尽くし、御役目を成し遂げた自分たちを誇らしく思っていた。
大赦にしてみれば、温泉旅館の休暇程度で大喜びする自分たちは、実に都合のよい駒であったろう。
「そしてこれからも戦いは続く……。私も、友奈ちゃんも、風先輩も夏凛ちゃんも樹ちゃんも!無限に押し寄せるバーテックスに、身体の機能も、記憶さえも失いながら戦い続ける。そんな生き地獄、私には耐えられないっ!」
叫びながら放った砲撃が友奈に襲い掛かる。
砲撃を或いはよけ、或いは拳の一撃で打ち落としながら。レオに近づこうと友奈は懸命に空を駆ける。
「それでも――わたしは諦めない!世界をここで終わらせないっ!」
「それは――勇者だから?!」
「そうだよっ!わたしは、東郷さんを、みんなを守るために勇者になったんだっ!」
「勇者だからって、大事なものを守れるわけじゃないっ!」
「そんな事――!」
「そんな事があるのよ!私は、きっとそうだった!」
泣き声が混じった美森の絶叫に、友奈が動きを固くする。それは明確は隙だったが、砲撃は飛んでこない。美森もまた胸の中にある激情に振り回されていた。
「――大事なものがあったはずなの。無くした記憶の中に。友奈ちゃんと同じくらいに、大事な仲間――友達――ズッ友の事が」
「……ズッ友?」
美森の普段の言葉遣いとは合わない言葉に友奈の眉間に皺が寄る。当の美森も、何故その言葉が浮かんだのか分からず、首を振るう。
「らしくないよね。でも、不意に浮かんできたの。大事な友達を示す言葉として。――きっと、誰かにそう言われて、私もそれを素直に受け入れていた。でも、それが誰だったのか、もう思い出せない」
「東郷、さん」
「2年前、私は先代勇者として戦った。戦って戦って戦い抜いて。でも、その時の事は全て私の記憶からは失われた。大切で、守りたかったはずの事も全部、『散華』の供物として捧げられた。それが勇者なのよ!」
あふれる涙を拭う事もなく、美森は叫び続ける。
「それがどれだけ大切であっても、『散華』は容赦なく奪い去る!今度は友奈ちゃんや勇者の部のみんなの事を忘れるかもしれない!大切なものさえ守れないなら勇者なんてなる意味がない!戦う意味もない!」
その美森の叫びを受け止めて。友奈は真っ向から言い返した。
「でも!それで世界が終わったら本当に全部無くなっちゃう!今までの思い出も、将来の夢も!園子さんが覚えていた東郷さんの昔の事も消えちゃう!これからまだ何とかなるかもしれないのに、ここで終わったらどうにもなくなっちゃう!わたしはイヤだ。そんな終わり、絶対にイヤだ!」
見返す瞳に迷いはなく。そのまっすぐな視線にたじろぎながら、それでも美森は友奈を攻め立てる。
「こんな――こんな生き地獄を、どうしてまだ続けようって言うの!?」
「地獄なんかじゃない!だって、東郷さんがいるもん!」
「!?」
「わたしが勇者になったのは――あの日、東郷さんを守りたかったから。これから先も東郷さんと一緒に生きていきたいから。だから――世界を終わらせようというなら東郷さんでも止める!」
決意に満ちた言葉に、美森の心が揺らぐ。だが。
「でも――どんな決意も願いも、勇者の戦いが続けばいつか失われるのよ!『散華』の前では、友奈ちゃんだって私の事を」
「忘れないっ!絶対に忘れないっ!」
「そんな、事――言い切れるわけが」
「だって――わたしが忘れないって決めたから!心の底から、むちゃくちゃ強くそう思っているから!」
それは、どうしようもなく感情論だ。根拠なんてない。そもそも相手は神樹――文字通りの神だ。その前に一個人の願いなど木っ端に等しい。
けれど――そもそも神樹は天の神の暴虐に苦しむ人間の願いに応えて、四国を結界で囲い、人類を終末から守った。
ならば。友奈の思いが、或いは神樹に聞き届けられたら。
「いいえ――そんな筈がない。神が、そんな」
そう、常識的に考えればそんな事は起こりえない。神とは人の上に在るモノ。下々たる人間の願いをいちいち聞き届けるなどあり得ない。まして一個人の願望などもっての外。
友奈の全霊の叫びをロジックで否定する。
それは、高速で飛びまわる友奈と美森の戦いの中で、致命的な隙だった。
