色彩溢れる樹海の大地で、2つの黒が対峙する。
片や暗黒の鎧に身を包んだ騎士、久那牙。
対するは、漆黒の装束を纏い戦旗を構える老人、白羽 海潮。
絡み合った視線を先に逸らしたのは久那牙だった。揺らいだ視線は海潮の足元に控える鈍色の獣に据えられる。鋭角だった狼狗(ローグ)の身体は、しかし今は超高熱で溶かされたようにグニャグニャとなっており見る影もない。
「
久那牙が呟く。
火球が炸裂したあの時、2体の
周囲一帯を薙ぎ払うほどの威力と熱量を秘めた火球だ。ただの障壁法術では防ぎきれまいが、
「――涛牙は?」
当然、同様に無事であろう涛牙の事を尋ねると、海潮は小さく鼻で笑う。
「気になるか?今更」
「不意打ちは正直受けたくないので。……加減を間違えるとうっかりで殺してしまう」
言いながら久那牙が歩を進める。金属が擦れる音を響かせるその歩みに、油断の気配はない。
「随分な上から目線だ。涛牙は貴様よりよほど筋がいいぞ」
海潮も、戦旗を翻しながら距離を詰める。
「貴方に言われるまでもない。海潮翁――
かつてそう呼ばれていたことを思い出して、海潮が顔を一層しかめる。
「儂を師と呼ぶなら――今からでも遅くない。外道に堕ちたことを悔い改めて、大人しく番犬所の沙汰を待つがいい」
「そうはいかない。私には目的がある」
「……それは、
その一言に久那牙の動きが止まり――期せずして膨れ上がった殺気が海潮の足をたじろがせる。
「――最強となる事。それだけが、私の歩みに意味を持たせる」
「貴様、もしや」
「事ここに至れば言葉は不要。そうでしょう、師よ」
溢れた殺気を納め直して、久那牙は黒炎刀の切っ先を海潮に向ける。
「どいていただく。断るならば、力づくで」
「侮りがすぎるぞ、久那牙」
対する海潮も、2振りの戦旗を器用に翻して構える。
一拍の間を挟んで。
嵐のような勢いで2人が切り結ぶ。
友奈と美森が争う中。
自身の体躯を一撃で粉砕する火力がすぐそばで振り回される事を感知しながら、レオ・バーテックスは自身の戦術を変更する必要を感じ取った。
小型の誘導火球による牽制は不発に終わり、収束火球の砲撃は妨害者のスピードには対応できない。
今はこちらに集中していないが、集中しだせば自身は容易く撃破されるだろう。
それでは目的が達成出来ない。
では、どうする?最善の行動は何か?
人間に翻訳すればそんな事を思考していたレオ・バーテックスの、これが回答だ。
――自身が破壊されるよりも先に、標的へ突撃、これを破壊する。
勇者2人が相争う間に、先に侵入していた星屑、或いは自身の能力で持ち込んだ星屑の全てを取り込み、レオ・バーテックスは自分自身を巨大な火球と化した。
それは最悪接近さえできれば炸裂の余波で以て神樹を破壊できる攻撃法であり、同時に攻撃を受けてもすぐには撃破されないための防御法でもある。
そして、太陽の如き火球は神樹へと突進していった。
その火球の前に立ち塞がり突撃を止めようとするのは、友奈と美森だ。
「く、うううぅぅぅ!!!」
「この、お!」
自身の推進力全てをぶつけて火球と化したレオを押し返そうとするが――止まらない、止められない。
残った砲身を突き出して美森が砲撃をありったけ叩き込むが――削れない、怯まない。
もとより、『満開』した勇者と同等の戦力を最初から持っていたレオ・バーテックスだ。それが自身の全てを燃やし尽くす勢いで特攻を仕掛ければ、『満開』勇者を超える事はあり得た。
「と、ま、れぇぇぇえええ!!!」
「ウ、アアアアアア!!!」
友奈と美森がどれだけ渾身の力を振り絞っても、レオの侵攻が止められない。
そして、咲き誇った花は散る定めだ。
友奈の装束から桜色の光が零れ落ち――『満開』が解ける。
「しまっ?!」
勇者と言えど、『満開』なくば空を飛ぶことは叶わない。飛行能力を失った友奈はレオの突進に弾かれ、そのまま地面へと落下していく。どころか、勇者装束も解除されて私服へと戻ってしまう。
星座型5体を相手に『満開』を強引に維持したことで変身そのものが解けた夏凛と同じく、強引に力を繋ぎとめていた反動が出たのだ。
「友奈ちゃんっ!?」
遠ざかる声に何が起きたのかを察して、しかし美森は何もできない。友奈が抜けたことで一層勢いを増したレオの圧力が手を伸ばすことさえ許さない。
「わた、しは……」
今更ながらに、自分のしでかした事を後悔する。
世界の真実を知り、絶望して。友奈が苦しむくらいならと愛する国を滅ぼそうとして。友奈を苦悩させ、戦わせ、『満開』も追加で発動させて、挙句がこれだ。
「私は――なんてことを」
壁の上でぶつけられた涛牙の言葉が思い浮かぶ。彼の言葉は、他人事ではあるが正しく的を射ていた。