思考に没頭した一瞬。それを美森の隙と見た友奈はレオに向かおうとしていた軌道を突如美森へと向けた。
友奈の言葉を否定しようと頭を回転させていた美森は、その急な動きに追いつけない。もとより相応に大きな乗り物に乗った状態の美森と、あくまで身体一つ、背中に追加武装を背負った程度の友奈では小回りの点で差がある。
正面から組み付いて砲身を背部のアームで握りつぶし。その背部パーツに分離を念じれば、背部パーツだけを残して友奈の身体が自由になる。
「え?」
組み付かれた衝撃、そして『満開』装備が身体から外せたという事実に不意に美森が呆けた声を上げ。
「だから東郷さん――!もう止めてぇ!」
振りかぶった友奈の右ストレートが、美森の頬を綺麗に捉えた。
その拳に敵意や殺意があれば。或いは意識を刈り取るほどの威力があれば。精霊バリアは自動的に美森を守っただろう。
だが。友奈の正拳は姿勢こそ綺麗だが威力は大したことがなかった。本当に、ただ感情的になっている美森を止めたいだけで打ち込まれた拳は精霊バリアの発動要件を満たす威力には程遠く。美森はただ床面に転がるだけだった。
とはいえ痛みや衝撃自体は普通に伝わる。
ヒリヒリとした痛みが美森の脳に伝わり――荒れ狂っていた感情が不意に落ち着きを取り戻す。
「あ、う……」
呆けたように上体を起こすと、友奈がそんな美森を抱きしめてきた。
「もう一度言うよ。忘れない。わたしは、東郷さんを、忘れない」
「……うそ」
「嘘じゃない」
「うそよ」
「嘘じゃない」
「うそよ――嘘よ」
「嘘じゃない、嘘じゃないよ。約束する」
うわごとのように繰り返す美森に、友奈も繰り返し誓いを返す。
「わたしは東郷さんを忘れないし、1人にもしない」
「――本当に?本当に、一緒にいてくれるの?」
「うん。わたしも、東郷さんと一緒にいるのがいいから」
「……う、ううぅぅぅぅぅぅ……。友奈ちゃん、ゆうなちゃぁん!」
とうとう子供のように泣き出した美森の背中をあやすように叩いて。美森がようやく落ち着いてくれたことに友奈はホッと息をついた。
強烈な熱波が2人を襲ったのは、まさにその瞬間だった。
熱と、それに伴って膨張した空気の衝撃。
それは美森の戦艦を襲い、その船体を大きく吹き飛ばした。
「「ヒャアアアッ?!」」
突然の出来事に2人の悲鳴が重なる。
意識を戦闘状態に戻した美森が戦艦を操作して態勢を立て直し、同時に周囲の異常に気付く。
「――明るい?」
明るさが全体的に変わらない樹海において、まるで日の出のような明るさがここいら一帯を照らし出している。
「あ、アレ!」
友奈が指さした先を見て、美森の顔が引きつる。
そこには、太陽のような巨大な火球があった。
「――フンッ!」
黒い炎に包まれた拳が、アリエスの身体に突き刺さる。
黒炎刀で斬るのが最も効率的な吸収法だが、キバの鎧もまた材質は黒炎刀と同じデスメタル。バーテックスの体躯を穿てばそのうちにある力を吸収していくことは出来る。
青い烈火炎装を纏ってひたすら殴りつけて少しずつバーテックスの力を喰らい、最後には魔導火を黒く染めて殴りつければ、アリエスの体躯がついに黒炎に燃え上がり出す。
他の星座型を超える修復・再生能力と分裂能力を組み合わせることでひたすらキバを抑えつけてきたアリエスだが、バーテックスの力全てを焼却する黒い魔導火の前では少し燃えにくい程度の差にしかならなかった。
キバを抑えていた体躯が失われ、身軽に立ち上がったキバが黒炎刀を一閃する。
その斬撃が完全なるトドメとなり、アリエスはついに滅び去った。
「――随分とてこずった」
独り言をつぶやき、周囲を見渡す。
樹海のマップの類を持っていない久那牙では、今いる辺りがどこかも分からないが。遠くの空が明るくなっていることは気づいた。
「次は、あちらか」
言って歩を進めだし。
そちらから来る人影に、足を止める。
漆黒の装束に、両手に構えた戦旗。
「――行かせはせんよ、久那牙」
装束にあちこちに焦げた跡を残しながら。白羽 海潮は厳然と暗黒騎士の前に立ち塞がった。
レオ・バーテックス「なんかオレの周りでブンブン飛び回ってるなぁ。こっちはスルーされてるなぁ。せっかくの出番なんだし目立ちたいなぁ。……せや!」