筋違いの癇癪にあれやこれやと理由をつけてさも正論のように見せかけた自分の言い分は、涛牙には何の共感も与えられるはずもなかったのだ。
「う、うぅぅ」
自分の情けなさにとうとう美森の瞳から涙がこぼれ出す。視界がぼやけるのに合わせるかのようにレオの勢いが増していく。いや、美森の抵抗が弱まっているのか。
(こんな私が“勇者”だなんて烏滸がましい)
そんな諦めが美森から力を奪い。
「勝手に諦めるなぁぁぁっ!」
すぐそばで響いた怒声が、諦観と涙を拭き散らす。
顔を上げれば、それぞれ『満開』を発動させた風と樹がレオを止めようとしているところだった。
「風、せんぱい……樹ちゃん」
「言いたい事は色々あるけど――まずはコイツを押し返す!やるわよ!」
風の檄に樹も頷き、渾身の力を込めてレオを押し留めようとする。
「どぉりゃああああああああああ!」
2人分増えた抵抗にレオの突進の勢いが減り。
「あたしを、忘れんなぁっ!」
半身の機能を奪われても尚、更なる『満開』を行使した夏凛が加わる。
「夏凛ちゃん――みんな!」
「讃州中学勇者部、ファイトォォォ!」
風の叫びに、声はなくとも樹が、夏凛が応える。
1人では足りなくても、傍にいるみんなで助け合い困難を乗り越える。
1人では思い悩み迷走する難問も、共に知恵を出し合ってみえる答えもある。
(そうだ。私は、最初から1人じゃなかった。勇者部で助け合ってきたんだ)
そんな当たり前のことを忘れていた自分に改めて腹を立てて。美森もまたありったけの力を込め直す。
「「「ハァアアアアアアアアアアア!」」」
勇者たちの渾身の叫びに応じるように湧き上がる力が、遂にレオの突進を押し留める。
「く、ぬぉぉおおおおお!」
風が更なる力を込めるが、レオもまた押し戻されまいと抵抗し、両者が拮抗する。
(このままじゃ……っ)
軋むほどに歯を食いしばりながら、夏凛は焦る。『満開』には制限時間がある。それが尽きれば、その瞬間に自分たちの敗北、ひいては世界の終わりが確定する。
だが、今ここにいる勇者ではレオを押し留めることが限界だった。レオを倒すには、あと一手足りない。
その、最後の一手。
精霊バリアで地面との激突こそ免れたが、地面に倒れ伏した友奈は、苦悶の表情で身体を動かそうとした。
「く、ぬぅぅううう!」
散華で奪われた対価は、両足の機能。腿から先の感触が全て無くなり、ピクリとも動かない。ただ態勢を変えようとするだけでも、友奈は自分の腕を使って足を動かさねばならない。
だが、どうにか上体を起こした友奈は見た。
咲き開いた花弁が太陽を押し留める様を。それぞれの想いがぶつかり、一度はバラけたかに見えた勇者の気持ちが、この世界を護る為に再び一つに固まった光景を。
だが、レオ・バーテックスもただ押し留められたままで待つことはなかった。球体の後ろ半分が揺らぎ、自身の炎をロケット推進のように吹き出し、4つの花弁を強引に突き破ろうとする。
レオ・バーテックスも理解しているのだ。この輝ける花びらこそが最後の障害。これさえ突き破れば自身の目的、神樹の破壊は成るのだと。
そして、時間を掛けて確実な突破と突入を行うよりも、力をどれだけ削ぎ落そうとも一刻も早い突破をレオ・バーテックスは選んだ。自身を撃破しうる脅威があると知っているなら、逆転する暇を与えない速攻は理にかなっている。
友奈にそうした事が分かるわけではない。
だが、レオ・バーテックスが無理やりに正面で邪魔する勇者を蹴散らそうとすることは分かった。
そして、邪魔するだけで精いっぱいのみんなではバーテックスにトドメは刺せず、それが出来るのは自分だけだということも。
ならば。
「こんな、ところで――寝てる場合じゃない!!!」
吠える。だって、わたしは!
「わたしは――讃州中学、勇者部!」
その叫びに応えるように、牛鬼が光輝いたかと思うと樹海の大地から友奈に直接力が流れ込み――次の瞬間、友奈は『満開』装備をその身に纏っていた。
「結城――友奈だぁぁぁぁぁぁ!」
桜色の閃光と化した友奈がレオへ向けて空を駆け抜ける。
その様子が見えたわけではなくとも、友奈の魂の叫びは同じ勇者たちにも感じ取れた。だから、その友奈の背を押すように、美森たちもまた声を張り上げる。
「行って、友奈ちゃん!!」
美森が。
「勇者部五箇条ォ!」
風が。
「一つ、なるべく諦めない!」
夏凜が。
「(一つ、為せば大抵!)」
声は出せずとも、樹が。
勇者部五箇条――彼女たちが掲げた誓いを紡いでいく。そして、その締めは。
「なんとか、なあぁぁぁぁぁぁる!」
渾身の叫びと共に、レオ・バーテックスが放つ噴射炎に逆らいながら友奈は太陽を思わせる灼熱に突進する。
地上から放たれた流星がレオに突き立ったのは、その瞬間だった。
・・・なんか、纏まり悪い話でスンマセン。